冷凍庫の中の希望

冷凍庫の中の希望

最後の希望は冷凍庫の奥底だった。

先日、給料日前にして所持金が79円という、NHKのニュースキャスターがニュースの挟間に差し入れる小粋なジョークくらい笑えない状況に陥った僕は、あまりの空腹に耐えかねて冷蔵庫を漁ったのでした。

もしかしたら、過去の僕が、まだ経済的に豊かだった数日前の僕が、それこそ唐揚げ弁当ではなく調子に乗って特唐揚げ弁当を頼んでしまうほど余裕に満ち溢れた僕が、何らかの高級食材を冷蔵庫に残してくれたかもしれない。過去の自分からの素敵な贈り物。それを信じて冷蔵庫を漁りまくったのです。

こういった時の、いわば窮地に置かれた人間の行動原理とは本当に面白おかしいもので、どう考えてもありえない、と思うようなことを信じて平然とやってのけてしまいます。

例えば、僕はメインバンクの預金残高が3桁になると、日に3回ほど残高照会を行います。確かに僕の今の預金残高は数百円レベル。それは覆しようのない真実。しかし。もしかしたらどこかの叶姉妹みたいな大富豪が間違って大金を振り込んでいるかもしれない。銀行員が処理を間違えて残高が1万倍くらいになってるかもしれない。そうなった場合、訂正される前に瞬時に金を下ろしてしまうことが大切。そう信じて日々残高照会を欠かさないのです。

まあ、何年もそんなことを繰り返してるのですが、もちろん世の中ってそんなに甘くないですね。間違って大金が振り込まれたことなんてなく、張り付いたように動かない3桁の残高が不動明王のようにそこに鎮座しているだけなのです。

ですから、過去の自分が高級食材をストックしているはずなんてない、世の中そんなに甘くない、と分かっていたのですが、それでも希望と期待を捨てることができず、ゴロゴロと冷蔵庫の家宅捜索したのでした。

出てくるのはまあ、何のために購入したのだか分からない焼肉のタレですとか、いつ買ったのだか分からないマヨネーズの残骸。あと、「元気なピーマン」とか訳の分からない煽り文句の付いたビニールの袋だけという散々たる結果。予想はしていましたがこれほど酷いものとは。単体で食べられるものが何一つない。

これは致しかたないと、最後の希望を持って開けた冷凍庫。そこにはもっと酷いものがあって、霜が降りてエスキモーと化した氷点下の世界しかなかった。何か冷凍された魚類でもあれば最高だったのですが、そんなもの微塵もなく、霜と氷と雪見だいふくの空箱しか存在しなかった。冷蔵庫ってのは食材を保存するものと記憶していたのだけど、あまりの逸脱ぶりに自分でもビックリする。

さすがにこれは餓死も視野に入れねばならない、と思ったその時、僕は途方もない事実に気が付いたのです。

先日、お金の残金がいよいよ危険なリスキー領域に突入し、所持金が1000円札1枚を残すのみとなったその時、なんとかこの1枚の1000円札が2枚に見えるようにならないかと、折鶴を折る要領で1枚を2枚に見せる折り方を研究していたのです。具体的に言うとこんな折り方。

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なんと、これで1千円が2千円に。この要領でいけば年収が一気に2倍に跳ね上がってしまう、平成大不況を生き抜く効果的な財テクなのです。なにせ1000円が2000円になるんですからね。2000円札でやったら4000円ですよ。5千円札以上に至っては天文学的金額になるので怖くて計算できません。

株なんて目じゃない財テクを編み出してしまい、さすがの僕も少し怖くなったのですが、そうなると人間って際限なく欲を出すものです。今度は2倍じゃなくて3倍にチャレンジだ、と3000円に見える折り方を研究しだしたのです。

何度も折っては広げ、折っては広げを繰り返し、界王拳の如く3倍になる折り方を試行錯誤したのですが、何度も折ってると札がベロベロになってくるんですね。いよいよ耐え切れなくなった札がデロリと破れてしまいまして、見るも無残に野口さんが真っ二つ。とんでもない事態に陥ってしまったのです。

1000円しかない所持金を2倍にしよう、3倍にしよう、と夢見て色々とやったのですが、その1000円すら破れて使いものにならなくなる諸行無常の侘しさ。破れた札のフラクタルな陰影を眺め、夕陽の差し込む部屋で涙したものです。

さすがにこの2パーツに分かれた、別の意味で2倍となった1000円札をコンビニで「はい」と差し出すわけにはいかない。これでは最後の生命線すら絶たれてしまう。

そこで僕のCPUは鬼のように働きましたよ。確か、破れたお札は銀行で交換してくれるはず、と古の記憶を呼び覚まし、次の瞬間にはダッシュで銀行へと向かってました。

銀行に行くと、破れた札を差し出せばすぐに新しい札をくれると思ってたのですが、なにやら名前を書かされたり身分証明を求められたり、挙句の果てには手続きのために座って待てと言う要求。窮地に追い詰められてる僕が言うのもなんなんですけど、たかだか1000円で手続き多すぎ、待たせすぎ。こんなに面倒なら、3万円くらい持ってて余裕の時だったら交換なんてしませんよ。

そんなこんなで、椅子に座って待ちつつ、1000円が戻ってきたら2倍にするとかバカなことは考えず、弁当でも買って食おう。もしくは袋のラーメンを買えるだけ買って耐え忍ぼう。それが一番賢いやり方だ、と自問自答しながら待っていたのでした。すると、そこに途方もないクリーチャーが。

年の頃は20代中盤くらいでしょうか、ヒョロヒョロの体格に、どんな美白技術を施してもそこまで白くはならないだろ、と言いたくなるほどに白い肌、陰鬱な表情をした若者が袋を携えてフラフラと銀行内に入ってきたのです。

その若者は、入り口近くにあったATMを操作していたのですが、何やら思うように行かない様子。そのままフラフラと窓口にやってきて銀行のお姉さんと何か会話を交わしていたのです。

やばい、彼の一挙手一投足から目が離せない。そう思いましたよ。明らかに異様なオーラを醸し出すもやしっ子の彼。何かとんでもないことが巻き起こるのかもしれない。もう1000円なんてどうでもいい、この異常な事態を楽しまねばならないのだ。

もやしっ子は袋から何かを取り出すと、お姉さんに次々と渡し始めました。僕が座っている角度からでは何を渡しているのか見えにくかったのですが、なんとか体をよじって確認してみると、そこにはビタミンの錠剤を入れる箱だとか、何かのサプリメントを入れる瓶だとか、もしかしたらプロテインの瓶みたいなのもあったかもしれません。

ヒョロヒョロの彼が、そういったサプリメントだとかビタミン剤に頼り切っているのは分かるのですが、それらを銀行の窓口で出す意味が分からない。彼はもしかしたら頭の中ももやしっ子なのかもしれない。かわいそうな状態になっている子かもしれない、と事の成り行きを見守りました。

ここで僕の名前が呼ばれ、不死鳥のように1000円札が蘇ったのですが、もちろん僕は帰りません。死ぬほどお腹が空いてますが、銀行から出て弁当を買いに行くなんて野暮なことはしません。椅子に座ってじっともやしっ子の動きを観察していたのです。

次々とビタミン剤みたいな容器を窓口に並べるもやしっ子。明らかに異常な行動で通報されてもおかしくないのですが、何故か平然と、それどころか次々とそれらのビタミン剤の瓶を受け取って小脇に抱えていく銀行のお姉さん。本当に何も滞ることなく当たり前のように次々とビタミン剤の瓶を受け取っていくのです。

僕の記憶が定かだったならば、銀行とはお金を預ける場所だったはず。しかしながら、いつからビタミン剤を預ける場所になってしまったのだろうか。定期預ビタミン剤とかあって、利子が付いて100錠が101錠になっちゃったりするんだろうか、などと悶々と考えていたのでした。

しかし、その謎も次の瞬間に氷解します。なんか瓶を受け取った銀行のお姉ちゃんの所からザバー、ザバーと音がするのです。なるほど、あの瓶には小銭が入っていたんだ、と全てを理解しましたね。

力也は、その名前の力強さとは裏腹にヒョロヒョロで虚弱体質だった。仕事をしても長続きせず、極度のハードワークを終えて帰宅すると食欲もなく、ただビタミン剤やサプリメントを食するだけだった。

財布を買う金もなかった彼は、ポケットの中でジャラジャラする金をビタミン剤の空き瓶に入れ始める。今日は4円。明日は6円。

しかし、4つ目の仕事を首になって数日後、力也はいよいよ有り金が尽き果てた。高貴な紳士が間違って金を振り込んでないか残高照会を何度もする。高級食材が入ってないか冷蔵庫も漁った。しかし、いよいよ餓死も視野に入れねばならないとなった時、ビタミン剤に入れた小銭を思い出したのだ。数えてみると1円玉で1000円はある。これだけあれば何か食材が買える。

しかし、1000枚の1円玉をコンビニで出すのは恥ずかしすぎる。そうだ、銀行で札に変えてもらおう。そう考えたに違いありません。最初は恥ずかしすぎてATMで自分の口座に1円玉を入金、その後に引き出そうとしたのかもしれませんが、たぶん1000枚も入れたらATMが溢れてぶっ壊れると感じたのでしょうか、そのまま窓口に流れてきたに違いありません。

形は違えど、なんとか餓死を避けようとする男が一つの銀行で出会った。一方は破れた1000円札を、もう一方は小銭を1000円札に、二人に共通しているのは何とか餓死を避けて1000円を手に入れようとする気概、生への執着です。こんなヒョロヒョロのな彼だって、彼にとっては死ぬほど重い小銭を抱えて銀行に来てるんだ。

生き物全てに共通することですが、生への執着心とは物凄いものがあります。極稀なる例外を除けば、全ての生き物は生きることを前提に行動しているのです。これって当たり前すぎて分かりにくいのですが、実は凄いことなんですよ。

ぶっちゃけると、僕ももやしっ子も餓死しそうなら餓死してしまっていいのです。コロッと餓死してしまっていいのです。しかし、それを思い留まらせ、餓死しないために全ての手段を講じる、破れた札やビタミン剤の瓶を持って銀行に押し寄せる大いなる意志が僕らの中には存在するのです。

それはきっと、自分の子孫を、自分のDNAを後世に残そうとする働きなのかもしれません。そう、血を繋ぐために僕らは必死に今を生きてるんだ。僕のようなカスだって、今にも死にそうなヒョロヒョロのもやしっ子だって、遺伝子を残すために必死で生きてるんだ。

と、もやしっ子のビタミン剤貯金から命の鼓動の偉大さを学び、真新しい1000円札を手に銀行を後にした僕は、全ての問題を根本的に解決し、悠々と子孫を後世に残せるよう、宝くじ売り場に行って1口200円のロト6を5口買ったのでした。4億円目指して。すごいよな、生きようとする力って。

宝くじの結果?当たってたら今頃冷蔵庫を漁ったりしているはずがない。

なんとか食べられるものがないか霜と氷にまみれたエスキモーな冷凍庫の奥底を漁った結果、氷を作るコーナーの下のほうから冷凍されたイカの切り身みたいなものがカチンカチンになった状態でビニールに包まれて発見されました。

これは食い物かもしれない!とレンジでチンして回答した結果が、ドロドロの液状のものになり、なっていうかその、見紛う事なき僕の分身たちでした。

そういえば、1年くらい前、冷蔵庫を手に入れた時に、僕にもしものことがあった場合、コレを解凍して僕の子孫を作って欲しい、という切なる願いから精子を冷凍保存をしたのを忘れてました。15回分くらいは冷凍されてた。こんなもん食ったら栄養ありそうだけど気持ち悪い。

すごいよな、子孫を後世に残そうとする力って、死んでもいいように冷凍保存までさせちゃうんだから、と思いつつ、今日はスーパーの試食コーナー荒らしとしての才能をいかんなく発揮するのでした。是非とも、この才能も子孫に受け継いで欲しい。

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