最狂親父列伝〜DIY編〜

最狂親父列伝
〜DIY編〜

ペンギンのカキ氷製造機が欲しかった。ただそれだけだった。

最近、我がアパートの向かいのビルが壁の塗り替え工事を始めたらしく、何やら足場を組んだりして富に騒がしい。アパートの3階に位置する僕の部屋からは向かいの工事の人が丸見えで、逆を言うと向かいの人から僕の部屋が丸見えという悲劇が巻き起こっている。

以前に、毎日雨続きで憂鬱だわー、もう洗濯物干す場所もないのよね、と、洗濯物たちをガンガンとカーテンレールにぶら下げて干していたら、ガリガリとカーテンレールが壁紙ごとめくれてきてさあ大変。それでもめげることなく干していたら、ベロベロベロと完膚なきまでにレール外れちゃってさ、面倒なのでカーテンごと床に落ちたままという体たらく。

もう丸っきりシースルーでしてね、外からの光を遮るものが完全に皆無ですから、朝日なんか眩しくてしょうがないんですけど、そうなってくると問題なのが工事の人たちなんですよ。

朝起きて、今日は天気がいいなーとか外を見ると普通に工事の人と目が合ったりしますからね。これじゃあ、おちおちオナニーもできやしない。僕の好きなエロマンガに、若奥様がビル工事の青年にオナニーを覗かれて、青年が謝りに行くんですけど「いいのよ、私を満足させて」「この奥さんエロさがハンパない!」「ああっ!」「ぐうぅ!」ってのがあるんですけど、僕の部屋がそうなる勢いの覗かれっぷりなんですよ。向かいの工事の人が謝りに来たら「いいのよ、私を満足させて」とか言わないといけない雰囲気なんですよ。

さすがにそれは困りものですので、なんとかカーテンを修復できないものかと近所のホームセンターに行ったんですよね。手ごろな値段だったらカーテンレールごと買ってしまおう、そうでなくても釘とか買って修復してやろう、そう企んだんです。

けれども、そろそろ夏なんですね、ホームセンターのメイン通路の、一番一押しの物品を売る場所には夏を先取り!みたいな商品が威風堂々と並んでいたんですよ。扇風機だとか簾だとか、それどころか浮き輪だとか花火、バーベキューセットみたいなのがてんこ盛り。その端っこの方にですね、カキ氷製造機がポツーンと置いてあったんですよ。

うわー、懐かしいなー。

最近のは家庭用でも電動とか訳の分からないことになってるんですが、従来どおりの手動でガリガリ回すやつもありましてね、そのレトロな風味にいたく感動したんですよ。ちょっと手にとってカリカリ回したりなんかしてね。

僕が小学生だった頃、近所の友達にえらい金持ちがいて、そいつの家でファミコンをやらせてもらうのが日課だったんですけど、ある暑い夏の日、僕らは夏の暑さにも負けないくらいの熱戦をファミコン版ベースボールで繰り広げていたんですけど、そこにお手伝いさんみたいな人が声をかけたんですよね。

「おやつですよー」

もう、お手伝いみたいな人がいるって時点で頭おかしいんですけど、用意されていたおやつってのが更に凄くて、何かペンギンみたいな置き物なんですよ。

いくら僕が貧しいからといっても、こんな置き物をガリガリ食べるわけにはいきません。こりゃあ貧乏だからってバカにされてるな、と思ったのですが、それは大いなる誤解だと気付いたのです。

そのペンギンの置き物はカキ氷製造機で、何やら頭の部分がパカッと開く構造になっており、冷蔵庫で作った氷をその中に入れると銀色の金具みたいなのが氷を押し付ける構造になってたんです。で、後頭部についてるレバーをガリガリ回すと押し付けられた氷が回転して削られる。見紛う事なきカキ氷がペンギンの股間から排出される仕組みになっていたのです。

「おれ、イチゴ!」

とかシロップをかけて食べる金持ち友人を見てですね、貧富の差はここまできたのか!と衝撃が脳内を駆け巡ったのです。

僕らなんかがカキ氷と接することができるのなんて、祭りの時の出店かなんかが関の山、しかもそれすらも「あんなもん、ただの水だから」と買ってもらえない。仕方なしに冷蔵庫の氷に砂糖つけて食っていた僕。そんな僕からしたら考えられない便利ツールの登場でした。

欲しい、このペンギンが欲しい。

手軽にカキ氷が食べられるということもさることながら、それ以上に僕の心を鷲掴みにしたのはデザインでした。まず、カキ氷だからペンギンという発想が天才としか思えない。妙に愛くるしい顔してるってのもありますが、それ以上にツボだったのが、脳ミソの部分がシースルーになってるというクレイジーとしか思えない部分でした。

やっぱ子供相手ですから、氷が押さえつけられてガリガリ削れてる所が見えたほうがウケが良かったんでしょうね、ちゃんと見えるように頭頂部分が半透明の物質で出来てたんですよ。頭おかしい。

氷を入れてガリガリやってる風景が非常にシュールでしてね、押さえつけられてる氷たちがペンギンの脳ミソみたいなんですよ。で、それがガリガリやられて粉みじんになった脳みそが出てくる、最高にファンキーでイカした、ロックとしか思えない代物でした。

もう心を鷲掴みにされちゃいましてね、何に代えてでもこのペンギンのカキ氷製造機が欲しい。弟くらいなら殺すことも厭わない、とかなんとか考えていたのですが、やはりウチは貧乏、とてもじゃないが「欲しい」などとは口が裂けてもいえなかったのです。

様々な情報収集をした結果、どうやら学校の近くにあったジュンテンドーというホームセンターに件のカキ氷製造機が売ってるという情報を入手しましてね、なんとか母親と買い物行った時に物欲しげな目で見るとか策を講じたのですが、全く買える勝算も見当たらず、真っ盛りの夏は過ぎ去ろうとしていました。

そんなある日、夏休みの終盤戦でした。

ラジオ体操も終わって、死ぬほどつまらないテレビなどを見ながら昼寝をし、そろそろ宿題対策を立てねばならない、夏の友なんて全然友達じゃねえよ、などと考えていた時でした。

「おい!ジュンテンドー行くぞ!」

何をトチ狂ったのか、暑苦しいくらいの勢いで親父がやってきたのです。しかも、ジュンテンドーに行くぞとのお言葉。ハッキリ言ってね、心躍りましたよ。何か得体の知れないハピネスが僕の中で弾けましたよ。

普通に考えて、親父が僕を誘って買い物に行くなどあまり考えられないことなんですよ。おまけに、僕の意中の人であるペンギンカキ氷器がおわすジュンテンドーに行くと言っている。これはもう、両親で話し合って「なんかあの子、ペンギンのカキ氷のヤツが欲しいみたいなのよ」「あいつも年頃だしな」「そろそろ買い与えてもいいかもね」「ああ、じゃあ買ってやろうか」ってなことが巻き起こったに違いないんですよ。

「やったあ!」

もう喜び勇んでですね、ちょっとスキップしてんじゃないのって勢いで親父についていきましたよ。ワクワクと高鳴る胸を抑えながら、親父の軽トラに乗っていざジュンテンドーへ。あの脳ミソだだ漏れペンギンが我が家にやってくる!ちょっとシュールなあいつがやってくる!これほどまでに嬉しかったことはないんじゃないかって勢いでした。

ジュンテンドーに到着し、もう夏も終わりだし販売終了とかなってたら嫌だ!と我先にと駆けて行きましてね、ドドーンと1台だけ鎮座しておられたペンギンを抱えましたよ。

「お父さんコレだよ!僕が欲しいのはこれだよ!ほら!そんなに高価でもないよ!」

と、満面の笑みでゆったりとやってきた親父に話しかけました。

「はぁ!?なにそれ?」

しかしながら、親父の返事は酷いもので、幼い少年の夢だとか希望だとか、そういうものを一切合切奪い去る辛辣なもの。

「そんなもんどうでもいいから、はやく手伝え!」

どうやら、僕の大いなる勘違いだったらしく、単に親父は手伝いでジュンテンドーに誘っただけという事実が発覚、意味分からないんですけど、木材を山ほど購入し、幼き僕に運ばせました。

「うう、憧れのペンギンカキ氷で涼めるはずだったのに…」

泣きながら、手に何か刺さりながらも涙涙の木材運び。こんな無骨な木材を大量に買って何をしようというのか。

答えは簡単でした。どうも最近、親父は日曜大工とかそういったものにハマってるらしく、母親に依頼された「庭に洗濯物干す台が欲しいわあ」を完遂しようと木材を購入したようなのです。というか、買ってる木材の量、大きさが日曜大工のレベルじゃない。一軒家でも建てるんじゃえかというほどです。

さて、炎天下の中、庭で日曜大工が始まりました。

何故か有無を言わさず手伝わされている僕は、訳も分からず木を切ったり釘を打ち付けたりする作業をしていました。

「これでな、お母さんが洗濯物干すのも楽になるわ」

その時は、干す場所がなかったためか、庭の木々の間に物干し竿を通してやっていたのですが、少しでも楽にしようという試みでした。

僕は子供心に、ああ、物干し竿を立てられる柱を作るんだなって思っていたのですが、作業を見ているといかんせん木材が多い、多すぎる。なんか木の板まで買ってるし、とてもじゃないが物干しレベルのお話じゃない。

「お父さん、どんなのができるの?」

ギコギコと木を切りながら訊ねると、親父は満面の笑みで答えてくれました。

「ここをこうして、こうやって、こうやるんだ!な!こうすると洗濯物も楽だろ!」

嬉しそうに親父が説明してくれたものは、どう好意的に解釈しても小屋でした。どっからどう考えても小屋でした。この人、日曜大工で小屋を作ろうとしている。あんた頭おかしいんじゃないのか。洗濯物干すのに小屋を建ててどうする。そもそも日曜大工で出来るレベルじゃねー。脳ミソシースルーなんじゃないか。

しかしまあ、反論する言葉を持ち合わせていなかった僕は、これ、小屋にするには木材が細すぎるんじゃないかという言葉をグッと飲み込み、ただただ日曜小屋が完成していくのを手伝っていました。

さて、数時間の作業時間を経て、ついに小屋が完成。もうホームレスなら3人くらい住めるんじゃないかという立派な小屋です。なんか通気性が良いように側面部には金網があり、ドアまでついている豪華さ、おまけにそのドアには鍵まで付いてました。

「これでお母さんの下着も盗まれないだろう」

キチガイは何か訳のわからないことを言ってましたが、かなりご満悦な様子。

「おい、あそこに干してあるやつ取ってこい!」

そして、かなりテンションが上がってるのか偉そうに命令しました。今なおリアルタイムで木々の間に干されている洗濯物を干そう、そう提案しやがったのです。

早速僕も物干し竿ごとゴッソリと洗濯物を持つのですが、洗濯物って結構重いんですよね、ヘロヘロになりながらなんとか小屋の中に持って行きましたよ。そしたらアンタ、ちゃんと小屋の中には物干し竿を引っ掛ける場所がありましてね、なるほどこりゃあ使い勝手がいいと唸ったもんです。

しかしまあ、屋根がついてる意味とか皆目分かりません。そもそも雨の日は家の中に干せばいいだけですからね、むしろこの屋根によって効率が悪くなるんじゃないかと思うのですが、親父はひどくご満悦の様子。

「うむうむ、これで洗濯も大丈夫だな」

とか、何を納得してるのか知りませんけど、すごく仕事をやり遂げた後みたいな顔してやがるんですよ。

「じゃあ、ちょっとお母さん呼んでくるからな!」

子供のように駆けて家へと向かう親父。これで母さんに見せて、わあ凄い!とか言われたいんだろうな、それにしても、こんな小屋にしなくても、大体、柱が細すぎるよ、と小屋の中で親父と母さんの到来を待っていたのです。

メキメキメキメキ

すると、不穏な物音が聞こえてくるではありませんか。まあ、分かっていたことですよね。親父が適当に作った小屋です。そもそも柱が細すぎる、完成した時点から何かフラフラしてましたから、こうなることは分かっていたのです。

もう生まれて初めての経験だったんですけど、リアルタイムで柱に亀裂が入っていくのが見えましたからね。

メキメキメキメキ

あ、やばいな、そう思ったときには既に遅くてですね、グラッと小屋全体が揺れたかと思うと、明らかに倒壊する!って感じでスローモーションに倒れていったんですよ。完成して5分で倒壊ですよ。

しかし、小屋の中にいた僕は、逃げることとか考えてなくて、このまま倒壊してしまっては親父が悲しんでしまう!と訳の分からない慈悲の心を剥き出しにしてしまいましてね、なんとか立て直そうと必死で柱を押さえてたんです。

洗濯物の重みで倒れようとする柱たち、それを必死で押さえてたらなんとかなるもんで、非常に斜めな危険な状態になりつつもなんとか持ちこたえたんです。

「ぐおおおおお、倒壊させてなるものか!」

その瞬間ですよ。

ガン!

上に乗っけただけだった天井が落ちてきましてね、もはや何の意味があるのか分からない、こういうブービートラップだったんじゃねえかって思うほどなんですけど、思いっきり木の天井が落ちてきたんですよ。

木の天井の半分は物干し竿に引っかかり、もう半分は僕が頭で支えている、天井が低くなったためか少し安定感を増しましたが、それでもまだ小屋全体が倒壊しそうだ。

いやー、人気のないキャラは、落ちてくる天井を支えて主人公を助けるんですけど、そういった気持ちになるくらい落ちてくる天井を支えてました。まるで、あのペンギンの脳ミソの中、カキ氷の氷のように押さえつけられてました。

「もう少し、もう少しで親父が母さんを連れてやってくる、それまで倒壊させてなるものか…!」

気分は正義超人だったんですけど、とにかく、親父が戻るまで倒壊させてはならない!そしたらご褒美にペンギンのカキ氷くらい買ってもらえるかもしれない!そんな純真な心で支えていたのです。

まあ、2時間くらい戻ってこなかったんですが。

なんでも、母さんを呼びに家へと向かった親父、そこで隣りのオッサンに出会ったらしいんですよ。で、美味しい塩辛があるんですが、どうかね一杯!いいですなあ!と隣の家で大盛り上がり大会、色々なことを忘れて大変楽しいひと時を過ごしたようです。ホント、この人は狂ってる。

結局、もう日も落ちかけた夕方、まだ僕は小屋を支えていて健気なんですが、当時、トイレでオシッコをするのが嫌いで庭の隅っこでオシッコをする習慣のあった弟が僕を発見。崩れ行くガレキの中から救出されたのでした。

あーあ、あの時は本当に酷い有様だったよな、素人が日曜大工するとロクなことないよ、と懐かしいカキ氷製造機を見ながらセンチメンタルジャーニーで物思いに耽るのでした。

さて、カーテンレールの修理ですが、なんとか釘とトンカチを買ってきて修繕したのですが、カーテンレールの位置って高すぎるじゃないですか、釘を打つときに、こう、背伸びしてやってたんですけど、見事に滑っちゃいましてね、そのままガラスにダイブですよ。

粉々に割れたガラスを見ながら、日曜大工なんてするもんじゃねえな、もう外から見えないように新聞紙でも貼っておこう、と割れた方の窓に新聞紙を、途中でなくなったので割れてない方の窓にはエロマンガ、若奥様がビル工事の青年にオナニーを覗かれて、青年が謝りに行くんですけど「いいのよ、私を満足させて」「この奥さんエロさがハンパない!」「ああっ!」「ぐうぅ!」ってやつを貼っておきました。

梅雨の雨が降ると新聞紙がベロベロと溶け出し、すきま風が涼しい昨今ですが、床に散らばるガラスの破片を眺めながら、カキ氷を思い出し、夏の到来を感じずにはいられませんでした。もうすぐ夏がやってくる。

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