BAD COMMUNICATION

BAD COMMUNICATION

「藤井さんはな、すごい人なんだぞ!」

訳の分からないメールが来ることがあります。全く見覚えのないアドレスから訳の分からない時間に送られてくるメール。開くと「藤井さんはすごい!」という内容。藤井さんって誰だよって思いながら途方に暮れること山の如し困惑すること風の如しです。

僕の携帯電話には日に50通ほどの宣伝メールが届きます。出会い系サイトやら詐欺サイトの宣伝目的で送られてくるメールは数多く、中には間違いメールを装って送信してきて受信者の興味を惹き、それからじっくりとめくりめく詐欺ワールドに引きずり込む手法があるようです。

「幸子です。明日の飲み会どうする?ここなんかどうかな?http://(詐欺出会い系サイト)」

こうやって詐欺てんこ盛りのサイトに誘導する手法は一般的で、現実社会に生きる男性の孤独と下心、心の隙間に突け込んだ電脳的詐欺といえます。

「あゆみです。今日は主人がいないの、どうしたらいいのかしら?」

「いろいろなエッチに興味あるな!教えて!」

「家出してきちゃった!今夜泊めて〜」

なんて肉欲的なメールがドッカンドッカン来たりするのです。最初はこの藤井さんメールもそういった類の間違いメールを装った宣伝メールだと思いました。最初に興味だけ惹いておいて徐々にサイトに誘導する、その類のものだと思っていました。

けれどもね、よくよく考えてみるとおかしいんですよ。何か一点だけどう考えてもおかしい部分がある、そう言わざるを得ない箇所があるんです。

こういった数多くの誘惑メールは、最終的に詐欺を行うサイトに誘導、モロッと引っ掛けて大金を得るのが目標です。当然のことながら、引っかかりやすいように仕組むのが大前提です。つまり、最初のメールの段階で例に出したように性的何かを連想させるキーワードが盛り込まれているのが普通なのです。

上のメールでは「飲み会」「主人がいない」「エッチ」「家出」、どれもこれも性的エトセトラを連想させるダイナマイトキーワードにです。他にも「セックスレス」「彼氏と別れて」「欲求不満」「夜勤明け」「クラスの子はみんな経験済み」などがダイナマイトキーワードの代表例として挙げられますが、この種の語句が盛り込まれているメールはほとんどが詐欺に誘引するメール、そう考えてもらって大丈夫です。

けれども、冒頭に挙げた突如として送られてきたメール、これにはそういったキーワードが皆無なのです。もう一度記述すると、「藤井さんはな、すごい人なんだぞ!」ですから、性的何かを連想するキーワードは皆無、百歩譲って「すごい人」を「性豪」などと解釈もできますが、それじゃあいささか弱い気がする。

だから、これは詐欺サイトへの勧誘でも何でもなくって、実は本気で間違えて送ってしまった素ボケのメールなんじゃないかと判断、普段なら鬼の勢いでスルーするのですが、そのボケっぷりが妙に可愛く感じられて返事を送ってみたんです。それよりなにより、藤井さんがいかにすごいのか気になってしょうがなかった。

「え?藤井さんって誰ですか?それよりアナタは誰なんですか?」

藤井さんって誰だよ、という疑問を投げかけ、さらにアナタは何者なの?という疑問まで投げかける。自分の疑問をぶつけつつ、それでいてジェントルマン。対応としてはモアベターなものだと思います。

しかしながら、このような素敵な返信メールを送ったにも関わらずビックリするくらいに反応ナッシング。待てど暮らせど一向に返事が返ってこないのです。こっちはすげえ困惑しつつ悶々と返事を送ったというのに。

そうなってくると、メールを送ってきた人のことや藤井さんのことが無性に気になってくる。送信者は何を伝えたかったのか、藤井さんの何がすごいのか、もはや気が気でない状態に。

もしかしたら、あれは送信者の最後のSOSかもしれない。暴走するアメリカ、北朝鮮の核兵器、緊迫の中東情勢、世界が混沌とした陰謀に呑み込まれて行く中、騒乱を沈められるのは藤井さんしかいなかった。偶然にもその事実を知ってしまった送信者、世界が騒乱の乱世に堕ちて行くのを食い止めようと奔走する。しかしながら、戦争による特需を当て込む某国の軍事産業シンジケート、特に闇の武器商人はそれを許さなかった。あらゆるスパイ機関を駆使して送信者の抹殺に乗り出す。迫りくる暗殺者との激闘、逃亡、次第に世界の闇の全容が明らかになりつつあった。「なんとかして藤井さんが世界を救えることを伝えねばならない、平和のため、世界のため、この世を戦争だらけにしてはいけない、子供が笑顔で遊べる世界を守らなければならない」送信者は逃亡者となり必死の逃走劇。途中、謎のお色気美女スパイ、キャサリンの協力もあってついに敵の総本山、武器商人の屋敷に辿り着く。しかしそれは罠だった。キャサリンの裏切りに遭い地下室で絶体絶命の逃亡者。息も絶え絶えの中、彼は最後の気力を振り絞って携帯電話のボタンを押し始めた。誰でもいい、この世界を救えるのは藤井さんしかいない。その事実を伝えなければ・・・。デタラメに押した携帯アドレス、最後の力を振り絞って打ち込んだ文章「藤井さんはな、すごい人なんだぞ!」その想いは電波に乗って僕に届いた。悪の武器商人の高笑いと共に。

なんて展開もありうるかもしれません。これだったら難解なメッセージが何の脈略もなく僕の元に届いたのも理解できるし、それに対する返事がないのもうなずける。きっと、送信者はもうこの世には・・・。こんな心配だけが悶々と心の中で育ってしまうのです。

メールとは双方向コミュニケーションだと勘違いされがちです。テレビや書籍、新聞など多くの情報が一方的に垂れ流され我々がそれを受信する、僕らはそうやって一方的な情報の垂れ流しに慣らされてきました。そこに登場したインターネットや携帯メールなどに代表される双方向コミュニケーション、随分と画期的でした。

メールは違う。誰かとメッセージをやり取りするんだから双方向だ。こちらがアクションを起こせば相手も何かしらの反応をしてくれる。人間と繋がっているんだ。と勘違いしがちなのですが、実はメールも一方的なコミュニケーションに過ぎないのです。

送ったメールがいつ読まれるのか分かりません。場合によっては受け取った人もしくは送信した人がどんな人かも知りません。相手がどんな表情でメールを読んだのか分からなければ、どんなシチュエーションで読んだのかも分かりません。それどころか、今回の藤井さんの件のように、一方的に難解な内容のメールが送られてこようもならコミュニケーションもクソもありませんし、返事を出してもそれに返答がなければコミュニケーションでも何でもないのです。

メールなんかで他人と繋がれるはずがありません。そこだけは錯覚しないで欲しい。メールで相手のことなんかわからねえ。

「こんにちわー♪明日の飲み会どうしますかー♪」

見覚えのない女性っぽいアドレスから携帯電話にまたもメールが届きました。これもまた一方的なコミュニケーションです。「飲み会」という性を連想させるダイナマイトキーワードが入ってることから、これもまた詐欺サイトに誘導するウンコメールだろうと判断されます。

きっと、これに返信しても、僕の返信内容とは的外れな返信が来て、それで極めてナチュラルに詐欺系出会い系サイトに誘導されるのは明白なのですが、どうせコミュニケーション不全なメールのやり取りです、思いっきりはじけた内容で返信してやろう、なあに、相手はどうせサイトに雇われたバイトの学生かなんかだろう、内容も見ずに定型文を返信してくるんだろう、と判断。スパイシーに返信しておきました。

「飲み会では酒も飲みまくり!ベロベロに酔っ払って貴方のアナルもペロリですわい!がははははは」

と返信しておきました。

まあ、これでしばらくしたら、僕のキチガイな返信とは無関係の返信が、それも思いっきり定型文な返信が帰ってくるんでしょうけど、こんなものコミュニケーションでもなんでもないよな。こっちが書いた文章に対して相手の心が動かないんだから、1ミリもコミュニケーションじゃねえ、とか考えながら返信を待っていると

「・・・えっと・・・もう酔っ払ってますか?」

という、至極コミュニケーションなメールが返ってきました。コミュニケーションできてるじゃない。

そのメールを見た瞬間、急に恐ろしくなった僕は色々と心の中を検索した結果、「そういえば職場で飲み会があるっぽい」「その連絡用に職場の事務員さん(21歳OL)に携帯メールアドレスを教えたっぽい」「その彼女の下の名前と、送られてきたメールのアドレスが非常に酷似している」という国辱物の事実に気がついてしまい、気が動転してできることなら手首を切りたい、それどころか手首ごと切り落としたい衝動に駆られました。

「って、山本君が言ってました。山本君はな、すごい人なんだぞ!」

とりあえず、こう返信し、同僚の山本君に罪をなすりつけておきました。なんとか保身に走ったのですが、どうにもこうにもフォローしきれてなくて目も当てられないような気がします。もう返事が来ても返信しない。もう会社行きたくない。

相手のことなんて全然分からないメールのやり取り、だから僕は携帯メールが大嫌いです。助けてキャサリン!

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