モンゴル放浪記2007
vol.4
前回までのあらすじ
チンギス、ガス爆発!詳しくは前回をお読みください。
さて、地獄の現地人ドライバーチンギスが巻き起こした予想外のガス爆発により1日を無駄に過してしまった。早く国境に辿りつかねばならない。アカギ20巻をロシアの国境警備兵に売りつけなければならない。それよりなにより、一刻も早くこんなクソみたいなサバイバルツアーを終わらせなければならない。
「こりゃあ、ひと雨来るかもしれねえなあ」
テントを片付けて出発の準備をしながらモンゴルの空を見つめ、ハードボイルドに言い放つ僕。実は僕は雨が降るかどうか高確率で予測できるという、別にそれが出来たからって大して得をしない特技がある。
まあ、単純に言ってしまうと雨が降る前になると右肩が物凄く痛くなる、というものなんだけど、これがなかなかバカにできない。雨が来る前に「くる!」と右肩がジンジン痛むと何かと助かることが多い。しかしこれ、生まれつき持ってる能力というわけではなく、ある事件をキッカケに手に入れた能力だった。
きっかけは14年くらい前のことだったと思う。当時、北朝鮮の工作員が拉致に来るくらいの田舎町で高校生をやっていた僕は、その田舎町に大きな商業施設ができたことに大変興奮していた。
駅前にそびえ立つその商業施設はソビエトのように巨大で、まあ言ってしまえばサティなんですけど、その未来的で先進的な外観は田舎青年の心を鷲掴みにして離さなかった。
オープン初日、我先にと並んでサティに行きましたよ。やはり田舎町には刺激的過ぎる物らしく、開店前から黒山の人だかり。ローカル局のニュース取材までもが来る始末。ハッキリ言って胸の高鳴りが抑えられなかった。
いよいよオープン。津波のように押し寄せる人、人、人。人の流れに翻弄されながら店内を歩く。ファッション系のフロアや雑貨インテリア系などよく分からなかったけど都会的匂いを感じるには充分だった。
圧巻だったのは最上階だった。そこは夢のような世界が広がっていたのだ。広大なフロア面積を誇るゲームセンターに県内最大級のオモチャ売り場。そして映画館が威風堂々と鎮座していた。田舎町には似つかわしくない5スクリーンくらいを備えた、今で言うシネマコンプレックスのはしりみたいなものだった。
そのおとぎ話のような夢の世界に心奪われた僕は、金もないのに大喜びで一日中そのフロアにいた。そして、見落としていたもう一つ事実に気がつくことになる。
映画館にゲームセンター、オモチャ売り場が立ち並ぶこのフロア、確かに想像を絶する広さなのは確かなのだけど、他のフロアに比べていささか狭い気がする。一つ下の階は子供服売り場や紳士服売り場が鬼のような広さで存在しているというのに、このフロアは少しだけ狭い。その狭い分だけのスペースはどこに消えてしまったんだろうか。
検証するかのように最上階フロアを歩き回る。すると、隅っこのほうにヒッソリと、まるで人目を避けるように入り口ドアが存在していた。
「フィットネスジム」
燦然と輝くその文字を見た時、得体の知れない恐怖が僕を襲った。あわわわわ、こ、こんなところにジムができてやがる。こんな駅前のビルで運動させようというのか!怖くて怖くて膝から下がガクガクと震えた。
言うまでもなく、田舎人が運動する場所と言えば市民体育館かその辺の公園だと相場が決まっている。しかしながら、今日まさにオープンしたこのフィットネスジムは街に出て運動しろと申しているのだ。なぜわざわざ中心市街地まで出てきて運動しなければならないのか、これが都会というものなのだろうか、それを理解にするには当時の僕はあまりにも若すぎた。
ビクビクと怖れながら、それでも興味津々といったフィーリングでそのフィットネスジムに近づいてみる。入り口には手書きのポスターで何やら勇ましい煽り文句が書かれていた。
「オープン記念!お試し会員無料!」
つまりこういうことらしい。本来ならば入会金と月謝みたいなのが必要で、それこそ莫大な資産を奪われてしまうのだけど、オープンから1ヶ月間は無料で使ってもいいよというこことらしい。何も知らない田舎者を無料でおびき寄せ、まんまと入会させて骨の髄までしゃぶろうという算段だ。
しかし、無料とは何とも魅力的だ。是非とも都会的なジムってヤツをこの機会に体感してみたい。入ってみようかとチラリと中を覗いてみると、タダとバーゲンという言葉に目がないおばさまどもがカウンターにひしめき合っていた。すでに、カウンターの段階で相当な運動になっているんじゃ?と見紛う程にひしめきあっていた。
その日はジムに行くのを諦め、まあ、無料期間は1ヶ月あるんだからと出直すことにした。それから数日して、キチンと運動するためのウェアも持参して再度都会的なジムの扉を叩いたのだった。
「無料体験のお客様ですね。こちらに住所氏名をご記入ください」
カウンターのお姉さんもやっぱり都会的で、セックスすらもスポーツとして捉えそうなハツラツとした何かがあった。で、言われるがままに記入し、ロッカーの鍵を貰って更衣室に赴いた。
さて、なんとか無料体験にこぎつけたはいいものの何をやっていいのか皆目分からない。渡された案内を見ると、運動器具が置いてあるジムフロアにフィットネスフロア、なんと温水プールまであるという。さすがに水着がないですし、フルチンってわけにはいきませんので温水プールはなしとして、やっぱ無難に運動器具を使ったほうがいいのかなって、ジムフロアに行ったんですよ。
そこはまあ、色々な器具がおいてありましてね、まるで幼稚園の遊具みたいに色々なマシーンが並んでるわけなんですよ。もう色々な場所を鍛えるために複雑な形状のものがアホみたいに並んでるんですけど、どうにもこうにも使い方が分からない。仕方ないんで唯一使い方が分かるダンベルを両の手に持ってうおーと運動していたんです。
こんな重い物持つだけの運動なら家でもできるのでは?などということには気がつかないフリをして黙々とダンベルを持ち上げる運動、都会的運動とは何とも空しいものだと考えながら淡々とやっていました。
「お手伝いしましょうか?」
そこにハツラツとやってきたのが一人の男。日本人なんだろうけど使い込んだチンポコみたいに真っ黒に日焼けしたその男は、嫌味なくらいに満面の笑みで白い歯を輝かせていた。名札を見ると「インストラクター」とか書かれていて、このジム所属の指導員みたいなものだと理解した。なるほど、さすがプロフェッショナルらしく、タンクトップの隙間から覗く肉体も使い込んだチンポコみたいにムキムキしてやがる。
「どういった場所を鍛えたいのかな?」
このインストラクターがホモなんじゃないかってくらいに物凄く顔を近づけて、それこそ接吻間近みたいな勢いで質問してくるんですよ。で、僕は別に鍛えたい場所とかなくて、ただ都会的ジムってやつを経験したかっただけなんですけど、なんか鍛えたい場所を言わなければならない!という強烈な義務感に駆られてしまいましてね、必死で頭を回転させて考えましたよ。
「ちょっと肩の辺りの筋肉を・・・」
別に肩の筋肉なんてどうでもいいんですけど、ダンベル持ってたんで腕か肩だろって感じで答えたんです。
「なるほど・・・」
インストラクターは自身の肩の筋肉をピクピクと動かしながら答えるわけなんですよ。なんていうか気持ち悪い。
「確かに君はヒョロヒョロだ!肩を鍛えたほうがいい!」
とか、至極失礼なことを物凄く爽やかに言われましてね、挙句の果てには
「肩がムキムキだと女の子にモテるよ!」
と脳ミソまで筋肉みたいなこと言われちゃったわけなんですよ。でもまあ、やっぱこの人バカなんでしょうけど、こういったトレーニングに関してはプロフェッショナルなわけじゃないですか、プロの言うことなら間違いないだろうってことで彼の指示通り肩を鍛えることにしたんです。
「ダンベルはただ持ち上げればいいってもんじゃないんだよ!」
「効果的に負荷をかける!じゃないとやる意味がないよ!」
ホモかってくらいに近くに寄り添ってるくせにムチャクチャ声がでかくてですね、手取り足取り教えてくるんですよ。で、そんな彼が教えてくれた、最も効率の良い肩ムキムキ法をやってみたんです。
これがまた凄くてですね、鳥みたいなポーズをさせられたんですよ。手を後ろに回して羽ばたく鳥みたいなポーズ。それで翼とも言える両の手にダンベルを持たされたんです。素人目に見ても何かがおかしいと思わざるを得ない。
「ダンベルを持ち上げるんじゃない!」
「もっと意識して肩に負荷をかけるんだ!」
「羽ばたくように!飛び立つように!」
もう訳のわかんないこと大声で言われちゃってて、羽ばたくってなんだよ、と思わざるを得ないのですが、やっぱプロの言うことですから、言われたとおり羽ばたくイメージで思いっきりダンベルの負荷を肩にかけたんです。
ゴキゴキゴキゴキゴキ
どう好意的に解釈しても肩が鍛えられたというよりは壊れたみたいな音がしましてね、何かとてつもないことが巻き起こってるとしか思えない激痛が走ったんですよ。何か肩の骨的なものがズレたとしか思えないフィーリングなんですよ。
まあ、その場は痛みもすぐに治まり見かけ上何も変わってないような感じでしたので、マッスルインストラクターにお礼を言って帰ったんですけど、それからどうも調子がおかしい。なんか、何日かに一度信じられないくらいに右肩が痛むようになったんですよ。
で、その激痛は雨が降る前になると決まってやってくると気付くのにそう時間はかかりませんでしたね。たぶん、マッスルの指導で鳥のポーズをやって右肩の何かがズレたんでしょうけど、それは大した痛みを伴うものじゃなかったのでしょう。しかし、雨が降る直前になると、気圧か湿度の関係か知りませんけど、そのズレた右肩が痛みを伴うようになる。こうしてこのスキルを手に入れられたのだと思います。ほんと、変な方向に羽ばたいちゃったよ。
肩を鍛えれば女の子にモテる。そう言っていたマッスルの言葉が今でも脳裏に焼きついています。「そろそろ雨がくるなあ、魔の刻印を押された右肩が痛みやがる」ハードボイルドに言い放つ僕。「素敵(ジュン!)」彼女は濡れた瞳で僕を見つめていた。なんてことは絶対にありえませんから、ほんと、どうでもいい特技と言わざるを得ない。マッスル死ね。
っと、何の話でしたっけ?ああ、そうそう、モンゴルね、モンゴル。恐ろしいことに今日はモンゴル放浪記だってことをすっかり忘れていた。長々と脱線しすぎ、しかも冒頭から脱線しすぎだ。
「なあ、チンギス、今日は雨がくるかもしれんぞ」
出発前から激痛が走るを右肩を押さえながら忠告します。いや、2年前もモンゴルの雨に遭遇しましてね。こっちのほうの雨ってのは「雨だね」「ああ、まるで君のようだ」「素敵(ジュン!)」なんて感じの叙情的なものとは程遠い雨でしてね、降ったが最後、一瞬にして周囲が大河のようになって車が孤立、下手したら命すら取られかねない恐ろしい気象現象なんですよ。それが怖くて怖くて仕方なかった。
「大丈夫だろ」
チンギスのその言葉は降らないから大丈夫という意味なのか、降ったとしても大丈夫という意味なのか良く分からないんですけど、あまり気にしないようにして車に乗り込みます。
「なんだそれは?」
車に乗り込んだチンギスが怪訝な顔をして僕の方を見ます。実はこの右肩の痛みなんですが、それこそ10代、20代の血気盛んなお年頃はなんてことなくてですね、確かに死ぬほど痛くて、ほっとくとそれが頭痛に移行して嘔吐しちゃうくらいだったんですけど、それでも平然と日々の生活を営んでいたんですよね。
けれどもね、30歳というK点を超えてしまった僕にそこまでの元気はない。もう右肩が痛いだけで全てのことがどうでもよくなってしまうくらい覇気がない。痛さにのたうちまわって仕事を休んじゃうくらいの体たらくなんですよ。
そうなると、やっぱ薬とか文明の利器に頼りたくなるんじゃないですか。で、このモンゴルにも肩が痛くなった時用に「アンメルツヨコヨコ」をバッグに入れておいたんですよ。それをジンジン痛む右肩に塗布してですね、グオーッと熱くなってくる感覚を味わいながら効くぜーとかやってたんです。それがチンギスにとってすごく不思議な光景だったらしい。
「これは、肩こりとかに効くんだぜ。アナルに塗ったら大変なことになるぜ」
みたいなことを説明したらチンギスも興味津々なご様子で、
「俺にも塗ってくれ!」
と言うんですけど、じゃあ塗ってやろうとアンメルツヨコヨコを近づけると
「何だこの匂いは!悪魔の匂いだ!」
と、離婚する時のアメリカ人女性みたいにヒステリックに拒絶ですよ。こういう肩こり系のやつって湿布っぽい匂いがするじゃないですか、で、その匂いがチンギスにとっては悪魔の匂いらしく凄く不快な様子。
「我慢ならない、それを使うのはやめてくれ」
右肩といわず全身に塗りたくって嫌がらせしてやろうかとも思ったのですけど、ヘソ曲げられても困るのでやめておきました。
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やはり右肩の予言は当たりそうで雲行きが怪しい感じに。
「やっぱ降りそうだよチンギス」
「降らねえよ、俺はハンターだぞ」
ハンターとしての嗅覚が勝つか、僕の右肩の予言が勝つか非常にスリリングな展開でしたがモンゴルの天気って変わりやすいんですね、普通に走ってたらすぐに晴天に戻りました。あの恐ろしい雨が降らなくて良かったけど、常勝だった右肩の予言が外れてしまうという微妙に悔しい展開に。
さて、この国境を目指したモンゴルの旅路だけれども、他にすることもなく風景を眺めながらガコガコと車で移動していく。その様はどこかドラクエに似ている。
例えば、日本の場合、国内を移動すると大抵は人が住んでる場所を通りながら移動することになる。こんなとこに人住んでねーだろっていう山間部の国道を通っていてもヒョコッと民家があったりするからかなりのものだ。
日本の人口密度は平成17年時点で343人/km2、1キロ平方あたりに平均して343人住んでいる計算になる。その反面、モンゴルの人口密度は1.7人/km2だ。どれだけスカスカか想像に易い。
つまり、モンゴル国内を旅しているとほとんどが人の居ない平原もしくは砂漠で、その中にポツポツと小さい村が点在する。それが100キロくらいのスパンで繰り返される。長距離を移動する際は闇雲に異動するわけに行かないのでその村々を目的地に移動する。次は○○という村だ、そこから△△という村に行こう、といった感じ。
そのフィーリングが物凄くドラクエに似ている。フィールドを移動しながら敵と戦い次の村を目指す。村に到着するとホッと安堵だ。そしてその村で準備を整えてレベル上げなりイベントをクリアしたり、次の村を目指したりするのだ。敵も出ないしイベントもないけど、この形式が凄くドラクエに似ている。
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こんな爆撃受けたみたいなショボイ村でも到着すると安堵する。ここで食料や飲料水を補給したり、車に燃料を入れたりするのだ。
こうやって誰も居ない草原を5時間くらいひた走り、しょぼい村に到着する。そしてまた5時間くらいかけて草原をひた走り、夜になったらテントで寝る。それを繰り返して徐々に国境へと近づいた時だった。
ある村に到着した時、やけにチンギスが興奮状態に。それこそシャブでもやってんじゃないかと疑うほどの異様な高揚感。ハンドルを握りながらウホーとか叫んでた。もう不安でしょうがない。こんなやつに身を委ねて旅をすることが不安でしょうがない。
ウホウホと大興奮で村の中をグルグル周るチンギスを見て狂っとると思うのですが、さすがにキチガイと旅するのは勘弁なので問いかけます。
「何をそんなに興奮してるんだい?」
するとチンギスはウホウホと要領を得ない、アナルにアンメルツ塗ってやろうかと思うのですが、なんとかなだめすかして事情を聞きます。
「ここはチンギスハーンの生まれ故郷なんだ!」
なるほど、モンゴルの英雄チンギスハーンが生まれた場所か。モンゴル人なら誰もが尊敬するチンギスハーン、その生まれ故郷に来たとなると興奮するのも頷ける。しかしいくらなんでもキチガイすぎだ。
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村にはチンギスハーンの巨大な石碑みたいなのがあり、小さな村なのにこれ目当てで訪れる人が後を立たない。ドライバーなほうのチンギスもこの石碑の前で頭を地面にこすりつけて敬愛のポーズをしていた。
「気持ちは分かるがもう少し落ち着いてくれ」
「これが興奮せずにいられるか!ずっとこの村にいたいくらいさ!」
「それは困る」
村を離れたがらない興奮状態のチンギスをなんとか説得し、次の村を目指すことに。途中、村の中にガソリンスタンドがあった。ちなみにモンゴルでもハイオクみたいなのとレギュラーのガソリン、軽油があるけど、実は軽油が一番高い。
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こんなショボイスタンドでも次の村までの命綱、シッカリ入れておかないと大変なことになるというのに
「おいおい、燃料を入れないのか」
「大丈夫だ!俺たちには英雄がついてる!」
もう狂っちゃってて何言ってるのかわかりませんが、彼が大丈夫と言うなら大丈夫でしょう。華麗にスタンドをスルーして次の村を目指します。
「最高の旅だ!」
「また来たい!」
「アサショーリュー!」
と、1時間くらい草原を爆走したんですけど興奮さめやらない様子。というか、コイツ、キャラが変わってる。変わりすぎている。
しかしまあ、例えキチガイでも隣にいる人間が大喜びしてるってのは何だかピースフルなもんで、こっちまで嬉しい気持ちになってくるから不思議なものです。なんだか嬉しくなってきちゃって
「おいおい、喜ぶのはいいけど安全運転で頼むぜ!」
と冗談交じりで言って車内も和やかムード、そうなったところでなにやら異音が聞こえてきたんです。
ブシュ!
それと同時に冷たい感覚が僕の下半身を襲いました。
いやね、冒頭で出てきたアンメルツヨコヨコですよ。これを僕はズボンのポケットに入れてたんですけど、足を組んだ時に押しつぶされるような形になっちゃいましてね、容器が潰れてブシュッと中身が出てきちゃったんですよ。
もう、凄くてですね、ズボンのポケットの中がアンメルツヨコヨコだらけ、染み出したヨコヨコが股間の敏感な部分で情熱的に効力を発揮しましてね、燃えるような激痛とはこのことですよ。
「ぐおおおおおおおおおおおお」
と車の助手席で一人身悶えていたわけで、チンギスは「このキチガイと旅していて大丈夫だろうか?」と思ったかもしれませんが、それより深刻な事態が。
「悪魔の匂いだ!」
なにせアンメルツヨコヨコが1本丸まる漏れ出してますからね。もう車内中がアンメルツ臭でいっぱいに。その匂いが大嫌いなチンギスが大激怒ですよ。
「降りろ!」
軽快に移動していた車を停車させて無理矢理下車させられました。アンメルツ臭が消えるまで車に乗ることは許さんといった厳しい措置です。しかし、悲劇はそれだけでは終わらなかった。
匂いが消えるまで木陰で休憩していたんですけど、そこに車の整備をしていたチンギスがやってきて言うんですよ。
「どうしよう、燃料がない。もう空っぽに近い」
ほらみろ!だから言わんこっちゃない。だからさっきの村で入れようっていったんじゃないか。何考えてるんだこの。人はアンメルツアナルに塗るぞ。
でまあ、そこでチンギスと話し合ったのですけど、次の村までは地図によると100キロあまり、とてもじゃないが神風が吹いても今の残燃料では辿りつけない。それよりなにより、次の村にガソリンスタンドがあるという保障はどこにもない。ならばロスを承知でさっきの村に戻って燃料を入れたらどうだろうか。
なるほど、名案だ。ここで先に突き進んでも絶望しか待っていないだろう。それならば戻った方がより安定だろう。闇雲に前進するだけが良策とは言えない。
「いい案だ、そうしよう」
僕が同意すると、チンギスはニッコリと笑って地図とハンディGPS、テントと僕のリュックを手渡し車に乗り込みました。
「おいおい、どういうことだよ」
発進しようとするチンギスに駆け寄ると、チンギスはさも当然といった顔で、
「お前は悪魔の匂いがするからダメだ。それに今の燃料でさっきの村まで戻れるかも怪しい。少しでも車を軽くしたいからお前は歩いていけ。なあにすぐに追いつくさ。2時間も歩いたら燃料満タンの車でピックアップしてやる!」
と言い残して、ものすごい爆走で一瞬にして視界から消えていきました。
おいていかれたー!
右も左も分からないモンゴルの地、誰も居ない草原のど真ん中。この炎天下の中を一人ぼっちで歩いていかないといけないという死の淵。
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車に乗ってる時は「壮大な景色だね!」と思っていたけど、ここを歩いていかないといけないと思うと絶望に近い感覚すら覚える。
ジリジリと照りつける太陽、帽子を持っていなかったのでカンカンに頭部を照らされて倒れそうになる。このままでは熱射病で死ぬと思ったので、急遽Tシャツを引き裂いてバンダナ代わりにすることに。
「歩いて次の街を目指すとかいよいよドラクエだな、敵が出なければいいが」
「っていうか、歩く意味ないんじゃ?言われたから歩いて次の街目指してるけど、そもそも追いつくならあの場所で待ってても、ちょっとばかり徒歩で進んでも大差ないんじゃ?」
独り言をずっと言ってないと倒れそうなくらいフラフラになってた。
2時間歩いた。チンギスはこない。
3時間歩いた。チンギスはこない。
4時間歩いた。チンギスはこない。
日が暮れそうになってきた。チンギスはこない。
まさか僕は置いていかれたのでは、いくらなんでも遅すぎる。チンギスが急に面倒になって、バカなイエローモンキーと国境なんて目指してらんねえよ!アンメルツ臭いし!とウランバートルに帰ってしまったのでは・・・。
不安なことを考えると本当に不安になって泣きそうなので、とにかく完全に日が暮れてしまっては危険が危ないので、車の通り道に近い場所でテントを張ることに。ここならチンギスが通ってもすぐわかるはずだ。
しかもちょうど近くに川があったので、顔でも洗おうかと川にいくとそこには衝撃の光景が
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これ、なんだか分かりますか。分かりやすいように拡大してみましょう。
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僕も最初は良くわかんなかったんですけど、川の向こう岸で犬が牛か馬を食べてるんですよ。水飲み場で死んでしまった牛か馬を野犬が貪り食ってるんです。こえー、超弱肉強食。
モンゴルの野犬ってムチャクチャ怖くて、ロシアの犬みたいなもんですから、どれもオオカミかと思うほどにデカい、そして好戦的。そんな凶悪な野犬が死骸に集まってきてるんですよ。普段なら猟銃持ったチンギスもいますし、何かあれば車の中に居れば安全なんですけど、今は裸一貫一人ぼっちです。
「あんなもんに襲われたらひとたまりもないな」
とにかく恐ろしいので完全に日が落ちて真っ暗になるのと同時にテントに入って寝ました。チンギス、まさか裏切ってないよな・・・と願いながら。
どれくらい眠ったでしょうか。チンギスが通ったら分かるように照明だけはつけて寝ていたのですが、ただならぬ不穏な空気を感じて目が覚めました。何か不吉な気がする、そう思ってテントの中で気配を感じ取っていると
バサッ!グルルルルル!
野犬きた!小さな小さなテントが大きく揺れた。
やばい!死ぬ!もうテントがシースルーですから覆いかぶさるようにテントにアタックしてきてる野犬が丸見えなんですよ。敵が出てくるとはいよいよドラクエだな!とか言ってる場合じゃない、コイツらは本気で殺りにきている。何とかしなければ、何か武器を!
「鳥のように羽ばたくんだ!」
なぜか脳裏に在りし日のマッスルインストラクターが。出てくんな。
こんなシースルーテントなんて5分と持たない。やばい、やばすぎる!といつの間にか一人ぼっち、徒歩、野犬、と色々な面で大ピンチになったところで次回に続く。