マーカ・ブーチャ

マーカ・ブーチャ

11月16日がやってきた。

人生においてこれほど意味がある日があっただろうかと思うほど、僕はこの11月16日という日付に注目していた。11月16日、格闘技風に言うと11・16、この日に何が起こるんだろう、と数ヶ月前から期待でいっぱいだった。

そもそも、僕らのチンケな人生において意味のある日と言える日付が何日くらい存在するのだろうか。入学式、卒業式、成人の日、そんな誰かが用意した儀式の日付が重要だなんて口が裂けても言えない。生まれた日が重要だとも、死ぬであろう日付くらいは重要だろうと思いそうにもなるが、そもそも歴史的功績を残すわけでもなく、死後1年もしたら誰も覚えてないであろう自分の生まれた人と死んだ日が重要だなんて思えない。

そうやって考えると、重要な日なんてほとんどなくて、ましてや数ヶ月前から「この日が来たらどうなっちゃうんだろう!」と注目するほどの日付なんてそうそうあるはずがない。そんな中にあって、僕は11月16日という日付に並々ならぬ期待を抱いていた。

僕の職場には3ヶ月くらい書き込める日付入りのホワイトボードが存在する。1から31までの数字が枠の中に振ってあって、その横に空欄が存在する、言うなればスケジュール管理用の大きなホワイトボードがある。

これは物忘れが激しい僕のために特別に配備された備品で、ここに会議の予定だとか書類の提出期限、納期などを書き込むようになっている。社運と僕の人生を賭けたような重要な会議をド忘れし、家に帰って鼻くそほじりながらハンターハンターを読んでいた僕のために急遽用意された逸品だ。

10月30日 日曜日
10月31日 16時から企画会議
11月01日 ○○納期 期限厳守
11月02日 出張 ○○へ ちゃんとした服装
11月03日 ヒマ
11月04日 健康診断

ちょろっと例を書き記すとこんな感じになっていて、自分の予定を忘れないように思い思いにペンで書き込むようになっている。これのおかげで会議すっぽかしが減ったのだから人類の知恵とは余程に偉大なものだと痛感する。

あれは9月も中旬に差し掛かった日のことだった。何気なしにホワイトボードを眺めていると、その中に異様な書き込みが存在するのに気が付いてしまったのだ。

このホワイトボードは3か月分書き込める仕様になっており、9,10,11月分の予定が書き込まれているのだけど、明らかに11月中盤の予定がおかしい。普通なら会議とか納期とかお堅い予定が名を連ねているのだけど、ちょうどその部分には、

11月13日 日曜日
11月14日 全体会議10時から
11月15日 保険証とハンコを持ってくる
11月16日 レイザーラモン鈴木
11月17日 ○○納期&○○○納期 5時まで
11月18日 ○○締め切り 総務に提出

11月16日 レイザーラモン鈴木。

いやいや、おかしい。おかしすぎるじゃない。なんで仕事の予定がビッシリ書き込まれたホワイトボードにこんな一瞬で消えかねない芸人風の名前が書いてあるんですか。予定がレイザーラモンって何だ。そもそも何で鈴木なんだ。

この予定表は文字通り僕専用で、僕以外の人間が見ることも書き込むこともないわけで、そもそも僕の筆跡なわけで、間違いなく僕が書き込んだはずなんですけど、何を考えて僕がこのようなことを書いたのか皆目思い出せない。一体16日に何があるのか。

仕事以外の予定をここに書き込むはずがないのですから、間違いなく仕事関連の何かであるのでしょうけど、その内容が思い出せなさ過ぎる。

もしかしたら本当にレイザーラモンが職場にやってきて「残業フォー」とかやるんじゃなかろうか、と一瞬考えたのですけど、それだと鈴木の部分が解決しない。謎過ぎる、いったい11月16日に何が、と一人でワクワクしていたのです。

自分の予定を自分で書き記した予定表であるはずなのに、その予定に謎の部分が存在する。全く持って意味ないのですが、それでもこの「レイザーラモン鈴木」は僕の日常における一服の清涼剤となったのでした。

締め切りがきつくて泣きそうな時も、会議の準備が深夜に及んで盗んだバイクで逃げ出したくなった時も、夜の会社窓ガラス壊して回りたくなった時も、11月16日に何が起こるのか見届けるまで挫けてはならない、と自分を励まして頑張ることができたのです。

そしていよいよ問題の11月16日がやってきました。一体この日は何が起こるのか、どんなイベントが巻き起こるのか。朝からワクワクしながらデスクに向かっていたのですが、一向に何か置きそうな気配がない。いよいよ廊下ですれ違った同僚に「ボーナス15%カットフォー!」とかやろうとも思ったのですが、あいにく僕はそんな芸風でもない。

昼休憩が過ぎ、何も起きない状況にイライラしている時、一つのイベントが起きたのです。

僕の職場を訪ねてきた得意先の会社の人。少し小太りなその人がえびす顔で山ほどの書類を抱えてやってきたのです。一瞬、この人がハードゲイで鈴木って名前なのかな?あの予定はこの人が来ることを表してたのかな?とも思ったのですが、その人はゲイな雰囲気もしなければ鈴木と言う名前でもない。これはあの予定とは違うんだと感じました。

「先日お伺いした時に、ほんの触りの部分を話し合ったわけですが」

なにやら企画書みたいなのを取り出して淡々と説明する得意先の人。この人に2ヶ月前に会った?僕が?と謎めく思いを抱えながら説明を聞いていたのです。すると、途方もない事実に気が付いてしまったのです。

あ、この人、パパイヤ鈴木に似てる。思い出した!2ヶ月前に会った時、あまりにパパイヤ鈴木に似てるものだから心の中で勝手に鈴木って命名したんだった。

小太りな体格、あまりにファンキーな髪型、顔の感じまでパパイヤ鈴木の生き写しと言っても過言ではない彼は淡々とプロジェクトの説明をしていました。

コイツが2ヶ月前の僕の心の中で「鈴木」と命名されたとなると、やはり予定表の「レイザーラモン鈴木」の「鈴木」の部分はコイツが訪ねてくることを表しているに違いない。となるとレイザーラモンの部分にも何かあるはずだ。

彼のレイザーラモンな部分を探そうと、デスク越しに彼が不自然に腰でも振っていないかと確認するのだけど振っている様子はない。まさか本人に直接「ハードゲイですか?」と聞くわけにもいかない。何かあるはずだ、2ヶ月前の僕にレイザーラモン鈴木と書かせた何かがきっとあるはずだ。

その時、衝撃の事実に気が付いたのです。

企画の説明を懇切丁寧にしてくれてるパパイヤ似の彼。どうにもこうにもその語尾がおかしい。

「ですから、この点を考慮すると非常に優位性があると言うわけなんです。フォー。」

「そうですね、他者に比べて当社の方がコストの面でも優位だと言えます。フォー」

いやいや、おかしいじゃない。おかしすぎるじゃない。と思うのですが、なんか彼、語尾にフォーが付くんです。完全に「フォー」って言い切ってるわけじゃないんですけど、喋り終わる度に息継ぎみたいな感じで深く呼吸をされるんですけど、その呼吸音がモロにフォーなんです。分かりやすく説明すると、ウォーズマンの呼吸音が「コーホー」ではなく「フォー」だった感じ、全然分かりやすくない。

これで全ての謎が氷解しましたよ。じっちゃんの名に賭けて謎は解けましたよ。彼の呼吸音からレイザーラモンを連想し、外見があまりにパパイヤ鈴木に似てるから「レイザーラモン鈴木」と11月16日に書いた。そういうことだったのです。

そんな小粋なことをお堅い予定表に書くなんて、2ヶ月前の自分もなかなかニクイ演出するなあ、と感心しておったわけなんですが、

「で、本日は2ヶ月前にお約束した、そちらの企画書を頂きたいのですが」

という衝撃のセリフ。ハードゲイの衝撃の告白。いやいや、そんなの1ミリもできてませんがな。というか、アンタが来るのすら忘れてたのに、書いてるはずありませんがな。

という衝撃の展開になったのでした。まさか、「忘れてました、1ミリも書いてません」とカミングアウトするわけにもいかず、「いやー、まだちょっと細部を詰めてる段階で、次回にお渡しします」と誤魔化しておきました。

仕事の話も終わり、なんかかれと雑談しながら予定表の話に及び

「あ、いいですね、こういう予定表。ウチにも欲しいんですよね。この11月16日のレイザーラモン鈴木ってなんですか?」

とすっごい気さくな感じで聞かれたのですが、まさか「お前のことだよ」と言うわけにもいかず、「ああ、そういう企画がありまして」と物凄い苦しい言い訳をしたのでした。

物忘れをしないように導入された予定表だったのに、その書いた内容すら忘れて、おまけにその内容の謎解きに夢中になって大切な企画書のことを忘れ去る。一体何のための予定表なのか皆目分かりません。

そもそも覚えておかねばならない重要な日付などこの世にはほとんど存在しないのです。ホワイトボードの予定のように書いては消して書いては消しての繰り返し、僕らが生きた後には何も残らない。だったら最初から忘れてしまえばいいのです。

と、自分を励ましながら、レイザーラモン鈴木に要求された企画書を涙ながらに徹夜で作成するのでした。「残業フォー!」と一人オフィスで叫んで自分を励ましながら。

次は12月21日に「B'zのギターのほう」とだけ書かれた予定が存在します。全く何のことなのか分かりませんが、今から楽しみで仕方ありません。

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