残酷は優しさの中に

残酷は優しさの中に

残酷は優しさの中に。絶望は希望の中に。そして最大の苦痛は快楽の中に。

相反する事象が隣り合わせで同居する、これが一番それらの事象を最大に見せる。どういうことかというと、例えば「残酷」、これはまるで残虐超人のように残酷なのを売りにしている分かりやすい残酷ってのは、確かに残酷なのだけど心の準備ができてるだけにそんなに残酷じゃない。それよりも深刻なのが一見すると優しい行為のようなのだけど、裏を返せばかなり残酷というもの。これが残酷の中で最も残酷だ。

例えるならば、毎年職場の恒例行事である「秋の栗拾いツアー」という至極エキサイティングなレクリエーションがあるんですけど、なんと、昨年の秋はその栗拾いツアーの詳細が書かれたプリントが僕にだけ配布されないという悲劇が巻き起こってしまったんです。やべー、僕嫌われてる。とても嫌われてる、総スカン食らってるじゃないか、って心を痛めたものです。

いくら嫌いだからって職場のみんなが行く栗拾いに僕だけ誘わないってのは残酷で、気の弱い人ならあてつけに栗の木で首でも吊るんでしょうけど、それよりも真に残酷なのは優しさの中に隠れていたんです。

みんなが楽しく栗を拾ってるであろう日曜日、朝っぱらから大家様に「ゴミの分別ができてない」と怒られ、なじられ、使用済みナプキンとか入ってて明らかに僕のだしたゴミじゃないのに分別させられて、後ろで大家が仁王立ちして見てるし、栗拾いには絶好の快晴だし、で何だか本気で泣けてきたんです。

で、その次の日のオフィスが悪夢で、みんな昨日楽しかったねーみたいな会話で盛り上がっていて、どっかのブスが栗ご飯みたいなのまで炊いてきて振舞う始末。課長の頭に栗がささってとか、とても楽しそうな話で大盛り上がり大会ですよ。僕はそんな地獄のような状況を、ただジッと嵐が過ぎ去るのを待つように耐え忍んでいたんですけど、そこに更なる悲劇が来襲。

「ちょっと!」

熱血漢で正義感の塊、曲がったことは大嫌いで職場での人望も厚い、まあ見た目は綺麗なジャイアンみたいな感じなんですけど、その熱き男が顔を真っ赤にしながら怒ってるんですよ。

「お前ら!patoさんだけ誘わないとかどういうつもりだ!俺はそんな中学生みたいなイジメ嫌いだ!」

とか、さすがミスター正義感、たぶんコイツはレイプ物のAVとか見ても本気で怒るんだろうな、ってくらいの偽りのない正義感。熱く熱く情熱的に怒りだしたのです。でまあ、綺麗なジャイアンに怒られちゃった面々はシュンとしちゃって急に静かになったんです。

これってば一見すると凄く優しくて僕を救うような行為に見え、綺麗なジャイアンの優しさや正義感が垣間見える美談になりがちですが、裏を返せば最も残酷なのは綺麗なジャイアンですからね。

そりゃあ、みんな僕をのけ者にして栗拾いまくったってことは百も承知、千も承知なわけでして、わざわざ顔を真っ赤にして怒られなくても分かってるわけですよ。彼の行為は優しそうに見えて、ただ皆で僕をのけ者にしたことを再確認したに過ぎません。頼むからそういうことをしてくれるな。っていうか、テメーも口の横に栗ご飯つけてるじゃねえか。テメーも一味じゃねえか。

重苦しい沈痛なムードが漂う初秋のマンデーオフィス、その中で最もこのムードに耐えかねてるのは他でもないこの僕です。こんなムードになっちまってどうしたらいいんだよ。

「ごめんなさいpatoさん、次は誘いますね」

女子社員なんて涙目になっちゃってましてね、さらに僕が苦しくなるようなこと言うんですよ。なんかちょっと小学生の時に「pato君の家は貧乏ってバカにしちゃいけません!」って担任のクソババアが皆に言った時のこと思い出したじゃないか。

強がりになりますけど、僕の中では栗拾いなんてどうでも良くてクリトリスでも触らせてくれたほうがよっぽど嬉しいのですけど、こんなこと言われると余計にミジメになるじゃないですか。

「うんまあ、その日は色々忙しかったからさ、あんまり気にしないでよ」

本当は怒られながらゴミの分別してただけで忙しくも何ともなかったんですけど、妙に気を使ってそんなこと言ってしまう自分が更に悲しかった。

結局、本当の残酷とは優しさの中に存在するのだと思います。綺麗なジャイアンの優しさから出た行為が、悪意でないだけに最も残酷な行為となる。優しいが故に残酷、これが最も始末が悪い。

希望の中に訪れる絶望こそが、なまじ希望があるばっかりに本当に救いようのない絶望をプロデュースするだろうし、快楽の中で襲い掛かる苦痛こそが、本当に苦しい苦痛になりえる。相反する事象こそが真のネガティブ現象を相乗効果で生み出すんじゃないだろうか。

これと同じことが人間にも言える。そう、人間を通常のマトモな人と少々キチガってらっしゃるイカレポンチな人に二分した場合、やはりキチガイはキチガイで危ういものと認識される。けれども、最も危ないのは一見普通の人風で実はキチガイという人間だ。

どっからどう見ても完膚なきまでにキチガイで、どこに出しても恥ずかしくないキチガイ、まあ誰かの父親みたいなのってのはやっぱりキチガイなのだけど、そこにはキチガイの枠に収まりきった何かがある。この辺のニュアンスが難しいのだけど、見るからにキチガイってのはキチガイで踏み止まる何かがある。

問題は、一見すると普通なのだけど実はキチガイっていう、外見も内面も普通の人を装った人々だ。こいつらがもう、普通の皮をかぶってるもんだから、いざとなるとその限度を知らない。とにかくもう平気でキチガイの枠を跳び越しちゃって、場合によっては犯罪とか起こしちゃう始末。キチガイはノーマルの中に。とにかく、一見すると普通の人っぽいヤツが危ないと言わざるを得ない。それを痛感するこんな事件があったのです。

あれはまだ肌寒い土曜日のことだったでしょうか。なんでもローカルテレビ局のある番組が市内のショッピングセンターで公開生放送をするっていう情報を耳にしまして、その番組に出ているアナウンサーのファンだった僕は、一目肉眼で見てやろうとショッピングセンターに赴いたんですよ。

まあ市内といっても結構遠いですから車で行ったわけなんですけど、結構な人混みの中なんとか肉眼でアナウンサーを確認。よーし、この映像を角膜に焼き付けて帰ってオナニーしちゃうぞーと意気込んだその時、事件は起こったのです。

車の鍵がない・・・。

僕は鍵類は全部一まとめにしてプリキュアのキーホルダーにつけてるんですが、数日前から車の鍵だけ、キーホルダーと繋ぐ部分が折れちゃいましてね、仕方無しにそれだけ独立して持っていたんです。

僕は物をすぐ失くす、それと同時に周りの人々からの信頼も失っていく天才ですので、こんな車の鍵だけ独立して持ってたら絶対に失くすよなーって思ってた矢先にこれですから。しかも遠く離れたショッピングセンター、車がなければ帰れない状況でこれはあまりに残酷すぎる。

とにかく、どこかに入り込んでないか各ポケットをもう一度よく調べ、さらにどこかに落としてないかと駐車場と店の間を往復しまくり、車の周りに落ちてるんじゃないかと匍匐前進みたいになって探したのに見つからない。

もうどうしようかと途方に暮れちゃいましてね、家に帰れば合鍵があるんですけど、その家に帰るのに車が使えない。どうしようどうしよう、と悩みながら車の周りをウロチョロしていると

「どうしました?」

そこには全く知らない見ず知らずの男性が立ってました。どうやら男性は、挙動不審に鍵を探す僕を見て何事かと思ったらしく、親切心で声をかけてくれたようでした。

「いや、じつは車の鍵を落としたみたいで・・・」

かなり困っていた僕は、藁にもすがる思いで事情を説明。すると男性は満面の笑みでこう言い放ちました。

「ならば僕が家まで送りましょう。ちょうど帰るところですし。家に帰れば合鍵があるんですよね?家からここまでもまた送りますよ」

この人は神だ。神じゃないなら神の生まれ変わりに違いない。こいつになら抱かれてもいい!ちょうど夕暮れ時の西日が彼の後ろから差し込み、まるで後光が沸き立ってるような神々しさでした。どうしていいか

とにかく、全然知らない人ですけど真面目そうだし、身なりもきちんとしてるし、それよりなにより死ぬほどいい人そうだから渡りに船とばかりにお言葉に甘えることに。

「ホントすいません。どうしていいのかわからなくて・・・」

と、彼の車に乗り込みました。なんかレガシーっていうんですか、そんな感じの落ち着いた車でした。

助手席に座りつつ、そこの道を右に!とか我が家への道のりを説明していたのだけど、次第に怪しげな雰囲気が。

「あー喉渇いてません?よかったら後ろにジュースがあるんですが飲みません?」

おいおいー、送ってくれた上にジュースまでくれるのか、なんていい人なんだよーと思いつつ

「はい、じゃあいただきます」

どうせ車の後ろに置いてあるジュースなんて生ぬるくて飲めたもんじゃないでしょうから欲しくないんですけど、なんとなく断わるのも感じ悪いので飲むことにすると

「じゃあ、勝手に取って飲んじゃってください」

運転席と助手席の間に上半身を入れ、手を伸ばして後部座席に置かれた缶コーヒーらしきものを取ろうとした瞬間、異変が起こりました。

サワッ

今、明らかに尻を触られた。間違いなく何者かが無防備な僕の尻を触った。いや、触るというよりは撫でるといった表現が適切なほど優しく、それでいて柔らかく愛でられた。

女性なんかは痴漢に遭った経験があるでしょうけど、僕なんか生粋の野武士ですよ。尻を撫でられた経験なんてほとんどないもんですから一瞬にしてパニック。というか物凄い寒気が全身を襲った。

もしかしてこの人はホモなんじゃないだろうか・・・?

生ぬるい缶コーヒーを飲みながら不穏な考えが頭をよぎります。

そもそも、いくら良い人だからって見ず知らずの男を助けるだろうか?

やはりホモだから助けた?

僕の体が目的?

じゃあこの缶コーヒー危ないんじゃないの?睡眠薬とか入ってて、ホテルに連れ込まれた僕はケダモノと化した彼に・・・。

体は奪えても心までは奪えないんだからね!

などと悶々と考えてしまいました。

とにかく車内に沈黙が鎮座し、なんだか恋模様の男女みたいな色っぽいムードがしないわけでもないですので、なんとか現状を打破しようと話を振ります。

「それにしても助かりました。でも買い物してないみたいですけど何であのショッとピングセンターに?」

なんか怖くて彼の方を見れないのですが、しばし沈黙が訪れた後、彼はこう言い放ちました。

「キミも買い物してないけどどうして?」

いつのまにか「キミ」とか言われちゃってて色っぽい雰囲気がするんですが、とにかく、僕は女に興味があるんだぞってことを印象付けようと思いましてね

「いや、今日あそこで○○って番組の公開生放送があったもんで、○○さんって女子アナのファンですから見にいったんですよ。そしたら鍵失くしちゃったんですけど」

僕は女子アナが好きなんだぞーって正直に答えました。すると、また彼はしばしの沈黙の後に喋り始めまして、この沈黙がホント、恋人同士みたいで嫌なんですけど、こう言いました。

「僕もね、その番組見にきたんだよね。アナウンサーのファンだからさ。そしたら困ってそうなキミを見つけちゃって」

おお、なんたる奇遇。というか同じ目的だったという一致よりも、彼もアナウンサーのファンだったことが嬉しい。確かにあのアナウンサーはカワイイし、ファンが多いのも頷ける。それよりなにより、彼が女性に興味をもっているという事実が嬉しかった。この人やっぱりホモじゃない、普通に良い人だ。さっきの尻触りだって何かの間違いだ。偶然手が触れたとか、僕の背後霊が触ったとかに違いない。この人はホモじゃないんだ。

「いいですよねー、○○さん。なんか大人しそうなんだけどかわいくて好きなんですよー」

もう彼がホモじゃなかった事実が単純に嬉しいのと、同じアナウンサーのファン仲間を見つけたってことが嬉しくて、満面の笑みで喋っていたと思います。しかし、次の彼の一言が驚愕の一言。

「○○アナ?違うよ、僕はXXアナのファンなんだ」

男!性!アナウンサー!

XXさんは同番組に出ている無骨な男性アナウンサー。ちゅっとムキムキしてるナイスガイ。やべーこえーガチだよ、ガチ。この人絶対ガチホモだよ、確実にホモだよ。間違いなくホモサピエンスだよ。いやそりゃ違う。違わなくもない。とにかく危険が危ない!

確かに最初にこの人に助けられた時は抱かれてもいいって思ったけど、実際に抱かれそうとなると話は別。なんとか貞操だけは守らねばならない。

そうなると、今まさに車の合鍵を取りに行こうと我が家に向かってるわけですが、このホモに自宅を知られるのは非常にまずい。家まで押しかけられてアナルをペロリと頂かれてしまう。とにかく、家に行くのだけは回避しなければならない。

「あのー、海でも見に行きませんか?」

何を言ってるんだ僕は。ムチャクチャ誘ってる、誘いすぎてる。いくら家に行かせたくないとはいえ他に方法があるだろ。禁断のアバンチュールに誘いすぎてるじゃないか。

「うん、いいよ」

と、ハンドルを切る彼。オメーも同意してんじゃねえよ。何、海見ながら一発ハメる気になってるんだよ。ちょっとドキドキするじゃねえか。

結局ね、いくらホモセクシャルな人でも僕のようなウンコの体を付け狙うってのはかなり特殊な変態、キチガイの部類に入ると思うんですよ。そりゃあ、ジャニーズ系とかの方が良いに決まってる。この人、普通そうに見えてとんでもない変態ですよ。

僕だって、話しかけてきた人が、ヨダレとか垂らして半分くらいチンポコでも出してたら「うわー、この人危ない」と危険を察知するんですけど、一見すると普通、いやむしろ良い人に見えるだけにとても性質が悪い。親切な人だーとホイホイついていってしまう。これが一番危ない。現に今、貞操の危機にさらされてるじゃないか。

「あのホント、すいません。海に誘っておいてなんなんですけど、ホント、親切にしてもらってなんなんですけど、僕、男に興味ないんです。大塚愛とかむちゃくちゃ好きです」

とにかく、誤解を解かねばならないのでカミングアウト、さらに僕なんか抱いても良くないよとアッピールするため、

「それに僕、むちゃくちゃ足臭いんですよ、ほら、人殺せるくらい臭いですよ」

と靴を脱いで意味の分からないアッピール。ムワンと匂いが漂うと同時にコロンコロンと車の鍵が出てきたのでした。

そうだ、忘れてた。鍵をなくさないように落とさないようにってんで靴の中に入れてたんだ。それで忘れてちゃあ世話ないな。ホント、どうしようもない。

「ああ、鍵ありました。靴の中にありました。もう大丈夫です、ショッピングセンターに戻ってもらって大丈夫です」

もう懇願に近いくらいの状態になってたのですが、彼は

「ああ、あったの?そりゃ良かった、じゃあ戻るね。それと、キミは何か勘違いしてるみたいだけど、僕も男には興味ないから」

シット!なんだか僕だけ途方もない勘違いをしていたみたいだ。そりゃそうだよな、いくらなんでもホモとかありえなさ過ぎる。なに勝手に貞操の危機とか感じてるんだ僕は。自意識過剰にも程がある。こんな普通の人がホモなわけないじゃないか。

なんだか一人でエキサイトしていた自分が無性に恥ずかしくなり、もうマトモに会話できなかったのですけど、とにかくレガシーはショッピングセンターへと帰還。ありがとうございましたとお礼を言って車に戻ろうとすると

「あの、1分だけ、1分だけ手を握らせてもらっていいかな?」

と、彼が訳の分からない要求。親切にしてもらった手前断るわけにもいかんので

「はい、いいですよ」

と言うと、彼はジットリと僕の手を握ってきたのでした。15分くらい。手に汗かいててすごい気持ち悪かった。なんだこれ。やっぱりホモなんじゃないの?

とにかく、一見すると普通と見える人の中に生じる狂気こそが最も危険で危ない。真の残酷は優しさの中に。真の絶望は希望の中に。真の苦痛は快楽の中に。そして真のキチガイは普通の中に。

真のキチガイになるくらいなら一見してキチガイだ変態だと分かる人のほうがいくらかましだ。その点、僕はズボンが破れて半分くらい尻とか出てますから、一見してキチガイで良かったなあ、などと思うのでした。

ちなみに、先日、職場で春の大お花見大会なるエキサイティングな行事があったのですが、また僕だけ誘われませんでした。

それだけならまだ良いのですが、その後日、綺麗なジャイアンが僕のところに来て

「僕の力が足りなかったみたいですいません。女の子達がどうしてもpatoさんを呼びたくないって・・・見るからに変態でイヤだって、気持ち悪いって言うんです・・・酷いと思いません?」

すごい責任感が強い彼らしく言ってくれたのはいいのですが、テメーが一番残酷だよ。残酷は優しさの中にだよ。

やはり一見してキチガイはダメか。今度からは見るからに普通な人を装って女子社員の栗拾いをしてやる、そう固く心に誓うのでした。

関連タグ:

2007年 TOP inserted by FC2 system