最狂親父列伝〜誘拐編〜

最狂親父列伝
〜誘拐編〜

「娘は預かった。無事に帰してほしくば4千万円用意しろ。警察には連絡するな」

「芳江は、芳江は無事なんですか!?お金は用意します!声だけでも聞かせてください!」

「ふはははは!声が聞きたいのか、ちょっとだけだぞ、ほれ!」

「お父さん!助けて!」

「芳江!芳江!怪我はないのか!?」

「大丈夫よ、怪我はないわ」

「ふはははは、金さえ用意すれば無事に帰してやる」

「お願いします、お金はいくらでも用意します。警察にも言いません。ですから芳江に危害を加えることだけは・・・。」

今時、ベタなテレビドラマでもこのようなやり取りを見ないようになりましたが、誘拐事件の際の電話の定番中の定番と言えばこんな感じになるのではないでしょうか。悪辣に犯行を宣言し、まるで弄ぶかのように楽しむ犯人に、何でもするから娘を返してくれ!と懇願する親のサイド。その対比こそが最も犯罪を憎む所以たる部分なのです。

実際の犯罪の場合、おそらく快楽目的での殺人以外などでは犯人側も必死ではないのかと思います。誘拐にしたって、ほとんどの場合が金に困って、サラ金の返済に追われて、あるいは怨恨などの場合もありますが、犯人も犯人なりに必死な場合がほとんどだと思います。そう、気楽に誘拐なんてほとんどあり得なくて、誰もが必死で誘拐事件を起こすのです。

そんな必死であるところの誘拐で、それも花形たる脅迫電話がお気楽なわけがなく、きっと物凄いレベルの緊張を伴って電話をかけているはずなんです。未だかつてこんなに緊張したことないくらいの思いでかけてるに違いありません。

そりゃあ、誘拐の脅迫電話をかけるだなんて、おそらく人生で一度っきりの経験でしょう。もはや結婚や葬式並みの一大イベント。ここでミスったら芋づる式に色々とバレて捕まってしまうこともあるかもしれません。けれども、それ以上にトチったら恥ずかしいはずです。緊迫感張り詰める脅迫電話でトチったら恥ずかしいに違いない。

ですから、僕がもし犯人だったら、すっごい緊張するでしょうし、電話をかける前に何度も練習すると思います。いざ喋る段になって噛んじゃったりしたら目も当てられないので、下手したら使いそうなセリフは事前に録音するかもしれません。誘拐ってのは犯人も被害者も、それだけ真剣なのです。決してお気楽なんかじゃない。

そりゃあ、真剣だからって誘拐自体が許されるものではありませんし、卑劣なる憎むべき犯行であるのは確かです。しかしながら、冒頭のやり取りのように電話を受けた親だけが深刻、犯人はお気楽にまるで犯罪を楽しむかのように電話をかける、そういうことはあり得ないと思うのです。どっちも真剣、緊張感張り詰める電話の応酬、それが誘拐事件ってものだ。

極稀に、例えば常に犯罪と隣り合わせに生きてきたアウトローな方や、犯罪をまるでゲームのように捉える、ちょっと頭のイッちゃった人なんかは、お気楽に身代金要求電話をかけるかもしれませんが、それでも受けた方は常に深刻なはずです。そりゃあ最愛の子供が犯罪者の手にあるわけなんですから、真剣に受け止めないほうがおかしいです。

怖い思いをしてないだろうか。ちゃんと食べさせてもらってるだろうか。まさか暴行を受けてるんじゃ。様々な思いが渦巻くはずです。もう気が気じゃなくなってしまい、心配で心配で憔悴しきってしまう。間違いなくそんな状態になるはずです。ええ、親であるならば、いいえ、人であるならばそれは当たり前のことなのです。言うなれば大前提。

しかしながら、世の中ってのは広いものですね。子供が誘拐されようが何しようが風林火山の如く動じない親、それどころか意味不明な自説を展開し、キチガイの如く振舞う親が確実に存在するのです。ええ、存在するのです。考えたくもないですが、確かに存在するのです。

それがまあ、本日の日記のタイトルからも分かるとおり、皆さんご察しのとおり、キングオブキチガイこと我が親父だったりするのです。もう、コイツばっかりは信じられないほどにキチガイ全開、パワー全開、異端な行動を思う存分してくれるのです。

僕がまだ幼かった頃。あまりに幼すぎて脳髄が未熟だったのでしょうね、なんの臆面もなく「お父さん大好き!」とか言ってた頭が弱く無邪気な時代があったのですが、その時に質問したんですよね。

「ねえねえ、僕が誘拐されたらどうする?」

今みたいに、ウンコして何度となく尻を拭いても茶色いものがついてくるほど汚れていなかった無邪気な僕でしたから、それはそれはピュアな精神で聞いたんです。最愛の父の愛情を試すような、僕に対する愛情を計り知るような、そんな動機で聞いたんです。

そしたらアンタ、うちのオヤジもまんざらではない様子で、最初は照れ隠しからか「誘拐されたら愉快痛快」とか豪快なギャグを、ウィットに富んだジョークをかましてたのですが、次第に真剣になって言うんです。

「子供ってのはな、親が作ったものだ。それを奪うってのは許し難いことで何としてでも返してもらわないといかん。もしオマエが誘拐されたのなら、ワシはなんとしてでも返してもらうぞ」

至極真っ当、とんでもないほど正論、それでいて親の子への愛がふんだんに伝わってくる回答ではないですか。何をしてでも返してもらう、子を思う親なら当たり前なのです。

「でもな、犯人だって真剣なんだ、だから、それに代わるものを渡してやらないといかん。じゃないと返してもらえないからな」

冒頭で述べた、犯人だって真剣なんだよというお話は、親父のこのセリフから来ているわけなんです。無事に子供を帰してもらえるよう人質に代わるものを渡さないといかん、ウチの親父はそう言ったのです。

僕はそれを聞いたとき、人質に代わるものとは、おそらく身代金のことだと思いました。ウチは客が来たときに出した割り箸を洗って50回ぐらい使うほど貧乏だったのに身代金を出してまで僕を取り戻してくれるなんて・・・。子供心に親父の深い愛に感動したのでした。しかしながら、それは身代金でもなんでもなくて、もっとクレイジーな異端な代物をだったのです。それを犯人に渡すと親父は主張したのです。

「うち、お金ないのに身代金払ってくれるんだねっ!」

無邪気さ全開、親父の愛情を感じられたことに喜びを覚えた僕は、まるでエンジェルのように微笑みながら言いました。しかしながら、

「違う!そんな金はない!」

と親父は一喝。甘ったれたこと言ってるんじゃねえと言わんばかりに怒鳴るのでした。なんで怒鳴るねん。

他愛もない世間話、それこそウンコのような恋人同士が「私が死んだらどうする?」「俺も死んじゃう、芳江なしじゃ生きていけない」とか核兵器を打ち込まれても文句言えないような甘ったるい会話をするレベルのスウィートなお話をしていたのに、「金がない!」と一喝された僕。動揺が隠せません。

「え、お金を渡さないって・・・どうやって返してもらうの・・・?」

もうやめておけば良いのに、動揺しちゃってるもんだから、僕はさらに親父に問いかけます。それに対する親父の返答は圧巻で

「原料を渡す」

という良く分からないもの。そこから親父節全開ですよ。

「言うまでもなく子供はワシらが作ったもの。それを誘拐していくというのは許しがたい。でもな、犯人にも譲歩しなきゃならん。だから、奪った子供の変わりに子供を作った原料を持っていく。ワシが子供を作った原料を引き換えに返してもらう。原料も子供も大差ないだろう」

「原料・・・?」

「ワシの精液だ」

地平線を見つめるかのごとく真っ直ぐ前を見て言い切る親父。ズガーンという効果音が聞こえるかと思うほどでした。まだちゃんとした性教育も受けてなくて「めしべ」「おしべ」も分からない僕に向かって精液ですからね。頭の配線がメルトダウンしてるとしか思えない。

それどころか、この人の場合、本当に僕が誘拐されても本気で精液をビンにつめて持って行きかねないですから恐ろしい。そんなことしたら逆上した犯人に僕が殺されるに違いない。もう、キチガイ、人外、ナイスガイ。いや、ナイスガイは違う。

結局、これは親父の照れ隠しのジョークかとも思ったのですが、彼の場合、普通に本気でそう考えてる部分が多々あり、本気でやりかねないので悲しいやら恐ろしいやらで複雑な気分になったのでした。

そして、それから数年後。

酒を飲んで大暴れする親父が、DVヨロシクで母親に暴力を振るい、雪の日の寒空の中を母と手を取り合って親戚の家に逃げたことがあったのですが、さらに酒を飲んでスーパー親父と化した彼が親戚の家まで僕と弟を取り返しに来たことがありました。

「子供を返せ!」

親戚の家の玄関で母親と口論になり、結局、僕だけが恐怖の親父に連れ戻されることになったのですが、親父はグデングデンに酔ってるくせに家まで車を運転、まさにヘブンズドライブとしか言えなかったのですが、その際に彼のポケットから変な小瓶が見え隠れしてました。

もう、あの会話を交わした当時とは違い、性についてのイロハの知識を得ていた僕は、恐ろしくて瓶の中身が何であるのか考えたくなかったですが、彼があの日の言葉を忠実に再現してるであろうことは分かりました。

車のヘッドライトが路面に積もった雪に反射し、幻想的に車内を照らす中、フラフラと車線をはみ出す飲酒運転の親父を見て思いましたよ。ウチの親父は狂ってる、間違いない、と。

誰か本気の誘拐犯が来て僕を連れ去って欲しい、そう思ったのでした。蛇行運転に連れらてポケットから揺らめく小瓶の中の液体を眺めて。

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最狂親父列伝/最強母親列伝 2005年 TOP inserted by FC2 system