狂い咲き
桜はエロい。
それがウチの親父の口癖でした。
満開の桜が僕の通勤路を埋め尽くし、桜の花びらのシャワーを浴びながら車を運転しておりますと、すっかり春だなあと感じる反面、冒頭の親父のセリフを思い出すのです。
ウチの親父は砕けた言葉で言うところのキチガイですので、常日頃から少年である僕にとんでもないことを吹き込んでいたのですが、それの最たるものがこれでした。
小さい子供にとって、親の言う言葉は全世界であり聖書の言葉より重いものでした。どんなキチガイな理論でもそれが正論のごとく言われるのなら正論になってしまう。子供の世界ってのは可哀想なくらいに狭いのです。
今になって思うと、ウチの親父はこれらのセリフを単なるキチガイ精神で吐いていたわけでなく、もっと悪質なことに「世間様が浮かれるイベント事を貶める」という邪悪な精神があったように思います。
クリスマスには、サンタに浮かれる僕に「サンタは軍人だ!サンタが来たら恐ろしいことになるぞ」と言い放ったり、正月にはお年玉の噂を聞きつけた僕に「玉ってのはヤクザの世界で命のことを言うんだぞ、それを落とすだなんて、お前は死にたいのか」と言ってみたり、誕生日に心躍らせる僕に「歳を取るなんて何もめでたくない。死へと近づくわけだからな、逆に喪に服すべきだ、喪中!喪中!」と言ってたものでした。
ウチは怖い借金取りの人が連日表敬訪問してきて、親父と熾烈なバトルを繰り広げる、なんて光景が日常茶飯事なほど貧乏な家庭でしたので、こういったイベント事を誤魔化すことでなんとか出費を抑えたかったのだと思います。プレゼントやら何やらとイベント事は金がかかりますからね。
そして、その際たるものが「桜はエロい」でした。「花見に行きたい」と春が来るたびにいきり立つ僕を牽制する親父のセリフでした。
子供にとって、花見ってのは別に花を見たいとか桜を愛でたいとかそういった風流なキモチはカケラも存在せず、完璧に花より団子、花見名所に登場する出店が目当てだったりするのですが、やはりそういった出店の商品は高価すぎる、親父もなんとしても避けたかったようです。
「花見に行きたい」
その年、桜前線の北上がテレビで報じられるのを見た僕は親父に切り出した。子供らしくて純真、かわいすぎて食べちゃいたいくらいのピュアな申し出だったように思う。しかし、それを受けて親父の返答は、冒頭でも述べたとおり
「桜はエロい」
という、到底理解できないものだった。何がどうなったら桜がエロいのか、もはや理解できるレベルじゃない。こいつは狂ってる。
「桜ってのはな、エロいんだぞ、お前はそんなエロい花が見たいのか。スケベなやつだ」
異常な勢い、大使館前でデモとかしてる人並みの勢いでまくしたてる親父。さらに続きます。
「毎年な、春になると変質者が増えるだろ。あれはな、全部桜が原因なんだよ」
普段のオッペケペーでアッパーパーな雰囲気と打って変わり急に真剣な顔をして重い口調で喋りだす親父。僕もこうなってくると親父の説を半分くらい信じています。
「まず、桜はピンク色ってのがエロい。古今東西、どこの世界を見てもピンクってのはエロいものって相場が決まってるもんだ」
「おまけに桜には「花びら」とか「めしべ」とかあるんだぞ、わしゃこんなエロい花を知らないぞ。世の変質者はな、さくらを見てムラッときて変質行為に及ぶんだ」
とか言い出す始末。まるで変質行為をした経験があるような口ぶりでした。それじゃあ桜だけじゃなくてピンク色の植物は全部エロいじゃん、と思うのですが、親父は続けます。
「大体な、ワシが今まで出会った「さくら」って名前の女は例外なくエロい!だから桜はエロいんじゃ!」
と、全国の「さくら」さんが聞いたら怒り出しかねない理論を振りかざす始末。
「花見なんてのはスケベが行くもんだ。そんなものわしゃ恥ずかしくていきたくないわ」
小気味良く攻める親父。落ち着いて考えてみると途方もない理論なのですが、何故か妙に納得してしまったのでした。小学校卒業するくらいまで、花見行くのはエロいことと考え、クラスメイトが「明日家族と花見行く」と言おうものなら、心の中で「えっろ」と呟いていたのでした。
それから数年、高校生くらいの時でしたが、花見に対する誤解もすっかり解けていた僕は、高校時代の友人を誘って地元の花見名所にいったのですが、花見で盛り上がり、大酔っ払い、上半身裸で桜の木に登っているマナーのカケラも存在しないオッサンの集団を目撃しました。
まあ、ウチの親父と仕事仲間だったんですけど。
「面白いオッサンがいるね」
と言う、比較的大人しい仲もあまり良くない高校時代の友人。僕はそれにどう答えていいか分からなかった。しかも僕の姿を見つけた親父が、木の上から
「おー!○○じゃないかー!やってるかー!」
とか、僕の本名を叫んで肉親としか思えないコメントするから最悪。友人を連れて脱兎のごとく逃げ出しましたとさ。
そんな経緯から、「花見をする人間はスケベ」というより「キチガイ」という印象があるのですが、たまにはキチガイになるのもいいかと思い花見を計画しました。
24時間耐久Numeri地獄花見大会in大阪
日時 | 開始 | 2005/04/09 | 正午 |
終了 | 2005/04/10 | 正午 | |
場所 | 大阪城公園のどこか |