Over the rainbow

Over the rainbow

「すいません、Sありますか?」

僕らは日常生活を営む上で様々な非日常に接することがある。事故にあったり、財布を落としたり、古い友人が訪ねてきたり、古いレンタルビデオショップで「もののけ奥さん100連発!!」というタイトル中の2つのビックリマークが何とも勇ましいエロビデオを借り、半ばスキップ気味というかスマップ気味に鼻歌交じりに家に帰って興奮気味に再生、中身が「ドラえもんのび太の海底鬼岩城」だったり。僕らの日常には予想だにしない非日常が散りばめられている。バギーちゃんに涙している場合ではない。

この突如訪れる非日常をアクシデントと捕らえるならば、それは必ずしも喜ばしいものではない。誰だってトラブル的ハプニングは嫌だし、できることなら平穏で穏やかな日々を過ごしたいと考えている。誰だってエロビデオを借りてドラえもんなんて見たくない。しかしながら、これらの非日常が僕らの望む日常と表裏一体と考えると途端に異なる側面を見せ始める。

日常も非日常も繋がっている物語だ。言い換えると、日常が存在するからこそ非日常がありえるわけだし、非日常が存在するからこそ日常がありえる。極端な例で言うと祭りだ。祭りはたまにあるから衝撃で楽しいビックイベントだったりする。言うまでもなく退屈な日常に舞い降りた非日常的イベント、それが祭りだ。

けれども、その祭りが毎日催されたとしたらどうだろうか。連日家の前でてんやわんや、文字通りのお祭り騒ぎが起こっていたらどうだろうか。楽しいどころか精神を病む事態になりかねない。警察に通報するかもしれない。祭りという非日常はあくまで平穏な日常があるからこそ非日常でエキサイティングなのだ。

逆に、日常だけ、何のイベントもない淡々とした日々が続いたらどうだろうか。人間はそこまで平穏が続くと途端に退屈に感じ、その気持ちはもはや平穏な日常を楽しむどころではなくなってしまう。刺激を求め、日常を抜け出して突飛な行動を取る人も少なくないはずだ。そう、稀に非日常があるからこそ、人々は日常をありがたがることが出来るのだ。心が安らぐこの瞬間がなんと有難いのだろうと実感するのだ。この構図は、戦争を知らない世代が平和のありがたみを知らないのによく似ている。

さて、連綿と、まるでメビウスの輪のように繋がる日常と非日常、誰もどちらか極端に偏ることを望まないはずだ。最も理想的なのは穏やかな日常を過しつつ、それでいて適度にスパイス的な非日常が降りかかる、その程度の混在を望む人が多いと思う。台風が来るとなんかワクワクする、なんてのはそれに違いない。

つまり、何が言いたいかというと「非日常こそ大切にしなければならない」ということ。祭りやイベントごとの非日常は大歓迎だけど、事故を起こしたり病気になったり、借りたエロビデオが海底鬼岩城だったりなんてハプニングは誰も望まない。できることなら起こって欲しくないと思っているはずだ。「なんで僕が?」なんて思うかもしれない。けれども、落ち着いてその不幸と地続きになってる日常を見据えるべきなのだ。

今あなたに起こっている不幸やハプニングなどの非日常は、たぶん大したことはない。こんなこと言うと怒られるかもしれないけれど、そうそう深刻な事態じゃないはずだ。命を取るまでの事態なんてそんなに転がってない。気に病むことも落ち込むことも、ましてや死を選ぶことなんてあってはならない。この非日常があるからこそ日常がありがたい、そうやって先を見るべきだ。歯が痛いからこそ歯の痛みから解放されたあの素晴らしいビューティフルワールドを認識できるんだ。そんなに気に病むことはない。気にするなよ青年。

とまあ、長々と「非日常」の大切さを、それに対する気構えを語ったわけなんだけど、やはりハプニング的非日常なんてのはそんなに喜ばしいものじゃない。特に、そのハプニングに見舞われている最中はネガティブな感情でいっぱいだ。けれども、その先には何があるんだろうか。この非日常を超えた先には何があるんだろうか、今日はそんなお話。

先日のことでした。土曜日の午前中ってのは、果たしてこれは誰が視聴するのだろう?と疑問に思うしかない番組を多々やってるのだけど、それらの存在意義の見えない番組たちをいかに面白楽しく視聴するかという点に重点を置き、このグルメレポーターは、不味いものを食べた時は「美味い!お父さん、これ新鮮で美味いね」と言いながらも若干左肩が開いている、などと分析して遊んでいた、まあ早い話、死ぬほど暇だった。死ぬほど退屈な日常にどっぷり浸かっていた。

それをぶち破るように携帯電話が鳴る。メール着信を告げる着信音だ。

「ああ、どうせまた出会い系サイトのスパムか」

僕ら無辜なる男性を騙して金を毟り取ってやろうと画策する詐欺メールの数々。もう僕の携帯メールアドレスは電脳世界でどんな扱いを受けてるのか考えたくもないんですけど、とにかくドコドコとエロいメールがやってくるんですよね。

「未亡人になり莫大な遺産だけが残りました、お願い抱いてください。お金は好きなだけ持っていってください。詳しくはこちらでhttp://...」

「会社社長やってます。こういう仕事ってストレス溜まるのよねえ。良かったら体だけの関係で付き合わない?アタシ、乱れちゃうかもhttp://...」

「もう20歳なのに中学生に見られちゃうの!プンプン!お兄ちゃんって呼んでいいですか?マイのことお兄ちゃんの好きにしていいよhttp://...」

とまあ、女体と金をプンプン臭わせるメールが来るんですよ。で、巧みに詐欺サイトに誘導して金を騙し取ってやろうという気概が画面越しに伝わってくるんですよ。

最初こそはこの降って湧いたようなエロメールに大変興奮し、退屈な日常に舞い降りたエンジェルだと興奮、受信するたびに一人であらぬ妄想をしてビンラディンだったんですけど、やっぱ飽きてくるんですよ。それがしょっちゅう続くと、またかよ、って感じで興奮すらしない。早い話、非日常だったエロメールが日常の一部に取り込まれてしまうんですよね。。そりゃ日に50通もこんなのきてたらいちいち興奮してられない。

「うざいなー、メール削除するのって面倒なんだよなー」

とアンニュイになりつつ、それでもまあ、またどんな退屈なスパムが来たもんかとメールを開いてみたんです。

「すいません、Sありますか?」

全身の毛が逆立つかと思ったね。何か得体の知れない高揚感と言うか胸の高鳴りというか、とにかく普段のメールとは違う何かを感じ取ってしまった。

Sありますか?

どういうことだろう。確かに僕はSかMかなら、どちらもと答えるしかない中性的な立場だけど、やはりSな側面も隠せない。僕の夢は女性を裸で天井から吊るしてバケツいっぱいの卵の白身をぶっかけることだ。白身だらけになって泣き叫ぶ女性、それでも僕はニヤリと笑って卵を割って白身だけをバケツに溜めていく。

「お願い!もうやめて!どうして白身だけなの!」

「フハハハハ!泣け!叫べ!」

「ああ・・・許して・・・」

「そんなことではお父さんの借金を返せないぞ」

彼女は白身だらけの体で何かを覚悟したかのように天井を見上げる。怪しい仮面をつけた僕はバケツいっぱいの白身を持ってニヤリと笑った。

これはもうSに違いない。見紛う事なきSだ。しかし、なんでそれをわざわざメールで指摘されないといけないのだろうか。見ると、送信主は全く見たことのないアドレス。掛け値なしに赤の他人。なんでそんな人間に僕の性癖を指摘されなければならないのか。

「どちらかといえばSだと思います」

震える手で返信メールを打つ。僕の心は高鳴っていた。この振って湧いた謎の怪奇メール。これは見紛うことなく非日常だ。日常に舞い降りた非日常だ。落ち着いて取り逃さないように非日常にダイブしなければならない。

送信を終えてドキドキしながら返信を待ったんですよ。もしかしたら、どこかで僕のアドレスを入手した女性(20歳大塚愛似)がいて、その子が生粋のMだった、で、顔を真っ赤にしながら勇気を出して僕にメール、Sですか?と。そしたら返事が帰ってきたもんだから、こりゃもう会ってSMプレイに花咲かせましょう、卵の白身かけてもいいですよってなるかもしれない、いや、そうなるに決まってる。

しかしですね、そんな返信メールを待つまでもなく希望を打ち砕くメールが届き始めたんです。

「おねがいできますか?」

「いくらですか?」

「Sありますか?」

みたいなメールが、最初のアドレスとは違う、全く見たことないアドレスからドコドコやってくるんですよ。それも全部違うアドレスから。そんなにMっ子がいるとは思えませんので、こりゃあ何か違うことが起こってるんだな、と推理を始めました。

不特定多数からメールが来る。これはどこかにアドレスが晒されているからに違いない。そいでもって「Sありますか?」という文面、僕はサド・マゾのSだと思って一人でドキドキしていたけど、文面から行ってこれは何らかの物体、それもお金を介在してやり取りされることから何らかの商品じゃないだろうか。そして、何か皆コソコソしながらメールしてるような印象を受ける、こりゃあ違法な何かを総称して「S」と呼んでるんじゃないだろうか。

それで調べましたよ。必死で調べましたよ。その間もドコドコとはいきませんがある程度の間隔で「Sありますか?」って感じのメールが届いてました。

そして辿りついた結論が「覚醒剤」。覚醒剤やめますか人間やめますかの、あの覚醒剤だ。持ってるだけで違法になるアレだ。覚醒剤ってヤツはシャブ、speedと呼ぶこともあり、speedから「S」と呼ぶこともあるらしい。間違いない、こいつらは覚醒剤を求めて僕にメールを出している。

たぶんこういうことでしょう。僕はまあ、色々な対決シリーズからも分かるように、様々な悪徳業者を相手に戦っています。それこそアドレスや電話番号、時には住所氏名すら剥き出しで戦うことも少なくなくないんですよね。で、相手から相当の恨みを買ったまま闘いが終結することが多々あるんですよ。

相手としてはどうでしょう。詐欺の邪魔しやがって、この小僧!憎たらしい!何か復讐をしてやりたい!そう考えるのかもしれません。腹いせに僕の個人情報を売り飛ばすくらいは普通にやってるでしょうが、中にはそれでは気が治まらないらしく、非常に陰険な報復に出る人も少なくないんですよね。

エロい掲示板に「セックスフレンド募集中です!20歳でマルシアに似てるって言われます!」とか、マルシアって微妙なんですけど、そういった類のことを僕のアドレスで書き込まれ、猛り狂った志士たちから色々な液が滴ってきそうなメールを数百通単位で頂戴つかまつったり、いきなり犬の死骸みたいなグロい写真が添付されたメールが送られてきたり、真夜中に無言電話が鳴り止まなかったり、勝手に僕のアドレスで子供相談室みたいなところに相談メールを送ったみたいで、「虹の原理」について延々と説明している偉い先生のメールが届いたり、とまあ、大変なことになっとるんです。

それにすらも慣れて、僕の中で嫌がらせすらも日常になりつつあった昨今、今ここで事態は新しい展開を迎えたのです。

「シャブの売人に仕立て上げられる」

こりゃあかなりの非日常ですよ。確認してないので定かではありませんが、たぶんアンダーグラウンドな、それこそ子供は見ちゃいけないような掲示板か何かに書き込まれたんでしょう。「Sあるよー、安いよー」みたいな風情で、何者かが僕のアドレスを使って書き込んだのでしょう、で、それを読んだシャブ中、もしくはちょっとシャブに興味ある人がメールを送ってきたに違いありません。

恥ずかしい!それを考えると最初の返信メールが死ぬほど恥ずかしい!向こうはシャブが欲しくて僕に「Sありますか?」ってメールしてるのに、僕はSMだと思って「どちらかといえばSです」とか返答している。もう顔から火が出るくらい恥ずかしい。相手もさぞかし困惑しただろう。

いやいや、その前にいつの間に僕がシャブの売人ってことになってんだよ。その書き込みを見た警察とかがウチに踏み込んできたらどうするんだよ。調べられたら最近モンゴルに行ってることがばれる、貴様!覚醒剤を密輸したな!ってことになるかもしれないじゃないですか。普通に土曜日を過していてまさかシャブの売人にされるとは思わなかった。

アンニュイな土曜に降って湧いた「シャブの売人疑惑」という非日常に一瞬怯むんですが、まあ、別にいいか、本当にシャブ持ってるわけじゃないし、と、この非日常を楽しむことにしたのです。

とりあえず、魑魅魍魎の如く送られてきたメールをざっと一瞥し、その中から女の子っぽいアドレスに返信します。

「Sあるよー」

ここでのポイントは、僕は一言も「覚醒剤があるよ」などとは言ってないことです。相手がどう取るか知りませんが、俺はサドだぜ!卵の白身とかかけちゃうぞーという意味で返信をします。

「本当!?○○市なんだけど、分けてもらえないかな・・・」

たぶん、最初のイタズラ犯が地方別の掲示板か何かに書き込んだんでしょうね、相手が指定した住所は割と近い場所でした。

「分けるのは構わないけど・・・」

このサドっ気を分けて欲しいとは、こりゃあ白身だけじゃなくて黄身もかけちゃう!殻もつけちゃう!プリンタもデジカメもつけちゃう!分割金利手数料もジャパネットが負担!そんな気持ちで返信しました。

「いくらですか?」

こっちがびびるくらい、神の如き速さで返信が来るのですが、まいったシャブの相場なんて分からない。いやいや、サドっ気に値段なんてつけられない。

「お金なんていらないよ」

下手な値段言ってしまっては台無しですので、ここはお金は要らないとアッピール、あまりよくない返答だなーと自分でも反省したのですが、相手はラリってるのか、はたまたもう既にシャブを決めておられるのか、とんでもないメールが帰ってきます。

「タダでくれるの?じゃあエッチする?」

何食って育ったらこんな思考に至るのか分からない。「くれる」と「エッチ」が頭の中で繋がらない。あまりの展開に信じられなくて携帯電話を逆さにしたり、一回電源を切ってみたりして読んでみるのだけど、やっぱり「エッチする?」って書いてあった。

あのですね、もっとこう女性にとっておセックスって厳かで尊いものじゃないんですか。僕が高校生の時にクラスで一番エロいと噂の女の子に「6月だしセックスしようぜ!」って言ったらぶん殴られて担任に密告されましたよ。それくらい軽やかに許してはいけない最後の砦じゃないんですか。

それがこの子はどうだ。Sと引き換えにエッチする?まるで部活に誘うかのように言ってますからね。こりゃ日本も来るとこまできちまったなーと嘆かずにはいられませんでした。

「いやー、実は・・・」

ここで僕は怯んだんですよ。正直に言うと心が痛かった。相手がどんな女性か知りませんが、間違いなく僕のことをシャブの売人と勘違いしている。しかも、シャブのためなら体を差し出すとまで言っているのです。シャブなんてのは決して褒められたものじゃないのですが、そのシャブに賭ける情熱だけは物凄い。けれども、実際の僕はシャブどころか頭痛薬すら持ってないからっきしの一般人。なんだか騙してるみたいで心の中の一番柔らかい部分がギュッと締め付けられたのです。

「やはり君にSは譲れない」

これ以上彼女を騙してはいけない。僕はSなんて、覚醒剤なんて持ってないんだ。そんな気持ちが先行してしまい、彼女を傷つけたくない一心でメールを送りました。

「なんで?どうして?お願い!譲って!」

しかし切実なる彼女の懇願。どうやって断わろうかと思案していると、次々と、怒涛の如く彼女からメールが届きます。

「お願い!エッチしていいから!」

「いじわるしないで!」

「どうして譲ってくれないの?」

「お金払うので譲ってください」

とまあ、連打連打さらに連打ですよ。もう許してって感じでメール着信するたびに「ヒィ!」とか一人で叫んでた。そんな最中にも、

「旦那とは1年セックスがありません。それも私の性癖のせいかもしれません。言いにくいんですが・・・ホッチキスで責められたいんです。私って変態ですかね?是非ともお願いできませんか?ホッチキスは私がもって行きます。http://...」

とかエロスパムが届くから始末が悪い。なんだよ、ホッチキスで責めるって針は入ってるのか?入ってるのか?ええい、興味深いが今はすっこんでろ!

そんなことはどうでもいいとして、この純粋にシャブを求める彼女の始末をつけなければなりません。冷静に考えると純真無垢に違法なシャブを求めるってのが極めてアンバランスなんですが、それが逆に危なっかしい。下手なこと言ったら大変なことになりそうだ。クソッ!非日常にダイブなんかするんじゃなかった。とんでもなく面倒じゃないか。

とにかく、彼女を刺激しないようにシャブを分けてあげられない理由を説明せねばなりません。売人なんて嘘でしたー!ベロベロバー!なんて送ったら大変な事態になりかねない。なんとか彼女にも納得していただける理由を考えねばなりません。そして、携帯電話片手に考えに考え抜いて導き出した返信がこれ。

「うん、最近、マッポがうるさいからさ。危ないじゃん」

マッポですよ、マッポ。シャブの売人っぽさを出さなければならない、と訳の分からない使命感に襲われた僕が導き出した答えがマッポですよ。色々と救いようがない。そのマッポが色々と警戒してるかもしれないからシャブは譲れないよ、と返信したのです。マッポはともかく返信内容としては合格点でしょう。

「そうだよね・・・色々と危ないよね・・・」

彼女の返信も少し落ち着いてきて何だかご納得いただけた様子。僕もホッと胸を撫で下ろすのですが、そこで畳み掛けるかのように彼女から返信が。

「やっぱり警戒するよね・・・当然だよ、Sだもんね」

不穏な動きを見せる彼女にハラハラしていると、やはりまたメールがやってきて、そこには衝撃的な文言が。

「あれでしょ、私が警察のおとり捜査じゃないかって疑ってるんでしょ?」

1ミリも疑っておりません。ホント、なんだこの女は。考えが突拍子もなさ過ぎる。シャブでも食ってんじゃねえか。いや、食おうとしてるのか。しかしまあ、ハイパボリックな彼女の思考は別として、そう考えてくれたのなら好都合。うまく乗っていって納得させるに限ります。

「まあね、マッポはえげつないからね」

またマッポとか言ってるし、いい加減にして欲しい。何を知った風な口きいてるんだ僕は。ホント、どうにかして欲しい。こんな売人いるはずがない。

「だよねえ」

彼女の返信もすっかり落ち着いた様子。いつの間にかシャブの売人になってしまうという非日常に焦ったりしたけど何とかなった、これでまた日常が戻ってくる、と安心していると、彼女から更なるメールが。

「じゃあさ、Sとか抜きで会ってみようよ。会ってみて私のこと信用できるようなら次からS売ってくれればいいし」

このシャブっ子は何を考えてるんでしょうか。信用も何も、僕はシャブの売人でも何でもない、会って話しなんかしたらボロがボロボロ出るに決まってる。ダメだ、会っちゃダメだ!と返信メールを送りました。

「今からゲーセン行くから会えないよ」

世界中どこを探してもこんな売人いませんよ。何だよゲーセンって。もっとこう、他にも色々あただろうに。

「じゃあ、どこのゲーセンか教えて、私もそこにいくから!」

しかしシャブっ子も引き下がらないご様子。すっかり困り果ててしまいましてね、どうしていいのか散々迷ったのですが

「来てもいいけどSは譲らないよ。○○ってゲーセン」

「はい!それでもいいです!」

とまあ、譲る約束さえしなきゃ別にいいかって良く分からないうちに会うことになったのです。何だか良く分からないうちに、シャブなんて全然関係ないのにシャブの売人のフリして女の子と会うためにゲーセンにいく、っていう訳の分からない状態になってしまいましてね、死ぬほど面倒だったんですけど、言ってしまった手前行くしかないので準備して出かけましたよ。

いつの間にかあんなに晴れていたのにすごい大雨が降っていて本当に面倒だったんですけど、車を運転してゲームセンターへ。比較的大きなゲーセンでしたから客も結構いましてね、どっからどう考えてもシャブの売人が取引に使うような場所じゃないんですよ。普通、港の倉庫とかじゃないのかな。

まだシャブっ子は到着してない様子だったので脱衣麻雀ゲームなんかをやって時間を潰してたんですが、そこに携帯メールが。

「つきました」

いよいよ来たか。ついにシャブっ子がきやがったか。あれだけシャブを欲する女、どんな女か見極めてやる!と周囲を見回すと女の子がポツンと壁際に立ってるんですよ。

普通ですね、ゲーセンってリュックにポスターぶっさした大きいお友達か頭にヘリウムガスでも詰まってそうなカップルくらいしかいないんですよ。単独女性って結構異様なんですよね。

「もしかして壁際に立ってる?」

早速メールを送ると壁際の彼女が携帯電話を見るじゃないですか。その様子を見てると彼女も僕に気付いたみたいでニッコリと笑い、携帯電話をバッグにしまいながらこちらに歩いてきたんですよ。

「こんにちは、メールの者ですけど」

近づいて見てビックリです。ムチャクチャカワイイのな。シャブ中ってことで目が血走った、見るからに危なそうな婆さんが出刃包丁でも持ってくるかと思ってたんですけど、普通の女の子、いやむしろ清楚な感じすらするお嬢様なんですよ。なんか、卒業旅行にセブ島とか行きそうな感じだった。これがシャブ関連の出会いじゃなかったら小躍りして喜んでるところだよ。

「あ、どうも、メールの者です」

極めて対人スキルが低く、特に女性とは目を見て会話できないんですけど、なんとか会話を続けます。そんな僕を見て彼女はどう思ったのか、ニッコリ笑いながら

「どうです?信頼してくれました?私にS譲ってくれます?」

と、こっちが怖くなるくらいの笑顔で。やめてやめて、そんないきなりシャブの話を持ち出さないで。カクシンニセマラナイデ。

「しっ!どこでマッポが聞いてるか分からない!外に出よう!」

マッポ!

そんなもんマッポが聞いてるはずないんですけど、何とかしなければならないと彼女をゲーセンの外に連れ出します。で、雨をしのげる縁石みたいな場所に座って話を聞いてみます。

まあ、昼間っからこんな場所に座って会話するシャブの売人もないんですけど、色々話を聞いてみると、彼女はシャブってのは未経験で興味はあったとのこと。出会い系サイトをボーっと見てたらシャブ譲りますという書き込みがアドレスと共に書かれていてメールしたとのこと。

なるほどね、書き込みを見て玄人がメールしてくるはずはないとは思っていたけど、まさか出会い系サイトに書き込まれていたとは。じゃあ、メール送ってきた人はみんな興味ある人って感じなのかな。そうだよな、この子だってシャブに溺れてるようには全く見えないもの。

「で、譲ってくれますか?」

屈託のない笑顔でそう述べるシャブっ子。譲るも何も僕は売人じゃないからとは言えず、なんとか世界陸上の話とかして話題を逸らすのですが

「でも、Sってどういうルートで入手できるんですかー?」

とまあ、シャブに興味津々なご様子。そんなもんこっちが知りたいわ。

「た・・台湾ルート?」

なんで疑問系やねん。台湾ルートってなんやねん、と僕の返答が色々とギリギリになった時、もうこれ以上は無理という判断からついに切り出しました。

「実はシャブの売人でも何でもないんだ。誰かのイタズラで・・・」

さあ、それを聞いた彼女は豹変しましたよ。

「譲れないなら譲れないって最初から言え、ボケカス死ね」

みたいなことをえらい剣幕でまくしたてましてね、清楚な感じから想像もつかない豹変ぶりですよ。シャブでもやってんじゃねえか。

っていうか、最初から譲れないって言ってるじゃないかと思いつつ、ジッと耐え忍んで聞いていたのですが、「オッサンキモイ」とか言われて泣きそうになった。でもカワイイ子に罵倒されて興奮しつつある自分もいて、SなんだかMなんだか自分でも分からない状態に陥っていた。

彼女はいたくご立腹な様子で、プンプンと帰っていったわけなんですが、いやー、すごい怖かった。とんでもない非日常だったな、非日常にダイブなんかするんじゃなかった。やっぱ日常が最高だよ、と雨も上がり、いつの間にかできていた虹に向かって車を走らせ家路に着くのでした。帰ったら海底鬼岩城を観よう、それが僕の愛すべき日常だ。

日常は退屈でどうしようもない。きっと彼女だって同じように繰り返される日常に嫌気が差して、シャブという非日常に手を出すつもりだったんだろう。でもね、シャブより刺激的な非日常はきっとあるよ。安易に手を出す必要なんてないよ。日常と非日常は繋がっている。非日常を大切にするからこそ穏やかな日常を過せるし、日常を大切にするからこそ非日常にエキサイトできるんだ。彼女がシャブに手を出さずに平穏な日常を過せるといいなあ。

などと考えながら運転していたら、スピード違反でマッポに捕まりました。とんでもない非日常だ。売人のフリして出かけるんじゃなかった。2度目の免停、免停60日が来るぞ!とんでもない非日常の日々が来るぞ!と震えることしかできませんでした。やっぱ非日常いらない。

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