イケメンブルース

イケメンブルース

イケメンは死ねとすら思った。7回死ねと思った。

生まれついた顔の造作だけで周囲からちやほやされ、合コンにいけばモテモテ。あーセックスしてえ、と呟けばデリバリーのピザのごとく粋な女が配達されてくる。イケメンはそんな特権階級だと思っていた。

僕ら非イケメン、いわゆるキモメンからすると、どんな難解な資格をとっても彼らには勝てない、そう思っていた。僕らはコンビニでお釣りをもらう時に女性店員が手を添えて渡してこようものなら「こいつ、俺に惚れた?」と思うほどウブでドリーマーなわけだが、イケメンはお釣りを渡される時に悪くてキス、標準でセックスくらいのことが女性店員からなされると本気で信じていた。

イケメンに生まれるのと非イケメンに生まれるのとでは、プロ野球で言えば開幕から50ゲームくらい離されている状況、Jリーグで言えば開幕した瞬間にJ2落ちしていた状況くらいの違いがあり、どうあっても埋めることができない差異が確実に存在すると信じ込んでいた。

例えばもし、僕が、今流行の「地元じゃ負け知らず」とか井の中の蛙的なことを平然と唄ってのけるグループ、山下君と亀頭君だっけか、彼らみたいにイケメンだったとしたら、それはそれはバラ色の人生で、たぶんパソコンの前に座って文章なんて書いていない。1万歩譲って書いてたとしても、その辺で拾った女にフェラさせながら書いているに違いない。それくらいに大きな違いがある。

けれども、現実は悲惨なもので、常に思いは届かない。戦争が起こってイケメン狩りが中国軍の手によって行われ、必然的に僕よりイケメンがいなくなる、もしくはイケメンだけに感染するウィルスがマッドサイエンティストによって開発され、僕よりイケメンがもがき苦しんで死んでいく。そうすれば必然的に僕が最高峰のイケメンになるじゃないか!とも本気で思ったのだが、そうするとこの世に誰もいなくなりかねないので、できればそこそこ僕よりイケメンくらいは生き残らせてやって欲しいと神様に嘆願しよう、といつも来るべきXデーの到来に対する準備を忘れない。

僕ら非イケメンは、夢を持てと励まされ、夢を持つなと笑われ、毎日夢の中から目が覚めるかのように、オナニーに励まされ、エロ本を買って笑われ、毎日エロい夢から目が覚めるのだけど、まるで時給780円のバイトに勤しむかのように熱心にオナニーに励んでいる。雨の日も風の日も雪の日も、まるで大宇宙からの命令に従うかのようにオナニーに励み、まさに精を出すの言葉がピッタリ。イケメンにはそんな苦労ないと思ってたし、オナニー?なにそれ?と言われるのが関の山だと思っていた。こっちはやりすぎてヒリヒリするくらいなのに。

何不自由なく生まれ、オナニーに一生懸命になることはない。何も苦労することないイケメン。僕は彼ら特権階級のことをそう思っていたのだけど、ところがどっこい真実は違っていた。今でも忘れない、あの事件がきっかけで考えを改めることになったのだ。

見るもの全てがピンク色で、世の中の万物全てが性的でエロティカルなものに見えていた高校生時代。僕らは滾る血潮の全てをオナニーにぶつけていた。さすがにオナニーしすぎでバカになるんじゃと心配したことも、雅子様でおオナニーを致してしまって激しい自責の念に襲われたのもこの時期だった。

高校生ぐらいの自分というのは、様々な面で自分および周囲の人間をカテゴライズしてしまう時期で、僕らのクラスもガリ勉グループ、イケメングループ、非モテお笑いグループ、オタクグループ、不良グループなどと男子の間で自然と階級社会が出来上がっていた。

休憩時間などはこの階級制度が顕著で、ガリ勉グループは休憩時間も勉強に勤しみ、オタグループはさくら大戦などの話題に花を咲かせる、イケメングループがファッションの研究やらをしてる横で、非モテお笑いグループが「フェラってどんななんだろう」とゲハゲハと笑う。そんな平和な光景が当然の如く広がっていた。

特に非モテお笑いグループとイケメングループの対立は激しく、まるで東西冷戦を思い出させるような殺伐とした雰囲気がクラス内に蔓延していた。オタグループやガリ勉グループは我関せずといった感じだったが、この2つのグループは激しく互いを意識していた。不良グループにいたっては怖くて関わりたくなかった。

当然、非モテお笑いグループに属していた僕はイケメングループのことを良く思っていなかったのだけど、そのイケメングループの中に一人だけ目を見張る人物がいた。

彼はイケメングループの中でも一際イケメンで、ジャニーズなどでも通用するんじゃなかろうかというほどに美男子。僕も同性でありながら「こいつの乳首くらいなら舐めてもいい」と思うほど整った顔立ちをしていた。

そんな彼とある日学校帰りに一緒になったのだが、帰りの道中で話をする中で僕はある種の衝撃を受けることになった。

クラス内では冷戦状態にある2つのグループに属する僕ら、会話の内容もどこかぎこちなくチグハグな感じがするのだけど、次第に打ち解け、いつしか僕らはグループのイザコザとは別次元で熱く夢を語りあうようになっていた。

「俺はさ、1日に25回くらいオナニーしてみたい、いつかやってみせる」

僕が熱く夢を語ると、イケメンの彼は激しく笑った。

「すげーオナニー25回なんてありえない、マジ笑える!」

熱い瞳で真剣に夢を語る人間を笑うなど、普段の僕なら激怒もの。しかも相手がイケメンであるならば、それこそ、その辺の側溝に叩き落してやるところなのだが、腹を割って話し合ったからか、そんな気持ちは微塵も感じなくなっていた。

「こんなに笑ったの久しぶりだよ!お前面白いな!」

僕は笑わすつもりで言葉を発していなく、あくまでも真剣で大真面目に語ってるのだが、彼はよほど人種違いの僕の話が新鮮だったのだろう。綺麗な顔を歪めて大笑いしていた。笑うとさらに爽やかでかっこよかった。

「あーすげえ笑った」

今思うと、イケメンが非イケメンのオナニー談義を大笑いして聞く、という完全に見下された絵図で、訴訟も検討する段階にあるのだけど、不思議と不快感はなかった。なぜなら、その後に彼もまた自らの夢を語ってくれたからだ。

偉い大人たちが夢を持てと子供に言う、その半面で夢を笑う風潮がある矛盾の世の中、夢と現実の境界みたいな薄ぼんやりとした世界。ちょうど進路のこととかリアルに感じ始めた僕らにとって、夢を語るという行為は少し気恥ずかしくて、なんだか犯してはいけない罪を犯してるとすら感じていた。そんな中で、僕の「1日にオナニーを25回してみたい!」という夢に対して彼もまた夢を語ってくれたのだ。

「俺は、クラスの女全員とやる、やってみせる」

衝撃だった。

後頭部を鈍器のような物で殴られたような、そんな鈍い衝撃が僕の頭の中を駆け巡った。こんな田舎町の片隅に、このような野心を持った男がいたのかと、こんな男が野に埋もれておったのかと。それ以上に、オナニー大好き童貞の僕にとって、クラスメイトが既にセックス的なことに手を染めてるという事実が、気恥ずかしいやら歯がゆいやら、なぜかくすぐったいやらで、色々な感情が入り混じってブサイクな顔をさらにブサイクにしていたと思う。

クラスの女全てを手に入れる。これはヨーロッパで言うところの全土統一に近いものがある。そう、全てを手に入れし選ばれし者。男なら誰しもが思うことだろうし、僕だって恥ずかしながらクラス中の女が僕にメロメロという妄想をしたことがある。彼はそのイケメンに絶対的な自信を持ち、僕ら非イケメンでは妄想どまりでしかない野望を平然と口にしたのだ。

「もう既に何人かは達成済み。○○と○○と○○はやった。あ、○○も」

うちのクラスはちょっと女子が少なく、15人ほどがいたのだが、その中でもカワイイさで上位4名には入る女子の名前が達成済みとして挙がった。秘かに好いていた女子の名前が挙がったときはどうしようかと思ったけど、別に僕の力じゃどうしようもなかったのでグッと涙をこらえ、彼の壮大な夢の話に聞き入っていた。

「近いうちに5人目も達成できるはず。夏休みは一気に進める予定だしね」

そういう彼の顔は野球選手に憧れる少年のように光り輝いていた。ドブ川の水面に反射した光が眩しく、その光の中で彼の整った笑顔がさらに輝いて見えた。

それからしばらくして、夏休みも終わり、またもや学校帰りの道すがらで彼と一緒になった。

「どう、オナニー25回達成できた?」

「いや、どうしても20近くなると自己嫌悪に陥ってしまう」

「ダメだなあ、俺なんて10人目まで達成したぜ!」

恐ろしいことに、既に彼はクラスの女子の2/3までを手中に収めていたのだ。

全然関係ない余談になるが、僕が新しい携帯を買った時、機種の表面に2/3と刻印されていて、ずっと何のことだろうと悶々としていたことがある。2/3の出来の携帯だから安いのだろうか、2/3しか音声やメールが伝わってこないのでは、と本気で悩んだのだが、どうやら「WIN」という文字を縦に読んでいたらしい。本当に関係ない話で書いてて自分でビックリした。

話を戻すと、彼は着々と夢の達成に向けて歩んでいた。僕も彼に負けないように自らの夢を達成しようと頑張ったが、どうしても20回の壁が破れなかった。不甲斐ない自分への怒り、焦り、不安、そして涙。そんなものは全くなくて、授業中に後ろの席からクラスを見渡し、この女子の2/3は彼の毒牙にかかってるわけか、と想像すると悲しくなるやら興奮するやらで大変なことだった。

それからさらにしばらくして、彼は別のクラスの不良に呼び出されてボロボロに殴られリンチされたらしいという噂を聞いた。なんでもその不良の彼女に手を出してしまったらしく、それで報復を受けたのだ。おそらく、その彼女ってのがうちのクラスにいて、目的達成のために手を出したのだろう。なんかシップ薬みたいなのを綺麗な顔に貼っていて痛々しかった。

そんな痛い目にあっても彼の挑戦は終わらなかった。目的達成に向けてクラスの女子を口説きまわる。手に入れた後の女子が奮起して修羅場みたいなのが展開しても気にしない、とにかく彼は頑張っていた。

そして、いよいよ彼の夢が達成される日がやってきた。

その日は、普段はグループが違うのでクラスでも話さない僕らだったが、あまりの興奮からか、彼は僕の席にやってきて饒舌に話し始めた。

「おい、いよいよラスト一人になったぞ!週末に達成するために今日からモーションをかける。長かった戦いも今日で終わりだ!」

彼の目は輝いていた。

「すごいな!で、最後の一人は誰だよ?」

「んーと、吉田」

衝撃だった。

こういっちゃ何だけど、吉田はクラスナンバーワンのブスで、ブスオブブス、人外魔境と呼ぶにふさわしい容姿の持ち主だった。おやおや、夜は墓場で運動会ですかな、と言わずにはいられない、そんな娘だった。その彼女が最後に残っている、最終兵器の如く残っている。それでも彼はその歩みを止めようとはしなかった。

クラスの中で修羅場を演じ、不良に殴られ、ファイナルウエポン吉田にまでモーションをかける。何が彼をそこまで駆り立てるのか知らなかったが、全ては彼自身が決めた「クラスの女子全員とやる」のためだった。一歩一歩、吉田に向かって歩いていく彼の姿は死地に向かう兵士のようだった。そう、死ぬと分かっていながらも笑顔で出兵していくしかなかった兵士のように。

僕ら非イケメンたちは、容姿が不自由というハンディキャップを背負い、何かに従うかのようにオナニーに明け暮れている。それと同じように、イケメンはイケメンでイケメンという業を背負っているのだ。そう、彼の背中からは「イケメンとして生まれたからには全ての女を抱かねばならない」そんなオーラがビシビシと感じられたのだ。僕らがオナニーに明け暮れるかのように、彼もまたセックスに明け暮れているのだ。

そして、どんな人外魔境であっても抱かねばならない。それがイケメンとしてのプライドなのだ。イケメンとして生まれたからにはどんな女でも抱く、自分の好みで抱く女を選んでるうちは本当のイケメンじゃないよ、彼の背中からはそんな声が聞こえてくるかのようだった。

イケメンはイケメンで大変なんだな、必死でスカッドミサイルみたいな顔した吉田を口説く彼を見て、僕はそう考えを改めたのだった。

結局、彼のチャレンジは、数日後にブス吉田が発した言葉である「んー彼、あんまりタイプじゃないし」という言葉と、今にも自殺しそうなイケメンの青い顔によって、吉田がまさかのストッパーぶりを発揮したことが判明してしまい、失敗に終わったのだけど、ブスほど選り好みしやがる、それもかなりの高い基準をしてやがるという新たな教訓を得た。

失敗に終わった彼のチャレンジだったけど、それに勇気付けられた僕は、その後に25回を達成することになり、自分への大きな自信へと繋がることになった。

今日も職場でオナニーし、窓から見える青い空を眺めながら、彼は今もどこか遠い空の下で夢を抱き、人外魔境を抱いているのだろうか、と思いを馳せる。僕はオナニーしてるよ、君はどうだい?あの日夢を語り合ったドブ川の水面の光を思い出しながら、彼の輝いた笑顔を思い出すのだった。

イケメンは死んだらいい、ただ、彼のようなイケメンの使命を理解している本当のイケメンは生きていてもいいかなと思うのだった。あと、美女にも同じ使命があるので忘れないでください。使命を背負った美女の到来、それが今の僕の夢です。

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