強く儚い企業戦士

強く儚い企業戦士

「よろしく頼むよ、期待してるから」

僕は言うまでもなく企業戦士なわけで、日々、ドルやユーロの相場、原油価格などにピリピリするほど大車輪の活躍なわけですが、そういった最前線の仕事だけでなく、クソの様な雑用も頼まれてやってりするわけです。

直属の上司には、「娘の誕生日プレゼントを買って来い」とか命令され、泣く泣くファニーな小物屋に行ってシャンプーの匂い漂う女子供の中で仁王立ち、涙目になりながら熊さんの小物をプレゼント用に包んでもらったりし、これって仕事じゃなくてパシリやんと思いつつも、泣く泣く領収書を頂戴するのです。

僕は根っからの「よっしゃー、どんとこいやー」的な気質のある人間ですので、頼まれたら断りにくいという一面があるんです。例えその頼まれ事が自分の力量を大きく超えた無理難題であろうとも、死ぬほど恥ずかしいお願いであろうとも、とりあえず引き受けてしまう、安請け合いと言ってしまえばそれまでですが、そういった厄介な性質があるのです。

人間関係というものは信頼で成り立っている部分が多分にあります。人を頼りにすることは比較的容易で簡単で、「頼むよ」と頭を下げれば済む話なのですが、人に頼りにされるってのはなかなか難しいのです。まさか「俺を頼ってくれ」と言って回るわけにもいきませんから、他者から「頼むよ」とお声がかかるのを待っている状況、言うなれば、それが他者から見た自分の信頼度に繋がるのです。

やはり、信頼のおけない人物に仕事を頼むわけにはいきません。それこそ、いくばくかは信頼できる人間に仕事を頼むわけですから、「頼むよ」の言葉は信頼の言葉だと受け取るべきです。「頼むよ」と頼りにされるのは信頼されている証、それを名誉に感じてドーンとやる、なんでもどうぞ的な間口の広さが必要なのです。

面倒臭いと思うこともあるでしょう。何で俺が、別の奴に言えよ、と思うこともあるでしょう、けれども「頼むよ」は信頼の証だと受け取ってハキハキと引き受ける、その心意気こそが大切なのです。

先日のことでした。

僕の直属の上司ではない別の上司に呼ばれ、「なんだろう?」と戸惑いつつもその上司の部署へと出向きました。行くと、その上司が神妙な顔つきで僕にこう切り出すのです。

「実は、pato君に頼みたい仕事があってね」

これですよ、これ。部署を超えて別の上司が僕を頼って仕事を依頼してくる。言い換えるとこれは僕にしかできない仕事というわけ。この「頼むよ」こそ正に仕事に生きる男冥利に尽きると言えるではないですか。

「はい、僕にできることならなんでもしますが」

僕も上司の期待に応えようと瞬時に承諾。これぞ信頼関係の上で成り立つ男の仕事、僕はこの人の期待に応えなければならない、持てる力の120%を出し切ってその依頼、受けて立ちましょう、と意気込んだ訳なんです。

で、そんな信頼おける僕に一体どんな仕事を頼むんだい?と仕事の内容を説明してもらったのですが、何やら様子がおかしいんです。

ウチの職場では、就職活動に燃えてウチを訪問してくる学生さんに向けまして会社の概要みたいなものをまとめた冊子を配ってるんですよ。やれ、理想の職場環境だとか、夢を叶えることができる職場だ、とか嘘8000の煽り文句が心地良い冊子なんですけど、それに「先輩の声」という先輩から若人にメッセージを送るコーナーがあるんですよね。

白黒のページに顔写真付で遺影みたいになってるんですけど、偉大なる先輩社員がそれはそれは満面の笑みで写ってましてね、「君たちの挑戦を待つ!」とか最近の格闘ゲームでも言わんようなこと言ってるんですわ。

で、上司は昨年バージョンのその冊子を差し出してくるんですわ。その瞬間に思いましたよ。ああ、僕に「先輩の声」コーナーを執筆しろというんだな、と。

そうなったら僕も腕まくりしましてね、「文章なら任せんかい」と鬼のような勢いで執筆、就職に燃える若人を恐怖のズンドコに叩き落す文章を書いてやるぜと意気込むわけなんですよ。でもね、なんか様子がおかしいんです。

「いやー、今年から経費削減でね、外注に出してたこの冊子を独自に作成することになったんだ」

デザインやらレイアウト、イラストに至るまで専門家に任せ、そしてそれをドコッと印刷する手法を採っていたらしいんですけど、これも不景気の煽りなんでしょうね、経費削減で自分らで作ることになったみたいなんです。

「それでね、ちょうどこれが原稿になるんだけど、この部分空白でしょ、ここにさ、勢いのあるイラストを入れたいんだよ」

差し出されたペラペラの紙には見事にA4用紙の半分くらいでしょうか、空白が空けてあるんですよね。で、見ると僕が期待していた「先輩の声」コーナーは執筆済みで、何の面白味もないことが書かれてました。

イラスト分として空けられたスペース。僕が文章を書くと予想していた「先輩の声」コーナーは埋まっている。そして仕事を頼みたいという上司。これらの事象から推察するに、まさかまさかと思うのですが・・・。

「ここのイラストをね、君に描いて欲しいんだよ」

ちょっと奥さん、聞きました。なんかこの人、僕にイラスト描けとか言うてるんですわ。この僕に。何を食って育ったらこういう思想に至るのか知りませんけど、どうも描けと言うんですわ。これにはさすがの僕もボボボーボ・ボーボボと言って震えるしかない。

「いや、あの、イラストとかはちょっと・・・」

と、僕も僕で専務の娘(ブス)との縁談を持ちかけられた時みたいにマゴマゴしてたんですけど、どう考えても本気でおかしいんですよね。なんで「イラストを描く」という仕事が持ち上がった時に僕に白羽の矢が当たったのか、色々考えるんですけど全然検討もつかない。

「えっと、何で僕なんですか?」

と思いの丈をぶつけてみましたところ。驚愕の事実が。

「事務の子に聞いたんだけど、イラストとか絵描くの得意なんだって?だからお願いしようと思って」

いや、ちょ、おまっ・・・!なんだよ、僕がイラスト得意だなんてどういった種類のガセネタだよ。こんな情報化社会において、こういったデマが流布される、とても恐ろしいことだと思います。

僕は自慢じゃないですけど、イラストなんてこれっぽっちも得意じゃないですし、「得意だぜー」などと触れ回った事もございません。なにせ、昔、サイトで書いた僕のマンガが、

漫画1
漫画2
漫画3
漫画4
漫画5
漫画6
漫画7
漫画8
漫画9
漫画10
漫画11
漫画12
漫画13
漫画14
漫画15
漫画16

これですからね。口が裂けてもイラストが得意だなんて言えそうにもない。その辺のサルに描かした方がまだリアリティあるイラストですよ。

このままでは折角の冊子が取り返しのつかない未曾有の展開になってしまいます。それこそここは「イラストは全然ダメなんで」と辞退しましてね、他のイラストが得意な人に任せるってのが筋なんでしょうけど、あいにくそういうわけにはいかないんですよね。

仕事に生きる男にとって、上司の命令は絶対なのです。上司が白といえば黒い物でも白。太平洋戦争に行ったウチのお爺ちゃんが言ってましたけど、上官の命令にはYesと答えるしかなかったそうです。戦時中にYesとか敵国の言葉使うのかよとか思ったのですけど、とにかくそういうことみたいです。

それに「頼むよ」と任された仕事なのです。それは他ならぬ僕への信頼ですので、それを無下に断るわけにもいきません。頼まれたことを誇りに感じて引き受ける。人はこういう場合には「何で俺が、別の奴にやらせろよ」と思うものですが、そう思った時ほど引き受ける物なのです。

「わかりました。とりあえず描いてみます」

凛として答えましたよ。ああ、俺が描いてやる。とんでもなくハイパボリックで異次元の、期待に沿えるようなイラストをソウルフルに描ききってやる。希望に燃えてウチを訪れる若人を恐怖のズンドコに叩き落してやる。そう決意してギュッと唇を噛み締めました。これが他者の期待に応える男の姿ですよ。

「躍動感のある感じの、羽ばたくようなイラストがいい」

「情熱的なイラストが欲しい」

「奮い立つようなのが欲しい」

とまあ、上司の要求は凄まじいものでした。CDショップで「オレンジのついたやつください」と言いながらジャケットの写真だけでCDを探そうとする人並みのアバウトさなんですけど、それらを満足するイラストを描ききってこそ期待に応えるということだと思います。

来る日も来る日も、それこそ苦悩する画家のようにイラストを描く日々が続きました。自分に厳しく、あえて自分にダメ出し、何度も何度も描いた作品をボツにして上司の要求を満たす情熱大陸みたいなイラストが完成しましたよ。

画像

さすがにこれには、色々な方面でギリギリchopと言わざるを得ない。

まず初めに、左側の鳥っぽいヤツは、説明するまでもありませんね、鳳凰です。これで躍動感と言うか羽ばたく感じを表現してみました。で、次がちょっとトンチが効いてるんですけど、右側のセクシーな女性はインリンオブジョイトイです。これがM字開脚で情熱的というポイントをクリア。それと同時に、これを見てると男性なら下半身が疼くと思うんですけど、それによって「奮い立つ」というポイントもクリアさせていただきました。そいでもってトドメとばかりに躍動感あるフォントで「来たれ!若人!」とズババーンと殺し文句。

メッセージ性十分、なんというか、視覚だけでなく心の奥底のチャレンジしたい欲求と言うか、若者が持っているチャレンジしたいんだけど何を頑張ったらいいのか分からないというモヤモヤした感情に訴えかける仕上がりになっています。

でまあ、これを意気揚々と上司に提出、A3の紙に印刷して提出したんですけど、なんかワナワナと震えていました。

「頼むよ」とい信頼を受けて描ききったイラスト。その出来を見て「おいおい、頼むよ・・・」という別の意味の「頼むよ」を言われて信頼を失った僕。見事にイラストはボツになり、クシャクシャにして捨てられました。そう、僕への信頼と共に。

企業戦士って辛いものだよな。

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