LADY NAVIGATION

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ちょっと僕のセレブな私生活を自慢するようで恐縮なんですけど、先日、車を買ったんですよ、車。しかもミニカーとか三輪車じゃないですよ、正真正銘、嘘偽りなしにその辺を走ってる自家用車ですよ。

なんで急に車なんか購入したかって言うと、僕が住んでいる地域は未だに戦後の闇市とか存在しててもおかしくない過疎地なわけでして公共交通機関が発達してない。買い物にも車、ウドン食いに行くのにも車、仕事に行くのも車、とまあ車がなくてはならない必須アイテムになってるわけなんですよ。

それでまあ、前に乗っていた車が天に召され、悲しみの中荼毘に付されたわけなんですけど、彼の晩年はそれはもう凄かった。ブレーキが効かないとか当たり前、シフトレバーが勝手に動くとか、冷房入れたら熱風が出てくるとか、あと車内から正体不明の腐乱死体みたいな匂いがプンプンしててたりして、色々な意味で末期的だった。

最終的にはエンジンがかからなくなった時点でお陀仏になったのだけど、そこからがもう凄かった。歩いて近場のカーディーラーに行ってですね、まるで八百屋でトマトを買うかの如き気軽さで豪快に車を買ったんっすよ。

「いらっしゃいませ、今日はどんな車をお探しで」

「これ、ください」

ですからね。普通は見積もり出してもらったり試乗したり、他社の車も考えてることをほのめかして値引きを巡って骨肉の駆け引きがあったりするものなのでしょうけど、限りなく豪放に購入。しかも車種とか決めてなくて、飾ってあった車を「それ」と指名しました。豪放にも程がある。

さすがに、その場で乗って帰るってことはできなくて、なんか納車まで一ヶ月近くかかってヤキモキしたんですけど、先日、ついに納車。カーディーラーまで歩いて車を受け取りに行ったら、ディーラーの人が満面の笑みでね、花束とかくれちゃったりする始末。おまけに「記念撮影しましょう」とかトチ狂ったこと言い出しやがりましてね、新車の前で花束持って引きつった笑みの28歳男が仁王立ちという、とんでもなく面白い絵図の写真が取れてました。ご丁寧にパネルに仕上げてくれたもんだから、速攻でゴミ箱に捨てた。

それでまあ、新しい車を乗り回しているわけなんですが、やっぱり新車はいいですね。何が良いって新車の臭いが良い。間違いなく腐乱死体の臭いよりいい。全てが新しいのが良い。正にユアフレッシュ!と叫ぶほど快適なのですが、それ以上に素晴らしいのが今回初めて導入したカーナビゲーションシステム、略してカーナビですよ。

人類の科学力ってのは進歩したものですね、これさえあれば今、自分がどこにいるのか一目瞭然、おまけに地図も入ってるから道に迷う心配もなし、ついでにテレビやDVDまで観れちゃったりするんですから、まさに盆と正月が一緒に来たような便利さですよ。

そういえば、去年くらいにカーナビどころか地図すら持たずに全国60ヶ所を車で周って自費出版本を売り歩いた危篤で奇特な人がいるらしいんですけど、なんか「道に迷いすぎて死ぬかと思った」とか言ってました。そういう人こそカーナビをつけるべきですよね。

でまあ、カーナビってのは確かに未来から来たネコ型ロボットかと思うほどに便利な代物なんですけど、購入してから気がついてしまったんですよね。うん、気づかないフリしようかと思ったんだけど、さすがにアレなので言わせてもらう。

便利な便利なカーナビ、すごく高価でハイテクなマシンなんだけど・・・。日常生活で使う分には全く必要がない。ビックリするくらい必要ない。

よくよく考えてみてくださいよ。普通、日常生活で車を使う時なんて、毎日の通勤やら買い物、あと近所の潰れそうなパチンコ屋に行く時くらいですよ。そんな場所に行くのにカーナビが必要だなんてボケ老人くらいのもんですよ。

ですから、折角高い金払ってカーナビを搭載したと言うのに、実際には全く機能を活かすことができず悶々とした日々を過ごしていたわけなんですが、つい先日、とうとうというか、いよいよというか、このカーナビゲーションシステムを活用するチャンスが巡ってきたのです。

仕事の出張で、車で5時間くらいかかる遠方の場所まで行ってこいと命令されましてね、普段なら「通風が痛むから」とか嘘8000の理由をつけて断る仕事なんですけど、さすがにカーナビの威力を発揮するチャンスだと思いましてね、二つ返事で引き受けましたよ。

仕事用の書類を真新しいトランクに積み込みカーナビのセットをしていざ出発。一度も行った事ない場所ですので物凄い威力を発揮するものと思います。意気揚々とハンドルを握り仕事場を飛び出しましたよ。

「ポーン、500m先交差点、右折です」

軽快にナビゲートし始めるカーナビ、これですよ、これ。いよいよカーナビの本領発揮といったところ。なんだか無性にワクワクしてくるではないですか。高い金出して買ってよかったと思いつつカーナビの便利さに舌鼓。満面の笑顔で国道をひた走っていたのですが、なんかちょっと、ここから様子がおかしいんです。

「ポーン、2km先交差点、右折です。目印はコンビニです」

おお、曲がる場所の目印までアナウンスしてくれるのか!こいつはすげえなあ!絶対に迷わないよ!と思いつつ車を進めていったのですが、どこの交差点を見てもコンビニらしき物が見当たらないんです。

いやいや、カーナビのデーターってのはリアルタイムに最新なわけじゃありませんから、潰れてしまったコンビニとか反映されていない可能性があるんですけど、それでもコンビに跡地くらい残ってそうなものじゃないですか。でも、どこ見ても太古の昔から畑でしたっていう場所しかないの。コンビニがあった形跡すら見出せない。

このカーナビ、ちょっと頭悪いんじゃ?

そんな一抹の不安が心の中に芽生えた瞬間でした。

で、さらに進んでいくと、どうにもこうにもガソリンの残量が残り少なくなってきやがりまして、ガソリンスタンドに行く必要がでてきたんです。

「周辺検索」から「ガソリンスタンド」を設定、すると周囲にあるガソリンスタンドをナビが適切に案内してくれるんです。死ぬほど便利、心地良いほど快適。

でまあ、ナビが案内するとおり、スタンド目指して走っていたのですが、なんかコイツ、潰れて朽ち果てたスタンドにしか案内しやがらないんです。4つくらいガソリンスタンドを案内してもらったんですけど、全てが雑草が覆い茂るトマソンと化してましてね、どんな奇跡が起こっても給油できそうにないんです。

「おいおい、お前、わざと潰れたスタンド教えてるんじぇねえの?」

「次の交差点、左折です」

といいう心温まる会話を交わしつつ、スタンドを目指すんですけどガソリンが残り少ない。そうこうしていると、営業しているガソリンスタンドを自力で発見しましてね、ナビなんて毛ほども役立たないといった風情で給油したんです。

今や僕の中でのナビに対する信頼度は地に落ちたも同然なんですけど、それでもナビなしで知らない町になどいけません。大丈夫かよーと思いつつも彼の指示に従って進んでいきます。

「ポーン、次の交差点、右折です」

そうこうしているうちに運命の選択がやってきました。山の中の田舎町にある交差点なんですけど、左折すればそのまま国道で、目指すべき町に到着できます。道路標識も左側が目指す町であることを示している。なのに、カーナビは右折しろと指示。

右折の方は見るからにショボそうな道で、本当にこれが正規のルートなのか疑いたくなる代物、途中で舗装がなくなってもなんらおかしくない佇まいでした。

間違いなく左折するべき場所でカーナビが右折を支持した。普通なら「カーナビが地元の人しか知らないような近道を教えてくれたんだな」と迷わず右折するのでしょうが、どうにも僕のカーナビは頭脳がよろしくないらしい。かなり信頼がおけないので迷ってしまいます。

「最後に一度だけ、お前のこと信じるからな・・・」

腐っても鯛、バカでも機械、ということでカーナビを信じて右折することに。で、その見るからにショボい道路を突き進んでいくのですけど、どんどん様子がおかしくなっていくんですよね。

道路がどんどん細くなっていくし、舗装も雑になってくる。それどころか目に見えて人家の数が減ってきましてね。この先に目的の街があるとは考えにくい。なんか魔物が出る洋館を目指しているような風情がするんですよ。

「おいおい、本当に大丈夫かよ」

「ポーン、この先、しばらく道なり直進です」

どう考えてもこのナビはおかしい。おかしすぎる。まさか人里離れた山奥まで俺を連れて行き、そこでレイプする気じゃなかろうか。山奥までドライブし、そこで豹変、やらせるか、ここで降りて歩いて帰るかどっちか選べ!そうやって女性に暴行を加える野蛮な男性がいると聞きます。まさか、このナビもそうやって僕の熟れた肉体を付け狙っているのでは・・・。

「まさか、おまえ、俺の肉体を・・・」

「ポーン、この先、しばらく直進です」

「そうやって俺の体は奪えても、心までは奪えないんだから!勘違いしないで!」

「ポーン、この先、しばらく直進です」

「やるならやってみなさいよ!」

「ポーン、この先、しばらく直進です」

とまあ、機械と本気で会話する少々頭の可哀想な人みたいな素振りを見せつつナビの言うとおり進んでいったのですが、周囲はさらに過疎化の極みみたいな状態に。

雑草の背丈の高さがシャレにならないレベルですし、舗装してあるんだかしてないんだか、分からないレベル。おまけに遠くのほうには小学校の分校が見える始末。おいおい、本気で山奥に拉致されるんじゃないか。カーナビによって拉致されちゃうのか、と不安になりました。

さすがに日も傾いてきて、出張先との約束の時間も迫ってきています。本当にこの道で合ってるのかよ!とイライラしちゃいましてね。

「おい!本当にこの道で良いのか!?」

「ポーン、この先、しばらく直進です」

「そればっかりじゃないか!なんとか別のこと言え!遅れるじゃないか!」

「ポーン、この先、しばらく直進です」

「ムキー!ぶっ壊すぞ!お前っ!何とか言いやがれ!遅れる!遅れる!」

「ポーン、運転時間が長時間です。休憩を取ってください」

「ぶひいいいいいいいいいいいいい!」

もう、ほんとにバカにされてる感じでしてね、本気で画面をベリベリ剥ぎ取ってぶっ壊してやろうかと思ったんですけど、カーナビの言うこともごもっとも。長時間運転しすぎたので車を止めて休憩することにしました。

もっと気の利いたドライブインだとか案内して休憩させればいいものを、山の中の田んぼと草木しか存在しない場所で休憩。車を降りてブツブツと、なんでアイツはこんな道を案内するんだ、何もないじゃないか。左折して国道行ったほうが絶対に早かったはず。なんちゅうバカなんだ。ホント、ぶっ壊してやる、すげ高い金出して買ったけど、あんな機械、家に帰ったら火炎放射器で焼き払ってくるわ、とか愚痴をこぼしてました。

で、長時間座ってて痛んだ腰を伸ばそうと、視線を上げたその瞬間でした。

目の前には見たことないような綺麗な夕日が。山と山の合間から覗く夕日が計算しつくされたかのように美しく、僕に向かって光の筋を照らしてるんですよ。で、それと同時に澄んだ空気の僅かばかりの風が木々の青々しい香りを運んできて至極爽快。なんか、子供の頃に日が落ちるまで外で遊んだ時の夕暮れのような、そんな感覚にさせてくれる雄大な景色がそこにあったのです。

時間に追われ、仕事に追われ、全てが合理的で効率が良いものでないと納得できない昨今、僕らは何かに追い回されてアクセクと動いているように感じます。この景色にはそんな僕らを戒めるような、ゆったりとした何かがあったのです。

「まさか、お前・・・俺にこの景色を見せたくて・・・」

買ったばかりの新車とカーナビは、微笑むように佇んでいました。

「ありがとう。もう大丈夫だ。さあいこう。おっとその前にトイレしなきゃ。なあに時間なんてどうでもいいよ、マイペースで行けば良いのさ、マイペースで」

カーナビの粋な心遣いに己を取り戻した僕、焦ることなくトイレを済ませてから出発しようと思い立ちました。さすがにトイレなんて文明の利器はないほどの何もない田原ですので、そのへんの小川で立ちションベン、俗に言うスタンディング小便をしたわけですが。

「おーすげえ、剥けてるぜ!」

「モジャモジャだー!」

分校に通う小学生でしょうか、数人のガキどもが川の向こう側から僕の立小便を見てました。女の子もいて、顔で目を覆っていたけど間違いなく指の間から見てた。死ぬほど恥ずかしい。どう反応していいか分からず「げへへへ」と笑ってしまったのも変質者的で頂けない。

バカなカーナビのせいで変な道を指示されて莫大な大回り、出張先には大幅に遅刻、おまけに小学生に排泄の決定的瞬間を見られ人間としても最底辺。よくよく考えると到底払えるとは思えない地獄の3年カーローン、別名借金。役に立たないカーナビよりも、誰か僕の人生をナビしてください、と思いながら家路へと向かったのでした。

ちなみに、帰り道は土砂崩れの復旧工事で不通になってる道をナビされました。このカーナビは即刻叩き壊します。アイオエヌ!と叫びたい気分だぜ。

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