紳士のススメ

紳士のススメ

人間、男として生まれたからには紳士でなくてはならない。

齢30にしていつまでたってもお子ちゃま、コーヒーは砂糖とクリープが入ってなきゃ嫌とか、バブーだとか甘えたことばかり言ってられない。30歳と言えばもういい大人。やはりここはビシッと紳士になる必要があるでしょう。

さてさて、しかしながら、一口に「紳士」といっても何を目指せばいいのか分からない。安直なイメージで伯爵のようなヒゲを蓄えてシルクハットをかぶり、杖でもついて懐中時計を手に、そこに先立った妻メアリーの写真が…、なんてのが「紳士」というならばすぐにそうするのですが、残念ながらそういうわけでもなさそうです。見てくれから入るようじゃ先が思いやられすぎる。

では、行動が紳士であれば良いのか。不幸な少女の足長おじさんとなり陰でコッソリと援助。僕の援助によって少女は孤児院から全寮制の高校に進学することになる。それに感謝した少女はおじさんに月一で手紙を書くこと決意し…、なんてのが「紳士」ならば、今からでも孤児院に行ってくるのですが、さすがに逼迫した僕の経済状況が許さない。って言うか僕、足短いしね。

結局、なんだか良く分からないおぼろげな存在であるところの「紳士」。これじゃあ何を目指せばいいのか皆目見当もつかない。もっとこう、具体的な指標はないものか。

散々思考しましたよ。憧れの紳士になるにはどうしたらいいか。何を目指し、何をお手本に突き進んでいったらいいのか。目標設定ってのは往々にして実現過程より大変な場合があるのですが、現実性と難易度のバランスをよく考えて設定する必要があるんですよね。で、なんとか設定しましたよ。紳士になるためには何を目標にしたらいいか。

皆さんは、紳士録と言われる物をご存知でしょうか。思いっきりコピペしてきますけど、なんでも「会社役員・高級公務員・芸術家などの著名人のうち、存命で活躍している人物の情報を掲載した本を指す」らしいです。つまり、この本に載ってる人こそが紳士である、そういうことのようなのです。

紳士の本場イギリスでは、この紳士録を巡って骨肉の殺人事件が起こるほどヒートアップし、日本でもとある出版社から「日本紳士録」なるものが隔年で出版され、それに付け込んだ紳士録詐欺なるものが横行した時期もありました。それだけ民衆の関心が高いと言えます。

この紳士録に掲載されることこそが真の紳士の証といっても過言ではなく、これに載ることを目標に日々の努力を、まあ、どう努力したら載るものなのか見当もつきませんが、頑張っていく必要があるんじゃないかと思います。とにかく紳士的にエレガンスに振る舞い、地位も名声も欲しいままにしてやる。やっぱ男はね、30歳越えたら紳士録を目指さないといけないよ。

さてさて、そんな紳士を目指していざ紳士録!と熱い想いを滾らせているpatoさんですが、先日、ウンコを漏らしました。もう、それはそれは見事にですね、一片の言い訳すら許さないといった勢いで漏らしました。

2007年になって初のウンコ漏らし、30歳になってからは2度目です。今世紀になってからは7回くらい漏らしてるような気もします。いやいや、そうやって聞くとしょっちゅう漏らしてるよう聞こえますが、決して尻の栓が弱いとか、頭がちょっと足りないとかそういうことはなく、全てのケースにおいて止むに止まれぬ事情ってのがあるんですよ。

そりゃね、僕だって今年31になりますよ。そんな紳士を目指してもおかしくないお年頃にあって、ポカーンと口を開けて「ウンコ漏れた〜」では救いようがなさ過ぎる。そんなのただの頭が可哀想な人じゃないか。ちゃんとね、漏らすには漏らすなりの理由があるんですよ。

今回のケースはこうでした。僕の職場にはすごいバカな同僚、真田君ってのがいましてね、こいつが仕事狂い、仕事の鬼、仕事に全てを捧げる男と評判の山下さんの噂話をしていましてね、

「ああ、あの人は仕事狂いだからね、仕事のことしか考えてないよ」

みたいな感じで知ったような顔しやがってからに偉そうに語っていたんですよ。で、カッコ良く横文字を使って山下さんの仕事狂いっぷりを表現しようとしたみたいなんですけど、ワーカホリック(Workaholic)「仕事病」って言いたかったみたいなんですよね、山下さんはワーカーホリックだからね、みたいな、横文字使えばなんとなくカッコイイしね、なのに真田君はバカですから

「山下さんはワーキングホリデーだから」

とか得意満面な顔して言いやがるんですよ。それ、休暇を利用してニュージランドとかに働きに行くやつじゃないか。失恋したOLが自分探しに行ったりするやつじゃないか。もう、頭の中にニュージランドが丸ごと詰まってんじゃねえのか。

で、そんなバカ真田君とお茶を飲みながら乳首が5センチある女の話をしていたんですけど、まさか乳輪部分が5センチじゃなくて突起の高さが5センチだなんて!と僕が驚いた時、急に便意をもよおしてきたんです。もうP4レベルの、今すぐ出てもおかしくない!って勢いの便意が僕の体内で暴れまわっていたんです。もう乳首とかどうでもいい。っていうか5センチもあるわけない。

「やばい、ウンコ行きたくなった」

熱烈に5センチの乳首を引っ張った話を身振り手振りで演じる真田君を遮ってカミングアウト。

「マジで!?俺もウンコしたかったんだ」

と、真田君も予想外のカミングアウト。じゃあ一緒にウンコ行こうぜってことになったんですけど、そこで彼がとんでもないことを言い出したんです。

「じゃあさ、どっちが先にウンコし終わるか勝負しようぜ。負けたほうが1万円な!」

とか、何食って育ったらこんな思考に至るのか知りませんけど、とにかくウンコ早出し勝負をしたい様子。ウンコ云々は抜きにしてその賭け高は1万円という魂も震える高額設定。これは負けるわけには行きません。それよりなにより、これは言うなれば決闘です。紳士として正々堂々と申し込まれた決闘は正々堂々と受けるしかありません。

「望むところだ!」

それにね、丁度良かったんですよ。僕はこの後仕事が終わったら紳士のたしなみとして紳士服屋に行く、まあ、実際のところは友人の結婚式があるので礼服を買わなきゃいけなかったんですけど、所持金が2万円しかないという体たらく。紳士らしい礼服を揃えるとなると2万円ではいささか心もとない。そこでこのウンコ早出し対決で勝利を収め真田から1万円をかっぱぐ。すると、なんと所持金が3万円、これだけあれば立派に真摯で紳士な礼服を揃えることができます。

ルールはいたって簡単。二人揃って並びの大便ブースに駆け入り、早く出して先にブースから出てきた方が勝ち。一万円を手に出来るというもの。

とにかく、ルール確認もそこそこに二人とも腹部が臨界点なので早急にトイレへ。で、よーいドンで同時に大便ブースに入る。いける、絶対に勝てる。いつもの僕なら100メートル世界記録より早いタイムで大便を駆け抜けるはずだ。この勝負、絶対に負けるわけがない。

隣りのブースからカチャカチャと音が聞こえます。おそらくズボンを脱いでるんでしょう。僕も負けじと瞬殺といった勢いでズボンを脱ぎファイティングポーズをとります。

ブリブリブリ

隣りからは軽快な、とてもじゃないが真顔では聞いてられないような小気味よいサウンドが聞こえてきます。真田のヤロウ、お構い無しに出しすぎだ。凄い量じゃないか。隣りに知人が入ってるんだから少しは気を使って欲しい。いいや、これは男と男の闘い、音が聞こえると恥ずかしいとか言ってる場合じゃない。何の手心も加えず全力で戦う、その心意気や良し、しかと受け止めたぞ!真田!こっちもブリブリ出してやる。なあに、3つ上のフロアまで音が聞こえるようなの出してやるさ!

しかしながら、なんとか真田を力でねじ伏せようと試みるのですが、出さなきゃいけない出さなきゃいけないと意気込めば意気込むほど出ないんですよ。30年物の引き篭もりニートみたいに頑として出やがらない。オナニーしちゃいけない!って状況だと隠れてコソコソオナニーできるのに、目の前に女王様がいて「オナニーしなさい」とか言われたら恥ずかしくて出来ない、そんな状況に近いんですよ。良く分からんけど。

とにかく、この土壇場で急に恥じらいを見せた僕のウンコ。このままでは負けてしまう。やばい、1万円取られてしまう。

「うーーーーーー」

隣りから真田の満足気な唸り声が聞こえてきます。危険が危ない、あれは出し切った時に出る満足気を示す音声だ。十中八九出し切ったと見て間違いない。っていうか、隣に知人が入ってるのに声まで出すなよ。

カラカラカラ

やばい!紙まで使い始めた。いよいよフィナーレだ。っていうか、タイムアタックしてるのに悠長に紙を巻き取るとかなんたる余裕・それに引き換え、僕の方は未だ頭すらも出ていない状況。基本的にマズすぎる。このままでは負けてしまう。

もうね、意を決しましたよ。このまま普通にウンコしていたのでは負けは明白。ならば速攻で出して速攻で処理を終えなければならない。真田のように悠長に尻を拭いている余裕などない。それどころか流さなくたっていい。いいや、もう出すや否やほぼ同時にパンツとズボンをはいてしまって飛び出るしかない。

シュゴオオオオオ

隣りから水を流す音が聞こえてきます。いよいよフィナーレだ。もうあと数秒も猶予はないだろう。まずは出さなければ始まらない。全神経を肛門に集中しろ。唸れ!我が肛門!コスモを燃焼させよ!

ブリブリブリブリ

出た!良し!いける!もう出すのと同時にパンツとズボンを上げて、出すのと同時に個室から出るぞ。尻なんか拭くもんか、ウンコなんか流すもんか。

もう、ズボンもちゃんとはいてなくて手で支えてないとベロベロベロって状態なんですが、なんとかウンコを出し切ってブースから出ることに成功。悠長に個室から出てくる真田とはコンマ数秒の差で勝利を収めたのでした。

「ずるいよーちゃんと拭けよ!流せよなー!」

と悪態をつく真田。けれども勝負は勝負です。僕は勝ったのですから1万円を頂戴し、「イヤー悪いね、僕の作戦勝ちだね」とかなんとか言いながら残してきた遺産、つまるところ流さなかったウンコを流そうと個室に入ったその瞬間でした。ある違和感に気がついたのです。

いやね、ウンコの量が少ない。

僕もウンコ界のベテランで、これまで30年ほぼ毎日ウンコしてきた生粋のプロウンコプレイヤーですから、自分の尻が覚えてる感触でどれくらいのウンコが出たのか分かります。その記憶の中にある量と、実際に目の前にある量とか全く合致しない。

消失したウンコ。消えた凶器の謎。アリバイ工作を崩せ!魔の乗り換えトリック!愛憎の果てにベテラン刑事が見たものは!みたいな感じで忽然とウンコが消えてるんですよ。よくわからんけど。

で、消えた半分のウンコがどこにいったのかって話なんですけど、もうお分かりですよね、ええそうです、僕のパンツの中にしっかりと収納されていましたよ。勝負に夢中で気がつかなかったですけど、尻の辺りに妙な違和感があると思ったらこれか。

つまり、こういうことです。勝負に負けそうだった僕は奇跡の大逆転を信じ、ウンコが出てすぐにパンツズボンを上げて個室から飛び出ようとした。それはそれはもう、出るや否や、出ると同時くらいの勢いでパンツを捲し上げよう、そう信じて行動した。どうもそれが良くなかったみたいで、出ると同時ぐらいの勢いでとやったつもりが、本気で出ると同時にパンツを上げちゃったみたいなんですよね。もう頭おかしい。

ベルトもチャックも閉めてない状況で、手でズボンを押さえ、しかもパンツの中に半分くらいのウンコがこんもり、その状態で「ほら、1万円だせよ!」とか言ってるんですから、とんだ紳士がいたものです。

とにかく、紳士的に勝利を収め、1万円を手にすることが出来た僕、そりゃウンコを漏らしてしまったという負い目もありますけど、まあ、出したのはトイレですし、しかもこれはパンツをはく際におけるミスの範疇に入ります。ギリギリウンコ漏らしたとは言えないレベルじゃないかなって自分で思ってますので何とか人間としての尊厳は保てるんじゃないかと思います。

まあ、僕はやはり紳士ですので、ウンコのついたジェノサイドパンツをそのまま放置とか野蛮なことはせず、キッチリと厳重にビニール袋に包んで捨てておきました。

これで所持金は3万円。いっぱしの礼服を購入できる、これで僕もまた一歩紳士に近づいたな、こりゃあ紳士録に掲載される日もそう遠くはないぞ。春の到来を感じさせる暖かい夕暮れの並木道を駆け抜け、仕事が終わるとすぐに紳士服ショップへと赴きました。

「いらっさいませ、ご案内いたしましょうか」

「うむ、礼服をちょっと探していてね」

まあ、行ったのは「あやや」とかがCMしている大衆的な紳士服屋ですが、気持ちが紳士だと立ち居振る舞いまで紳士になるもので、極めて紳士的に店内を闊歩しておりました。

案内してくれた店員さんはナイスミドルといった感じのロマンスグレーなダンディズム溢れる人で、まさに紳士そのもの。もしかしたら妙齢の娘さんと今日はパパとデートなの、ハハハハ芳江はまたブランド物のおねだりかな、わーいパパ大好き、なんてことやってそうな笑顔の眩しい紳士でした。ハッキリ言って紳士度なら僕だって負けない。なんといっても僕は紳士録目指してますからね。

「礼服ですとこちらのコーナーになりますね。これなんかよろしいかと」

と差し出された礼服の値札を見ると驚きの98,000円。冗談じゃない、なんで大衆店にこんな高級品が置いてあるんだ。だいたい、こんなジャージみたいな服で買いに来てるやつに高級品を薦めるな。それよりなにより、差し出された商品を見るときにデザインやブランドなんかより真っ先に値札に目が行ってしまうのが悲しき紳士の調べ。とにかく、そんな高級品買えるわけがない。

「いやあ、もうちょっとお手頃価格な方が助かりますな。ワンランク安い物を買うのもやぶさかではない」

なんとか安くしてくれっていうのを紳士的に言おうとして訳の分からない日本語になってますが、その一言でコイツは金を持ってないと判断したっぽいナイスミドル店員、一番安い礼服を持ってきます。さすが紳士服のプロだぜ。

「お客様のサイズですとこちらが一番お安いですね」

そう言って差し出された礼服の値札には驚きの40,000円。やっぴ〜、一番安いのでも買えないぜ。なんといっても所持金3万円ですから、1万円も足りない。落ち着いて周りを見渡してみると全ての礼服に4万の値札がついていやがるものですから怖ろしい、この一角だけ確実に数字が4万から始まってるんですよ。それ以下の数字は存在しないに等しい。

「あの…4万も…ちょっと…芳しくないというか…なんか…」

すごく小さくなって嫌な汗を書く紳士な僕。

「そうですか。いくらからなら宜しいですかね?」

「えっと…その…3万円くらい…」

もう小さく縮こまりすぎちゃって「紳士」というよりは「ちんち」っていうか「ちんちん」くらいの存在に成り下がっているのですが、3万円しか持ってないものはしょうがありません。正直にそのことを告げると。

「わかりました。ではこちらの礼服を3万に値下げしますので…そのかわり当店のポイントカードシステムに入会していただけますか?」

なんと!やっぱり何でも言ってみるもんだな。4万の礼服があっという間に3万に値下げ。一気に手の届く存在に。どうもこうもありませんがな、入会でもなんでもしますがな。

とにかく、やはり何事も紳士であるべきです。ちゃんと紳士的に接していれば必ず心は伝わるのです。紳士であったために4万円の礼服が3万円になった。それは紛れもない事実なのです。

「では、丈を直しますので、こちらで試着してください」

やはり紳士最高!と大喜びしながらズボンを手渡され試着室に入る僕。そこで途方もない事実に気がついたのです。

やばい、靴下の左右の色が違う。

いつもなら左右の色が違うといってもブルーと紺色とか、同じ色と錯覚してしまいそうな組み合わせをチョイスするのですが、今日に限って思いっきり赤とオレンジですからね。何もこんなパッションな色の組み合わせでなくてもいいのに。おまけに足も死ぬほど臭い。兵器級でアメリカが真剣に対人兵器として開発を始めてもおかしくないくらい臭い。これはやばい。

いやね、靴下の色が違うとか、足が臭いとか紳士としてあってはならない行為なんですよ。普段ならなんとなくで誤魔化せますけど、ズボンの裾直しだけはどうやっても誤魔化せない。店員さんが臭くて色の違う足元でゴソゴソやりますからね。

しかしながら、これは4万の礼服を3万で買えるまたとないチャンス。ここで靴下の色や匂いを気にしてウジウジするのは二流がやること。一流の紳士はどうであれ堂々としているべきだ。なあに、向こうだって客商売だ、色が違うとか臭いとか口が裂けても言わんだろ。

とにかく、ズボンを脱いで礼服に着替えなければならない。もうね、ガサッと脱ぎましたよ。そしたらアンタ、さらに致命的なことに気がついてしまったんですよ。

そういや、今、ノーパンだった。

ウンコ漏らしてそのまんまですからね、そのまんまですよ。漏らしたてホヤホヤのそのまんま。どっかの県知事か。ノーパンで礼服買いに来るとか露出狂としか思えない。

またまた、試着室の中には大きな鏡がついてましてね、上だけは普段の服装なんですけど、下半身だけ丸裸な自分の姿ってヤツが、気が滅入ってる時に見たら正気を失って自殺しちゃうんじゃないか、勢いあまって手首を切ってゴールドクロスを修復しちゃうんじゃないかってくらいに情けないんですよ。

で、別にノーパンだろうがなんだろうが、店員に見せるわけじゃないから関係ないんですけど、紳士として生きることを考えた場合、ノーパンで試着するってのはいかがなものかと思うんですよ。普段の僕なら平然と試着するんですけど、紳士を目指してる身とあってはそうそう試着できない。

なぜなら、もし、このズボンを購入しないことになった場合、別の客がこのズボンを手にすることになるのです。その場合、僕の性器や股間にダイレクトに密着したズボンを手にすることになるのです。パンツをはいてるならまだいいのですが、さすがにダイレクトはいただけない。おまけに、ウンコ漏らしたてホヤホヤですからね。普段の汚さを3万キタナイとするならば、今はざっと見積もって4万キタナイはありますからね。紳士としてそれはできない。

けどまあ、それはあくまでも購入しなかった場合のお話で、こんな値引きしてもらった礼服を購入しないことは考えられない。なにせ値段しか見ていませんから、デザインなんか二の次。気に入らないとかそういうのがありえない。ほぼ確実に購入するはずです。

なら別にいっか。

もうね、思いっきりはいてやりましたワイ。ノーパンで、しかも1時間くらい前にウンコ漏らしたその身で思いっきりはいてやりましたワイ。で、はいてみて分かったんですけど、思いっきりウエストがブカブカなんですよ。ハンバーガーばかり食べてるボブがはくんじゃねえかってくらいにブカブカ、もう手で押さえてないとずり落ちちゃくらいに酷い有様なんですよ。

とにかく、試着はしたので試着室から出て店員さんに裾を直してもらうんですけど、その瞬間にムワッと足が臭いですからね。僕本人が臭いんですから、きっと店員さんはその数倍臭いはずです。

で、その匂いの元を見てみると靴下がオレンジと赤ですからね。頭おかしい。僕が店員だったら臭いやら面白いやらでとてもじゃないが裾を直すどころの騒ぎじゃない。なのに、この店員さんは微動だにしない様子で粛々と裾を直していく。その姿勢には恐れ入る。

「あの、これ、ちょっとウエストがブカブカなんですけど…」

僕がそう告げた瞬間、事件は起こった。

「あ、ちょっと引っ張りますね」

裾の切り捨てる部分を折ろうとズボンを引っ張った店員さん、その瞬間、ウエストが緩かったもんだからベロベロベロベロっとズボンがずり下がるんだからさあ大変。普段ならパンツルックを目撃されるくらいで済みますが、今は掛け値なしにノーパンですからね。もう膝くらいのところまでズボンずり下がって大変なことになってた。

時が止まる。漏らしたてホヤホヤのブツを至近距離で目撃され、もう里を捨てて山にでも篭りたい気分。向こうの方で女店員が僕のことを淫らな目線で見つめてましたからね。

「失礼…ウエストが大きすぎたようですね、もう1つ小さいサイズのやつにしましょう」

僕が店員だったら、この気まずくて重力が二倍くらいの重苦しい雰囲気を打破しようと、なんでノーパンなんだよ!と目潰しでも食らわせてツッコミをいれるのですが、店員さんは凛として微動だにしない。

僕はもう顔から火が出るくらい恥ずかしく、その火で全てを焼き尽くしたい気分なのですが、店員さんはそんな露出狂的大事件はなかったものという平静さ。さすが客商売の鬼、仕事の鬼、ワーカホリックじゃなくてワーキングホリデー。客を不快にさせない術を心得てやがる。

結局ね、紳士とはこの店員さんみたいな人のことを言うのだと思います。他人の靴下の色が左右違っていても公然とそれを指摘しない。足が死ぬほど臭くても良いフローラルの香りがしてるかのように振舞う。他人がノーパンで性器とかベロベロでも大騒ぎしない。おまけにソイツがウンコを漏らした疑いのある匂いを放っていても平然と。これこそがあるべき紳士の姿なんだと思います。

そう、僕は目標を決めた。紳士を目指してこの店員さんのように振舞う。これこそが僕の目標像だ。そう堅く心に誓いつつ、またノーパンで次のズボンを試着するのでした。さっきのビッグウエストのズボンを買う客が可哀想と思いつつ。

紳士録に載ることを目指して紳士的に振舞ったけど、ウンコ漏らすわ、金持ってないことがバレて恥じかくわ、おまけにノーパンなのバレるわ足臭いわ、とにかく紳士なんてロクなもんじゃない。それでも、男として生まれたからには紳士を目指さなくてはならないのだ。

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