やまなし

やまなし

失われた物が復活する。

人間はこの「復活」という現象が大好きだ。古くはイエスキリストの復活などからも分かるように、時には重大な信仰の中心的要素になることもある。本来あるはずのない失われしモノが何かをきっかけに復活する。それは少なからずお得な気分がするし、ある種の起死回生的な、死からの奮起を予想させるという面では大変興奮するものなのだ。

ヒーロー物やドラマなどでも、死んだと思ったキャラが復活したり、主人公自身が絶望の淵から蘇ったり、日本人は特にそういった復活劇が大好きだ。その部分にドラマチックな感情を抱き、普通にすんなり行く場合の何倍も感動する、そんなメンタルがあるのだ。

そういった大々的なドラマでなくとも、日常生活の中におけるちょっとした復活も大きなお得感がある。失くしたはずの指輪がひょんなことから見つかる、使ったと思った千円札が財布の中に残っていた、外れたリーチが復活して当たった、落としたと思った単位が取れていた、死んだと思った爺ちゃんが枕元に立っていた、など、多くの場合が元々あったものでよくよく考えればあまりお得ではないのだけど、「復活」という事象を経由するとそのお得感は倍増する。そんなものなのだ。

先日、職場でバリバリと仕事をしていた時のことだった。パソコンの画面に向かい、エクセルとにらめっこしながら、散髪屋に行って髪を切り終わった後に、散髪屋さんが二枚の鏡を駆使して後頭部を見せてくれて、「これでよろしいですか?」とか聞いてくるけど、切った後に「どうですか?」もクソもないよな、気に入らん、もっと長めにしてくれとか言われたらどうするんだろう、髪を復活させるのか、的なことを漠然と考えていたんです。まあ、いわゆる仕事してるフリというやつです。この春から新社会人になる皆様も沢山おられると思いますが、仕事をする上で最も大切なスキルはコミュニケーション力でも努力する力でもありません、仕事しているフリをする力です。その辺の部分を肝に銘じておいてください。

そんなこんなで、その日も仕事してるフリのスキルをいかんなく発揮していたのですが、そうするとね、声が聞こえてくるんですよ。

「どうしよう、電池が無くなっちゃった」

まあ、見るとブスな女子社員が何やら困り果てた様子で右往左往しているんです。見ると、ボイスレコーダーを手に引き出しの中を探索している様子。電池が無くなって困っちゃってるんでしょうね。まあ、これがバイブの電池がないとかなら大問題なんですけど、ボイスレコーダーの電池なら大した問題じゃないなって思ったんです。

ウチの職場ではクソみたいな会議が多く、しかもその会議すらも別に実のあることを話してるわけではなく、どうでもいいことが大半な癖にクソ長い、という訳のわからない状態でしてね、できることならやめて欲しいんですけど、なくなるどころか増える一方、もうのっぴきならないところまで来てしまっているんです。

そんなクソみたいな会議にあって、さらにどうでもいいことなんですけどお偉いさんが熱くヒートすることがありましてね、「前回の会議でこういったじゃないか!」「いいや言ってない!」みたいな過去の会議に関して言った言わないの骨肉の争い、源平討魔伝みたいな状態になることがあるんですよ。

よし、それなら会議の内容を証拠として残そうじゃないか、ってことで晴れてボイスレコーダーが導入されたんですけど、すごいですよね、やっとボイスレコーダー導入とか、今まで会議でなにやってたんだ、何も記録に残らないことを話してたのか、って感じですよ。

でまあ、ボイスレコーダーを導入するようになって、言った言わないの水掛け論は随分と減ったのですけど、どうも会議で皆に噛みつくのを生きがいにしてるっぽい重役の人が、「前回の会議での音声を聞かせて頂きたい!」とか事あるごとにやってくるらしく、担当のブスを困らせているみたいなんです。

「どうしよう、これから重役の人が聞きに来ることになってるのに電池がないよ」

で、そのボイスレコーダーの電池が切れていて、すっごい困っているらしく、他の皆も「これ使え!」とか買い置きの単三電池とか渡すんですけど、悪いことにボイスレコーダーの電池はマニアックな単四電池、もうどうしよう!って感じでブスがさらにブスなことになってました。

「昨日確認したら電池はフルだったのに、電池が無くなってるなんてありえない!一日でなくなるなんてありえない!」

とかブスがのたまってました。まあ、会議で録音で使う以外に、その重役が録音内容を確認に来た時くらいしか使いませんから、普通に考えてそんなに電池が減ることはない、確かに不思議なことなんですけど、いくらなんでも責任転嫁が過ぎます。自分の管理がなってなかったのを摩訶不思議な現象のせいにしようとしているとしか思えません。それって責任転嫁、それも誰も解決できない超常現象に転嫁する極めて無責任なことじゃないですか。そんなメンタルだからダメなんだよ的なことを言って一人で憤ってました。

「絶対誰かが勝手に使ったんだわ!」

もうブスは荒れ狂うタイフーンのようになりましてね、誰かが勝手に使ったと言い出す始末。責任転嫁もここまでくると大したものです。

まあ、昨晩残業していて職場に一人、あまりに暇だった僕はブスの机の上に置いてあったボイスレコーダーを使って「クラムボンは笑ったよ。クラムボンはかぷかぷ笑ったよ」と闇夜のオフィスで一人延々と吹き込んで、それを何度となく再生してケタケタ笑うっていう遊びを繰り返していたら電池無くなっちゃったんですけど、それにしても責任転嫁が酷すぎる。自分の管理がなってないからじゃないか。

「どうしよう!いまから確認に来るのに……」

もう完全にブスが困り果ててましてね、そこに同僚のナイスガイが救いの手を差し伸べたんです。

「こうやってやったらちょっとは電力が回復するから!」

そうやって彼はボイスレコーダーから乾電池を取り出し、すごい爽やかな笑顔で乾電池を温めはじめたんです。まあ、確かにこうやって乾電池を温めるって対処は適切で、乾電池ってのは中の化学反応で電気を生み出してるわけですから、温めるとその反応が促進されて少しながら電力が復活することはよくあることです。

まあ、その復活する電力と言うのも微々たるもので、それこそデジカメが動いたりゲームボーイが動いたりってのはそうそうないんですけど、ボイスレコーダーで音声を確認するくらいなら楽勝、ナイスガイはそれで対処しようとしたんです。

ああ、そうやって温めると復活するってのはいいよな、なんかすごいお得感がいい、ないはずのものが温めることで復活する、それってなんて素敵なことなんだ、と「温めて復活」という事象に対して古の記憶が呼び起こされたのです。

あれは僕が小学生の頃でした。当時、我が家は貧乏で、欲しい物など買ってもらえず毎日同じ服を着て、誰が見ても、ああ貧乏の子供なんだなと理解してくれるような少年時代を送っていた僕、いつも一緒に遊ぶのは近所に住む金持ちのお大尽でした。

そいつはまあ、性格もあまりよろしくなく、できることなら一緒に遊びたくないのですが、当時、神のアイテムだったファミコンを所有していたためファミコン目当てで彼と遊んでいました。世の中ってのは往々にしてそうで、金目当て、体目当て、遺産目当て、そんな毒々しい思惑が交錯する世の中においてファミコン目当てなんてカワイイものです。

ある日もファミコン目当てでお大尽の家に遊びに行くと、既に数人のファミコン目当ての友人が到着しており、お大尽を中心にワイワイと遊んでいました。何か対戦ゲームをやっていたんですけど、まあ、当り前のようにお大尽を中心とした接待ファミコンで、彼は1P固定、友人数人で2Pを廻して遊ぶという形態をとっていました。そうなると人数が多いんでなかなか順番が廻ってこないんですけど、それでもいよいよ次は自分の番だという段になって異変が起きたんです。

「そろそろファミコンはやめようぜ!」

お大尽はとんでもないことを言い出しました。そんなここまできてご無体な、だって次は僕の番だぜ?と思ったのですがそんなことは口にはできません。口に出そうものなら次回以降のファミコンライフに大きく響いてくるからです。まあ、お大尽が気分屋なのは今に始まったことではないので適当に受け流しつつファミコンの電源を切ります。

で、次に何をやるかと言うと、お大尽はファミコン部屋にあった机の引き出しからけったいな缶を取り出しました。

「これな、この間買ってもらったんだけどすげえ面白いんだぜ!」

見るとスプレー缶みたいなものなんですけど、なんかラベルには愉快でひょうきんなピエロのイラストが描いてありました。

「これをこうして、こうやると」

とスプレー缶を口に当て、中の気体を吸い込むお大尽。

「な、変わっただろ?」

その声は目玉親父みたいに高い声に変ってました。まあ、早い話がヘリウムガスを使ったパーティーグッズでした。これで声を変えてパーティーの人気者!みたいなやつです。

ハッキリ言ってね、当時の僕は驚愕しましたよ。人間の声があんなにも変わるものなのか。ウチの母さんも「部屋を片付けなさい!」とかドスの利いた声で怒ってる時に電話がかかってくると「はい、もしもし」とおしとやかに声変わりするけど、そんなもん比じゃない、もはや別人の域まで変化した声じゃないか。ダミ声で厭らしい感じだったお大尽の声がクリアーなハイトーンボイスに変ってやがる。

今でこそ、あれはヘリウムガス、よくあるパーティーグッズと屁でもないんですけど当時の僕は衝撃でしてね、未来からとんでもないグッズが来やがった、とまるで文明開化に驚いた明治時代の人みたいな感動があったのです。

それは他の面々も同じようで、「俺も俺も」「俺にもやらせて」と熱狂的にヘリウムガスを求める始末。まあ、みんな貧乏な子でしたからそういうグッズに縁がなかったんでしょうね。お大尽は金持ちですから普通にパーティーとかあってパーティーグッズも必要でしょうけど、僕ら貧乏人のせがれはプールの時に無理矢理嫌な奴と組まされるバディくらいしかありませんでしたからね。

そんなこんなで皆が次々とヘリウムガスを希望してですね、お大尽も満更ではない感じでホクホク顔。

「まてよまてよ、貴重なガスなんだから」

みたいなことまで言って、で、順番にちょっとづつ吸わせてもらえることになったんですけど、もうホント、ちょっとなのな。お大尽がブシューって感じで吸うならば貧乏人はプってな感じでホントちょっと。それでも声が変わるもので

「おい鬼太郎!」

とか言いあいながらゲラゲラと笑ってました。で、いよいよ僕にもヘリウムガスを吸う順番が回ってきて、声が変わったら何て言おう、どうせなら面白いこと言いたいよな、できることなら高い声になって爆笑するようなこと言いたい。そうだ、ウンコって言おう、ウンコなら誰でも笑う万能プレイヤーだし、こう毒々しいウンコを透き通った高い声で言うのが面白い、うん、絶対にウンコって言おう、とか考えながらワクワク待ってると

「もう終わり。これ以上はなくなっちゃうから」

またもありつけず。まあ、色々と言いたいことはあるんですけど今後のファミコンライフ云々。とにかく、その場は素敵なパーティーグッズに一同の胸が躍ったのです。

今日はファミコンにも、あの陽気なパーティーグッズにもありつけなかった。なんとも悔しいものよ、などと考えながら家路へと着く道中、僕には一つの秘策がありました。貧乏な我が家とは無縁と思われたあの陽気なパーティーグッズ、実はちゃんと我が家にあるのを知っていたのです。

そう、あれは確かどうしてもビックリマンチョコだったかガムラツイストが欲しくて、どっかに金目の物でもないかと家探ししていた時でした。なにやらあのヘリウムガスみたいな形状の物が戸棚の奥にあるのを知っていたのです。

「あれならうちにもある」

ファミコンはないけどあの陽気な缶なら絶対にある。少し小走りに走った僕は息を弾ませて我が家の玄関をくぐりました。

幸い、家には親父も母さんもおらず、置き物みたいに爺さんがいるだけでした。これは絶好のチャンスと目星をつけておいた戸棚を漁ります。

「あった!」

そこにはやはり缶がありました。ちょうどその時、弟が帰ってきて

「兄ちゃん、なにしてんの?」

とか興味津々に近づいてきたので事情を説明します。

「いいか、世の中には声が変わるとんでもない道具がある。それがこれだ」

得意げな顔で手に持った缶を見せびらかします。弟も目を輝かせて興味を示します。その缶には陽気なピエロなんてなくて、デカデカとこう書いてありました。

「Iwatani GAS」

まあ、明らかにウチで貧乏ながら鍋なんかをする際に使っていた卓上コンロのガス缶なんですけど、あまりに幼く、それでいてバカだった僕は声の変わるヘリウムの缶だと信じて疑わなかった。これを使って隠れてコソコソと親父と母さんが夜な夜な声を変えて楽しんでいるとしか思えなかった。まあ、別のことで夜な夜な楽しんでいたんでしょうけど。

とにかく、弟に宣言した手前、それよりなにより自分が楽しみでしょうがないですから、早くガスを吸って声を変えて見せなければなりません。

「ちょっと待ってろよ、いまやるからな」

弟はワクワクと僕を凝視しています。いま、僕は兄として尊敬されている。この無垢なる弟の期待に応える意味でも確実にこのガスを使いこなさなければならない。得体の知れない緊張感が僕を包み、ギュッと唇を噛みしめた。

いざ、あのお大尽がやっていたようにガスを口に含もうとやってみる。おかしい、なんか構造が違う。お大尽の家にあったヤツはこう、噴出させるスイッチみたいなのがあって、噴出口も吸いやすい形状になっていたはず。その反面、うちのはそんなスイッチ的な物もないし、噴出口も無骨で味も素っ気もないものだ。この辺で何かおかしい、何かが違う、すごい不幸になる気がするって漠然と感じていたけど、弟の眼差しの前に引き返すことなどできなかった。

たぶん、お大尽の家のヤツは高級品だ、金持ちだからな、ウチは貧乏だから同じ声が変わるガスでも安いやつを買ったんだ。だからピエロの絵もないし、噴出口もしょぼい、なあに中身は同じさ、声が変わるに決まってる。

僕は噴出口のあたりを無理やり押した。

「シュ」

こう噴出口全体を押すようにするとガコッと全体が引っ込み、何やらガスが噴出するような音が聞こえた。けれども、その音は一瞬で弱まり、シュシュシュシュ…と消え入るような音だけが響いた。バカな僕にも分った、これは中身がカラなのだと。

「もう中身がないみたいだ」

「えー」

悔しかった。弟の期待に応えてあげられない自分が無力だと思ったし、親父と母さんが僕らに隠れて夜な夜な声を変えて楽しんでるかと思うと悔しくてたまらなかった。なんとかして声を変えたい、バカだった僕の頭脳はバカなりにフル回転で稼働した。

「そうだ!温めよう!」

昔、親戚中から借金しまくって逃げ回ってるオジサンがウチに来た時に、なんだったかな、ヘアスプレーだったか何だったかの類の物がカラになったんだけど、こうやって温めると少し使えるんだぞ、って見せてくれたのを思い出した。

僕は弟の期待に応えるべく、その缶を懐に入れて温め始めた。

「なにやってんの?」

「こうやるとな、缶の中身が復活するんだ」

「すげー」

僕らは復活という言葉に胸が躍った。なくなったはずの物が温めることによって復活する。それは言うなれば神の領域だった。

「そろそろいくか」

おもむろに缶を取り出し、もう一度噴出口のあたりを押す。けれどもガスは全く出なかった。

「出ないね」

弟の言葉に僕は焦った。このままでは兄としての威厳が損なわれてしまう。偉そうに声の変わるガスを取り出し、温めれば出るなどと講釈まで垂れたのに出ないというのはありえない。沽券にかかわる。どうしたものかと困り果てていると、一つの考えが頭をよぎった。

「すげー温めよう」

季節はちょうど今くらいの春めいた時期だった。ウチでは爺さんのために常に居間では灯油ストーブがメラメラと灯っていた。あのストーブで温めればすごい温まってなかのガスも出てくるに違いない。全てが間違っていた。

「こうすると復活するから。きっと」

ガコンと燃え盛るストーブの上に「IwataniGAS」を置く。弟はその復活劇に興味津々な様子で覗き込むようにしていた。爺さんはテレビで時代劇の再放送見ていた。その瞬間、玄関先で物音がした。

もしや、親父か母さんが帰ってきた?

それは非常にまずい。親父と母さんが秘密裏に声を変えて楽しんでいるのに、そのスプレーを使って遊ぼうとしている姿を目撃されるのは非常にまずい。もしどちらかが帰ってきたのならばあの缶をすぐにでも隠さなければならない。

「ちょっと様子見てくる」

ストーブの上の缶は弟に任せ、僕は玄関の様子を見に行った。

幸いなことに、玄関にいたのは猫だった。猫が餌くれーといった感じで玄関の扉をこじ開けて入ってきていた。

「なんだよ、驚かせるなよ」

僕はその猫を抱っこするとそのまま居間へと戻った。そして、興味深くストーブを覗き込む弟に声をかけたのだ。

「そろそろ温まったかもしれん……」

そう言いかけた瞬間だった。

ポゥ!

聞いたことのないような異様な音が響いたかと思うと、ストーブの上の缶が爆発した。大爆発ってやつだ。当り前だ。

スコーンとストーブの上のガス缶が跳ね上がり、ストーブの周りに元気玉みたいな火の玉が形成されていて、その中心にモロに弟がいた。炎に包まれる弟の後ろ姿はジャンヌダルクみたいでかっこよかった、とかそんなこと言ってる場合じゃない。抱っこしていた猫が逃げ出すくらいの大爆発。爺さんは時代劇の再放送を見ていた。

幸い、ほとんど使い切ったガス缶だったのでとんでもないことにはならなず、火も一瞬で消えてなくなった。多分、満タンに入ってたら家ごとお亡くなりになり、二度と復活することはなかったと思う。

「熱いよう、熱いよう」

困ったことに、弟は顔を真っ赤にしてのたうちまわってる。一瞬とはいえあの火の玉のど真ん中にいたのだ。この真っ赤な顔は恥ずかしいとかじゃなく明らかに火傷だ。このままではとんでもないことをしたのが親にバレてしまう。その前に何とかしなくては。

とりあえず、怖くなった僕はストーブの火を止めた。破裂して大爆発を起こしたガス缶は窓の外に放った。あとは弟だ。弟を風呂場に連れて行き、シャワーを使って冷水をぶっかける。

「寒いよう、寒いよう」

当り前だが、冷やしても弟の火傷は治らなかった。このままではバレてしまう。親にバレてしまう。復活しろ、弟の皮膚、復活しろ!と冷水をかけ続けたが、復活することはなかった。

そこに母さんが帰宅し、目の前に飛び込んできたのは幼い兄弟の兄が弟を水責めにしているシュールな絵図。母さんは悲鳴を上げた。もちろん、親父にも犯行がバレることとなり、病院に連れて行かれる弟を尻目にとんでもない折檻を受けることになる。

「なんでガス缶をストーブにかけたんだ?え?」

「声を変えたくて」

微妙に意味分からないんですけど、うちのキチガイ親父は意味なんて分からなくても良いようで

「そんなに声を変えたいならワシが変えたるわー」

と、まだ冷え込みのきつい屋外に裸足で一晩放置されました。見事に声がガラガラになった。

あの時は本当にアホだったよなー、なんでガス缶をストーブにかけるかなー、そもそも、声なんか変わるわけなくて、プロパンガスがフルに入ってたらそれ吸ってラリって死んでたぞ、なんて思いながら、同僚とブスが電池を温めている光景を見守っていました。

「ほら、こうやって温めればこのとおり」

「あ、ほんとだ、すごい!」

こちらの復活劇は上手くいったようで、ブスも大喜び。電池も復活し、ちょうど重役もそこにやってきて会議音声の確認ができ、全てが丸くおさまったのでした。やっぱ復活ってモンはいいね。

なんてことはなく、その光景を遠くから見守っていたんですけど、なにやら重役がお怒りの様子。

「これ、前回の会議の音声が入ってないじゃないか」

それを聞いて慌てるブス。

「あれ、おかしいですね、消えてる」

そういや、僕がクラムボンとか弄って遊んでる時も会議の音声ファイルは入ってなかった。たぶんブスが消しちゃったんだろうな、どうしようもないブスだ、しかもまた勝手に消えてるみたいな超常現象のせいにしようとしてる。微妙に僕が邪魔だーって消した気もするけど、とんでもないブスだ。責任転嫁が過ぎる。とか思ってると、ブスが言うんです。

「大丈夫です、これは音声を完全に消去するには二段階の操作が必要でして、消したと思ってても残ってるんです、ほらここに」

なんと、超便利機能!消したはずの音声が復活するとかまじすげー!とか思ってると、とんでもないことに気づいたのです。

「えっと、一番最近のファイルはこれですね」

そう、僕も昨晩、電池がなくなる前に「クラムボン」音声を消したんですけど、そんな二段階の消し方とかやってない。明らかに残ってる可能性が、復活する可能性が高い。そして、一番新しいファイルは電池がなくなる直前のファイル。あかん!

と思った時には既に遅く

「クラムボンは かぷかぷ笑ったよ」

という僕の朗読を思いっきり重役が聞いてました。

たぶん、僕自身の復活はない。

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