先輩後

先輩後

血縁関係でもなく、友人関係でも恋人関係でもない、下手したら全くの他人になりかねない関係であるのに、なぜか強い絆で結ばれた上下関係。だからといって主人と下僕、上司と部下のように強烈に主従関係にあるわけでもない、いわば曖昧な関係。それにひどく憧れる。

先輩ってのはほのかに優しくて時に厳しい、後輩ってのは基本的に先輩の言うことを聞き敬ったりしているのだけど、どこかフランクな友達のような感覚を持っている、そういった間柄に憧れて止まない。

もちろん、同性同士の先輩後輩関係ってのは素晴らしいものであるのだけど、異性間での先輩後輩も同じように捨てたものではない。

例えば、僕が部活か何かの先輩で、後輩が少しブスが入った、でも見ようによってはキュートな女の子で、肩より少し長めの髪を後ろで一つにくくってたりして何にでも一生懸命。僕と話をする時は緊張しているのか妙にこわばった感じの女の子。そんな子と先輩後輩という間柄をいいことに放課後の部室で秘め事。「やめてください、先輩!」「いいではないか」部室で後輩に後背位、そんなダジャレは嫌いです。

とにかくまあ、そういったものを含めて先輩後輩という間柄に憧れを抱いているのですが、なかなか理想とするものに出会えないのが実状です。日々理想の先輩後輩像、特に自分が素敵な先輩という位置に収まることを追い求めているのですが、一向に満足するものに巡り合えない。

僕が高校の時でした。

当時から、理想の先輩後輩に憧れていた僕はとある部活に入りました。しかし、どこの世界でもそうですが、いきなり先輩という確固たる位置を手に入れられるわけではありません。まずは後輩というステージから、言うなれば下積みから始まるわけです。

手前味噌で恐縮なのですが、客観的に見ても当時の僕は良き後輩であったと思います。先輩の言うことは素直に聞き、どんな理不尽な事にでも笑顔で耐えました。先輩が「この焼肉は焼きにくい」と言えば、そんなダジャレは嫌いですが、腹を抱えて笑ったりもしました。全ては将来的に自分が先輩という地位を手に入れるため。良き後輩は良き先輩に繋がるのです。

そんな中、一人の嫌われ者の先輩がいました。何事にも厳しい先輩というのは得てして後輩に嫌われたりするものですが、その先輩はそんなものよりワンランク上、先輩の間でも嫌われているという、ある意味超えようのないパーフェクトを達成していました。

なんでその先輩がそこまで嫌われていたかというと、基本的に理不尽な振る舞いが目立ち、甘やかされて育った王子のようにワガママな振る舞いが多かったからですが、それだけでは嫌われたりしません。得てして先輩ってのは後輩に対してワガママにできているものですから、それだけでは嫌われたりはしません。

なんていうか、彼は奇異な発言、それもバレバレのものが大変多かったんですよね。なんか部活に遅刻してきて、ハアハア息を切らしてるかと思ったら、どう見ても自分で引っ掻いたとしか思えない傷をこめかみ辺りにつけてましてね、チョロっと血を流しながら言うんですわ。

「来る途中に暴漢に襲われてるOLを助けてた。それで遅れた」 この田舎町にどこをどうやったら暴漢に襲われているOLがいるのか甚だ疑問ですし、そんなドラマティックでバイオレンスな展開がそうそうあるものとも思えません。というか、その先輩、ムチャクチャ喧嘩弱そうなのに暴漢に勝てると思えない。

でまあ、その先輩は覚醒剤で逮捕されたCURIOのボーカルをさらに邪悪にさせたような顔してたんですけど、その風貌と陰気な性格、そして件の言動、王族並みのワガママさの相乗効果で部活メンバーの誰もからゴキブリ並みに嫌われていたのです。

もちろん、僕は良き後輩、後輩の鑑とも言える存在でしたので、そんな先輩であろうとも笑顔を絶やさず接し、彼の理不尽極まる要求にも素直に応じたりしたものでした。ホント、どっからどう見ても素晴らしい後輩過ぎる。

ある日のことでした。僕ら部活のメンバーは練習後に近くのクソまずいラーメン屋で量の多さだけが取り柄のラーメンを食べるのが恒例になっていたのですけど、いつものようにリーダー格の先輩の号令で「ラーメン食いに行こうぜ!」となったのです。

嫌われている先輩は、いつも練習が終わると無言で帰ってしまい、このラーメン食事会には参加したことなかったのですけど、そこはさすが素晴らしき後輩、僕はその先輩に「先輩もラーメン食いにいきましょうよ!」と純真無垢、熊さんパンツ級の純粋さで話しかけたのです。

けれども、これが大失敗だった。もう目も当てられない大失敗だった。

「ラーメンよりもさ、ちょっと今から俺の家に来ないか?見せたいものがあるんだ」

と伏目がちにのたまう先輩。

野球の三塁手は常にイレギュラーと戦っています。迫り来る打球、痛烈な当たりが多いのが三塁手の特徴。そんな猛烈な打球を相手にしているだけに、最も怖いのはイレギュラーバウンド。自分の目の前で予想だにしない変化をする、これが最高に怖いのです。

でまあ、三塁手だけでなく日常生活においても最も怖いのはイレギュラー。予想だにしない未曾有の事態こそ最も避けるべきで恐ろしいものなのです。でまあ、社交辞令的に先輩をラーメンに誘ったんですけど、本来なら「いや、おれはいいよ」的な返答が、悪くても「いこうか」となって気まずい雰囲気の中ラーメンを食べる程度のものかと思ってたのですけど、「家に来い」という予想だにしないもの。イレギュラーにも程がある。

けれども、良き後輩であった僕、先輩から直々に誘われたら断るわけにもいきません。泣く泣くラーメン軍団とは別れを告げ、「はい!お邪魔させていただきます!」と二人っきりで先輩の家に行くのでした。

先輩の家は、陰鬱でかなりダークな歴史がありそうな家屋でした。ボツナワやジンバブエあたりのダウンタウンを髣髴とさせる、まあ早い話がボロ屋でした。ここで育ちの良い坊ちゃん嬢ちゃんなら、このボロ屋のたたずまいの時点で怯むのでしょうが、あいにく僕の家も同じくらいにボロ屋、こんなものじゃ怯みません。

「上がって俺の部屋で待っててよ。ちょっと散らかってるけど」

先輩はそう言うと台所の方へと消えていきました。普通、こういう場合の「散らかってる」なんてのは嘘8000で、部屋に行ってみると潔癖症かってくらいに綺麗に片付いていたりするのが定番ですが、先輩の部屋は言葉通り散らかってました。もう散らかってるとかの次元を超えて、部屋の隅のほうで新しい生物が誕生してそうなくらいゴミが散乱してた。

「こりゃすげえな」

などと思いつつ、一番マシっぽい部分をチョイスして正座で待ちます。今頃みんなは楽しくラーメンを食べているに違いない。ラーメンを食いつつ楽しい話に花咲かせ、そろそろ替え玉バトルが始まってる頃に違いない。楽しいに違いない。ああ、それなのに僕は何でこんなゴミの中にいるんだろう。

良い後輩を演じるのも辛いぜそう思いながらゴミの山の中からエロ本を探したり、先輩が思いをしたためたのに出せなかったラブレターを発見したり、「ずっと好きでした」という一文にこっちまで恥ずかしくなったり、それなりに有意義な時間を過ごしていると、そこに先輩登場。手には何やら怪しげな水槽みたいなものを持っていました。

「これ、俺の」

言葉少なめにその水槽を差し出す先輩。見ると、そこには6匹ほどでしょうか小さなハムスターがモゾモゾと蠢いておりました。

「最近飼い始めてさ、かわいくて仕方ないんだ」

なるほど、先輩の言った「見せたいもの」ってのはこれだったのか。こんなもの見せられても返答に困るのだけど、なにやら先輩は異常に嬉しそうだ。こんな先輩の表情、部活では見たことない。

「名前、なんていうんですか?」

返答に困りつつも、なんとか脳内をフル回転させてハムスター関連の質問をする。我ながらナイスに立ち回れたと思う。それを受けて先輩は死ぬほど嬉しそうな顔をして、一匹一匹説明しだしました。

「こいつがジョン」

「これがメスだからメリー」

「これはジャッキー」

「こいつは親だからママ」

正直、僕にはどいつがどいつだか見分けがつかないんですけど、先輩は一匹一匹説明していきます。それにしても安易な名前だなージ、ョンはないだろ、ジョンはと思いつつ聞いていると

「こいつは長州力」

いやいや、おかしいじゃない。おかしすぎるじゃない。他のは全部カタカナの名前なのに、こいつだけ日本語の名前。それも長州。なんでそこで長州なのか聞き返せないまま頭の中でパワーホールだけが鳴り響いていました。

「こいつらかわいくてさあ、もう夢中なんだよね。いいよね、ハムスターって」

と慈愛に満ちた眼で言う先輩は、部活で嫌われている先輩の片鱗もなく、そんな優しそうな顔を部活で見せれば皆と仲良くできるのに、と思うほどでした。

「俊明!俊明!ちょっと来なさい!」

別室から金切り声で先輩を呼ぶ母親の声。どうして母親ってのはこうまでヒステリックなのか知りませんけど、どこの家庭でも同じようなものなんですね。先輩は母親の元へといってしまいました。ハムスターと僕を部屋に残して。

さあて、先輩もいなくなったことだしまたもやエロアイテム&恥ずかしいアイテム捜索でも再開するかーと意気込んで家捜し、しかしながら満足いく戦利品が得られずラブレター以上の破壊力があるアイテムは得られませんでした。

で、なんだよーと思いながら、ふとハムスターの箱を覗き込んだのです。すると、そこには驚愕の光景が。

いや、5匹しかいないし。

さっきまで確かに6匹いた。そう、それは間違いない。1匹1匹名前を紹介され、それにまつわるエピソードまで話されたのです。ついさっきまで6匹いたのは曲げようのない事実。じゃあ、なんで今は5匹なのか。

見てみると、5匹は箱の隅に寄り集まってモゾモゾと動いているんです。おいおい、なんだよーと見ていると、戦慄の光景が。

いや、食ってるし。

どうもですね、他の5匹が1匹をよってたかって食ってるんですわ。ええ、俗に言う共食いってやつなんですけど、見るも無残、まさに弱肉強食と言わんばかりにムシャムシャ食ってるんです。すっげえグロい絵図だった。

やつらはラブリーさを前面に押し出そうとも、所詮はネズミです。思ってる以上に獰猛で残忍、えげつない生物なのです。「とっとこハム太郎」だってかわいさをアッピールしてますが、裏ではミニハムズをレイプしまくってるに違いありません。

「ったく、クソババアが!」

悪態をつきながら部屋に戻ってくる先輩。ここは正直に起こったことを先輩に報告せねばなりません。言いにくいですが僕が食ったとか思われたら嫌なので正直に話します。

「先輩、ハムスターが1匹食われましたよ。共食いですよ、共食い。かわいい顔して皆でよってたかって食ってましたわ、グロかったー」

と報告しましたところ、先輩は水槽が割れるんじゃないかって力で抱えると

「長州うううううううううううううううううう!」

と叫んでました。

食われたのは長州か。すっげえ名前負けしてるじゃないか。みんなによってたかって食われてるじゃないか、長州力。弱いにも程がある。

普通なら、僕はハムスターとか毛ほども興味ないですし、早く家に帰りたくて仕方がなかったんですけど、そこは良き後輩ですよ、なんとか悲しみに暮れる先輩を励まそうと、最良の言葉を捜しました。彼を勇気付け、あの悲劇を惨劇を忘れさせることのできるパワフルワードを。

「先輩、そいつら他の仲間、それも血縁関係のやつを食うなんて、ハムスターって言うよりモンスターですよね」

僕としては微妙に韻を踏んでて改心の出来だったのですけど、先輩は気に入らなかったのか痛くご立腹。先輩という立場をフルに活かしてご立腹、鉄建制裁となりました。なんかしらないけど、「これはクリリンの分!」と言わんばかりに「これは長州の分!」って涙流して殴ってきた。いや、俺が食ったわけじゃないやん。

どんな不条理ですか。と思いつつも、じっと耐え忍ぶ僕。やはり後輩の鑑としか思えません。

その後、その部活は辞めてしまったので良き後輩から良き先輩になることはなかったのですが、それでも僕は今でも良き先輩という存在に憧れています。そして、現在の職場でも後輩に対して非常に優しく振舞っているのですが、ある後輩(25歳子持ち)が言った一言

「いやー昨日子供を風呂に入れましてね。かわいいもんっすよ。バブを入れた風呂がお気に入りみたいでバブーって言っちゃって、やっぱかわいいっすよ」

に対しては、そんなダジャレは嫌いですので鉄拳制裁も辞さない覚悟で臨みたいと思いました。共食いも辞さない、それぐらい腹立たしい。

結局、長々と書いてきて、ぶっちゃけると、本当は先輩とかどうでも良くてオッパイの方が好きです。そんなダジャレは嫌いです。

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