Wの悲劇
patoは激怒した。
職場の社内メール、事務員さんから来た重要書類の督促メールを見て火山の如き怒りに打ち震えた。
「先日お願いした○○○の書類ですが、締め切りはとっくに過ぎています。早く提出してください。部長がものすごく怒ってますw」
おいおい、待てよ待てよと。お前はどういうつもりなんだと。お前は何が伝えたくてこのメールを送ってきたんだと。激しい怒りに自らの腹の中が悶々としたドス黒い何かに包まれるのを感じました。
僕は普段は温厚を絵に書いたような、それこそ現代に生きる菩薩とか呼ばれてもおかしくないんじゃないかと本気で思ってるくらい波風を立てない人ですので、大抵のことなら怒ることなくスルーしてしまうのですが、さすがにこれはちょっといただけないと怒りに打ち震えるしかなかったのです。
提出すべき書類を提出してない、締め切りはとうに過ぎてるぞという督促の部分は仕方ないとしましょう。世界中どこの法廷で争ったとしても書類を提出していない僕が悪い。それを督促するのが彼女の仕事ですから、その部分は諸手を挙げて賛成するほかありません。
しかし、問題はその後に続く部分ですよ。「部長がものすごく怒ってますw」この部分。部長がすごく怒ってるから早く出せよ、と脅迫すれば僕も速やかに、そして厳かに提出するのは過去の事例から判明していますので、そうやって権力を傘に脅迫するのも納得します。しかしながら、どうしても最後の「w」だけが納得できない。貴様はその「w」に何を込めたかったんだと。
そりゃね、僕だって頭の固い団塊世代とかではありませんから、彼女がどういった意図で「w」をつけたのか分かりますよ。おそらく(笑)的な意味合いでつけたのだと思います。例えば、この文章に何もついていなかった場合を考えると
「部長がものすごく怒ってます」
マジで洒落にならないくらい部長が激怒していて、勢いよく斬首されかねない危険なスメルがプンプンしてきます。これでは脅迫に近い行為です。社内の雰囲気を殺伐としたものに変えること請け合い、これを受け取った僕には神妙で沈痛な面持ちで書類を提出する道しか残されていません。
「部長がものすごく怒ってます(笑)」
こうすると、非常にジョークめいた、肌の白い鬼畜米英が好んで使いそうな仕事上のジョークになりえます。おいおいマイケル、そりゃないぜ、といった合いの手がいつ聞こえてきてもおかしくない。何とも和やかで、僕も「こりゃいけねえ」と冗談めいて返すことが可能になります。
具体的に分かりやすく説明すると、カツオが何か悪さしてサザエに「カツオー!」と言われてるうちは笑えるのですが、波平が「バカモン!」と夕食の席で本気怒り始めたらマスオさんの飯もまずくなる、そういう雰囲気だと思います。全然分かりやすくない。
でまあ、彼女もなんとかジョークめいた督促にして、本当は早く提出してくれないと困るのだけど何とか軽やかな雰囲気で促してみよう、そう熟考した上で、(笑)の意味でWを文末につけたのだと思います。
しかしですね、こういった(笑)やらWやらはですね、文章のキツイイメージを柔和にするのと同時にですね、なんだか人を小バカにしたような、そんなイメージにも受け取れることもあるのです。
ここが文章の恐ろしいところで、記載された字面だけではどんな雰囲気とニュアンスで書いたのか伝わらない、物凄い誤解を相手方にされることも往々にしてあるのです。それだけに、誤解を招くような記述はなるべく避ける必要があるのです。
「部長が怒ってますw」だったから良かったものの、これが僕の琴線に触れる内容だったとしたら、例えば、「リストラ要員ですよねw」ですとか「最近、髪の毛が薄くなってますねw」「またエロ本買ったんですかw」だったらどうでしょう、もう僕の心はブロークンハートしてしまい、並々ならぬ恨みの思いを事務員さんにぶつけることになります。
大体、wとかでジョークめいた柔和なものにすること自体が間違ってます。こちとら命がけで書類提出を滞納しているのです。書類の滞納によって立場が悪くなることも、クビになるかもしれないことも承知の上で、それでも全てを賭して滞納しているのです。それを神妙に受け止め、命がけで督促するならまだしも、wをつけてジョークめいた督促にする。この行為自体が、僕に対する冒涜に他なりません。このwは僕の滞納に対する冒涜だ。
とまあ、このように、世の中には(笑)、(爆)、wなどなど、文末につける感情を表す記号に怒り狂う心の狭い人が確かに存在するのです。文章だけのコミュニケーションが発達し、それに伴って発生する感情の行き違いを何とか回避しようと使われ始めた感情表現であると思うのですが、それ自体が新たな誤解を生み出しているという矛盾。この現状を大変遺憾に受け止めております。
そういった現状を打破するため、僕は3年ほど前にある提案をこの日記上で行ったのですが、月日が経っても全く浸透した様子がないのです。全く嘆かわしい。ということで、あえてもう一度同じように提案したいと思います。文章コミュニケーションにお悩みの皆さんがこの方法を活用して魅惑のコミュニケーションライフを送れれば幸いに思います。
さて、それではまたもや事例を見ながらその方法を解説してみましょう。下の会話は友達関係にある男女の一般的な会話です。メッセンジャーかメールで会話しているとお考えください。補足説明としては、男性のほうは友人関係の女性を狙っていますが、女性のほうはその気ではない、という少し切ない設定があります。
男「一人で過ごすクリスマスは寂しいよ(泣)」
女「早く彼女作りなよー(笑)」
男「もうこうなったら誰でもいいw」
女「誰でもいいんだw」
男「おまえでもいい(爆)」
女「ごめん無理w」
非常に感情のやり取りがあり、あまり誤解されない会話であると思われます。もしこれが何も感情を表す記号がなかったとしたら、以下のようになります。
男「一人で過ごすクリスマスは寂しいよ」
女「早く彼女作りなよ」
男「もうこうなったら誰でもいい」
女「誰でもいいんだ」
男「おまえでもいい」
女「ごめん無理」
非常に殺伐とした、今にもストーカー殺人に発展しそうな恐怖すら感じます。「もうこうなったら誰でもいい」なんて犯行予告に近いものがあり、婦女を襲うことすら連想させられます。「ごめん無理」に至っては救いがなさ過ぎる、こんなの受け取った日には自殺してもおかしくありません。
このように、前者の記号は感情の誤解を防止したり、会話の内容を重苦しいものにしないという働きをしているのですが、前述したように、心の狭い人はこの記号があるだけで怒り狂ったりする危険があるのです。「ごめん無理w」なんて受け取る人によっては「お前のような包茎は嫌だぜ!」と被害妄想の塊のような見下された印象を受ける可能性もないとは言えないのです。
そこで再度提案したいのは、動物を使った感情表現です。動物というのは大変素晴らしいもので、普段は鬼のように恐ろしい近所の爺さんでも、猫を見た瞬間に「ミケや?」と恵比寿の様な顔にする効果があります。これを利用しない手はありません。つまり、感情を表す記号を動物にすることで
男「一人で過ごすクリスマスは寂しいよ(シャケ)」
女「早く彼女作りなよー(マグロ)」
男「もうこうなったら誰でもいい(サーベルタイガー)」
女「誰でもいいんだ(チュパカブラ)」
男「おまえでもいい(ダチョウ)」
女「ごめん無理(タツノオトシゴ)」
男「やっぱりダメかあー(ヘラクレスオオカブト)」
女「私彼氏いるし!知ってるでしょ(ウーパールーパー)」
男「知ってるけどさあ(押尾学)」
女「ラブラブなんだから。イブも一緒に過ごすの(ニッポニアニッポン)」
男「そっかー、いいなあー(アゲハチョウ)」
女「だから早く彼女見つけなよ(アネハモトイッキュウケンチクシ)」
このように、非常に感情の起伏に富んだ、それでいて見た人も怒りださない素敵な会話が成立するのです。
ということで、冒頭の事務員さんからのメールも
「先日お願いした○○○の書類ですが、締め切りはとっくに過ぎています。早く提出してください。部長がものすごく怒ってますw」
ではなく、
先日お願いした○○○の書類ですが、締め切りはとっくに過ぎています(ミケネコ)。早く提出してください。部長がものすごく怒ってます(キリン)」
くらいだったら、意図するところも良く分かり、それでいて僕の琴線に触れない、非常にすばらしい督促になっていたのに、そこが残念でなりません。ということで、僕はこの事務員さんへの返信メールで
「申し訳ありません。忘れてました(シャケ)。すぐに作成して提出します(カジキマグロ)」
と返信し、さらには提出する重要書類の「プロジェクト計画書」の文末を
「・・・つまり、本プロジェクトは的確な効果が期待でき、さらには即効性の収益が期待できる。初期投資もさほど必要ないことから、早急にこの種の企画に着手する必要性を感じる(シャケ)」
と書いて提出しておきました。
皆さんも(笑)やらwやら、そんな感情表現は捨てて是非とも動物による表現を使いましょう。
ちなみに、提出書類は何が良くなかったのか思いっきり不採用になってました(オオアリクイ)。