テレホンセールスと対決する-前編-

テレホンセールスと対決する
-前編-

人間誰しも機嫌が悪い時ってのは存在するもので、自分はこんなにも余裕がないヤツだったのかと愕然とするほどイライラ荒れていることがある。その原因が明らかである場合は、「やはりアレが原因で機嫌が悪いのだ」と納得することもできるが、その原因が定かでない場合、あるいはハッキリとしない場合は「なんでこんなにも荒れてるんだ」と原因を考えてさらにイライラ、どうしようもない負のスパイラルに陥ってしまう。

ちょうどその日も珍しく機嫌の悪かった僕は朝からイライラ、意味不明に缶ジュースの缶を握りつぶしたり電灯の紐をバシバシ殴ったりしていた。誰だって機嫌が悪いことはある。

とりあえず、このまま一人で悶々と暴れていても仕方がないので部屋の中央に鎮座し、何が原因でこんなにも荒れてるのか考えることにする。そう、原因不明のイライラよりも原因の分かるイライラの方が何となく救われる気がするからだ。

そう確かあれは、「NTT加入権料を廃止へ」のニュースを見た時からだった。得体の知れないイライラが心の奥底から湧き上がり、何とも言えないダークネスな気分が沸々と湧いてきたのだ。思えば、あのニュースがこのイライラの原因だったように思う。

学生時代、まだ携帯電話が今のように市民権を得ていなかった時代、正当な連絡先はやはり固定電話だった。レンタルビデオショップなどに入会する際は連絡先欄に固定電話の電話番号を書くのが普通で、携帯番号とかだと入会を断られるケースがあったのだ。

憧れの一人暮らしを始め、これからエロビデオを借りまくって見まくってやる!チンポが擦り切れてドリル見たいになるまで見まくってやる!そう鼻息も荒く意気込んでいた僕に突きつけられた「固定電話が無い方は入会できません」なる無慈悲なお言葉。そう、携帯電話などでは連絡が取れないため入会させてくれないビデオ屋がほとんどだったのだ。

見たいどうしてもエロビデオを見たい。親父や母親や弟の出現に怯え、小動物のように小さな物音にビクビクしながらエロビデオを見る環境とおさらばできたというのに、肝心のエロビデオを借りられないんじゃ納得いかない。

ということで、当時引っ越したばかりで思いっきり貧乏だったんですけど、エロビデオが見たがためにNTTの電話に加入しましたよ。6万だったか7万いくらだったと思うんですけど、もうとうにかくお財布を直撃しましてね。それでも加入しましたよ。

でまあ、結局、電話として使う気はこれっぽっちもなくて、ただ固定の電話番号が欲しかったっていうのとネット回線として使うのが主なわけですから、電話機にも繋げずパソコンにだけ回線をつないでいたんですよね。

そしたらアンタ、「加入権料廃止、0円へ」のニュースが飛び込んでくるじゃないですか。あの時無理して6万も7万も払ったのはなんだったのか。1ヶ月をフリカケだけで乗り切ったのはなんだったのか。フリカケをご飯にかけて乗り切ったんじゃないですよ、米なんてないからフリカケだけで乗り切ったんですよ。

そもそも、NTTは「加入権は財産」という触れ込みで加入権を売ってた節があり、加入権料を売り買いできたし、借金のかたに押さえられることもあったし、企業なんかは資産として計上していたわけなんですよね。それがいきなり0円なんですから、たまったもんじゃありません。ある日いきなりお金がただの日本銀行券になって何の価値もなくなるのと変わらないですからね。

爪に火を灯す思いをして購入した電話加入権が0円になってしまう。財産だから、いざ貧困になったら売ればいいやと思っていた加入権が事実上の無価値に。そうか、それで僕はイライラしていたのか。意味不明だった不機嫌の原因がわかり、少しばかり心が晴れ渡った気分になる。

しかし、やはりそれでも不機嫌ってのはそうそう元に戻るものじゃなくて、というかむしろ原因がわかったせいで「おのれNTTめ」と怒りが増幅する結果に。それでまあ、なんとかイライラを鎮めようと考えたわけなんですよ。

ちょっとでも元を取れば怒りは鎮まるんじゃないか。

短絡的な考えですが、そういう結論に至りました。たぶん、今は7万円が露と消える事実に僕は怒ってるわけで、それには少なからず「加入権を電話として利用していない」ってのが響いていると思うのです。ネットと連絡先用としか使っていなかった我が家の電話回線、これを今まさに電話として利用するば少しは元が取れるんじゃないのか。そう思ったわけです。

ということで、電話機を持ってきましたよ。実は電話線を繋がずに放置してあった年代物の電話機がありましてね。そいつを繋いで我が家にも固定電話機能を導入。これで加入権料もいくらか元を取ったってもんだぜ、と大喜びしました。

でもね、全然心が晴れ晴れとしないの。電話線を繋いだ電話機を眺めていてもウンともスンとも言わない。勢いあまって受話器を上げて自分の携帯に電話してみたんですけど、空しいだけ。気の弱い人だったら自殺しかねないほど空しいだけ。こいつは全然イライラが解消されないぜ!と一層イライラを募らせておりました。その瞬間でした。

プルルルルルルルルル

繋いだばかりの電話機がけたたましく鳴ったのです。

「うお!なんだなんだ!」

一人暮らしの独身男性ってのは独り言が多いもので、ドギマギしながらも何故か独り言を口走ってしまうものなのです。

電話を繋いだ日にいきなり電話がかかってくる。もしかしたら受話器を取ると大塚愛とかが話し掛けてくるのかもしれません。それはさすがに無くとも、何か嬉しいニュースが飛び込んできたりするのかもしれません。ドキドキしながら受話器を取りましたよ。

「もしもし?○○さんのお宅ですか?こちら株式会社×××××販売の小谷といいます。ご主人様ですか?」

したらなんか、いきなり怪しげな女からじゃないですか。ご主人様ですか?と聞かれてるので奴隷志願のメス豚かとも思ったのですが、どうもそうではなさそう。会社名に「販売」がついていることからも分かるように何かのテレホンセールスだと判断したんですよね。それにしても、いきなり僕の名前を知っていて、繋いだその日にかかってくるとは・・・。

ああそうか、そういやどうせ固定電話使わないしって勢いで電話帳に名前と番号載せてるんだった。その事実を思い出した僕はさらに彼女をテレホンセールスと判断。ただでさえイライラしてて電話が鳴らなくて孤独で泣きそうになっていたのに、やっとこさ鳴った電話がセールスかよ!とさらに不機嫌になったのでした。

「今日はとてもお得な商品をご案内させちただきたく・・・○○さんは現在独身でしょうか?」

と、電話口でマイペースにセールストークを始める小谷さん。それを僕は

「いらん!」(ガチャ)

と電話を叩き切って一刀両断。期限の良い時なんかは話を5時間くらい買うか買わないかの微妙なラインで聞いてあげて結局買わないとかやるんですけど、さすがに機嫌が悪い時は相手してられない。セールストークの途中で電話を叩っきってやったんですよ。

電話の前で「フーフー」と怒りを抑えながらさらにイライラを募らせていたところ、なんと、

プルルルルルルルルル

またもや電話が。繋いだその日に僕の電話機大フィーバーですよ。もう怒りの半狂乱になりながら再度受話器を取ると

「×××××販売の小谷です。もう!いきなり切るなんて酷いじゃないですかー」

とか、さっきの小谷がまるで幼馴染かセックスフレンドかのような馴れ馴れしい口調で喋りかけてきやがりまくってるんですよ。なんだこいつ。

「いや、いいですから、何もいりませんから」

僕も大人です。本当は怒りに任せて小谷のところに飛んでいき、尻の穴に真っ赤になった火鉢でも突っ込んでやりたい気分なのですが、ここはグッと堪えて反論します。しかし、そんな僕の臨界点に近い心情を察しているのか察していないのか、小谷のヤロウはさらに続けるのです。

「今日はとってもお得な商品をお勧めするために電話したんです、聞いて損はないと思いますよ」

と猫なで声で続ける小谷。しかし僕は一切の妥協を許しません。本当は最初は向こうの策略に乗りつつ気の弱い青年を演じ、向こうがクライマックスに絶好調になったところで一気に大逆転!とかそういうのを狙うのですが、なにせ機嫌が悪いので最初から全力で飛ばしていったんです。

「あのね、どんな商品かは知らないけど、そんなにいい商品でお得な商品なら自然と売れるでしょ。なにも絨毯爆撃で電話しまくって押し付けるように売る必要ないわけでしょ。もう電話で薦めて買わせようとしてる時点でロクな商品じゃないでしょ。買わないから」

「いえいえ、電話でお勧めしてるのはですね、まだあまり知られていない商品だからなんですよ。でも、絶対に本当に品質は保証しますから。本当に買って損はないですから」

「いらん、いらんと言ったらいらん。知られてない商品など尚の事買わん」

と僕も反論するのですが、こういった類のアッパーパーな姉ちゃんは人の話を聞く耳を持っていません。さらにマイペースで自分のセールストークを続けます。

「あのですね、△△△社ってご存知ですか?」

「しらん」

「やはりそうですよね。△△△社は日本ではほとんど知られていませんが、海外では一流のジュエリーメーカーなんですよ。もう数年したら日本でもきっと大人気になると思います。このように日本では無名でも海外では大人気って商品は沢山あるんですよ、わが社ではそういう商品をいち早く皆さんにお届けしたいんです」

勝ち誇ったように言う小谷さん。ますます僕のイライラが募っていきます。

「いや、なんでお届けしなきゃいけないの。あんたは直行便ニューヨークか。数年後大人気になるならその時に買うかどうか考えるわ。何もいち早くお届けしてもらう必要などない。」

と僕も少し柄悪い感じで対応するのですが、小谷さんは止まりません。まさにノンストップ小谷さん。

「ですから、これは将来絶対に人気でます。今だからこそ安い値段で買えるけど、将来は値上がりしますよ。その時に売っても儲けは出ると思います。言うなれば財産ですよ!」

どっかで聞いたセリフだなと思いつつ、とりあえず反論。

「あのな、人気出るとか、財産だとか言ってるけど、肝心の商品が何なのかすら聞いてないんだけど。それでもアナタは売りつけようとするのですか?商品なんかどうでもよくてとにかく売りたいだけなんじゃないですか?」

「ダイヤの指輪ですっ!」

と切れっぽく言う小谷さん。いや、なんでそこで切れるねん。おいおい、これが逆ギレってやつかー。と感嘆している場合ではありません。

「ダイヤの指輪?なおのこといらん!」

「どうしてですか?絶対に必要になりますよ?彼女さんにプレゼントするのもいいですし、将来結婚する時の婚約指輪として準備することだってできます。もしかしてずっと結婚されないおつもりですか?」

「けっけっけっ!結婚とか!アンタに関係ないじゃないかっ!なんだなんだ、アンタは何様だ!ヨン様かっ!」

思いもよらぬ猛攻に狼狽しましたが、最後にヨン様とボケるあたり、僕もまだまだ余裕が伺えます。

「今から準備しておくと喜ばれますよ。私のために準備しててくれたんだーって。だから早いうちから準備するのがいいんですよ。ローンもできますし」

「なんだ、あんたはもし将来結婚することになって、男がローンで苦しみながらずっと準備してた、はい婚約指輪、とか出してきたら嬉しいのか、嬉しいのか?」

「嬉しいですね。オッケーしちゃいます」

「なんだとー、じゃあアンタ、俺と結婚しろ!もうアンタでいい、いやっ、アンタがいい!!!!!いいいいいいいっ!!!!!!ブヒイイイイイイイ!!!!!!」

と僕のソウルフルなセリフが飛び出したのですが、その咆哮もむなしく、

「いや・・・それはちょっと・・・」

などとかわされました。

「なんで?ローンに苦しみながら指輪準備されると嬉しいいんでしょ。それだったら準備してやる、もう俺と変な棒出したり入れたりとかしようぜ!」

と、攻防戦というよりは一方的なエロ電話に成り果てたのですが、肝心なところで日記が長くなったので後編につづく!次回、僕の怒涛の反撃が始まります!必見だぜ!

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