正月クライシス-後編-

正月クライシス
-後編-

前回までのあらすじ
「ガッデム!」ジムは焦っていた。酸素タンクで発生した謎の爆発から1時間、宇宙船内の酸素は徐々に流出していく。「酸素が足りない!」地上でサポートする研究者たちの予測はどれも絶望的で、生還できる可能性はゼロに等しい。しかしながらフライトディレクターのジーン(エド・ハリス)は絶対に彼らを生還させると決意する。地上の人々が見守る中、我々三人を乗せた着陸船はいよいよ大気圏に突入。応答のないまま時間が過ぎる。そして太平洋上にアポロの着水パラシュートが開いた。果たして乗員は生還できたのか。どうなる!pato!?

といったところで、全然前回の内容と違いますので詳しくは1/6の正月クライシスを読んでください。簡単に言うと、正月にキチガイ親父がいきなりやってきてさあ大変だ!親父と僕のキチガイ珍道中といった感じです。それではどうぞ。


だいたい、なんでこんなことになったんだろうか。

本当ならば、恵まれてるとは言えないまでも人並みの正月を過ごしているはずだった。寝っころがりながらくだらないテレビでも見てスルメを食ったりとかしてるはずだった。豪華なおせちも何もないけど、暖かい部屋でゆっくりして、疲れたらグッスリ眠れるはずだった。

それが今やどうだ。ここが何県なのかも分からない漆黒の山中。名前すら分からない、そもそも本当に食えるかどうかすら分からない山菜片手に親父と共にさ迷う山中、そんな僕らは五里霧中、絶賛遭難中!なんて微妙に韻を踏んでる場合じゃない。

とにかく、この山中から脱出しなくては。パーキングエリアから柵みたいなのを乗り越えて山中に入ってきたわけですから、大体来た方角に戻ればよさそうなんですけど、明かりのない闇の山中ってのは方角すら分からないものでしてね、どっちに行っていいのかさっぱりわからないんですよ。

「もう疲れた。お腹も減った。寒い。早く戻ろう」

親父のヤツがすべての元凶なくせに現代っ子、それもゆとり教育世代みたいなこと言い出しやがりましてね、僕もさすがに堪忍袋の緒が切れちゃいまして

「じゃかましい。さっさと歩け」

ほんの数時間前まで正月から冬山登山して遭難した老人のニュースを見たりなんかして二人で「頭おかしいだろ、正月から」と大変不謹慎な悪態をついたりしたのですが、下手したら今度は僕らがそのニュースになりかねない。

「正月の悪夢、パーキングから山菜取りに山中へ入った親子遺体で発見!狂った果実!」

とか、老人がモチ詰まらせて向こう側にいってしまわれた正月恒例で高齢なニュースの次に流されたら目も当てられない。とにかくこの密林を脱出しなくては。

でまあ、当初は山菜に発奮した親父が山へと突入していき僕が仕方なく後を追ったという、極めて山菜目当てなライフスタイルだったのですけど、二人とも山菜なんかどうでもよくなっちゃいましてね、歩きながら「疲れた」とか言ってガンガン捨ててましたからね。これで何のために山に入ったのかサッパリ分からなくなりました。

でまあ、僕の機転の良さ、サバイバルになったら一緒に行動したい男ナンバーワンと言われる僕の最高の判断により、なんとか密林を抜けて道路に出ることに成功。いやー本当に死ぬかと思った、これでやっとパーキングエリアに戻ってラーメンが食べられる、温かい飲み物のも飲める、さあ親父、色々あったけど僕らのパーキングに戻ろう!とか思ってると、どっからどう見てもパーキングエリアが存在しないんですよ。なんかチンケな街灯すらない道路がウネウネと大蛇のようなワインティングロードを展開してるだけなんですよ。どうやら大幅に出る場所を間違ったみたい。

「くそ!ここがどこだか分からない!カーナビさえあれば戻れるのに!」

僕らは車に戻りたいわけであって、カーナビは車にしかないわけですから本末転倒なんですけど、あまりにも気が動転してそんなことを言ってしまいました。

「カーナビは車にしかないんだぞ、だからカーナビっていうんだ」

しかもそれを親父に、それも冷静に突っ込まれてしまうという体たらく。この人に突っ込まれるくらいなら死んだほうがいい。

「どうするんだ」「とりあえず携帯を」「いやいや、それだったら山で使ってるだろ、二人とも車に置いてきてる」という紆余曲折を経まして、二人で言い争っていたらワインディんグロードの向こうから眩いばかりのヘッドライトが。

「車だ!」

「とりあえず停めろ!早く!」

もうその車が通過する時は二人で必死に命乞いですよ。道路脇に立って「停まれ!停まれ!」の大合唱。こんな親子本当に嫌なんですけど、とにかく停まってくれないとどうしようもない。

しかしですね、世の中ってのは無情なものですよ。僕が中学生だった頃、スポーツ万能でイケメンな高橋君って子がいましてね。彼が何やらせても上手なんですわ。で、体育の授業でサッカーやったんですけど、野田君っていうサッカー部のくせにブサイクなヤツが高橋君に向かってセンタリングしたんですよね。やはり高橋君は上手だからシュート打たせたくないじゃないですか。ここでシュート打たれて華麗にゴール決められたら、それこそ観戦してる女子なんてイチコロですよ。チンポ乾くヒマないですよ。さすがにそれだけは阻止せねばならない。ブサイクな男子たちは高橋君を徹底マーク。その瞬間ですよ。なんとあろうことか高橋君はセンタリングのボールを華麗にスルー。まるで僕らブサイクを翻弄するかのように華麗にスルー。もちろん、キーパーまでも高橋に突進してましたから、ゴロッと別のイケメンにゴール決められちゃいましてね、僕らブサイクは涙するしかなかったんですけど、まるでその高橋のようなスルーっぷり。あの日、スローモーションに見えたボールのようにトラックが僕ら親子をスルーしていくんですよ。

「あのやろう!」

「俺たちを殺す気か!」

悪態をつくバカ親子。よくよく考えると正月のこんな時間、しかも死体が埋められててもおかしくない山中ですよ。そんな中に草だらけになった汚い親子が二人も立っているんです。それも異様に薄着。片方は酔っ払って赤い顔。そりゃね、普通の人だったら不気味に思って停まるわけないですよ。

「ダメだ!誠実さを見せないと停まってくれない!」

「ムリ!」

もうテンヤワンヤになりながらどうするか相談していると、考えもまとまらないうちに次の車のヘッドライトが。

「おい!きたぞ!」

「もう道路に飛び出して無理やり停めちゃえ」

「停めたもん勝ちだな!」

「やったもん勝ち!やったもん勝ち!」

まあ、やってることは山賊とあまり変わらないのですが、とにかく無理矢理にでも停めることで親子共々意見が一致。ここで初めて親子が手を組んだ!

結局、そんな役回りは僕の担当で、僕が体を張って車を停めたのですが、運転席に近寄っていって酒臭い息を撒き散らしながら運転手と交渉するのが親父の担当。親父は開口一番、

「おう、ここはどこだい?」

などと、まるで地球に降り立ったばかりの宇宙人みたいなことを言ってましたが、なんとか交渉もまとまり、運転手の気弱な青年は一般道からパーキングエリアに行く道なんて知らないらしいので微妙に栄えている町まで乗せていってもらうことに。

で、町でタクシーを捕まえ、「この近くの高速道路のパーキングエリアまで乗せていってくれ。たぶん上り線だから」という無茶な要求でなんとか車まで帰りつけたのでした。

「いやーお客さん。長いこと運転手やってますけど、パーキングエリアまでってのは経験ないですわ。インターまでとかならあるんですけどね」

そりゃそうだ、パーキングエリアはあくまでも休憩地点。目的地にするような場所ではない。ましてや山菜を取りに行きなおかつ遭難するような場所ではない。

「で、どうしてパーキングまで?帰りは待っておかなくていいですか?」

「それは聞かないでください。ちゃんと帰れますんで大丈夫です」

微妙な空気のやり取りが続く中、親父は横で、町のコンビニで買ったワンカップ大関を飲んでました。あんたのキチガイ度は横綱級だよ。

異様にタクシー代が高かったのですが、なんとかパーキングエリアに到達し、早く実家に戻ろうと思ったのですが、親父がまだ懲りもせず「腹減った、山菜食いたい」とかカタコトの日本語で言い出しましたので、さすがに山菜は懲りた、というかまた柵を乗り越えて野人のように山中に入っていきかねませんので、当初の目的どおりパーキングでラーメン食べました。ラーメンは山菜ラーメンでした。もう山菜は懲りた。

やっとこさ生還し、ラーメンも食って体も温まった。実家に向けて走り出すことができてほっと胸を撫で下ろしたのですが、親父は酒が効いたのか安心したのか疲れたのか、助手席でグーグー寝ていました。

既に大晦日から50時間くらい寝ていない僕はハンドル握ってますから寝るわけにも行かず、異様に羨ましいやら腹立たしいやら眠いやら大変な騒ぎ、そこらへんの山中に親父を遺棄していきたい気分でイキイキしてくるのですが、その親父の寝顔を見てて思ったんですよ。

正月からこんな遠く、僕の居住地域まで突然やってきて親父は何がしたかったのだろうか。ああそうか、親父もきっと寂しかったんだな。こんなふうにパワフルキチガイでもやはり人の子、正月にポツーンと過ごすのが寂しかったんだろうな。でもな、僕も結構寂しかったよ。誰かと話したり、バカしたい、正月を満喫したい、そう思ってたよ。きっと親父が来なかったら味気ない正月だったんだろうな。だから、来てくれてありがとな、親父。

フッと優しい顔で親父の寝顔を見つめセンチメンタルジャーニーな気分に浸っていると、親父のヤロウがブッと寝屁をかましやがりまして、これがまあ、臭いの何の。腐った山菜みたいな臭いがしてやがった。

僕は高速道路走行中に窓を開けるのが嫌いというかスピードの風切る音が怖いので絶対に窓を開けない主義でして、窓を開けて換気するわけにも行かず、あまりの臭さに身悶えていると、どこにストックしてやがったんだってくらいに親父が連続で寝屁。さすがにこれはたまらず、

「酸素が足りない!」

果たして生還できるのか!?アポロ13となった我が愛車は実家に向けて大気圏に突入するのでした。

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