駐車場クライシス

駐車場クライシス

最近、駐車場が熱い。

いやいや、いきなり熱いって言っても何のことやら分かりません。もちろん、駐車場だけが亜熱帯の如く独自に熱を発してるわけでもありませんし、何故だか知らないけど灼熱の炎に包まれているわけでもありません。あくまでも僕の中の個人的熱量として駐車場が熱いのです。「アツい」と書き換えた方がこの熱量を理解しやすいかもしれません。とにかく、駐車場がアツい。

ではなぜそんなにも駐車場がアツいのか、それを説明する前に駐車場について語らねば話が始まりません。そもそも駐車場とは何なのか。まず、これは読んで字の如く「車を駐車する場所」と理解することができます。しかしながら、問題の駐車場がただ駐車するだけの場所だと認識していると手痛いしっぺ返しを喰らうことがあるのです。

僕の大好きなエロマンガにこのようなものがあります。深夜、繁華街近くの駐車場に特に目的があるわけでもなく駐車し、カーオーディオなどを聞きつつマッタリと過している男がいたのです。男は鼻歌交じりで上機嫌、マイカーの中というプライベート空間を心から楽しんでいました。

ふとサイドミラーに目をやると、何やら怪しげな影が車の後部に。おいおい、もしかして車上荒らしか、と怪訝な表情でサイドミラーを注視しました。しかし、そこには妙齢の、いやピチピチと若さ弾ける黒髪の女性がいたのです。女性はソワソワと落ち着きがなく、車を探すでもなく周囲を伺っています。

ミニスカートにブーツ姿という今風ファッションで決めた女性をサイドミラー越しに眺める主人公、こんな時間になにやってるんだろうか、そう、もう時間は深夜、それもかなり深い時間なのです。そして、そこで信じられない出来事が起こりました。

なんと、女性はガバッとその場でかがむと下着を脱いで小便をし始めたのです。これには主人公もビックリ。サイドミラー越しではなく運転席から振り返って女性の姿を確認します。まさか小便を見られているとは思わない女性はホッと安どの表情。なんか、出し切ってフー、危なかったとか言ってます。で、視線を上にやると、マジマジと覗き込んでいる主人公と目が合ってしまうのです。

「きゃー!」

「いや、ごめんなさい!」

ま、この辺のやり取りはどうでもいいとして、問題はこの後の展開です。何故か小便をしていた彼女を助手席に乗せて話し込む主人公。普通なら小便見られた女性なんて脱兎の如く逃げそうなものですがこのマンガはそうはいきません。

「もう!恥ずかしい!」

「いやいや、こっちだってビックリしたよ!」

近くで見ると女性はかなりカワイイ顔をしています。妙に胸が高鳴る主人公、そこで信じられない出来事が起こります。

「飲み会帰りなんだけどどうしても我慢できなくて」

「へえ、そうなんだ。俺もビックリしたよ」

「ねえ、私の恥ずかしいところ見たんだから、お兄さんの恥ずかしいところも見たいな」

「なななななな、なんだって!?」

こっちが「なんだって!?」と聞きたい展開ですが淡々とエロスな物語が展開されていきます。もう、車内でジュルジュルピッチャ!しかもその後ラブホテルに移動してジョルダルバッジャ!とまあ、物凄い有様でしてね、なんか道具とか使い出してるし僕なんか読みながら胸の高鳴りを抑えられない状態になってしまったんですよ。

まあ、こんなアメリカンドリームならぬ駐車場ドリームなんてのはありえないことで、僕だって現実とエロマンガの区別くらいはつきますから、そういうエロスな展開ってのはないって分かってるんですよ。バカにしないでいただきたい、それくらい区別つきます。いくあなんでも分別ある大人ですよ。

でもね、ここまでは行かなくても小便くらいは目撃できるんじゃないかって少しだけ期待してるんですよ。駐車場に居れば若い娘の小便をアリーナ席で観戦できるかもしれない、駐車場にはそのような無限の可能性があるんですよ。だから僕の中で一番アツい。

と、書くとまた「小便」とかの文字が小躍りしている話を書きますと、純真無垢な女性などから「patoさん死んで」「一生のお願いです、死んでください」などとソウルフルなメッセージが記載されたメールを頂くことになりますから、ホント、そんなの送るくらいなら小便の一つでも送って来いよ、まっ黄色のヤツをな!って思うんですが、さすがにアレなので真面目に書きます。

駐車場の面白さとは何か。それはひとえに単体で成立しうる物ではないということにあるのではないかと思います。単体で存在できない付随的な代物、それを単体として捉えた時に面白さを発揮するのです。例えば小便と大便ってのはセットの物ですが、小便を単体で捉えた場合、うん、やめておきますね。

恋人同士でディズニーランドに行くのでもいいでしょう、どこかにショッピングでもいいでしょう。そこには広大な駐車場が存在します。高速道路を通ればパーキングエリアがあって、家に帰れば所定の駐車場に車を停めます。ディズニーランドに付随したもの、商業施設に付随したもの、高速道路に付随したもの、家庭に付随したもの、と全ての駐車場が何かに寄生して存在しているのです。世界中に存在する全ての駐車場が何かに付随した形でのみ存在を許されているのです。

「今日は3丁目の駐車場に行こう!」

「やったね父さん!」

「アナタ、いいの・・・?」

「仕事仕事で寂しい思いさせたからな、たまには家族サービスさ」

「父さん!三丁目の駐車場って白線が綺麗だよね!」

「ああ、それにコインパーキングだ!」

「アナタ・・・素敵・・・」

「芳江・・・」

「父さん、母さん、なんだったら僕、ちょっと散歩してこようか?」

「バカ!何気を使ってるんだ!」

「もう!この子ったら!」

「えへへへへへ」

とまあ、こんなことはありえないわけなんです。目的地として単体では存在し得ない、あくまでも通過点でしかない駐車場、そこに注目すると今まで見えなかったものが見えてくるのです。

ウチのアパートの駐車場は、まあ田舎ですから車無しの生活なんてありえないといった事情から結構広めな敷地を有しているんですね。だいたい20台くらいの車が停められるように、よくよく考えたらアパート部分の土地よりも駐車場部分の土地の方が広いじゃんってくらいに威風堂々と存在しているんです。

ある日の朝、さあ出勤するぞーと思ってアパートの入り口から自分の車まで駐車場を横切ってたんです。ウチのアパートは朝遅い人々が住んでるみたいで僕が出勤する時は満員御礼フル状態で車が停止してましてね、ギュウギュウに詰まってるもんですから車と車の間を抜けるようにしてマイカーまで行かないといけないんですよ。

もう毎朝のことですから慣れたものでして、体を横にしながらスルスルと抜けていったんです。で、あることに気がついてしまったんです。

「駐車場にタバコの吸殻を捨てているキチガイがいる」

もうモッサリと白線の上にタバコの吸殻が山のように捨ててあるんですよ。いやいや、僕が圧倒的マナーでそういうことはけしからん!だとか、僕らの地球を汚さないで!とか言うつもりはないんですけど、それを見て、ああ、こんなのアリなのか、と気がついてしまったんです。

僕はこれまで駐車場というのは車を停めるだけの場所だと思っていた。それ以外に許されないと思っていた。何も考えることなく毎朝通過するこの駐車場も深く観察することなく通り過ぎていた。これはある意味盲目で非常に勿体ないことじゃないだろうか。現に、目の前にはゴミ捨て場としての駐車場が存在している。僕が思ってる以上に駐車場ってのは何でもありなんじゃないだろうか。

よくよく周囲の駐車場を見てみると、みんな結構何でもありみたいで様々な物を駐車スペースに置いたりしている。車のタイヤだとか何か部品みたいなものとか、それはまだ分かるとして理解できないけど植木鉢なんか置いて駐車場でガーデニングしてるおばさんまでいる始末。今までスルーしてたけど注意深く観察すると結構何でもありだぞ、駐車場。

それからはもう日々、駐車場を通過するのが楽しくてですね、あ、また荷物が増えてるだとか、植木鉢が増えてやがる、またゴミ捨てやがったなと、日々変わる駐車場が楽しくなってきたんですよ。

しかも、僕も負けじと駐車場に何か置いてやろう、皆がやってるように駐車場を駐車以外の事にも使ってやろう、って決意しましてね、とりあえず何も置くもの考え付かなかったので古いジャンプを山盛りに入れたダンボール箱を置いておいたんですよ。

駐車スペースの端っこにダンボールを置くと車を出し入れするのが難しくなって微妙にスリリングなんですが、これで僕も駐車場は駐車場であるべきという固定概念から解き放たれた新人類だ!と少し誇らしい気分になったんです。

そしたらまあ、同じように「え?駐車場に荷物置くのってありなの?」と気付いてしまった他の住人が荷物を置き始めちゃってですね、あっという間に我がアパートの駐車場が何でもアリのカオスな状態になってしまったんですよ。

サーフィンの板っていうんですか、ああいう女にモテそうなアイテムを置く住人が出だしたり、何に使うのか全く分からないんですけど動物の死体を安置するような小さな台とか置かれ始めてさあ大変。多くの住人が気にも留めていなかった駐車場の存在意義に気がついてしまったんです。

それからはアツかったですね、もう毎日がアドベンチャーの連続。仕事を終えて家に帰ってくると変に対抗意識を燃やしたガーデニング婆さんの鉢植えとかが増えてるんですよ。それどころかプチトマトみたいなのを植えだす始末。そんなことして本来の駐車という目的が満足できるのか甚だ疑問ですが、とにかく日々刻々と我がアパートの駐車場が変化していったんです。もうアツいアツい。

しかしながら、それと同時にあまりよろしくない現象も垣間見えるようになりました。皆さんは割れ窓理論(ブロークン・ウィンドウ理論)というものをご存知でしょうか。一台の車が空き地に放置されているとします。その車がきちんとした車であるならば荒れるのに時間がかかります。しかしながら窓ガラスを割った状態で放置するとあっという間に荒れ果て、他の場所壊されるわ部品盗まれるわの大騒ぎ、雪崩式に事態が悪化するのです。

同じように街中において、建物の窓ガラスが割れていたりすると、それが「この周辺は誰も気を配ってない」というサインになり、ゴミのポイ捨てなどが増加、軽犯罪が増加、挙句には重大な凶悪犯罪を引き起こしてしまう。どんな些細な事でも見逃さないのが大切だ、という理論です。

我が駐車場も見事にこの割れ窓理論を辿ってしまいましてね、最初はタバコの吸殻捨ててあるだけだったのに、それに触発されたキチガイがダンボール箱を置き始めた、それにさらに触発された住人達が一気に荷物を置き始め、さらに誰がやったか知りませんけどアスファルトにスプレーで落書きとかされるようになっちゃったんですよ。

さすがに住人ではなく、外部から来たクソガキだとは思いますが、荷物とか置かれまくってて荒れてる駐車場を見て落書きしてもいいじゃん、とか思ったんでしょうね、アスファルトにデカデカとマンコマークみたいなの書かれてるんですよ。落書きとかされちゃうとさらに荒廃した雰囲気がムンムンになるもので、一気にスラム街みたいな雰囲気が漂ってくるものです。

恐ろしいもので、割れ窓理論はここで止まらない。さらに放置を続けると落書きの数も増え、さらにはアパートの壁にまで芸術的な落書きが施される始末、なんかチーム名っていうんですか、最強連合っぽい文言と何とか連合とかデカデカと書かれるようになったんですよ。

おまけに、週末の夜ともなると何やら駐車場が騒がしくてですね、ウチのアパートは住宅街のど真ん中にあるんですけど、近くの住宅のご子息が暴走族に興味を持っているようで、なんか族どもがその彼を迎えに来るんですよ。これまでもそういうことはあって迎えに来た時とかバリバリとバイクの音がうるさかったんですけど普通にアパートの前を通り過ぎるだけだったんですよね。でも、今はスラムのように荒廃した我がアパートの駐車場がありますから、こりゃちょうどいいってなもんでそこでご子息を待ったりしてるみたいなんですよ。

恐るべし割れ窓理論。ただ、いつも通過してるだけの駐車場に注目し、駐車以外の使用方法に気がついてしまった。そこから一気に積み木が崩れて暴走族の待合所ですよ。もう殺人事件とか起こっちゃうのは時間の問題です。

日々荒廃していくマイアパート駐車場を眺め、なんだかなーとか思う日々、しまいにはその暴走族どもがハンバーガーのゴミとか平気で捨てていくようになっちゃいましてね、ソウルフルな落書きと共に掛け値なしでスラムな雰囲気がムンムンしてきたんですよ。そんなある日、事件は起きました。

ある金曜日。明日からは休みで週末をエンジョイしちゃうぞって勢いで帰宅したんですよ。ちょうどその日は仕事が微妙に忙しくてですね、珍しく遅い時間の帰宅、まあ、明日休みだからいいかってコンビニで夜食を買い込んでアパートに帰ったんです。

アパートの駐車場はやはり荒れ果てて入り口のところにゴミとか捨ててある始末。それも一部分だけゴミ屋敷みたいになてるもんですから、こりゃあ酷いなって思いながら所定の場所に車を走らせたんです。

僕に与えられた駐車スペースは駐車場の端っこで、どっかのガキが描いたマンコマークみたいなピースフルな落書きの近くだったんですけど、もう夜ですよ、灯りもないし真っ暗な駐車場ですよ、ガッと曲がるとヘッドライトに照らされたマンコマークがデーンと大登場ですよ。もう慣れてしまったから別にいいんですけど、それにしても荒れすぎだろ、と思いながら駐車しようと所定の場所でハンドルを切ったんです。

そしたらアンタ、僕の駐車スペースに暴走族がいるじゃないですか。見るからに悪そうって言うか、ヒップホップ育ちというか、悪そうなやつは大体友達って言うか、とにかくそんな輩がまるで我が家のように僕の駐車スペースでくつろいでるんですよ。エビフライみたいななった下品なバイクも3台くらい泊ってて北斗の拳みたいな状態になってはるんですよ。

これだから駐車場は恐ろしい。駐車場を単体と捉えて駐車以外の使用用途を模索し始めた時、そこは荒れ果て、また暴走族たちも待合所としての活用を始めるのです。普通に生活してて自分の駐車スペースが暴走族で溢れかえってるなんてそうそうありませんよ。

薄々は勘付いてました。あの荒れようや落書きの数々、捨てられたゴミたち、暴走族が使ってるだろうなってのは前述した通りなのですが、まさかリアルタイムでその場面に遭遇してしまうことになるとは。

で、暴走族たちは僕の車のヘッドライトが眩しいって感じの顔して不快感を顕にしてるんですよ。これはね、ハッキリ言ってマズイですよ。非常にマズイですよ。このままそこは俺のスペースだ、どけとか言っちゃって彼らの逆鱗に触れ、ああーん、ハードラックとダンスってみるかとかボコボコニされたら目も当てられません。明日の朝刊あたりに「駐車場を巡るトラブル、31歳会社員撲殺、狂った果実」とか書かれてブログとかでも「バカなオッサンがいたものです」とかネタにされるかもしれない。ワイドショーがきてアパートの住人にインタビュー、「ああ、死んだ○○さん(僕)は気持ち悪い人でね、よくパンツ姿で出歩いていたよ、迷惑だった」とか言われちゃうかもしれません。

とにかく、ここで彼らと衝突してしまっては生命の危機ですので、何事もなかったような顔でバックし、全然違う駐車スペース、空いていたのでガーデニング婆さんの場所に車を停めました。後で婆さんに怒られるかもしれないけど生命には代えられない、早く安全なマイルームに帰らねば。

なんとか車を降りようとするんですけど、婆さんの置いた鉢植えがむちゃくちゃ邪魔すぎる。くそっ、駐車場にこんなもの置くなよ、邪魔すぎるじゃねえか。と、マゴマゴしてるとこの憐れな子羊に暴走族のリーダ格みたいな奴が話しかけてくるんですよ。

「あれえ、おじさん、もしかしてココの人?」

ココってのは紛れもなく彼らが占拠している駐車スペースのことなのですが、それ以前に「おじさん」は酷い、酷すぎるよ、と半ばブロークンハート、こりゃあ下手に返答を間違えたら死ぬぞ、とビクビクしながら答えました。

「う、うん・・・」

31歳にもなって今度会社の決まりで無理やり人間ドッグに入るようになった僕、いわば熟年の域に達した僕ですよ。加齢臭立てだってでています。そんな僕が10代そこらのガキどもにブルッちゃってるわけで本当に情けないのですが、この荒れ果てた駐車場ではいつ惨殺事件が起きてもおかしくありません、なるべく彼らを刺激しないようにしなければなりません。

「なんだあ、早く言ってよ、ごめんね、今場所空けさせるから。おじさん遠慮なく停めてよ」

暴走族どもは結構フレンドリーでエビフライみたいになったバイクを移動させるではないですか。ここで無視とかしたら本気でリンチ遺体になるので僕も早く部屋に逃げ込みたいんですけどもう一度車に乗って所定の位置に駐車します。

なぜか両脇で暴走族どもが腕組みして見守り壁みたいになってる中で駐車ですよ。意味がわからない。っていうかハンドル操作を間違えて彼らを轢こうものなら間違いなくリンチに遭う。生きては帰れない。自動車学校の卒業検定より緊張したよ。

なんとか命からがらの駐車も終わり、ヘコヘコと部屋に帰ろうとしたんですけど、やけにフレンドリーな暴走族はさらに話しかけてくるんですよ。もう勘弁してください。

「あれ、それおじさんの夕ご飯?」

とか僕が手に持ってるコンビニの袋とか指していうわけですよ。

「うん、まあね」

とか人生の中でベスト10くらいに入りそうなどうでもいい会話を交わすんですけど、彼らの会話は終わらない。その暴走族の中にもヤンキーな女の子がいましてね、多分、メンバーから肉便器的扱いを受けてるんでしょうけど、こういうワルの中にいる女の子ってカワイイこと多いじゃないですか、カワイイしたぶんツンデレでしょうし、頭も尻も軽い、けっこう付加価値があるんですよ、ヤンキー少女って奴は。で、その少女が僕を少し小バカにした感じで話しかけてくるんですよ。

「おじさん年いくつ?」

「28歳だけど」

なぜ暴走族相手にサバ読んでるか僕の心理状態が分からない、何を狙ってるのか分からないって状態なんですけど、人生でベスト5くらいに入りそうな死ぬほどどうでもいい雑談が続くわけなんですよ。で、そんな中、その肉便器少女が問いかけてくるんですよ。

「おじさん、KYって知ってる?」

え、AM11:00とか歌ってた人?今も活動してるの?とか、君の小便を夜まで飲みたいの略、とか答えようかと思ったのですけど、返答を間違えるとマジで死ぬので、

「空気読めない?だよね」

と恐る恐る答えたんです。すると暴走族たちもたいそう喜んでくれたみたいで、「ほらみろ、やっぱ知ってんじゃん」「やるじゃんオッサン」みたいな機運が高まってきたんですよ。さすがにそこまで褒められると僕も悪い気がしないもので、なんでも答えちゃうぞってちょっと調子に乗ってしまったんですよ。

そしたらまた肉便器、じゃないやヤンキー少女が聞いてくるわけなんですよ。

「じゃあさ、ZAって分かる?」

これがね、ほんとにわかんなかった。この後もインターネットなどを駆使して調べたんですけど全然分からなかった。多分、彼ら穴兄弟の中でブレイクしている言葉なんでしょうけど、ホントに意味が分からなかった。で、答えられなくて困っちゃいましてね、苦し紛れに発した言葉が、

「えっと、ざんぎり頭の略?」

文明開化してどうする。明治時代か。同じ間違うにしてももっと色々あるだろうに。

「ちげーよ、もういいよ、早く行けよ」

あまりに微妙な返答にエビフライのボス格もちょっと不機嫌な感じになっちゃいましてね、呼び止めたのはお前らだろ、それより人の駐車場にいるのはお前らのほうじゃないか、と思いつつもスゴスゴとマイルームに戻ったんです。

戻ってからも大変でしたよ。僕の部屋は3階なんですけど、ベランダから覗いてみるとあいつらまだまだ帰らずに僕の駐車スペースでたむろしてるんですよ。駐車場は暗くて彼らの姿は見えないんですけど何やら音声だけは聞こえるんですよね。そのうちエロいことで始まって肉便器少女のエロボイスだけでも聞けるんじゃないかってワクワクしながら覗いてたんです。

いくら若者の性が乱れてるとは言ってもさすがに駐車場で乱交とかはないと思うんですよ、でもね、これだけ長時間たむろしていたら、「あーん、もう我慢できない」「もうそのへんでしちまえよ妙子」「あーん」っていう小便的な、ってそろそろやめておきますね。

とにかくそういった展開を期待してコソコソと盗み聞きしてたんです。そしたらアンタ、

「やっちゃえやっちゃえ」

「マジいっちゃう?」

的な不穏な音声と共にプシューっていう小便にしてはやけに情熱的な音が聞こえてくるんですよ。どうもスプレーが噴霧しているサウンドらしく、あいつら落書きしてやがる、それも僕の駐車スペースで思い切り落書きしてやがる。おいおいやめてくれよーと泣きそうになっちゃったんですよ。

考えても見てください。僕の車にマンコマークとか落書きされてですね、それで職場のマミちゃんとデートとかするじゃないですか。待ち合わせ場所に颯爽と現れる僕の愛車。それにデデーンとマンコマークっすよ。いくら「イカしてる!」を「イカレてる」と本気で「この秋はマフラーがイカレてる!」とか本気で言ってたマミちゃんでも引きますよ。

おいおい、車にマンコマークとか本気でやめてくれよなー、さすがに警察に通報したほうがいいのかしら、でも逆恨みされたりしたら嫌だなーと、闇夜に響くスプレー音を聞きながらベランダでオロオロしてました。

さて、翌朝、まあ車にマンコマークくらい書かれても別にいいかと諦めの境地に達してしまって眠りについたのですが、目が覚めるとやはり気になるものです。もし、マンコマークカーになってたら休日を使って消しきらねばならない、と意気込んで駐車場へと降りました。

やはり駐車場は荒れ果てていて、暴走族どもが食い散らかした食物のゴミなどが散乱して目を覆いたくなる状況。小走りに車まで駆け寄って念入りに確かめます。

よかった、車に落書きはされていない。

やはり暴走族といえども人の子、いくらなんでも人の車に落書きするほど外道ではなかったか。うんうん、昨日話してみてそんなに悪い奴らじゃないとは思ってたんだよな。僕は最初から彼らを信じていたよ。信じていた。

しかし、あのスプレー音はなんだったんだろうか。あの音は間違いなく僕の駐車スペースで落書きが施されていたサウンドだ。車じゃないとするとどこに落書きをされたんだろか。注意深く周囲を観察します。壁やアスファルトの落書きは増えていない。では一体どこに・・・。

そして見つけましたよ。僕が駐車場を荷物置き場代わりにして置いていたダンボール箱に思いっきり青のスプレーで落書きが施されていましたよ。それを見た瞬間、僕は目ん玉を見開いて驚き、尻こ玉が抜け落ちる想いがしたのです。

画像

BOX

意味が、わから、ない。

いやいやいや、箱に「BOX」って書いてどうするんですか。そんなの書かれるもなく百も承知、千も承知なわけですよ。これを書いて彼らが何をしたかったのか分からない。理解できない。アイツら頭おかしいんじゃねーか。ざんぎり頭なんじゃねえか。ZAだ、ZAだよ。

とにかくどうしていいものか分からず、荒れ果てた駐車場を眺めていたのですが、そこで彼らの仕組んだ巧妙なレトリックに気がついてしまったのです。

箱は箱であって、BOXなんだよ、それ以外の使い方はない、あくまでも箱だ。この世の万物には全て決められた役割がある。それを曲げたって何もいいことはない。君らはどうだい?駐車場を駐車場以外の使い方してるんじゃないかい?その結果がこの惨状だ。君らは間違ってるよ。そう警鐘を鳴らしてくれたのです。

なんだかね、偉い先生に怒られたような気がしたよ。僕間違ってた。駐車場は駐車場であって荷物置き場じゃない。与えられた使命ってもんがあるんだ。この「BOX」を見てそう思ったね。

休日を利用して駐車場を片付ける僕。駐車場は駐車場でなくてはならないんだ。「BOX」と書かれたダンボールも片付けようとそっと手に持つと、ほんのりと濡れていて猛烈な臭いがした。あいつら箱に小便しやがった。駐車場は駐車場であってトイレじゃないぞ、と思いつつも、あのヤンキー少女の小便だったらいいなって思いながら、そっとBOXを片付けた。

そして青い空はいつまでも青い空だった。

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