ダービーキング

ダービーキング

「過って改めざる、これを過ちという」

これは孔子の言葉だったでしょうか。まさにその通りだと思います。人は失敗や間違いを犯す生き物です。そして、その失敗を悔い改めることによって成長できる生き物であると思います。何か失敗した時、間違いを犯した時、失敗しただけではそれは過ちと言えないのです。その失敗を悔い改めないことこそが最大の過ちなのです。逆に言うのならば、例え失敗したとしても、その行為を悔い改めることでそれは過ちではなくなるのです。

実は僕にもどうしても悔い改めなければならない過ちがあります。この失敗を悔い改めない限り、このまま放置している限り最低のクズ人間と言われてもおかしくない。そんな過ちがあるのです。今日はそんな失敗をこの場で吐露し、懺悔して少しでも昇華することができればと書いてみます。

ウチには爺さんがいて、生まれた時からいつも同じ居間の同じ場所に即身仏のように座っていた。右半身だったか左半身だったかが麻痺していて体が不自由で歩くことができず、飯を食うのも億劫な感じだったのだけど、それでも人の世話になるのが嫌いらしく、悪戦苦闘しながらボロボロ飯をこぼして食べていた。

それを知ってるウチの飼い猫が、飯の時、爺さんの近くにいればご飯が落ちてくると妙な悪知恵をつけてしまい、ひとたびご飯タイムともなると爺さんの膝の上にガッチリ待機していた。そのうち猫もどんどんエスカレートしてきて、落ちてくる飯だけでは物足りずに、爺さんが口に運ぼうとするフォークから煮魚などをダイレクトに盗むようになっていた。とんだシーフキャットだ。

煮魚を取られた爺さんは怒るでもなく、ただニコニコと笑っていた。むしろ、猫に対して怒ろうとしていた親父や母さんを制し、美味しそうに煮魚を食べる猫の頭を撫でていた。

少年だった僕は子供心におの爺さんという存在自体が謎で、たぶんバカだったから老いるという概念が理解できなかったんだろうけど、爺さんはなんで動かないんだろう、なんで活発に活動しないんだろう、四六時中同じ場所に座っていて楽しいんだろうか、とか考えていた。

そんな、本当に即身仏だった爺さんもすごく活発に動いたことがあった。あれは今でも忘れない、家に親父も母さんもいなくて僕と弟と爺さんしかいない時のことだった。

ちょうどその時、テレビかなんかでとんでもない悪者が主人公の彼女か何かのムチムチした女性を誘拐して廃工場で戦うっていう番組をやっていて、なんか女の人が天井から吊るされて「お願い!私のことはいいから逃げて!」とか文字通りの茶番を展開していた。

その「天井から吊るす」という行為に妙にハマってしまった僕は、親父も母さんも家にいない、これはチャンスだ!と弟を天井から吊るそうと企んでいた。嫌がる弟を捕まえて荒縄でグルグル巻きにし、本当は2階の部屋など人目につかない場所がベストなのだけど、吊るすための変なフックみたいなのがついてる居間で吊るしてやろうと画策していた。居間には爺さんがいるんだけど、なあに即身仏だ動くわけがない、ともうやりたい放題で弟を縛っていた。

いよいよ縛りも終わって泣き叫ぶ弟の声も弱々しくなってきた時、天井に吊るすぞーって意気込んでいると、ビューっと顔の横を何かが飛んでいった。それも物凄い速度で。とんでもない何かが顔をかすめていった。

その何かは仏壇の下のほうに当たり、ガシャーンと轟音を奏でて粉々に砕け散った。見るとそれは極大のガラス製灰皿で、いつも居間のテーブル中央に偉そうに鎮座している代物だった。

はて、なぜこの灰皿が飛んできて砕けちるんだ?と振り返ってみると、そこには修羅と化した爺さんがいた。立ち上がった爺さんは即身仏とは思えない禍々しきオーラを身に纏っており、今なら瞬殺されてもおかしくないとさえ思えた。大地が震えておった。

「弟をいじめるな!」

荒ぶる神々の怒りに触れてしまった。僕はとんでもないことをしてしまったんだ。幼い僕は未曾有の恐怖にただ震えることしかできなかった。とにかく、あれはとんでもない恐怖だった。

この爺さん激怒事件の他にも、完全なる無邪気、圧倒的無邪気、全く悪気がない状態、本当に純真無垢に疑問に思って爺さんに、

「お爺ちゃんはいつ死ぬの?」

と真顔で聞くとんでもねーガキだったんですけど、それらの発言や激怒事件なんか軽々と凌駕する、百万光年彼方に置き去りにするとんでもない失敗をやらかしてしまったんですよ。

高校時代のことだったんですけど、この頃になると子供の頃から即身仏だった爺さんはさらに即身仏に拍車がかかてましてね、ほとんど動かなかったんですよ。当時の僕は、まあ今でもそうなんですけど、どうしようもないチンカスでして、エロビデオとパチンコに夢中、なんていう途方もないろくでなしブルースだったんですよ。ホント、高校生でパチンコとか斬首刑でもおかしくない。

さらに最悪なのは、そのパチンコに猛烈にハマっちゃいましてね、ウチの近所にNASAっていう名前の、宇宙的な要素皆無なパチンコ屋があったんですけど、その店に足繁く通うようになっちゃったんです。もうクズですよね。

あくまで僕の名誉のために言っておきますが、当時はパチンコの持つギャンブル性に魅せられたとか、高校生でパチンコとかワルじゃん、とかそういうシャドーな自分に酔っていてわけでなく、単純に店員の女の子のことが好きだったんですよ。ホント、それだけだった。

まあ、別に好みだとかカワイイとかそういうのじゃなくて、なんかすげえ金髪でエロい感じで、口紅もピンクで、こうテクニシャンっぽかったんですよ。うごいエロスなんじゃって感じずにはいられなかった。とんでもない技を持ってるんじゃねえかって部分が高ポイントで、青き高校生だった僕には大変刺激が強かったんです。

でまあ、そのエロいお姉さん目当てでパチンコNASAに行くじゃないですか。全然宇宙的要素のないNASAにいくじゃないですか。この店は年貢を納める時の悪代官くらい慈悲のないボッタクリ店でしたから全然勝てないんですけど、それでもこう、色々な展開を夢見て通うじゃないですか。

「あら、今日も来たんですか?」

「ええ、他にすることないですし」

「またまたー、ウチ来たって勝てないでしょ」

「ええ、まあ、でも近いですし」

「あっ、わかった。お目当ての女の子がいるとか?」

「・・・・・・」

「え?ホントにそうなの!?誰?誰?ウチの店員なら紹介してあげるよ!」

「あなたです」

「え・・・」(トクン)

「あなたのことが好きでこの店に通ってます」

「え・・・やだ・・・年上の女をからかってるだけでしょ・・・バカにして!承知しないよ!」

「僕は真剣です」

「実は・・・私も、前からあなたのこと・・・」

鳴り響く軍艦マーチ、頬を染めるヤンキーお姉さん。あとはまあ、店のトイレでおセックスとかするじゃないですか。オッサン風に言うと彼女のチューリップが全台解放やな、玉じゃなくて別のものが出てきよるわ、じゃないですか。

まあ、実際には、僕はウブなトゥーシャイシャイボーイでしたから、話しかけることもできず、ただただ台に向かって金を消費し、彼女の姿をチラチラと横目で追うことしかできませんでした。

しかしながら、ここで大きな問題が。ハッキリ言っちゃいますとパチンコって儲かるようにはできてないじゃないですか。明らかに搾取されるしかない、一方的に奪われるのみ。そんな遊戯じゃないですか。じゃないとこれだけド派手にパチンコ店が乱立しませんし、ガンガンテレビでCM流さないですよ。そんな圧倒的不利なギャンブルに、アルバイトをしていたとはいえ金のない高校生が足を突っ込んで無事で済むわけないじゃないですか。

もう、あっという間に金がなくなるんですよ。4千円とかそれくらいの金しか持っていかないもんですから、店に入ってすぐに全財産が溶けちゃうんです。ホント、30分ももたなかった。

台に座って少しでも彼女の姿を見ていたい。けれども金がない。青年特有のジレンマとでもいいましょうか、青き青春時代の苦悩とでも言いましょうか。とにかく悩みぬいたんです。そんな悩める時、まるで救いの神のように出会ったのがダービーキングというパチンコ台でした。

これはまあ、今までNASA店内の端っこのほうにヒッソリと設置してあって見向きもしなかったんですけど、打ってみると非常においしい。いわゆる羽根物機種ってヤツで、まあ全然やらない人には分からないでしょうけど非常に遊べる機種だったんですよ。

なんていうか、あまり勝ちもしないけど、手痛く負けることもない、それでいて小額の金で長時間遊べる。少しでも長い時間ヤンキー店員を眺めていたい僕にはうってつけの台でした。

この台は中央に馬の置物が鎮座している珍しい台でして、チューリップに玉が入るとヒヒーン!パカッパカッ!という効果音と共にその置物が口を開くというシュールな台でして、その馬の口を狙って玉を入れるんです。でまあ、このヒヒーン!がとにかくうるさい。頭にくるくらいうるさい。チューリップに入れるたび、だいたい30秒に1回は入るんですけど、その度に馬がいななくんですよ。

しかも、このダービーキングのコーナーが死ぬほど不人気で、いつ行っても僕しかいない。誰もいないコーナーってムチャクチャ静かなんですけど、その中でキングのヒヒーンって声だけが響いてるんです。ムチャクチャシュールだった。

でまあ、やっぱりいくらかは遊べるとは言っても勝てないもので、アッサリ負けはしないものの、やはり金はなくなっていくんですよね。おまけに、僕の好きなヤンキー女店員は別のコーナーの担当で全然姿が見えない。この店はコーナーごとに店員が担当につくスタイルだったんですけど、いつ行っても毎晩幽体離脱してそうなオッサン店員がやる気なさそうにダービーキングのコーナーにいたんです。

来る日も来る日も少ない金を握り締めてNASAに通う毎日。ダービーキングのコーナーでヒヒーンと馬を鳴かせる毎日。しかも愛しの彼女は別のコーナー担当で少ししか姿が見えない。まあ、女性読者の方に「健気なpatoさん!抱いて!」と言って欲しくて書いてますが、それでも彼女のために通ったんです。それだけで幸せだったんですよ。

そしていよいよアルバイトの金も小遣いも、参考書を買うと嘘ついて親から貰った金も、弟がひっそりと貯金していた金も、あいつ貯金するとか頭おかしいんじゃねえかって思うんですけど、その全てが底をつきかけた時、祭りは起こったのでした。

確か最後の6千円くらいを握り締めてNASAに行ったと思います。いつものように彼女の姿を探しつつ足はダービーキングのコーナーへ。しかしながら、彼女の姿が見えない。いつもはフィーバーパワフルという当時大人気だった台のコーナーに燦然と咲き乱れる花のように立っているのにその姿が見えない。

まさか辞めてしまった?

一番怖いのはこれでした。こう言っちゃなんですが、パチンコ屋の店員さんって結構回転が速いんですよね。すぐに辞めちゃっていなくなるとかザラで、僕もいつ彼女が辞めていなくなっちゃんだろうってすごく怖かったんです。

ああ、もう彼女に会えないのか・・・そんなバカな・・・ガックリと肩を落としながらダービーキングのコーナーに行くと、そこに彼女の姿が。神々しい後光すら感じる可憐な彼女の姿が。もう盆と正月がいっぺんに来て、ついでにいつも小遣いくれる叔父が山梨からやってきたようなもんですよ。

単純に考えて今日のダービーキングコーナーは彼女が担当。前述したとおり、ダービーキングコーナーなんて客がいませんから僕と彼女二人っきりですよ。これはいける、いけるかもしれない。下手したらダービーキングコーナーでおセックスとかできるんじゃないか。ヒヒーンとか彼女がいっちゃうんじゃないか。期待と興奮でどうにかなっちゃいそうでした。

震える手で6千円全てを500円玉に両替、彼女から見て近からず遠からずな位置のダービーキングに座って馬を鳴かせ始めます。コーナー内に響くヒヒーンがいつもは哀愁すら感じるんですけど、彼女がいるというだけで結婚行進曲にも聞こえるんですから不思議なものです。

彼女はすごいダルそうに立ってるだけで、早く仕事おわんねーかなーみたいな顔してて僕のことなんて眼中にない感じなんですけど、多分照れてるんでしょう。心中は穏やかじゃなくて、やだ、アタイ、なんでこんなにドキドキしてるんだろう!とか思ってるに違いありません。

話しかけたりしてみたほうがいいんだろうか。

何かきっかけがあったほうがいいかな。

いきなり話しかけて驚かないかな。

それより手紙でも書いて渡したほうがいいかもしれない。

乳首の上にパチンコ玉のせるプレイしたい。

とまあ、純情な想いが駆け巡ったんですけど、こういう時って本当に間が悪いというかタイミングが悪いというか、あっという間に6千円がなくなろうとしていたんです。ああ、持ち金が尽きてしまう、彼女と二人っきりの時間を過ごすためのチケットがなくなってしまう、心の中は喜びと同時に悲しみに支配されていました。

しかし、神様ってのは本当に粋な計らいをするものです。最後の500円玉を投入した時、ドラマは起こったのです。

なんと、台の下部の穴、外れたパチンコ玉が回収されていく穴があるんですけど、台が古すぎたのかなんなのか、その穴の奥のほうで玉が詰まり始めたんです。打つ玉なんてほとんどハズレですから、どんどん回収穴にいくんですけど、そこが詰まってるもんですからどんどんと貯まっていくんですよ。

普通はそうなったら店員さんを呼んで詰まりを直してもらうんですけど、僕は逆にこれをチャンスと捉えました。回収穴が詰まる→玉が貯まる→ハズレ穴が塞がれる→アタリ穴にしか入らない→玉がたくさん出る→素敵と彼女がしなだれかかってくる→おセックス→両の乳首にパチンコ玉。コレですよ、コレ。

もう彼女と大金を同時に手に入れる大チャンスと考えたんです。よし、もっと打ってどんどんハズレ穴に玉を蓄積させていくしかない。

そう決意したのはいいんですが、あいにくもう金がない。弟の貯金まで全て盗んだシーフな僕でもさすがにもう先立つものがなかったんです。幸いにして穴の詰まりはまだ目立たない程度、普通なら巡回する店員に見つかってすぐに直されるのだろうけど、彼女はやる気がない様子。こりゃあみつからないはずだ。よし、家に金を取りに帰ろう。

そこからはもう、クレイジーホースのごとく家に帰りまして金を探しましたよ。洗濯機の中からテレビの裏、ありとあらゆる場所を探しました。弟が隠し財産を築いていないかも入念に調べました。しかしながら、全然金が出てこない。

金を求めて家捜ししている様を、唯一家にいた爺さんが即身仏のように見ていたんですけどそんなの関係ありません、徹底的に居間の中も探します。それでもお金は見つからなくて、どうしよう、その気になってる彼女を抱けないなんて、女に恥をかかせるつもり?とか悲しませちゃう、とか何かが根本的に間違っている見当違いな絶望に身を委ねていると、ポロッと預金通帳が出てきたんです。

爺さんは居間の隅のほうに自分の昔の写真とか置いていたんですけど、そこにモモヒキがありましてね、そのモモヒキに包まれるように預金通帳が入ってたんです。中を見るとそこには12万円という天文学的金額の貯金が。

たぶん、爺さんが貯めていた貯金なんでしょうけど、これは神が与えたもうたチャンスだと思いましたね。ホント、当時の僕は最低でミジンコ以下なんですけど、盗んでやろうと思ったんですよ。もうシーフ過ぎて自分でも泣けてくる。

しかしまあ、いくらなんでも爺さんの目の前で盗むわけにはいかないじゃないですか。眼前で盗むとか強盗じゃないですか。ですから、あえてワザとらしく爺さんにアッピールしましてね。

「僕は今、貯金通帳を見つけたけど盗まないよ!ほら、ちゃんと元の場所に戻すから!」

と、爺さんに対して聞かれてもないのに答える始末。ほっかむりつけて風呂敷担いだドロボウくらい怪しいアッピールですよ。で、貯金通帳を元のモモヒキの場所に戻すと同時に同封されていたキャッシュカードだけマジシャンのごとく盗んだんです。

ホント、最低で、今でも職場の女の子とかに「最低!死んで!」とか言われますけど、それすら軽いアメリカンジョークに聞こえるくらいの最低っぷり。

でもまあ、さすがに心が痛んだのか、12万も盗まないよ、1万だけ、1万借りるだけだから、ちゃんと返すよ!とか、爺さんが持ってるより僕が使ったほうがいい、とか訳の分からないことを呟きながら金を下ろしにいきましたよ。どうせ暗証番号は爺さんの誕生日だろうってやったらビンゴでした。あの歓喜は今でも忘れないね。

魂の1万円を握り締めてNASAのダービーキングへ再飛来。やはりさっきと同じ状態で愛しの彼女はやる気ないそぶり。問題の台もそのまま玉が詰まった状態で放置されていました。

早速両替して打ち始めます。もう面白いくらいに台の下部のほうに玉が貯まっていきましてね、見てて笑えてくるんですが、モモモモモモモって感じで台の下半分全部がパチンコ玉で覆いつくされたんですよ。

ビクトリーロードは作られた。もう打つ玉全部がアタリのチューリップに吸い込まれていくんです。その度に馬がヒヒーンって鳴くんですけど、あまりにもボコボコ連続で入るもんですから鳴きすぎてヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒーンとかDJみたいになってるんですよ。ダメ!そんなに鳴いちゃダメ!バレちゃう!

さあ、その異常な音声に気がついたのが彼女ですよ。愛しの彼女ですよ。そりゃあ、そんな異音がしてたらすぐに気がつきます。で怪訝な顔で近づいてきて僕の台を見るじゃないですか。そしたらアンタ、台の下半分が全部パチンコ玉ですよ。ムチャクチャ銀色ですよ。

「ぎゃ!」

って悲鳴上げて走ってどっかいっちゃいましたからね。で、すぐに怖そうなパンチパーマ引き連れてやってきましてね。

「はーい、ストップ!打つのやめてー」

とか、とても接客業とは思えないパンチパーマが逆に怖くなる優しい口調で言うんですよ。

「ダメじゃない、僕。こういうことしちゃさあ」

「こういうのゴトっていって犯罪なんだよ?」

「それに君、高校生でしょ?」

とか、すげえドスがピリリと効いた声で言われましてね、その間もなんか一番良い大当たりの場所に玉が入ったみたいで、タービーキングの馬が勝手に「ヒヒーン!頑張るぞ!」とか騒いでました。頑張るぞじゃねえよ。

この犯罪者が!みたいな蔑んだ、汚物を見るような視線で彼女に睨まれ、出玉も全て没収されて二度と来ないように、と言われたんですけど、その瞬間に思いましたね、ああ、この恋終わったな、と。失意のままNASAを後にし、泣きながら家路に着いたのでした。

さて、それから数ヶ月、口座に残ってた金は裏ビデオ通販に騙されたり、ナショナル会館っていうパチンコ屋の店員に恋してそこでもダービーキングを連日打ったりして綺麗になくなったわけなんですが、まあ、正直に言ってしまうと、弟の貯金を盗むなら分かるけど爺さんの貯金を盗んだのは良くなかったよなー、ってちょっと反省していたんです。けど、ミジンコ以下ですから全然事の重大さを分かってなかったんです。

さらにそれから数ヶ月、大学進学が決まり、これから一人暮らしをするぞっていう最後の春休みに爺さんは亡くなりました。最後に立ち会うことができなかったのですが、病院で安らかに息を引き取ったそうです。

入学の準備、一人暮らしの準備に重なって葬儀やらなにやらで大変だったんですが、やっとそれらが落ち着いた時、母さんから預金通帳を手渡されました。それは、見紛う事なきあの、あのダービーキングの日に手をつけた預金通帳なんですよ。

「これは?」

「お爺さんがお前のために貯めてたお金だよ」

ウチの地方は敬老の日に老人に敬老祝い金とか称して1万円が支給されるとかそんな訳の分からない制度があったみたいなんですけど、爺さんはそのお金を12年間ずっと貯めていたんです。1年1年、何ににも金を使わず即身仏のように過ごしてお金を貯めていたんです。

「お爺さんは、お前が小さい時に灰皿を投げつけたことを過ちだとずっと悔やんでた。だからお前が大学に入る時に少しでも足しになるようにって貯めてたんだよ」

そう言って手渡された預金通帳は、これホントに預金通帳かよと思うほどに重かった。もうどうしていいかわからなかった。

通帳を開くと、何で気付かなかったんだろう、1年ごと敬老の日の前後に1万円が入金されている。そして、印字された文字はあの盗んだ時から変わらず12万円で止まっていた。当然と言うか、その後僕がド派手に引き出していたことは記帳されていなかった。

なんかその12万円の印字を見てたらすごい泣けてきましてね、爺さんがコツコツ貯めてそれを大切にモモヒキに包んで保管してたことと思い出しちゃって、なんかギュウッと心が締め付けられたんです。ここまで気付かない方がおかしいんですけど、恥ずかしながらやっとこさ自分の行った行為の愚かさを痛感したんです。

「大切に使いなさいよ」

そう言った母さんの言葉がまた痛くて、使うも何ももう盗んで使ってしまったがな、とは言えず、ただただ泣くことしかできなかった。そして誰にも言うことができず今まで過ごしてきた。

「お爺ちゃんはいつ死ぬの?」

少年の無邪気さで聞いたあの日、爺さんは

「お前が大学に入るまでは生きてるよ」

と笑いながら答えた。けれども、入学前の春休みに爺さんは逝ってしまった。何で死ぬんだよ。僕、爺さんの金盗んだままだよ。それもとんでもないバカな使い方しちゃったよ。

人間とは愚かな間違いを犯す生き物です。別に間違いを正当化するとか開き直るとかそんなつもりはないのだけど、せめて間違いを犯した時くらいはその事実を悔い改めて昇華したい。そうしないことこそが最も深刻な過ちなのだから。

そんな僕が先日、寂れたゲームセンターに行くと、そこには妙にくたびれたパチンコ台が置いてあった。レトロコーナーと銘打たれたそのコーナーには懐かしのパチンコ台が置かれていて、少し浅黒く汚れたあのダービーキングがポツンと置かれていた。

試しに100円入れて打ってみると、これまた静かなゲームセンター内に、あの日のままのヒヒーンという泣き声が少し疲れた感じで響いていて、なんだかすげえ泣けてきた。

悔いるだけではダメなんだ、悔いてその先に改めなくてはいけない、さもなくば一生後悔することになる、それは犯した罪以上に罪深いことなんだ。僕は改めなければいけないんだ。

あの日、あの時、僕は言い訳しようがないほどに最低だった。潔いほどにシーフだった。これからは改めなければならない。もう30歳も超えてるんだ弟の貯金を盗もうと画策するのはやめよう、今日から僕は生まれ変わるんだ。僕は改めるんだ。もう絶対に帰省した際に弟の金を盗まない。鳴り響く馬の鳴き声にそう誓う。

いつまでもいつまでも寂れたゲームセンター内にダービーキングの鳴き声が響いていた。

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