午前5時のミステリー -解答編-

午前5時のミステリー
-解答編-

先日の「出題編」の解答です。まだ読んでない方は出題編の方から先にお読みください。

おかしい・・・。何かがおかしい。交差点内に放置される大破した乗用車。運転手もいなければ周りに人っ子一人いない。ただ朝の静寂だけが辺りを包んでいた。

ざっと考えるだけで不可解な点は山のようにある。「どうして大破した車が放置されているのか」「運転手は何処に消えたのか」そして「この車は何にぶち当たって大破したのか」、謎が謎を呼び、僕の好奇心はジョルジョルとくすぐられた。この謎を解いてみせる!じっちゃんの名に賭けて!

とりあえず、通りはしないけど他の車の邪魔にならないように破片を拾って集める僕。そこで、一つ重大な事実に気がつきました。

あれ?ランプの破片が落ちてる。

そうなのです。オレンジ色の、方向指示器の部分のランプの破片が幾つか道路上に転がっていました。よくよく大破している車を見てみると、確かに車の前方は壊れていますが、方向指示器の部分は割れていないのです。

ライトと方向指示器が一体となった感じの車ですから、ベローンとライトごと外れて痛々しい姿を見せていますが、方向指示器の部分は割れていない。なのに、現場にはオレンジ色の破片が・・・。これはつまり・・・。

なんて推理に頭を働かせているその瞬間でした。

ダダダダダダダダダダ!

遠方から物凄い勢いで走ってくる男がひとり。作業服姿にネグセだらけの頭。おまけに少しばかり右足を引きずりながら汗だくになって走っています。これがまた凄い勢いで現場に向かってくる。

なんだなんだ。とあまりの展開の早さに戸惑いながら、現場に接近してきてどんどんと姿が大きくなってくる彼を見つめていました。もしかしたら事故関係者かもしれない。もしかしたら姿をくらましていた運転手かもしれない。

彼は右足を引きずりながら懸命に走っています。で、心配そうに彼を見つめる僕の横をまるで気付かなかったかのように素通りし、大破して放置されていた車の助手席に乗り込みました。

ほう、なるほど。ということは彼が運転手かと思い、少しばかり安心するのですが、そのただならぬ雰囲気に僕は少々ブルってしまったのでした。普通に考えて、僕を素通りして運転席に乗り込むとか考えられない。おまけに彼、少し狂ったように車検証やらの書類を運転席で出してしまい、出してはしまいしてるのです。なんというか、雰囲気が異様すぎる。

でもまあ、これで彼に話を聞けば謎は解けるというものです。一体どうして車が大破したのか、どうして現場から姿を消していたのか。早朝の交差点に放置された車の謎が解けるのです。ちょっとキチガイっぽい人で怖かったのですが、謎を解くべく、勇気を出して話しかけました。

「あの・・・大丈夫ですか?」

僕の問いかけに対し、ガサッと小動物のように振り返ってマジマジと僕を見つめる運転手。しばらく時が止まり、僕と運転手が見つめあう時間が続きます。怖い、怖すぎる。何だこの人、明らかに目がイッちゃってるじゃないか。もしかして僕は関わってはならないものに関わってしまったのか?とドキドキしていると。

「あああああああああぁぁああああぁぁぁあああああ!!」

と物凄い勢いで雄叫びを上げるキチガイ。突如の出来事にビックリした僕は二歩ほど後ろに下がってしまいました。

それからキチガイは運転席から飛び出し、僕を押しのけて交差点の真ん中に行くと、左右をマジマジと見た後にまた、

「うけええええええええええええぇぇぇぇえええええええええ!!」

と雄叫びを上げました。で、ガックリとうなだれ、交差点の真ん中で膝と手をついてこの世の終わりみたいな状態になってました。もう、何が起こったのか理解不能。間違いなくこの人は狂ってる人で、触れてはならない領域に手を出してしまったと思いました。

「まあまあ、落ち着いて、何があったんですか?」

凄くジェントルマンに彼に問いかけました。すると、彼はつたない言語ですが切々と状況を語ってくれたのです。

近くの工場に勤務する彼は、三交代勤務の早朝の部担当で5時までに出社せねばなりませんでした。時間は5時前、急いでいかねば遅刻します。遅刻だけは上司に死ぬほど怒られますので急がねばなりません。自然とアクセルを踏む力も強くなります。

問題の交差点にさしかかった時でした。黄色の点滅信号だった彼の方はそのまま交差点に侵入。しかし、赤点滅信号であるはずの右側から軽トラックが飛び出してきたそうです。

スピードを出していた彼は避けられませんでした。そのまま車は軽トラの後部、荷台部分に衝突したそうです。で、スピンしつつ彼の車は前方が大破。相手の軽トラも荷台部分がベコベコに凹んでいたそうです。

とりあえず、相手の軽トラ運転手と話し合いを持とうとした彼、間違いなく赤点滅信号なのに確認もなく出てくる軽トラの方が悪いですから、彼は余裕だったようです。

しかし、彼も追い詰められた状況でした。工場に遅刻だけはしてはならない。たとえ事故とはいえ、無断で遅刻などご法度。とりあえず上司に事故に遭ったので遅れる旨を連絡しようと思ったようです。

「すいません。僕そこの工場で働いてるんです。で、上司に遅刻するって伝えてきますので、ちょっとここで待っててください」

そう軽トラ運転手に告げ、工場に向けて走り出す彼。で、上司に報告急いで帰ってきたようなのです。

で、最初は僕のことを相手の軽トラ運転手と思い違いしていたみたいなのです。帰ってきて、誰か一人の男がいる。そんな事はどうでもいい、とにかく事故処理の準備を・・・とやっていたら話しかけられた。なんだよー、オメエが飛び出してくるからいけないんだらーとマジマジと僕の顔を見ると・・・

何かが違う!

雄叫びを上げた彼は交差点の中央に行き、辺りを見回します。ない、何処にもない!相手の軽トラがない!ここでまた雄叫びですよ。まあ結局、逃げられちゃったみたいなんですよね。相手の軽トラに見事にトンズラかまされたみたいなんです。

優先度の低い方から飛び出した軽トラ、そこで事故。あちゃー、こりゃあコッチが悪いわ、過失割合的にも不利だなー、とか思ってたら、相手が工場に行くとか走って消えてしまう。まてよ?と考えたはずです。おれ、連絡先も身分証明もなにもしてない。あのバカそうな青年だ、ナンバーも覚えてなさそう。今逃げてもバレないんじゃ?うんうん、バレねえよ。そう思い、脱兎の如く軽トラは逃げたに違いありません。幸い、ぶつけられたのは後部だったから自走可能だったのでしょうね。

で、現場には大破した黒い車が残され、そこに誰もいない状態が作り出された。そこを僕が通りがかったという按配です。謎は全て解けた!ってなもんですよ。

「あの、ここに軽トラとかいませんでした?」

泣きそうな顔で僕に言う運転手。あいにく、僕が来た時には軽トラの姿などなく、壊れた車が一台ポツンと投げ出してあるだけでした。っていうか、明らかに相手が悪いのに、連絡先も何も確認せず現場を離れる。しかもナンバーすら覚えない。これじゃあ誰だって逃げると思います。というか、彼はバカなんじゃないだろうか。

「あの・・・?とにかく警察は呼びましたか?」

「いえまだです。とりあえず上司に報告しないと怖いので」

うん、この人やっぱバカだわ。

「はやく警察呼んだ方がいいですよ」

「ですね、携帯電話貸してもらえますか?」

うん、この人やっぱバカだわ。

しょうがないので携帯電話を取り出し、僕が110番してあげます。で、どうも事故して当て逃げされたっぽいことを伝え、現場の場所を伝えようとしたその瞬間でした。

ブツッ!

ナイスタイミングで充電が切れる僕の携帯。これからという時にタイミングよく切れました。

「すいません、僕の携帯、充電が切れちゃいました」

必死で破片を集めているバカにそう告げると。

「そうですか、あとは場所伝えるだけですよね。じゃ」

と、自分のポッケから携帯電話を取り出して110番し始めるバカ。おいおい、お前携帯電話持ってるじゃねえか。最初からテメーで110番しろよ。というか、持ってるなら携帯で上司に連絡すれば良かったんじゃねえか?わざわざ現場を離れて走っていくこともなければ、逃げられることもなかった。やっぱこの人、バカだわ。

警察が到着するのを待つ、僕とバカ。どうも事故した時に足を怪我したのか、彼は足を引きずっています。「大丈夫ですか?」との僕の問いかけに「大丈夫大丈夫」と答える彼。明らかに怪我してるのに、どうして事故直後の人って強がる傾向にあるんだろう。

なんて思っていると、そこに彼の上司が登場。彼が死ぬほど恐れ、わざわざランニングで報告しに行った上司が登場。これがまた見るからに怖そうな上司で、マッスルボディーにパンチパーマ、見るからにろくでなしブルースみたいないでたちでした。

で、いきなりこの上司、バカな彼に説教始めるわけですよ。

「いつもいってるだろ。ギリギリに出勤してくるからこうなるんだって。もっと余裕持って出勤して来いって言ってるだろ!」

とか、バリバリ説教トークですよ。すげえ雰囲気が悪い悪い。というか、何で僕はこんなことにいるんだろう・・・?とか疑問に思っていたら、颯爽とパトカーが到着しました。

で、手際よく「事故処理中」とかの表示を出し、手際よく現場写真とかバシャバシャと撮影していました。で、バカの彼に事情聴取開始ですよ。

「で、事故の状況は?」

「いや・・・あの・・・その・・・事故して遅刻報告で、戻ったらいなくて・・・」

さっぱり要領を得ないバカ。もう支離滅裂で何を言ってるのか分からない。警察の人も困惑顔。仕方ないので、僕が間に入って状況説明をしてあげます。

「ですからね、報告しに行って、帰ってきたら相手の軽トラが逃げてたんですよ」

「ふーん、で?アナタはどんな関係?逃げた軽トラ?」

バカか!俺が逃げた軽トラだったら今頃家で布団かぶってブルブル震えてるわ。こんなところで状況説明してるわけないだろ。この警官もバカなんじゃないだろうか。

「いやいや、第一発見者です。僕が来たときはもう軽トラが逃げた後で車だけがポツンと残されてて・・・」

と説明しました。したら、警官の人もやっと状況が飲み込めたみたいで、唯一逃げた軽トラを見ているバカ運転手に事情聴取を再開します。

「逃げた軽トラ、どんな軽トラでした?」

「いや、もう、すっごい軽トラな感じの軽トラでした

やっぱこの人、性根の入ったバカなんじゃないだろうか。

「軽トラの運転手と話したんですよね、どんな人物でした?」

「中年のおじさんでしたね」

「中年と。どんな感じの人でしたか?人相とか服装とか」

「もうとにかく、オッサンって感じのオッサンでした

おいおい、そんなんで逃げた犯人が見つかったら世話ないぜ。やっぱこの人、おかしいわ。

ちょっと遠くで彼の上司とタバコを吸いながら僕と彼のバカ上司。「あの人、いつもあんなんですか?」と僕が問いかけると「そうなんよ、困ってるんだよね、俺も」と微笑ましい会話が交わされたりしたのでした。

で、僕も警察に事情聴取され、最初の方に発見したオレンジ色の破片などの話をして、仕事に遅刻しそうになったので現場を離れました。なんか警察さんは真剣に逃げた相手を探す気はなさそうな印象でした。まあ、死亡事故じゃねえし、そんなに真剣にならないのかもしれませんね。

早朝の交差点に放置された一台の車の謎。その解答は、事故によるあて逃げでした。どんな謎でもこの俺が解いてやる!じっちゃんの名に賭けて!と思ったのですが、よくよく考えたら僕も何一つ謎を解いていないことに気がつきました。

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