都市伝説をぶっとばせ

都市伝説をぶっとばせ

口裂け女、トイレの花子さん、人面犬に死体洗いのアルバイト、はたまた宇宙人の存在をアメリカはひた隠しにしている、30歳まで童貞だと魔法を使えるようになる、などなど、最近では何かとこれらの「都市伝説」と呼ばれる出所不明な噂話を耳にする機会が増えたように思います。そういった関係の書籍がいくつか出版され、結構な売れ行きを誇っているなど静かなブームと言えるかもしれません。

僕はこういった都市伝説的な噂話ってのが大好きでしてね、大学時代に物理学の課題で電磁コイルに関するレポートを出されましてね、何を書いていいのかさっぱり分からなかった僕は思いっきり都市伝説に関することばかりを書いて提出、思いっきり単位を落としたなんて逸話を持ってるほどなんですよ。で、常々思うんですが、こういった都市伝説、今でこそはけっこう怪しげな噂話的な扱いを受ける感じがするんですが、実はこれってけっこう大切なことなんじゃないかって思うんです。

人から人へ語り継がれる都市伝説、それも多くの場合が誰かを戒めるような内容を含んでいたり、勧善懲悪だったりしています。冷静に考えるとありえないことばかりなのですが絶妙にその当時の世相というか生活様式を反映していたりするもので、よくよく考えるとこれは昔話や民話はては神話なに通じるものがあるんじゃないかって思うんです。

ですから、何十年後、何百年後の日本では、さらに形態を変えた口裂け女が当たり前の昔話として語り継がれているかもしれません。人面犬が鬼を倒しにいく話とかになってるかもしれません。きっと桃太郎や浦島太郎なんかも最初は都市伝説的な与太話が形態を変えて行ったのではないかと思うのです。

ちなみに、全然関係ないですが僕は国語の教科書に載っていたアカ太郎という話が大好きです。何年も風呂に入ってない老夫婦が風呂に入ったら垢が出まくって人間ができちゃったっていうとんでもない話で、確かそのアカ太郎が鬼を倒しに行く話です。当時の僕は、老夫婦なのに一緒に風呂に入るとか仲睦まじいなってニンマリしたのを覚えています。

そんなことはどうでもいいとしまして都市伝説ですが、問題は今の僕らが未来の日本昔話を作っているという事実です。都市伝説を語り継いでいく上でいつしか自然と桃太郎、浦島太郎と肩を並べる日本昔話になる。そうなった場合、あまり恥ずかしいエピソードを残してはいけないんじゃないかって思うんです。

例えば、桃太郎を考えましょう。おそらく日本昔話で一番有名なこの話の冒頭は、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯にではじまります。この話を聞くたびに、ああ、当時は電化製品が何もなかったんだな、川に行かないと洗濯もできないし、柴刈りに行って薪を取らないと料理も作れないし暖房にもならない、当時の人達は自然と共に生きていたんだな、って生活様式に思いを馳せることになります。

それと同じで、現代の都市伝説が遠い未来に昔話となった場合、今現在の様子を想像する材料として使われることになると思うのです。その時に口裂け女やら人面犬やら、そういったエピソードなら別に恥ずかしくはないですけど、例えば熱烈にオナニーして性器を擦ってる青年がいて、あまりに毎日やってるもんだから右腕の筋力だけ異常に発達してしまってですね、あまりの高速ピストンに性器から煙が噴出、その煙の中からランプの精ならぬ性器の精が出てきて願いを何でも叶えてくれる。青年は性器の精を狙う悪者と対決し、見事勝利、姫を救出して性器の精と共に宮殿で幸せにくらしましたっていう都市伝説だったらどうしますか。僕、恥ずかしくて未来の人に顔向けできないっすよ。

とにかく、語り継いでも恥ずかしくない、未来の人が聞いて「昭和・平成時代の人間はなにやってんだ」と思うことがない堂々たる都市伝説を残していかないといけないと思うのです。

さて、そんな「都市伝説」ですが、僕はこの名称に大きく異論を唱えたい。何も疑うことなく純粋に噛み砕くと「都市」で伝承されていく「伝説」となるわけなのですが、その大半は実際には「都市」でブレイクしないと思うんです。そりゃいくらか都市部でも流行するんでしょうけど、他に娯楽のない田舎、人と人の繋がりが濃厚なうら寂れた農村なんか噂の伝承パワーが違いますからね。もうとにかく、この手の噂なんてのは田舎ほど盛んなんじゃないかって思うんです。だから「都市伝説」って名称は微妙にシックリこない。

僕が育った街はそれこそ牛車とか走ってる本気の田舎で、うら寂れた漁村って雰囲気がモンモンとしている掛け値なしの田舎だったわけですが、やはり噂の伝達力ってのは恐ろしく、こういった都市伝説的な話は子供たちの間で一番の感心ごとでした。

大人たちってのは都市伝説とはいえないようなもっと生々しいスキャンダラスな噂で盛り上がっていたのですが、やはり子供たちはありえないような都市伝説に夢中、やはり子供ですもんね、そりゃあ30歳くらいのニートお兄さんが本気で口裂け女の存在を信じて部屋でプルプルしてたらそれ自体が都市伝説ですからね、やはり子供が噂の中心になると思います。

やはり田舎ゆえに情報伝達に大きな障壁があったんでしょう、今みたいにインターネット全盛というわけにはいきませんから、口裂け女、人面犬なんてメジャーレーベルな、それこそ全国規模の都市伝説ってのはそんなに盛り上がらなかったんですよ。その代わり、もっと地域的な言い換えるとローカルで局地的な都市伝説が大ブレイクしていました。

中でも、以下の3つの都市伝説が根強い人気で、しかもけっこう身近な話題だから信憑性があって生々しい。地域の子供たちはみんなこの噂を信じ込んでいたのです。

一つが、3丁目の廃屋近くで大声を出すと猟銃を持ったキチガイ爺さんが追いかけてくる、というもの。これは妻に先立たれた爺さんが気が狂ってしまい、おまけに子供たちまで爺さんを見放し、爺さんは子供たちを憎んでいるというもっともらしい理由がついてました。4年前に田中君のお兄さんが3丁目の公園でサッカーをしていたらいきなり猟銃で狙撃されて死んだ、なんてとんでもないエピソードまで伝わってました。

二つ目が、松山商店の周りには四つんばいで歩く化け物オッサンが出て、四つんばいのまま恐ろしい速さで追いかけてくる、というもの。これはウチの地域で駄菓子などの子供騙しな商品を売ってる商店があって、そこは酒屋も併設していたんですよね。で、そこで夜遅くまで買い食いしていると四つんばいの化け物オッサンがでてくるというもの。しかも鬼のような速度で追いかけてくるらしい。この話はいくらか信憑性があって、ウチの学年でもけっこう人気のあった、僕も秘かに恋心を抱いていた友子ちゃんという子が実際に目撃して追いかけられたという生々しい体験を語っていました。

三つ目が、タバコの灰は売れる、という噂。これは真実なのか嘘なのか良く分からない、調べてもよく分からなかったんですが、タバコを吸うと灰が出ますよね。吸殻を除いてその灰だけを一升瓶に満タンに貯めると、それを農家が1本5万円で買い取ってくれるという話。なんでもタバコの灰は栄養価が高く、畑などの土壌に撒くと野菜が成長する、だから農家が高値で買い取ってくれる、なんてことも伝わってました。

僕ら子供たちはこの3つの都市伝説を本気で心の底から信じ、3丁目に近づく時は静かにしていましたし、夜遅くなったら松山商店には近づきませんでした。ウチのキチガイ親父がタバコの灰を捨てるのをMOTTAINAI!とか本気で思っていたものです。

そんな都市伝説も成長していくに従ってそんなの本気であるわけないと大体分かってきます。そりゃあ、子供を猟銃で撃ち殺した爺さんがいたら今頃塀の中です、四つんばいで子供を追いかけるオッサンがいたら鉄格子のついた病院の中です。タバコの灰だってきっと売れないでしょう。なんとなく大人たちが恣意的に流した噂なんじゃないかなって思うんです。

3丁目の公園は住宅街の真ん中にあって子供たちが大騒ぎしていた。それを静かにさせるために大人たちが猟銃爺さんの噂を流した。松山商店で夜遅くまで買い食いしていると危ない。あそこは酒屋も併設しているから危ない大人だって来るかもしれない。じゃあ近づかないようにしようと噂を流した。タバコの灰はよくわかりませんが、きっとこんなことだと思うのです。

そういうことが大体分かり始めてきた高校生くらいの時、結構なろくでなしブルースだった僕は同級生の家にたむろし、まあ一種の溜まり場ですね、そこで悪ぶってタバコなどをスパスパ吸っていたんです。

仲間達とタバコを吸いつつワルな自分に酔いしれていたのですが、そこで子供の時に本気で信じていた都市伝説の話になりました。そういや、タバコの灰が農家に5万円で売れるって信じてたよなーから始まり、3丁目のキチガイ爺さん、松山商店に出没する四つんばいの化け物オッサンと昔話に華を咲かせる感じで大変盛り上がったのです。そして、仲間の一人が言い出しました。

「でもさ、タバコの灰は売れるんじゃない?」

確かに、キチガイ爺さん、四つんばいオッサンってのは明らかにあり得ないじゃないですか、でもね、タバコの灰はなんか一刀両断してはいけないような絶妙な信憑性があるんですよ。なんとなく、もしかしたら売れるんじゃないかって思うところがあるんです。

それにまあ、高校生といえばお金がない時期ですよ。お金はないけど遊びたいでも働きたくないなんていう生物的に見ると最下級なんですけど、やっぱお金が欲しいじゃないですか。エロ本とか買いたいじゃないですか。タバコの灰が1本5万円で売れる、これはもう驚くほど魅力的だったわけなんですよ。

「俺たちで灰を貯めて売りに行こうぜ!」

誰が言い出すでもなく、僕達は一致団結しました。とにかくこの溜まり場で吸うタバコの灰を貯める、一升瓶1本貯めて農家に売りに行こう。売れた金は皆で山分けだってことになったんです。

そこからは凄かったですね、みんな狂ったようにタバコ吸うのはもちろんのこと、各々の家庭で出た灰までこっそり持ってきましてね、どこにこんな情熱があるんだろうと思うほど熱心に灰を集めたんです。で、ついに決起から2ヶ月経ったある日、一升瓶満杯のタバコの灰が僕らの目の前に現れたのです。僕らのようなクズだって目標を持って頑張れできるんだ、よくわからない感動が身を包んだことを今でも覚えています。

しかしながら感動に打ち震えているわけにはいきません。すぐに次なる問題が浮上します。これをどこに売ればいいのか。普通に考えると、本当にタバコの灰が売れるならば買い取ってくれる機関があってそこに売ればいいわけなんですが、僕らはれっきとした高校生なわけなんです。高校生が我が物顔でタバコの灰を売りに来る、これはどう考えてもマズいわけなんです。

「そうだ!農家に直接売りに行こうぜ!」

これが飛びぬけた発送でした。もし農家が本当にタバコの灰を欲しているのならば、難しいこと考えずに直接売りにいけばいい。急に光明が差した僕ら4人、いてもたってもいられず早速一升瓶を持って近くの農家へと赴きました。

この辺では結構広大な畑を所有しているという農家のことを山本君が知っていました。そこになら売れるんじゃないかってことで山本君が案内するままその人の家へ。実際に行ってみると本当に大農場主なんだろうかという貧相な家で、今にも崩れそうな廃屋でした。

「こんにちはー、すいませんー」

土間みたいになっている玄関で大声を出して呼びかけます。しかし、一向に反応がありません。

「すいませーん、タバコの灰を売りに来たんですけどー」

僕ら四人で大声を出して呼びかけるのですが反応なし。磨かれた板間に反射した光と、玄関から襖の隙間に見える居間、その奥にある立派な仏壇だけが妙に印象的でした。

「どうする?だれもいないんじゃ?」

誰も居ないのに玄関に鍵すらかかっていない、これは田舎では割とよくあることです。もう諦めて帰るか別の農家に売りに行くか相談していたところ、異変が起こりました。

ガチャリ

何か不振な物音が家屋の奥から聞こえてくるのです。他の連中は相談に夢中で気付いていないみたいでしたが、僕は確かにその物音を聞きました。何かいる。この家には何かいる。逃げなくてはいけない、動物的な直感が背筋を伝いました。その刹那、とんでもない事態が捲き起こったのです。

「テメーら!泥棒か!」

長い長い廊下、あまりに長すぎてその奥は暗がりになっていたのですが、その闇の中から何やら奇声を発した生物が猛然と突っ込んでくるのです。何が起こったのか分からずにマゴマゴしている僕達、よく見ると老人が手に猟銃を持ってこちらに突進してくるではないですか。

「銃持ってる!逃げろ!」

何故か殺されると思った僕らは脱兎の如く逃げます。しかし、猟銃を持った老人はなにやら奇声とも雄叫びとも思える大声を出しながら追ってきます。なんか僕らは逃げる時に玄関の戸を閉めて逃げたのですが、その戸を蹴破って追いかけてきた。

なんで追いかけられててしかも生命の危機に瀕しているのか全く分からないのですが、僕らは家の前の畑を横切って本気で逃げます。それでもキチガイが追ってくるものですから自然と4方向に分かれて逃げました。

こうなるとキチガイ爺さんは一人しかいませんから殺されるのは1人で済みます。すると、一番足の遅かった山本君が獲物として狙われることになったのです。

「hckすえふえvlヴぇwv」

猟銃片手に奇声を上げる爺さん。

「助けて!助けて!」

泣き叫びつつも必死で逃げる山本君。

僕らはもう追いかけられることがないので物陰に隠れてそのシュールな光景を見守っていました。最終的には、道路まで逃げた山本君が、手に持っていた一升瓶を地面に叩きつけ、モワーッとタバコの灰が爺さんを包み、その隙に逃げることに成功していました。

それぞれがそれぞれの方法で逃げおおせ、なんで追いかけられたのか、なんで殺されかけたのか分からないまま溜まり場に再集合します。

「なんで俺だけ置いて逃げるんだよ!」

「置いて逃げてねえよ!物陰から見てたよ」

「よけい悪いわ!」

なんていうハートウォーミングな会話を交わし、まだ激しく荒れている呼吸を整えながら冷静に議論します。

「あれは僕らが悪いことしたとかじゃなくて、単純にあの爺さんがキチガイだったんだな」

「キチガイに猟銃持たせるなよ」

「なんで俺だけ置いて逃げるんだよ!」

活発な議論が進む中、2ヵ月間必死の思いで貯めた灰を煙幕代わりに使った山本君の弾劾裁判が始まります。

「お前のせいでタバコの灰がなくなった」

「どうしてくれる」

「だいたい、あのキチガイ農家を案内したのはお前だろ」

必死で責め立てる僕ら、

「なんで俺だけ置いて逃げるんだよ!」

山本君はもう涙目でした。そして僕はあることに気がついてしまったのです。

「なあ、あの農家って何丁目?」

「3丁目だよ」

一同が沈黙します。

「おい、それって3丁目の猟銃爺さんじゃないのか」

なんてことだろうか、子供の頃に信じていた都市伝説、そんなのはどうせ嘘だろうと思っていたのに、まさか本当に実在したとは。きっとあの爺さんがあの調子で子供を追い回したんだと思う、それが噂になって都市伝説として語り継がれることになった。そういうことなのかもしれません。

「ということは・・・」

都市伝説は嘘でもデマでも誇張でもなくて本物だった。3丁目には本当に猟銃を持ったキチガイ爺さんがいた。つまり他の都市伝説も本物である可能性が高い、ということは・・・

「タバコの灰も売れる可能性が高いってことだな」

山本君が言う。違う、そっちじゃない。だいたいタバコの灰はお前が煙幕に使ったじゃないか。

「松山商店の四つんばいオッサンもいるかもしれないってことだろ」

「その謎を解き明かすしかないな!」

いつの間にか目的が変わっていた僕達、我が町に伝わる都市伝説の謎を解明しなければならないという使命感に燃えてしまい、最大の謎である「松山商店の四つんばいオッサン」の謎に迫ることになったのだった。

子供の時に聞いた内容などから考えると、ほとんどの場合で四つんばいオッサンは夜に出没している。暗闇の怖さや、その周辺に街灯が未整備だったことが四つんばいオッサンのミステリアスさを演出していた。

早速、僕ら四人は松山商店の近くで張り込みを開始する。高校生にもなってなにやってるんだって思うんだけど、僕らは至って真剣だった。猟銃爺さんもいたんだから四つんばいオッサンもいるはずだ。ウチの学年のアイドルだった友子ちゃんだって襲われたんだ、あの子は嘘つくような子じゃない、きっと本当にいるんだ。

どうせ溜まり場にたむろするくらいしかすることなかった僕らでしたから、その溜まり場が松山商店近くの物陰に変わっただけで、僕らはそこで何日も張り込みをしました。張り込んでいて分かったのですが、松山商店は駄菓子屋と酒屋を併設している商店で、それと同時に立ち飲みやって言うんでしょうから、酒買ってその場で飲むこともできるシステムになっていたんです。

で、ですね、夜もそこそこに深まってくると、けっこう酔っ払いの親父どもがフラフラと通りを歩くんです。ウエーイとか叫ぶダメな大人もいましたし、道端でゲロ吐いているダメな大人もいました。こりゃあ、これだけ酔っ払いがいるならば四つんばいオッサンがいてもおかしくない。きっと酔っ払いなんだろう、と心のどこかで思っていましたし、あんな大人にはなるまいと心に誓ったりしていました。

何日経ったでしょうか、その日もいつものように張り込みを続けており、暗がりの中でトランプなどをして暇を潰している時でした。松山商店の前の通りから普段は感じないような異様な熱気というか殺気というか、とにかく触れてはいけないような異常な思念を感じ取ったのです。

「なにかくる・・・」

僕らの手は止まり、トランプそっちのけで通りを注視します。見ると暗がりの中に一つの影がありました。しかしながら、それは人間のものとするにはあまりに低い、まるで地面に這うような物体。

「でやがった!」

色めき立つ僕たち。やはりこの都市伝説も真実だった。あまりのことに狼狽する面々、そんなものはお構いなしに謎の物体はなにやら呻き声を発している。

「ウェーイ」

どでかいエリマキトカゲのようにノシノシと通りを四つんばいで歩く黒い影。しかしながら呻き声はオッサンのそのもの。間違いない、都市伝説どおりの四つんばいオッサンだ。

「どうするんだよ!」

「捕まえるしかないだろ」

「どうやって!」

できればそんな恐ろしいものには触れたくない。しかしこの目で真実を見なくてはならない。お前が行けよ、お前が行けよと言い争った結果、多数決で山本君がいくことに。それでも渋る山本君を半ば投げ出すような形で道路に押しやりました。

「うわ!」

情けない声を上げる山本君、その声に反応して黒い影がこちらを向きます。

「なんかこっちみたぞ!」

ビビる山本君、こちらを向いて微動だにしない黒い影。物陰に隠れていた僕らは息を呑みました。静寂、緊張、興奮、永遠と思われるほど時が止まる。ジッと対峙したまま山本君と黒い影。ゴクリと生唾を飲む音が聞こえてしまうんじゃないかと思うほど。

次の瞬間。黒い影が山本君に向かって動いた。動いたかと思ったらありえない速さ。ワサワサワサとあっという間に間合いをつめる。

「山本!逃げろ!」

何かが危ない!危険が危ないと思った僕は叫んでいました。しかしながら、あっという間に間合いを詰めた黒い影はもうすぐそこまできています。ああ、山本君が殺されてしまう。

大切な大切な親友が危険な目にあっている。いてもたってもいられなくなった僕らは誰が言い出すでもなく物陰から飛び出しました。

「おい!捕まえろ!」

「そっちいったぞ!」

「抑えろ!抑えろ!」

「何で僕ばかりこんな目に遭うんだよ!」

闇の中を四つんばいですばしっこく動き回る黒い影。しかしこちらは4人がかりです。さあ観念しろ!とばかりに捕まえます。

「やった!捕まえたぞ!コイツ!」

誰かの叫び声が高らかに響き渡ります。ついに捕まえた。ついに都市伝説の正体を掴んだ。全く、俺たちの永遠のアイドル友子ちゃんを怖がらせるとはふてえやろうだ。この酔っ払いめ!と四つんばいオッサンの正体を確認すると、

うちの親父でした

ムチャクチャ酔っ払ってて「よう!」とかハニカミながら言ってました。オッサンなにやってますのん。

つまりはこういうことです。松山商店の立ち飲みブースで酩酊するまで飲む親父、これはもうライフワークでほぼ毎日と言っていいくらい通っていたそうです。なぜか酔うと四つんばいで歩きたくなるらしく、そのまま這うようにして家路へ。その光景を友子ちゃんや誰かに目撃されて大騒ぎ、といった按配のようなのです。どおりで、酔って帰ってくる親父の膝とかが汚いと思ったわ。おいおい、この地域の子供たちが本気で恐れている都市伝説の一つがウチの親父かよ。

都市伝説の正体がウチの親父だったということが判明してしまい、最初は「コイツ!暴れるな!」とか血気盛んだった友人たちも「あ、おじさん、こんばんは」とか何故か礼儀正しくなってる始末。酔っ払って前後不覚なの親父はご機嫌でウェーイとかなってました。

「じゃあ俺、親父連れて帰るから・・・」

「うん、おやすみ・・・」

「また明日ね・・・」

微妙に気まずい気持ちを抱えつつそれぞれの家路へと着く僕たち。

なんてことだろう、この街の都市伝説は本物だった。しかもそのうち一つがウチの親父だったとは。その瞬間、友子ちゃんを襲う四つんばいウチの親父という非常にシュールで嫌な絵図が浮かんでしまい、僕はただただ涙するのでした。

都市伝説はその全てが完全なるでっち上げというわけではない。噂の発生源には必ず何かしらの原因、元となる事件事故や事実、それに加えて誰かの意図が入っているのだ。なんにせよ未来へと語り継がれて昔話となるだろう都市伝説。それだけに、現代人として恥ずかしい話だけは語り継いではいけない。決して、ウチの親父が松山商店の近くで四つんばいになって徘徊するなんて噂は語り継いではならないのだ。

酔っ払って歩けない親父を引きずりながら月夜の帰り道、この都市伝説をどうやって打ち消すか思案に暮れるのでした。

ちなみに今現在、ウチの地元ではどうも友人の誰かがウチの親父が発生源だとばらしたらしく、それが形を変えて間違って伝わってしまい、松山商店の近くに四つんばいの親子が出るという意味の分からないものに形態を変えています。これだから都市伝説はおそろしい。そのうち親子でやって都市伝説を真実にしてやろう。

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