ギャバン

ギャバン

子供の頃、どうしてもギャバンのメモ帳が欲しかった。

ギャバンってのは、6歳くらいの時にテレビでやっていた「宇宙刑事ギャバン」のことで、ウルトラマンシリーズや仮面ライダーシリーズに続けといわんばかりに鳴り物入りで開始された宇宙刑事シリーズの第一弾。痛快なアクションが売りの戦隊物番組だった。

幼かった僕はこのギャバンにハマっちゃいましてね、あの銀色のボディがたまらない、あの宇宙的で未来的、それでいて機械的なギャバンの外観が最高だ、と光り輝くシルバーのボディに魅了されてしまったんですよ。

たしか小学1年生くらいの頃だったと思うんですけど、当時の僕は近所に住む6年生の暴力を背景にしたイジメに悩まされてましてね、6年生と1年生なんて勝てるわけないですから、イジメられる度に「助けて!ギャバン!」と心の中で唱えるような、それが癖になって困った事があるたびに「助けてギャバン!」。学校の音楽の授業で縦笛のテストがある日なのに縦笛を忘れてしまって絶体絶命のピンチ、「助けてギャバン!」とか、そんなのギャバンでもどうしようもない。宇宙刑事の出る幕じゃない。とにかく、それくらいギャバンに心惹かれていたんですよ。

当然ながら、常に鼻水たらしてるようなバカな子供ですから、やっぱギャバングッズとか欲しくなるじゃないですか。特にギャバンフィギュアが最高に欲しくて、なんか関節の部分がグイグイ動く人形が、とにかく親を殺してでも欲しかったんですよ。

けれどもね、やっぱ子供心に我が家の貧しさとか何となく分かってるじゃないですか。ウチは貧乏なんだなって漠然と理解してるじゃないですか。だからね、どうしても欲しいなんて口が裂けてもいえなかった。

お母さんと夕飯の買い物とかいくんですけど、今で言うショッピングセンターってやつでしょうか、スーパーにちょっとした服売り場とか雑貨売り場、文房具売り場、おもちゃ売り場みたいなのが併設されたチンケな店があったんですけど、そこに行く度にですね、おもちゃ売り場にギャバンの人形が飾ってあるんですよ。

ガラスケースの上に銀色に輝くギャバンが猛々しいポーズで飾ってあるんです。もう、心鷲掴み。いっそのこと盗んでやろうかと思ったくらい心惹かれてしまったんです。

でも、やっぱり「欲しい」なんて口が裂けても言えない。だってウチのお母さん、「ネギはあっちの店の方が4円安い」とか言ってるんですよ。ギャバンが欲しいなんて言えるわけないじゃないですか。

ガラスケースの上に鎮座する銀色の雄姿を眺めながら、僕が大人になったら初任給でギャバンを2000個くらい買ってやる、そう堅く心に誓うpato少年だったのでした。

けれどもね、この時期の少年って願いが叶えられないなら叶えられないで別の願いを見つけるもんでしてね、夢の代替品とでも言うのでしょうか、例えるならば大塚愛さんとおセックスしたいんですけど、どう考えてもそれは難しい、2桁くらいの刑法を無視しないと叶えられそうにない、そうなってくると大塚愛さんに似た女性を探すようになるでしょ。で、そんな探すって言っても僕のように顔を見ただけで乳飲み子が泣き出すような歴然たるブサイクフェイスでは難しいですから、ちょっと似てる女とか、背格好が似てる女、血液型が同じ女、最終的には女であれば良いよ、オッパイだけでいいよ、ってなるじゃないですか。

こんなね、6月から住民税が跳ね上がって途方もないことになるような世知辛い世の中ですよ、僕らの願いなんてそうそう叶えられるもんじゃない、僕らの人生は常に我慢と妥協の産物だ、そうなるとね、やっぱ子供の頃からそうやって願望を代替するスキルを身につけておかないとダメだと思うんですよ。

文豪、川端康成の作品に「虹色のバッタ」というものがあります。少年達の間でまことしやかに噂される虹色のバッタの存在。康成少年は次第にその存在に惹かれていきます。日が暮れるまで野原を探しても虹色のバッタは見つからない、疲れ果てた彼はいつしか野原に転がる別な物で欲求を満たすことを覚えます。雑草をかきわけ犬の糞を見つけた少年は、親戚の家で育てられていた自分の姿に重ね、その存在に奇妙な親近感を感じるようになります。求めるものが幻のバッタであっても、犬の糞であってもそう大差はない。何かを見つけること自体が幸せなのだと。日ごと犬の糞を集め、心の中に狂気を宿していく少年のお話。

まあ、この話、清々するくらい嘘なんですけど、そんな作品存在しないですけど、とにかくそういうことなんだと思います。よく分からないけどとにかく願いが叶えられないなら叶えられそうな手頃な願いで妥協する、それが大切なんです。

で、ギャバンのフィギュアが欲しかった少年patoはどうしたか。フィギュアよりも安価で手に入り易そうな妥協の産物、ギャバンのメモ帳に目をつけたんです。おもちゃ売り場の隣りにあった文房具売り場に燦然と鎮座されるギャバンのメモ帳、表紙がなんかこっちが恥ずかしくなるくらいの決めポーズなギャバンでね、これを手に入れたいと熱望するようになったのです。

普通に考えると、メモ帳の方が安いですし、なにより「勉強に使うから」とでも言えば買ってもらえそう、フィギュアよりも手に入りやすいものと言えます。当時の僕は、やっぱり色々とラクガキとかして遊びたい年頃でして、広告の裏にガリガリと落書きして遊んでいたのですが、やはりメモ帳に落書きして遊びたい、広告の裏ってツルツルしてるヤツだと鉛筆で書きにくいんだよ、と熱望したのです。

「お母さん、ギャバンのメモ帳欲しい」

「ダメ!」

夢ってヤツは思っていたよりも簡単に敗れ去るもので、あえなく撃沈。もうしょうがないのでツルツルの広告の裏にギャバンの絵を描いて弟に「これはギャバンのメモ帳だ」と安っぽい催眠術のように信じ込ませていました。弟はバカだから「ギャバンカッコイイー!」とか言ってた。

しかし、そんな不憫な僕でも平等に希望の光ってやつが差し込んでくるもんで、予想だにしない幸運が舞い込んできたのです。

「おばちゃんな、○○にいるんやけど、欲しいものあるか?」

離れて暮すお婆ちゃんからの電話。もちろん、○○ってのは件のショッピングセンターのことです。直訳すると、今から家に行くけど何か買ってやるよ、ってことのようです。

心躍りましたね。何せお婆ちゃんは結構な確率で欲しいものを買ってくれる、いわばボーナス面みたいなものですから、とにかく何かしら期待の品を買ってもらえる。けれども同時に迷いもしました。どっちを買ってもらったらいいのか。

普通に考えたら第一希望であるギャバンフィギュアを要求するのが当然です。しかしながら、以前にもお婆ちゃんはフィギュアに対してあまり良い顔をしなかったという前例があります。お婆ちゃんは半分ボケてるので、人形には魂が宿ってると考えるそうで、あまり買いたくないようなことを漏らしていました。

つまり、ここでギャバンフィギュアをオーダーしようものなら、お婆ちゃんそんなもんかわへんわ!と全てがオジャンになる可能性が極めて高いのです。それならば、確実に買ってもらえるであろうギャバンメモ帳、こちらを要求する方がいくらか賢いといえます。ここでも夢の代替的な思想が役立つことになります。

「お婆ちゃん!僕、ギャバンのメモ帳が欲しいよ!」

純真無垢、天真爛漫、圧倒的な無邪気さでそう要求したのを今でも覚えています。

「わかった、すぐいくわ」

電話を切った僕は五里霧中といった趣でお婆ちゃんの到来を今や遅しと待ち構えます。ああ、あのギャバンのメモ帳を手に入れることが出来る。圧倒的なまでに未来的なあの銀色のボディが踊るメモ帳が手に入れられる。何を書こうか、いやいや、何も書かずに大切に保存しておこう。もう、玄関で仁王立ちしてお婆ちゃんを待っていました。

「久しぶり!ちゃんといい子してたか?」

タクシーで我が家に乗りつけたお婆ちゃんは、久々に会う孫にご満悦な様子。僕だって1ミリもいい子にしてなかったのですが、満面の笑みで

「うん!」

とか嘘8000な返事をします。で、お婆ちゃんが何やら自分で漬けた漬物だとか干物だとか、買ってきた子供服などを次々と袋から出していきます。僕はもう、気を失いそうになるくらいの胸の高鳴りを覚えながら次々と出てくる戦利品を眺めます。ああ、あそこからギャバンのメモ帳が出てくる!

「ほれ、買ってきたで」

お婆ちゃんがシワクチャの手で差し出した紙袋、間違いなくその中にメモ帳が入ってるであろう重量感がありました。震える手で受け取った僕は、まるでテキサスの荒くれ者が女性のドレスを引き千切るかのような荒々しさで紙袋を破りました。

「やったー!お婆ちゃん大好き!」

そう叫びながら剥き身となったその商品は、

「ジャポニカ学習帳」

いやいやいやいや、おかしいじゃない。むしろ面白いじゃない。

なんかジャポニカ学習帳の自由帳っていう、真っ白な紙が綴られたノートが鎮座しておられるんですよ。その時の表紙シリーズが「せかいのどうぶつ」シリーズで、ロバの偽物みたいな動物がウンモーって顔して表紙を飾ってました。

もう落胆が大きいというか、人生の全てがどうでもよくなったというか、とにかく期待が大きかっただけにその反動も大きくて、その場で泣き出しちゃいましてね。

「あんなにギャバンがいいって言ったのにー!」

って狂ったように泣くものですからお婆ちゃんもパニック。お婆ちゃんにしたら落書きできるノートなら何でも良いと思って買ってきたのに、孫がこの世の終わりみたいに泣き出すものですから、途方もなく狼狽してました。

「こら!せっかく買ってきてもらったのにその態度はなんだ!」

悪いことにそこにウチのキチガイ親父がやってきましてね、どうにもこうにもこの人がやってくるとハッピーエンドになったためしがないのですが、とにかく「ギャバンのメモ帳が良かったのに変なロバの自由帳になってしまった」という事情を涙ながらに切々と説明すると

「よし、お父さんがギャバンにしたる!」

となにやら絵の具を持ってきましてね、銀色を作ってジャポニカ学習帳の表紙に塗り始めたんですよ。しかも絵の具で銀色ってなかなか作れるもんじゃなくて、ネズミみたいな汚い灰色を塗りたくりやがりましてね、ただでさえ気持ち悪いロバがひっどいことになってました。おまけに「ぼくギャバン」とかいう、そんなのギャバン本人は絶対に言わないセリフつき。もうどうしようかと思いました。

ギャバンのフィギュアが欲しかった、けれどもそれは叶わないだろうからギャバンのメモ帳が欲しかった。でも、その願いすら叶わなかった。変な灰色の汚いロバに成り下がった。でもね、やっぱ代替って大切なんですよね、最初こそは泣き叫びましたけど、落ち着いてみてみるとこのロバもなかなか捨てたもんじゃない、それどころか、広告の裏じゃなくてれっきとした自由帳に落書きできる環境を喜ばねばならない、とさらに願望の代替を見せたのです。

結局のところ、僕らの欲望は際限を知ることがない。願いが叶うならそれ以上の願いを手に入れたがる。永遠に満たされることのない酒樽のようだ。どうせ満たされないなら膨らむのを避ければ良い、つまり満たされないまま次々と願望のランクを下げていく、それがこの世知辛い世の中を幸せに生きる手段なのかもしれない。そうやって願望の代替が出来る人こそが真に素晴らしいのかもしれない。

さて、メモ帳の話が出ましたので、極めてナチュラルに現代の話に戻しますが、最近は便利になったものですね。パソコンを使うたびに痛感します。僕は前述のように子供の頃から落書き的に何かを書けるものってのが必要なくらい、気がついたら何かを書いてることが多かったのですが、最近ではこのパソコンがその落書きを受け止める役割を果たしている。

windowsに標準で搭載されている「メモ帳」機能はまさに子供時代の「自由帳」「広告の裏」の代替といえよう、気がついたときにサッと立ち上げてサラサラっと重思いついたことを書ける。しかも保存までできてしまうという優れ物。ギャバンメモ帳ほどじゃないにしろ、かなり未来的なメモ帳を手に入れたと言えるんじゃないだろうか。

さて、そんな風に思いついたらそくメモ帳を起動させて文章を書く、で、保存して仕事に戻る、なんてことを繰り返して仕事用パソコンを自由帳の如く使い倒してるもんですから、デスクトップがえらいことになってましてね。

「hhhh.txt」「asdf.txt」「mmmnb.txt」とか、どう見ても適当にファイル名つけたとしか思えない自由帳ファイルが山のように存在するんですよ。だいたい40個くらいはありますから、画面いっぱいにドワーッとファイルが広がってるんです。

さすがにそりゃないってんで、この間、すごい久々にそれらのファイルどもを開いて読んでみたんですよ。

「祭りの話し書く、好きな子と夜祭、火を焚いて五穀豊穣を願うっぽい祭、彼女の主にセックスを司る部分が祭りの火で燃えあがればいい、いったら彼女といい感じ、ウチのキチガイ親父が火だるまになってた」

とか、何か日記のネタを書き留めたんでしょうね、なんかちょっと片言でそれっぽいことがメモしてあったんですよ。

さすがにこういうファイルはその書き留めた理由が分かるんでいいんですけど、ひどいのになると

「チンポと乳首が入れ替わってしまう悲しい男の話→精液が母乳に!」

とか、書いた人間の精神構造を疑わざる得ないファイルが飛び出るからさあ大変。何がチンポと乳首だ、それよりもそれで何を書こうとしてたんだ。もっと許せないのが矢印で指定してまで書いてる「精液が母乳!」ですよ。ホント、これ書いたやつ許せない。絶対に許さない!

他にも酷くて、

「コブクロってあれだろ、キンタマ袋みたいなもんだろ」

とか、コブクロファンが般若になってギターで殴ってきてもおかしくないこと書いてあるんですよ。というか、僕はコレをメモ帳に書き留めて何がしたかったんだ。

「こらえてつかーさい!こらえてつかーさい!」

こんなのが出てきた日には、何がしたかったんだというのを超越して、ホントにこれ僕が書いたの?スーパーハッカーがパソコンに侵入して書いたんじゃないのと思うしかありません。

半ば呆然としつつ数多くの自由帳ファイルを眺めていたのですが、その安らぎのひと時を突き破るかのように電話がかかってきました。

「もしもし、総務の山岸ですけど。頼んでおいたファイルどうなってるんですか!」

と、お怒りの電話ですよ。社内一エロいと噂の、飲み会で酔った勢いでチンポをチュッパチャップスしたと噂の、総務オブジョイトイの名を欲しいままにしているエロ女子社員山岸さんが、電話越しでも般若の形相と分かる勢いでお怒りになられてるんですよ。

なんか、昔の仕事で使ったファイルを送る約束をしていたのをすっかり忘れていた僕はバツが悪いやら何やらで

「アイヤー!」

と偽物中国人っぽく言ったのですが、許してもらえませんでした。

「今すぐ送ってください!」

「は、はい!」

と電話を叩き切ったんですけど、なんだか無性に腹が立ってきちゃいましてね、ったく山岸のヤツエロ女子社員のクセに怒るとは何事だ、同じ怒るにしてももっとこう「フェラチオするぞ!」とかほのかなエロを織り交ぜて怒れないものか、それが総務オブジョイトイの勤めだろうが!とひどく立腹してしまいましてね、怒ったのと同時に思いついてしまったのですよ。

「職場一のエロ山岸さんの乳首と僕のチンポが入れ替わる→精液が母乳に!」

これをメモ帳にまたメモして保存、よしっと一仕事終えた満足感に包まれていたのです。

いかんいかん、いつもこんなことしてるから約束を忘れるんだ、とふっと我に返ってですね、急いで社内メールソフトを立ち上げて山岸さんにメール。

「遅れて申し訳ありません、約束のファイルを添付いたします。ご確認ください」

とひどく下手に出てファイルを送ってやったんですよ。うんうん、そうそう、そうだね、きっとそうだね、ここまでかいたら分かるよね!そうだよ!そのとおりだよ!

僕は、仕事用のファイルでも、件の落書きファイルでもまともなファイル名つけて保存しませんから、山岸さんが求めてるファイルを送ったつもりになってたんですけど、どう考えても落書きファイル送ってましたからね。ご丁寧に

「コブクロってあれだろ、キンタマ袋みたいなもんだろ」

「職場一のエロ山岸さんの乳首と僕のチンポが入れ替わる→精液が母乳に!」

の2つのファイルが仕事ファイルに混じって送付されてました。

いやいやいや、落ち着いて考えてみてください。どうか落ち着いて考えてみてください。あなたが女性で、比較的エロであったとして、それでも真面目に仕事していたとします。仕事終わったらチンポ食べたいわーとか思いつつも、それでも真面目に仕事している山岸さんになって考えてみてください。

で、バカな同僚が約束のファイルを送ってこない。怒りの電話をかけたら中国人みたいになってる。この時点で危ないですが、やっとファイルが送られてきたと思ったら上記の2つですよ。そう、そんな感じで上の二つを読んでみてください。

ええ、そうですね、コブクロだろうが金玉だろうが何でもいいですね。とにかく、次は法廷で会うしかない、そう思うだけのポテンシャルが精液母乳のメモにはあります。実際の山岸さんもそう思ったに違いない。

もう仕方ないのでどうにでもなれ、とついでに

「こらえてつかーさい!こらえてつかーさい!」

の追加メモも送っておきました。

もうこの職場にいられない。そろそろ代替的な職を探す時にきているのだろうか。「住民税も高すぎるし職場変わりたい」無理っぽいから「せめて山岸さんが騒ぎ立てないで欲しい」それもありえないっぽいので「せめて騒いだとしてもセクハラで処分とかされたくない!」「されてもいいけど減給はやめて!」と徐々にランクダウンしていく願望をメモ帳に書き綴るしか出来ませんでした。

とにかく助けてギャバン!これも宇宙刑事の出る幕じゃない。

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