ダミ夫の恋

ダミ夫の恋

この安請け合い体質をなんとかしないといけない。

先日、仕事仲間から「悪い!得意先に挨拶行かないといけないんだけど、代わりにいってくれないか!」などと熱烈に頼まれてしまいましてね、ついつい安請け合いしてしまって「よっしゃ!まかせとけ!」と引き受けてしまったんですよ。

こういった、何でも安請け合いしてしまうってのが僕の悪い癖でして、頼まれた時に「できるかどうか」と考えない。とにかく「任しとけ!」と快諾しておいて、それから「できるかどうか」考える。結果としてほとんどのことが達成できないわけで、周りの人間に多大なる迷惑をかけてしまう。結果、嫌われることになって職場の栗拾いツアーに誘われない、クソッ!

とにかく、わかっちゃいるけどやめられない理論で何でも安請け合いしてしまう僕、この度もできるわきゃないのに「得意先に挨拶」なんて重大行事を引き受けてしまったもんだからさあ大変。まず普通に考えて格好からしてダメですからね。

僕は普段の仕事を、それパジャマ?みたいなファッションでこなしております。それこそ、寝てる時の格好のまま出社とか普通ですから、こんなヨレヨレのジャージ姿になってるわけですよ。そのジャージすらピョーマとか書いてあってニセモノですからね。

こんな格好で得意先に挨拶に行こうものなら警察呼ばれるのがオチですから、なんとかしてスーツ的なカジュアルな服装に着替えなければなりません。なんとか思案を巡らすと、そういえば車のトランクの中にスーツが入っていたような気がする、という天才的な考えが浮かんだのです。

早速駆け足で車まで行ってみますと、あるわあるわ、もう後は棺桶に入るくらいしか仕事のない婆さんみたいにシワクチャなスーツがあるじゃないですか。シワシワすぎて元々そういったデザインのカジュアルパンツなんじゃと疑うほどのスーツ。しかも手に取ってみるとクサプーンとスパイシーなスメルが。一体どんな人間がコレを着ていたんだと問いたいくらいです。

とりあえず、形だけでもスーツは用意できた。シャツは確か引き出しの中に放置してるやつがあったはず。ガラッと開けてみるとこれがまたシワクチャでね、僕が幼い頃、母さんを騙して「理科の実験セットを買うお金がいるから、明日までに1000円!」といったら、母親が困った顔しましてね。月末だってこともあったんでしょう、ウチは貧乏だったので母親は本当に困ったと思います。何処からどう都合したか知りませんが、シワクチャの1000円札を差し出されましてね、小さな小さな僕の罪悪感をキュっと締め付けたんです。その日は駄菓子屋で「いかべー」とかいうマイナーなお菓子を大人買いしながら泣きました。追憶の彼方にある母の温もりがこもった1000円札、それほどにシワクチャなシャツが大登場です。

なんとかシワクチャながらスーツという武装を整えた僕、残すはネクタイのみ。ネクタイさえ揃えば同僚の変わりに得意先に挨拶にいける。彼の信頼に応えることができる。しかしですね、ネクタイだけはないんですよ。どんだけ可能性を模索してみてもネクタイがないんですよ。

しかし最近は便利な世の中ですね、ネクタイがなくても100円ショップで売っている。ネクタイが100円とかマジ狂ってるとしか思えないんですけど、とにかく100円で買えるなら買うしかない。急いで100円ショップに走りましたよ。

本当に盛り沢山な種類の100円ネクタイがあって目移りするんですが、僕のスーパーセンスを発揮してカブトガニみたいな柄のついたネクタイを購入。こんなイカスデザインですら100円ていうんだから物価が狂ってるとしか思えない。

さてそんなこんなでシワクチャスーツにシワクチャシャツ、カブトガニネクタイで得意先に凱旋となったわけなんですが、ええ、ええ、そうですね。そうですそうです。ご想像の通りです。

分かりやすく逆に考えますけど、アナタがバリバリ仕事してて、取引相手が挨拶に来るじゃないですか。思いっきり手ぶらでね、しかもスーツなんてそういうデザインかってくらいシワクチャ。シャツなんて台所の布巾みたいな状態、ネクタイはカブトガニですからね。そんなヤツが微妙な笑顔で受付に立ってるんですよ。まあ、間違いなく仕事頼みたくないですよね。

まあ、結果としてシャレにならんことになっちゃいましてね、ウチの職場は上司に怒られたら始末書みたいなの書かされて心にもない反省とか書くんですけど、その始末書を綴ってるファイルが僕だけ2本目になりましたからね。「始末書ファイルpato 2」とか、ハリウッド大作映画の続編みたいになっとりますからね。

とにかく、できもしないことを引き受ける、その結末が決して幸せなものではないと知っているのに。けれども、なんか「頼られてる!」とか思うと引き受けちゃうんですよね。分かっちゃいるけどやめられない。

とにかく、安請け合いは絶対にダメ。もう少し自分の力量ってヤツを考慮して出来る事と出来ない事を判断して引き受ける必要があるんですけど、そんな折、こんなメールが舞い込んできたんです。

「Numeri管理人様。○○○という携帯サイトを運営しているXXX社の村田です。(うんたらかんたら)つきましては、Numeri管理人様に小説を連載していただきたくメールしました。10代後半から20代前半の女性を対象にした小説を(うんたらかんたら)」

いやいや、村田さん。アンタ狂ってるんですか。何を食って育ったらこんな思考ができるのか知りませんけど、なんか僕に連載小説を書けと、しかも女性向けのを書けとか言うとるんですよ。他人事ながら村田さんが始末書を書くハメにならないか心配でなりません。

だいたいですね、この僕が女性にウケるものなんて書けるわけないじゃないですか。このサイトだって9割男しか読んでませんからね。残りの1割も怖いもの見たさとか、そういう罰ゲームとか、クラスのお調子者男子が身体測定のときにチンポコ出しちゃって、いやー!とか言いながら指の間からしっかり見てるような、そんな感じですからね。

そもそも、僕、この間、マンガ喫茶に行ったんですけど、個室のブースで漫画版バトルロワイヤルの光子のエロいシーンを読んでたんですよ。そしたら隣からいい香りがしてきましてね、間違いなくいい女の色香ってやつ、いい女の匂いってやつがプンプンしてきたんですよ。

で、トイレに行く時にチラッと覗いてみたんですよ、そしたら結構な美人でおっぱいもデカくてですね、もうこうムンムンとしたアレがコレなんですよ。別にセックスできるわけじゃないですから喜ぶ謂れはないんですけど、なんていうか嬉しいじゃないですか。正体不明のルンルン気分を胸に光子のエロいシーンを読むじゃないですか。そしたらね、聞こえてくるんですよ。隣の女性が電話使ってフロントに何か言ってるのが聞こえてくるんですよ。

「隣の人がジロジロ見てきて気持ち悪いので部屋変えてください」

これですからね。もはや呼吸をすることすら許されていない。存在自体が悪、存在自体がセクハラ、丁寧に言うとセクシャル・ハラスメントです。職場でも「法廷で戦うことになりそうな男性ランキング」不動の一位ですよ。V3ですよ。

そんな女の敵であるところのこの僕がですよ、何をどう間違えたら女性に支持されるお話を書けるんでしょうか。何をトチ狂ったらそんな発想ができるのか分からない。

けれどもね、どう考えても無理なんですけど、そこで「無理です」なんて断ってしまったら何も始まらないじゃないですか。歴史に残る大発見をした人々は誰も無理なんて言っていない。デカルトもライプニッツもダランベールも「無理」とは口が裂けても言わなかった。

だからね、二つ返事で引き受けたんですよ。いよいよここからが本論でホントうんざりするんですけど、とにかく引き受けたんですよ。女性向け携帯サイトに載せる連載小説を書く。女性が見た瞬間に引き込まれすぎちゃって膝と腰がガクガク、もう好きにして!ホテル代も私が払うわ!みたいにするべく、無謀とも言えるチャレンジが始まったのです。

さて、引き受けたからには全力を尽くさねばなりません。よーし小説を書いちゃうぞーと意気込んで僕好みのストーリーでも書こうものなら、ある女性のクリトリスが自我に目覚めて羽化をし、クリトリスウーマンとなって旅立つ。大都会新宿の風はクリトリスには冷たく、彼女はカラオケ屋の呼び込みなどをして生計を立てますが、辛くてくじけそうになります。

「ばかやろう!クリトリスが話かけるんじゃねえ!」

クリトリスにとって都会の雑踏は辛く厳しいものでした。アタイ、クリトリスってだけでどうしてこんなに差別されるの・・・。どうして人間は姿形でクリトリスを差別するの・・・。

流れ着いたクリトリスは荻窪のある長屋に住み着きます。そこでは過去に傷を抱えた多くの愉快な人たちが共同で暮らしており、クリトリスもすぐに受け入れてもらえました。

「あんた、うちの孫に似てるよ。生き別れてなけりゃあアンタみたいな立派なクリトリスになってるんだろうねえ」

ヨネさんは莫大な借金から逃げるようにしてこの長屋に住み着いたそうです。お互いがお互いの足りない部分を補いつつ、ギクシャクしながらも家族のように付き合っていく。そのおままごとのようなファミリーの中にクリトリス子も溶け込んでいきました。

しかし、平穏な日々とは長く続かないものです。ここ荻窪にも開発の波が押し寄せてきたのです。悪徳不動産屋が地上げに訪れ、あの手この手で嫌がらせをしてきます。多くのファミリーたちは、もともとスネに傷を持つ身、泣きながら逃げ出すしかありませんでした。行く当てのないヨネさんとクリトリス子を除いて。

「やれい!やってしまえ!」

大型ブルドーザーが6台やってきます。いよいよ、強制撤去の時は近づいてきました。

「ヨネさん、アタイ行くわ!」

「よしておくれ!わたし、この場所とアンタまで失ったら」

「こういう時、人間は泣くんだって教わった。でもね、私はクリトリスだから泣けないの。涙が出ないの・・・」

「クリトリス子ちゃん・・・」

「だから、人間らしくこの場所を守るために戦いたい。私はクリトリスじゃない。ただ股の間にぶら下がってるだけのクリトリスじゃない。大切なもの、失いたくないものはこの手で守るの」

「アンタ・・・!そ、その、液体は・・・」

「これが・・・涙・・・?」

「クリトリスが濡れておる、濡れそぼっておるわ。まるで・・・孫のクリトリスのように・・・」

6台のブルドーザーに対峙する濡れたクリトリス。

人間らしさとは何か、快楽の向こう側に人は何を見るのか。生きる意味を問うた衝撃のヒューマンドラマ、いや、クリトリスドラマ。「クリトリスの涙」君はこの一筋の涙に何を感じるか。絶賛連載中!

となるのは目に見えてます。こんなのね、女性が見た瞬間に提訴されますよ、提訴。勢いあまって最高裁まで戦われちゃいますよ。ダメダメ、こんなの絶対ダメ、女性にウケるわけない。書いた僕ですら嫌悪感しか覚えない。何がクリトリスだ。ノーモアクリトリス。

さすがの僕もこんなもん連載して何十年と法廷闘争とかマジ勘弁ですので、なんとか女性に信頼を得られるような小説を書こうとですね、色々とリサーチを開始しましたよ。一般的に女性にウケてると言われる小説を読んだりですね、ポップティーンなどに代表される雑誌を立ち読みしたり、女性のブログなんかも熱心に見て回りました。特に今ブームの携帯小説を書籍化したってやつですかね、あれなんかヒントの宝庫でしたよ。

で、様々なリサーチの結果、女性に支持される小説とは次のようなエッセンスが必要であることがわかりました。

1.やはり純愛
女性なんて大抵がクルクルパーですから、純愛って言っておけばオールオッケー。それが不倫とか略奪であろうとも、誰かを不幸にしていようとも「純愛」という魔性のキーワードで許される。そんな恐ろしい風潮がありました。ちなみに、恋愛相手が不治の病など高ポイントです。

2.ホストがでてくる
何でか知らないけど、登場人物にホストが配備されていることが多いです。世の中にそんなにホストっていないと思うんですけど、とにかく、ホストだらけかというほどに常時配備されています。

3.過激なセックスシーン
女性に支持される作品の多くには過激なセックスが登場します。早い話、セックスさえ書いておけば何でもいいです。世の女性なんてエロいもんですね。お澄まし顔しやがってからにセックスの化身じゃないか。

4.占いが好き
女性は占いが三度の飯より好き。星占いだとか血液型占いとかなんでもござれ。クリトリス占いだよ、と言えばクリトリスだって見せてくれそうだ。

5.まつ毛が長い
マスカラを塗ってまつ毛がどうのこうのだとか、主に女性のブログなんか読んでますとそういう記述が多いです。雑誌を見てみてもいかにまつ毛を長く見せるか、そればかり考えているように思えます。

さて、リサーチの結果、「純愛」「ホスト」「セックス」「占い」「まつ毛が長い」の5つのキーワードが出てきました。これらのエッセンスを散りばめた小説さえ書けば、きっと読んだ女性が「素敵」ブシューー!となるに違いありません。

そんな期待を込めて書き上げた作品が以下の「ダミ夫の恋」です。読むだけで泣けてくるような切ない恋物語に仕上がってますので、是非読んでみてください。

ダミ夫の恋 第1話-ダミ夫危機一髪-

1999年7の月、恐怖の大王は降ってこなかった。

ノストラダムスは嘘つきのホラ吹きだ。あの嘘つきさえいなければ少しはまともな人生が送れていたんじゃないか、そう思うことがある。

「ダミ夫さん、4番テーブルのヘルプお願いしますよ」

「ああ、わかってる。すぐ行く」

ここホストクラブはいつだって盛況だ。多くの女が金を握り、精一杯着飾り、我々ホストを買いに来る。歌舞伎町に数多く存在するホストクラブが互いの客を食い合う中、ここまで盛況なのもナンバーワンホスト聖夜さんのおかげだろう。(エッセンス2 ホストがでてくる)

「ホストクラブダルメシアンへようこそ。ダミ夫と申します」

「おお、ダミ夫、よく来たな。まあ座れ座れ」

「なになにー、聖夜、コイツもホストなわけ?ダミ夫って変な名前だし全然色男じゃないんだけどー」

聖夜さんの横に座ったバカそうな女が喋る。このバカな小娘だって一流企業の社長令嬢、この店の上得意客っていうんだからやるせない。

「こいつはな、少し変わってるんだよ。この店の名物みたいなもんさ。なあダミ夫、話してやれよ、お前がホストになった理由」

「え、なになに?何か理由があるわけ?」

またいつものこれだ。ここにいる多くのホストは、俺を笑い者にして酒の肴にするためヘルプにつかせる。どこのホストクラブにも一人はいる、他のホストの引き立て役だ。

「あれは忘れもしない8年前の夏なんですけど…」

いつものことだ。僕の人生がパッとしない誰かの引き立て役として存在するだけになってしまったきっかけの事件を話す。

8年前の夏、世間はノストラダムスの大予言で空から恐怖の大王が降ってきて人類が滅亡するって言っていた。恐怖の大王は降り注ぐ宇宙線だとか核爆弾だとかって少年マガジンのキバヤシは言ってたっけ。

当時、小学生だった俺はその予言を心の底から信じていて、絶対に人類は滅びるって信じて疑わなかった。だから学校の勉強なんてしなかったし、何かに対して頑張る気持ちもなかったし、友達なんて作っても無駄だって思ってた。どうせ滅びるんだから。(エッセンス4 占い)

けれども、恐怖の大王はこなかった。恐怖の大王の到来に怯え、夏休みのほとんどを近所の防空壕跡で過ごし、布団をかぶって怯えていたのだけど、恐怖の大王は降ってこなかった。それどころか雨さえ降らなかった。

人類は滅亡せず街は平和そのもの。ただ、日航機がハイジャックされたって盛んにテレビでやってたっけ。それだけだった。

滅亡しなかったのは良かったけど、それからが大変だった。不慮の交通事故で両親が死んだ。全ての後ろ盾を失ったのだ。てっきり人類は滅亡するもんだって思って何の努力もしてこなかった俺が勉強も仕事もできるはずもなく、覇気のないどうしようもない男が一人ぼっちだった。

それからは何をやってもダメで食うや食わずの生活。悪いことも一通りやった。そしてこの歌舞伎町でヤクザに捕まって殺されそうになってるところをダルメシアンのオーナーに拾われてホストになった。

今でも思うんだよね。ノストラダムスさえあんな嘘つかなかったら、人類が滅亡するなんて言わなかったら、もっとマシな人生だったろうにって。

「へえー、じゃあ今の人生に満足できないのを全部ノストラダムスのせいにしてるんだ?」

「おかしいだろ、コイツ。本気で信じるのもバカだけど、本気でノストラダムスのせいにしてるんだぜ」

「チョーウケるー」

別にウケを取ろうなんて気はさらさらないのだけど、この話をするといつも笑いが巻き起こってしまう。まあ、これで客が喜んでくれるのなら安いものだ。何のとりえもなく、男前でもない俺がホストをやっていくにはこれしかないのだから。

「聖夜さん、おつかれさまです」

明け方、店の営業が終わり、売れているホストたちは次々と店を後にしていく。

「おいダミ夫、ちゃんとトイレ掃除やっておけよ。俺はこれからアフターだからチェックできないけどな」

ナンバーワンホストの聖夜さんはトイレ掃除にとにかくうるさい。いつも俺にトイレ掃除をやらせ、その出来栄えをチェックするほどだ。なんでも、客商売はトイレの清潔さが基本らしい。

「はい、いつもどおりやっておきます」

年下に命令されてトイレ掃除、これほど屈辱的なことはないが、ノストラダムスに騙された人生なんてこんなもんだ。いつもどおり完璧にトイレを綺麗にし、店を後にした。

早朝の歌舞伎町は夜の喧騒が嘘のように閑散としている。行き交う人もまばらでほとんどの店がシャッターを下ろしている。店先に出されたゴミ袋をカラスがつついているだけ。まるで人類が滅亡してしまったかのようなこの雰囲気が大好きだった。

「おう、ダミ夫じゃないか! おかえり!」

コンビニ袋を持った祐二が駆け寄ってくる。ルームメイトだ。俺と祐二はクラブが借り上げた六畳のアパートで一緒に暮らしている。家賃は二人で6万円、なかなか快適な寮生活だ。

「また聖夜さんにトイレ掃除させられてたのかよ。あの人厳しいからなあ」

俺と同じく売れないホストである祐二もトイレ掃除をやらされてばかりいる。心のどこかで聖夜さんを恨んでるだろう、たまにそんなニュアンスの言葉を口にする。

「それよりさ、俺さっき見ちまったんだよ。聖夜さんが客の女とホテル街歩いてるの。髪の長いいい女だったぜ。羨ましいよな、ナンバーワンともなるとあんないい女とやれるんだぜ。俺もいつかきっと」

祐二は売れないくせにまだ野心を抱いている。頑張っていればいつか自分がナンバーワンになれると信じている。特に何の努力もしないで輝かしい将来だけを夢見ている。

「そんなことより、明日はお前がトイレ掃除しろよ。もう3連続で俺がやったんだから」

「ちぇ、わかってるよ。そんなことよりさ、すっげえエロ本買ったんだよ! 後で貸してやるからちょっと部屋の外に出ててくんないかな」

「お前が使った後のエロ本なんか読みたくないよ」

バカな会話をしつつ、今日も朝日と共に一日が終わる。その先にはまた同じような一日が待っているのだ。

「花江ちゃん…」

いつまでたっても夜型の生活には慣れない。朝方まで店で接客し昼に眠る、その生活リズムに体と心がついてこない。布団に入っても眠れず、悶々としているといつも決まってフラッシュバックする思い出がある。ノストラダムスに裏切られ上手に人間関係を築けなかった男が唯一想いを寄せた花江の存在だ。(エッセンス1 純愛)

子供の頃の俺、つまり1999年以前は本当に心の底からノストラダムスを信じていて、何かする度に「どうせ人類は滅亡するからいいよ」って投げやりだった。勉強はもちろん、遠足だって運動会だって本気で取り組まなかった。一度、クラスの皆で校庭にタイムカプセルを埋めようって話になったんだけど、どうせ滅亡するから誰も見ない、だから何も入れないって反対したっけ。

当然、そんな毛色の違う子供は周りからイジメられるわけで、ことあるごとに冷やかされ、時には集団で殴られることもあった。別にそれでもいい、滅亡するんだから友達なんて作ったってしょうがないって思ってた。

そういう時、いつも飛んできて助けてくれたのは花江だった。鬼のような形相で駆けて来ていじめっ子どもをちぎっては投げちぎっては投げ、強かったなあ、花江。いじめっ子達を倒すといつも言ってたっけ、

「もっと強くなりなさいよ!」

「強くなったって仕方ないよ。人類は滅亡するんだし」

「しないわよ! バカじゃないの!」

たぶん、花江のこと好きだったんだと思う。人類が滅亡するとして他に何もやりがいを感じられないとしても、心のどこかで花江のこと想っていたんだろう。花江と一つになりたいって…。

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「おい、起きろ! ダミ夫起きろ! 出勤の時間だぞ!」

いつの間にか眠っていたらしい。窓の外を見るとすっかり夜だった。寝ぼけ眼で身支度を整え、毎日着すぎてヨレヨレになったスーツを着て店へと出勤する。

「絶対に今日はお前がトイレ掃除しろよ」

「わかってるって、じゃあ今日はお前が先に帰るんだな。部屋の鍵を持ってろよ」

「ああ、わかった」

祐二はたくさん鍵のついたキーホルダーを渡してくる。このキーホルダーは飛び出しナイフになっているらしく、キーホルダーとは思えないほど重い。趣味が悪いといつも思う。

活気を取り戻した夜の歌舞伎町を二人で歩く。出勤時間にはまだ早いが、指名客を持たない俺達二人は多くの雑用を義務付けられている。少し重い足取りでダルメシアンへと向かう。そこで衝撃の事実を知らされるのだった。

「聖夜さんが死んだ!?」

「ああ、今日の昼、ラブホテルで見つかったらしい。これから警察の方が来るから」

支配人は真っ青な顔をして続けた。詳しいことはわからないが聖夜さんは他殺体で見つかったらしい。何か紐状のもので首を絞められての窒息死。もちろん、そこに犯人の姿はなかったらしい。そして、何故か全身にも縛られたような痕が残っていたらしい。とにかく異常な死体だったそうだ。警察は、一緒にホテルに入った女を追っているらしい。

「なあ、祐二、お前…」

「ああ…」

青い顔をした祐二は支配人に話し出す。

「実は昨日、見ちゃったんですよ。聖夜さんが女とホテル街を歩いてるの。うちの店では見ない顔だったんで常連客とかじゃないと思うんですけど、髪の長い綺麗な女でした」

「そうか、そのこと警察に話すんだぞ。よし! この話はここまで。さあ、開店準備だ」

ナンバーワンが何者かに惨殺されても店は開く。いや、ナンバーワンがいなくなったからこそこれからの経営を考えて無理にでも開くのか。とにかく夜の商売ってヤツは非情だ。どんな不幸が起こっていても表面は平穏を保たなきゃいけないのだから。

営業中、強面の刑事が二人やってきて支配人や祐二から話しを聞いていった。俺も聖夜さんと最後に話をした同僚ということで少しだけ聞かれた。特に捜査の足しになるようなことは言えなかったけど。

祐二を交え数人のホスト仲間と言葉を交わす。

「聖夜さんが死んで一番美味しいのって武来庵さんじゃん。何もしなくてもナンバーわんなんだし」

「案外、武来庵さんが殺したんじゃねえの?」

やはり、死に対しての現実感がないのか、冗談交じりの軽口だ。

「なあ祐二、やっぱ聖夜さんさあ、お前が目撃した女に殺されたのかな?」

「わかんない、刑事さんの話では、女の力では考えられないくらい絞め殺されてたらしいけど…」

「こら! お前ら何を無駄話してるんだ。暇ならさっさとヘルプにつけ。あ、それとダミ夫、お前に指名だ。4番テーブルに行け」

「俺に指名ですか!?」

ホストを始めてもう少しで1年になる。それだけ長い間やっていて指名が入ったのは初めてだった。

「すぐいきます!」

4番テーブルには髪の長い綺麗な女性が座っていた。初めて見る顔だ。

「はじめまして、ご指名ありがとうございます。ダミ夫です!」

「あら、ホストなのにブサイクなのね、まあいいわ、座って」

「失礼します!」

重苦しい沈黙だけが4番テーブルを包む。指名なんてされたことないからどう接して良いのか分からない。この女性はなぜ俺なんかを指名したのだろうか。

「ねえ、今すぐ抜け出せる? 2人でどっか行っちゃおうよ」

「今すぐっすか?」

「そう、今すぐ。じゃなきゃ帰るから」

「わかりました! すぐいきましょう!」

どうなってるのか分からない。聖夜さんの死、初めての指名そして初めてのアフター。今日は何がどうなってるんだ。とにかく、ホスト生活で創めて掴んだ指名客だ。

「じゃあ、俺、ちょっと客と出てくるから」

ずっと言ってみたかったセリフだ。営業時間中に客と街に出る。売れてるホストのステータスだ。

「はい、わかりました」

女と腕を組み店を出る。その瞬間を別テーブルのヘルプについていた祐二が目撃する。

「おい、いまダミ夫といた女…昨日、聖夜さんと歩いてた女だぞ…やばい、止めなきゃ!」

急いで追いかけるも一歩遅く、ダミ夫と謎の女は歌舞伎町の喧騒に消えていくのだった。

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23時の歌舞伎町は最高潮だった。思えば、この時間はいつも店で誰かのヘルプについていた。こうやって街を歩くのも初めてだし、ましてやこんな綺麗な女性と腕を組んで歩くことになろうとは。

「あの、ご飯でも食べに行きます?」

「ご飯? そんなのいらない。それよりホテルいこ」

「い…いきなりホテルですか…!?」

客とのアフターってのはこんなに直球なのだろうか。聖夜さんには軽く食事をして順序を踏んでと教わったはずなのに。とにかく、こんな美人と、いや、客が望んでいるなら応えるしかない。

「じゃあ行きましょうか」

坂道の途中にそびえ立つホテルサンフランシスコ。外観は古風だが内装はわりと小奇麗でしっかりしている。シャワーを浴びている女性、名前はヨネ子さんと言うらしい。そのシルエットを摺りガラス越しに見ながら大きなベッドの中央で大の字になる。

それにしても何で聖夜さんは殺されたんだろう。それもあんな残忍な方法で。ナンバーワンホストともなるとあちこちで恨みを買うんだろうか。そういえば、最後に聖夜さんと一緒にいたのって髪の長い女だったよな。しかもホテルで殺されていた…。まさかね…。

「おまたせ」

やはり美しい。暗い部屋の中、バスルームの照明だけを後ろから浴びて描き出されるシルエットは、できすぎかと思うほどに均整の取れた美しいものだった。

「さあはじめましょ」

ハラリとバスタオルが床に落ちる。そして、それと同時に彼女の方から濃厚なキス。

「ヨネ子さん…」

グジュリュリュ、ビュリュリュリュ、ジュバーン、ジョボジョボ、ブリブリ、もう何がなにやら分からない、気持ち良すぎて何をどうされているのか分からない。(エッセンス3 過激なセックス描写)

「どう気持ちいい?」

「はい…気持ちいいです…」

「もっと気持ち良くしてあげる」

その瞬間だった。黒い力強い紐状の何かが首に巻きついた。

「グッ…」

「ふふ、苦しいでしょ、でもこうやると気持ち良くなるのよ、死ぬ直前とこの世の物とは思えない快感を経験するのよ。まあ、その頃にはこの世にはいないけどね」

暗くて良く見えないが毛のような物が大量に首に巻きついている。もがき苦しみながらも枕元の照明スイッチを入れた。

「ま…まつ毛…!?」

そう、ヨネ子のまつ毛が2メートルにも3メートルにも伸び、まるでしめ縄のように絡み合いながらダミ夫の首をギュウギュウと締め付けているのだ。(エッセンス5 まつ毛が長い)

「ゲホ…ガホッ!」

聖夜さんもこの女にこうやって殺されたのか。しかし、なぜ命を狙う? なぜまつ毛が伸びる?

懇親の力を振り絞りポケットを探る。

ブチブチブチ

ポケットの中には祐二から渡されたキーホルダー型の飛び出しナイフが入っていた。それで一気にまつ毛を切断し、呪縛から逃れたのだ。

「ゲホゲホ…」

「まだまだーー!」

あの美貌がもはや面影がないほどに鬼の形相へと変貌したヨネ子のまつ毛はさらに伸びる。(エッセンス5 まつ毛が長い)

5メートル。(エッセンス5 まつ毛が長い)

6メートル。(エッセンス5 まつ毛が長い)

いつしか部屋中にツタのように張り巡らされており、あっという間に手足の自由を奪われた。もうナイフも使えない。(エッセンス5 まつ毛が長い)

こんなことで訳の分からない化け物に殺されるのか…。多分苦しむんだろうな。こんなことなら楽に死にたかった。ノストラダムスが予言さえ的中させていたら楽に死ねたのに…。最後までノストラダムスに振り回されっぱなしの人生か…。

全てを覚悟したその瞬間だった。

バシューーーー!

「ぎゃあああああああああ!」

轟音と共に部屋内に閃光が走り、まつ毛ヨネ子は断末魔の悲鳴を上げて倒れた。

「ふう、間に合ったみたいね。危ない危ない」

蹴破られたドア傍らには、心配そうな顔で見つめる祐二と、戦隊物の玩具みたいな銃を抱えた見たこともない美人が立っていた。いや、この美人には見覚えがあった。遠きあの日、密かに恋心を抱いていたあの子の面影を色濃く残していたのだ。

「花江…? どうしてここに…?」

薄れ行く意識の中、心配そうに見つめる花江と息を切らせて駆け寄る祐二の顔だけが見えた。

おいおい、初恋の人に再会できたっていうのにこんな情けない場面でかよ。下半身は裸だし、恐怖のあまり失禁だってしてる。それにまた助けられちまった。なにもこんな場面で再会させてくれなくたって…。やっぱりロクでもない人生だ。あの時、ノストラダムスさえ予言を当てていればこんなことには…。

いつものように、全てをノストラダムスに責任を押し付け、安らかに失神するのだった。これが、これから始まる長く苦しい怪物との戦争の序章だと露も知らずに…。

-ダミ夫の恋-つづく

ってな感じの、どう考えても女子にウケるとしか思えない小説を書いて依頼元に送ったのです。勢い余って第3話まで書いてしまうほどの力作だったのですが、先方からの返事は、

「こういうものはちょっと・・・」

といった非常に遠まわしで大人な対応。早い話がボツです。けれども、さすがの僕も簡単には引き下がれませんので

「いや、聞いてくださいよ!第2話からが凄いんです。第2話ではおっぱいが2メートルある怪物女がダミ夫を襲うんです!しかも第3話はクリトリスを銃弾のようにして飛ばす女がホストクラブ・ダルメシアンを襲って阿鼻叫喚の生き地獄。次第にダミ夫が怪物に襲われる謎が解けていくわけなんですけど!ちなみに第8話では僕が出てきます!」

とメールなのに熱弁したのですが、

「やはりそういうのはちょっと・・・」

と非常に冷酷でつれないお返事を頂戴いたしたのでした。それならと、僕にも意地がありますので上のほうに書いた「クリトリスの涙」をこれらなどうだって感じで丹精込めて送ったらついに返事が来なくなりました。クソッ!だいたい、僕に書けるわけないだろ。ちょっと考えればわかるだろ!

とにかく、この何でも安請け合いしてしまって何ら結果が残せない体質をなんとかしないと自分で自分が可哀想になってくる。もっと出来ることと出来ないことを熟慮しないと身が持たない。これらからは何でも安請け合いしないぞ、まかり間違っても女子向け小説など書かないぞ、と固く心に誓うのでした。

「patoさん、俺、仕事でミスしちゃって・・・すごいショックなんですけど・・・どうしていいのかわからないっすよ。patoさんいっぱい書いてるから今更変わらないですよね。patoさんがミスしたことにして始末書書いてくれませんか・・・」

子犬のような目ですがりつく後輩。

「まかせとけ!」

こんなことまで安請け合いしてしまい、しかもこんなことだけ滞りなく完遂してしまうのだから始末が悪く、ホント、いつものように安請け合いが成就せずに僕が後輩の身代わりになったことがバレれば美談になるのに、きちいりと2冊目となった始末書ファイルが着実にその量を増やしていくのでした。

たまに助けてやってんだから栗拾いツアーくらい誘えよな。ホント、都合の良い時だけ利用しやがって。みんな死ねばいいのに。ホント、ノストラダムス、予言くらい当てろよ。

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