光と影

光と影

光ってのはものすごい。ただただ驚愕するしかない。

真空中における光の速度は秒速30万キロメートルで地球を7周半。波動の性質と粒子の性質の両方を備えた二重性を持っている。そんな理科チックな話しはどうでもいいとして、とにかく光ってヤツは途方もなくすごい。アツい、ヤバい、間違いない。

小学生くらいの時、僕らクソガキの間では光ってヤツは圧倒的な速さの象徴だった。理科の時間に聞いたかなんか知らないけど、光の何たるかななんて全然知らず、とにかくすごい速いもんだと認識し、様々な場面で活用していた。

中でも、足が速い琢磨君って男の子がいて、彼は頭がバカでどうしようもなかったんだけど足だけは一級品に速かった。いつもいつも運動会の主役で、クラスの女子にもモテモテだった。そんな琢磨君が「俺は光より速い」と途方もないことを言い出すもんだから僕らは色めき立った。

早速、四区の児童公園に集まった僕らは懐中電灯片手に琢磨君と光どちらが速いか試した。カチッと懐中電灯を照らすと同時に裸足の琢磨君が走り出す。僕らはどちらが先にゴールにたどり着くか真剣に判定をした。そう、あの頃、確かに僕らはバカだった。

当たり前の話だけど、光ってのは琢磨君より全然速くて、いくら彼が顔を真っ赤に染め上げて走っても全く敵わなかった。それくらい光ってのは凄いものだったし、絶対的な領域だと思っていた。

僕が20歳くらいだった時。大学の関係で名古屋のとある工場に送り込まれ、そこで2週間くらい監禁されるという研修という名の地獄の日々を過ごしていた。そこではクソ暑い工場のど真ん中に座り、落ちてるゴミみたいな綿毛を5分ごとに拾って重さを量るという、正常な精神の持ち主なら発狂しかねない単純作業に従事していた。

2時間もやってると測定数も20を超えて綿毛の重さとか心底どうでもよく思えてき始めてきて、記録紙に適当な重さとか記入し始めるのだけど、ふと工場の隅が気になった。そこでは何か半透明なチューブのようなものがウネウネと蠢き、その傍らにはうず高く積み上げられたチューブタワーがそびえ立っていた。夏だね!と言い出しかねないくらいのチューブっぷりだった。

「あれはなんですか?」

この工場ではゴミのような綿毛しか作ってないはずだ。あんなチューブが存在するのがそもそもおかしい。不審に思った僕は通りがかった社員の人に尋ねた。

「ああ、あれね、光ファイバーだよ」

光ファイバーという言葉が出てきた。その言葉を聞いてもクリスマスなどに街角に並ぶあのインチキ臭いイルミネーションしか浮かばず、

「へえ、確かに綺麗ですもんね、光ファイバーのツリーとか」

とか雑談に花を咲かせると社員の人は鼻で笑った。

「いやいや、そんなんじゃないよ。インターネットなんかの通信に使う光ファイバーの開発をしてるんだよ」

当時はまさにインターネット初期で、みんなゴリゴリとモデムと電話回線を使ってムリムリとインターネットに繋いでいた。24時間繋ぎ放題なんて素敵なプランもなく、テレホーダイなんてキチガイじみたサービスがあるだけ、回線速度だってムチャクチャ遅くて画像でもヒイコラ、動画なんてダウンロードしようものなら一日仕事だった。けれども、それが普通であって特に不便とも感じずに皆がシコシコと繋いでいたんです。

そんな事情もあってか、「光ファイバーでインターネット」ってのがどうもピンとこず、あんな綺麗なだけのインテリアがインターネットに使えるもんか、だいたいファイバーってなんだよサガットが変なビーム出す時の掛け声か、などと思ってました。

あれから10年余り、インターネットを取り巻く通信環境は激変しました。電話回線ダイヤルアップからISDN、ケーブル、ADSL、そして時代はついに光ファイバー(FTTH:Fiber To The Home)へと移行したのです。あの日、あの工場で見たファイバーの山たち、あれが普通に実用レベルで普及したと考えると感慨深いものです。

さて、今や多くの人がADSLやケーブル、光でインターネットに接続し、高速通信、常時接続などが当たり前のように展開されています。そして、それらの中でも頂点に君臨するのがやはり光ファイバーではないかと思います。

その実態や構造は良く分かりませんが、やはり「光」というネーミングが秀逸すぎます。前述したとおり、僕らの多くは「光」に対してこう考えるはずです、速度に関しては絶対的な存在であり、これ以上速いものは存在しない、と。

東海道・山陽新幹線で考えると分かりやすい、開業当初、新幹線は「こだま」と「ひかり」の2種類が存在し、「ひかり」は速度が速く、「こだま」はその下位的な扱いだった。つまり、音である「こだま」よりも光のほうが速いというネーミングセンスだ。そして、1992年に、当時熾烈な料金値下げ競争によって利用者数を伸ばしていた航空機路線に対抗する形で新型車両を開発、さらに上位の新幹線として「のぞみ」が導入された。これはもう、光より速いものは人間の精神世界くらいしかないだろうという、光の絶対的速さに対する諦めともとれるネーミングだった。よけい分かりにくくなった。

とにかく、それほど絶対強者として存在する「光」、それをインターネットに使うんですよ、とした「光インターネット」は名前の勝利だと思う。誰もが鬼のようにクソ速いインターネットを連想する。それほどに「光」の存在は強烈だ。

しかしながら、ことインターネット回線に関しては、僕個人はあまり恵まれているとは言えない歴史を辿ってきた。なにせ、数年前のADSL花盛りの時代においてもシコシコとダイヤルアップで繋いでいて、調子に乗ってインターネットやりすぎて電話代に卒倒したこともある。

やっと、ADSLを導入した数年前においても、立地条件が悪かったのか速度が死ぬほど遅かった。そして、度々の利用料金延滞により幾度となくネット回線を停められ、酷い時はエロ動画をダウンロードしている途中でやられたこともあった。「舐められたらでちゃう01.zip」をダウンロードして調子悪かったので再起動して続きをやろうとしたら停められてて「舐められたらでちゃう02.zip」「舐められたらでちゃう03.zip」「舐められたらでちゃう04.zip」とダウンロードできなかった。01には絡み前のインタビューしか入ってなかった。こんなので抜けるか。

さらには賢明なヌメラーの皆さんなら記憶に新しいことかと思うけど、

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こんな意味分からない利用料金の請求が来たこともあった。なんだよ、35円って。

とにかく、あまり良い思い出のなかったADSL、これも度重なる料金延滞により契約解除、同時に電話回線もなくなるという悲劇に遭い、あっという間にか我が家からインターネット回線が消えた。

別にインターネットなくてもいいや、職場でやるし、って感じで数ヶ月、ネット無し我が家を堪能していたのだけど、さすがにそういうわけにもいかないのでそろそろ何とかしようと職場からネットを徘徊、そこで「ADSLより安い光インターネット」「今なら工事費無料!」という魅惑的な言葉が踊るサービスを見つけてしまったのです。

なんと、あの確固たる絶対強者、最強で孤高の存在である「光」、それを利用した最強のインターネット回線が我が家にやってくるというのか。それもADSLよりも低料金で工事費も無料、こりゃもう、申し込むしかない!もうね、光の速さで申し込みしましたよ。

それからまあ、妙齢のお兄さんが我が家に工事下見にやってきてエロ本の山を見られたり、工事の日をすっかり忘れてて、ゴミだらけのカオスな部屋で工事してもらって、工事の人が嫌な顔してたり、という悲劇を経てついに9月中旬、我が家に光インターネットがやってきたのです。

あの光が我が家にやってきた。思えば長い道のりだった。ダイヤルアップモデムの接続音や、ADSLを停められた時の無慈悲なエラー画面「リダイヤルしますか?」という画面などが走馬灯のように頭の中を駆け巡る。僕はこの日、ついに世界を制する力を手に入れたのだ。

まずはエロ動画のダウンロード。

鬼のように速い!光インターネットすげえ!

次にこのNumeriファイルのアップロード。

一瞬!光インターネットすげえ!

メールチェック、普段、一日にスパムを含めて500通くらいメールが来るのですが。

500通が数秒で!光インターネットすげえ!

もう感動しすぎて10Mくらいのファイルを意味もなく何回もアップロードしてはダウンロード、感動に打ち震えていたのでした。

さて、そんな素敵過ぎるインターネットライフを満喫し、やっぱ光はすげえやって思ってたのですが、そんな平和で平穏な日々を送る僕の元に1通の手紙が届きました。

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頼もしすぎる赤い文字、光インターネット会社からのハガキでそこには請求書と書かれていた。

あれれ、おかしいな、確か工事費は無料で利用料金も最初の1ヶ月は無料のはずなのに。何かの間違いかしら。でもまあ、あまりに素晴らしい光インターネットだ、ちょっとくらいの料金なら払ってもいいんじゃないか。あんな素晴らしいサービスを提供してもらってるんだ、それくらいしたってバチはあたらないはずだよ。そう考え、シールみたいになってるハガキを開き、いくら払えばいいのかしら、なんて軽い気持ちで確認したのでした。そして、そこには驚愕の事実が。

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初期費用142万6800円

高額!光インターネットすげえ!

ありえねーだろ、おかしすぎるだろ。なんか10万くらい値引きされてるみたいなんですけど微々たるもの、もうとんでもないことですよ。払えるわけがない。

いやいやいやいや、落ち着け、ちょっと落ち着け。冷静に考えろ。これは何かの間違いだ。架空請求とかでもここまでの高額は要求しない。っていうか光インターネットの導入にこれだけかかってたら石油王くらいしか導入できない。きっと何かの間違いだ。

まあ、そもそも消費税の額が142万にしちゃ少なすぎるので明らかに何らかの壮大なミスだったんでしょう、予想通り後日にはきちんとした7000円くらいの請求書が届いたので一安心したのですが、何も謝罪とか説明もなく、なんかイライラしましてね、もしこれで本当に払う人がいたらどうするんだよ、何もしらないお婆ちゃんとか払っちゃうかもだろって怒りに打ち震えてしまったんですよ。

というわけで、この140万あまりの請求書、実際に窓口まで行って払ってみることにしました。このミス請求書片手に払いに行って嫌味っぽく払おうとして窓口の人困らせてやる。

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142万円。どこにこんな金があったのかって?これだけのためにプのつくところとアのつくところのサラ金から借りてきました。早く返さないと金利が恐ろしいことになる。

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ちょー分厚い。とにかく、現金ちらつかせながら払う気マンマンって感じもプンプン匂わせてみたいと思います。

さて、光インターネット提供会社を調べて現金片手に赴きます。なんか受付っぽいカワイイ、大塚愛さんに少し似ているお姉さんがいたので札束をチラチラとのぞかせつつ話しかけてみました。

「あのー、すいません、この料金を支払いにきたんですけど」(札束をチラッ)

そう言って頂戴したあのとんでもない金額の請求書を渡します。これでこの受付の姉ちゃんも驚愕するに違いない。

「ああ、私どもの手違いでなんて酷い請求額を!」

「いえ、いいですよ、気にしないで。間違いは誰にでもある」

「気にします!私にできる償いならどんなことでもさせてください!」

「いえいえ、いいですから、気にしないで。それにはした金ですよ、こんなもん」(また札束をチラッと)

「私の気が済みませんから!どんなことでもします!」

「うむ、しゃぶってくれい」

もう、こうなるに決まってます。そうに決まってる。ああ、サラ金まで行ってきて良かった。

しかしながら、お姉ちゃんは請求のハガキに一瞥もくれず、まるで僕のことを鼻で笑うような蔑んだ視線を投げかけてくると一閃ですよ。

「申し訳ありませんが当社は窓口での支払い業務はやっておりません。このハガキを持ってコンビニなどで支払っていただけますでしょうか?」

なんか、最近、NTTをはじめとするほとんどのネットワーク関連の会社がそうみたいなんですけど、窓口での直接的な接客ってやらないみたいなんですよね、まあ、人件費かかりますし、で、やってないからと一蹴ですよ。もう恥ずかしくなっちゃいましてね。

「いや、あの、その142万・・・」

とか訳の分からないことを口走りつつ逃げ惑う僕。もう顔真っ赤、耳まで真っ赤にして命からがら逃げ出し、僕はなにやってんだ、ととんでもない自己嫌悪に陥るのでした。で、コンビニ窓口で払ったら本気で全額取られかねないので、後から来た正規の請求書のほうで7000円くらいを払い、大金もサラ金に返済しておきました。金利は700円くらいだった。

僕は受付で味わったあの恥ずかしさを一生忘れない。あの逃げ足の速さと顔の赤さは遠きかの日の琢磨君よりも速く赤く、もしかしたら光すらも超えていたのかもしれなかった。

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