犯人は誰だ!

犯人は誰だ!

安易な推理小説やら名探偵物のお話などでは必ずといって登場する場面があります。それは、「この中に犯人がいる!」と不必要に疑心暗鬼と不安を駆り立てる場面です。このシーンがなければ推理物なんて成り立ちません。

殺人事件などの推理物ストーリーを組み立てる場合、てっとり早く外部と隔絶されたシチュエーションを作りがちです。大雪で閉ざされた山奥のペンションとか何者かによって吊り橋が落とされたお金持ちの別荘とか。コナン君や金田一少年では毎週のように見られるシチュエーションです。

次々と無残に殺される登場人物たち。一体誰が、何の目的で、ここまで残忍な犯行を・・・。交錯する登場人物たちの想い、人間ドラマ、巧妙なトリック、それらを一層引き立たせるには、やはり上記のような「この中に犯人がいる!」というシーンと、外部と隔絶されたシチュエーションが必須条件なのです。

登場人物の中に犯人がいるかどうかも分からない、必死でアリバイ検証とかしたのに、オチは外部から侵入した暴漢が犯人だった、おまけにこの暴漢が全く登場してこない、なんて興醒めもいいところ推理でも何でもないのです。

「この中に犯人がいる!」

なんて言われようものなら、やはりこの中に犯人がいるんだ!みんな善良な市民っぽいのに殺人犯とはな!一体誰が犯人なんだ!とハラハラドキドキします。最初の殺人事件が起きるまでが平和で和気藹々としているほど緊迫感は増幅します。

そりゃあ、自分がリアルでペンションに泊まってて殺人事件が起きて、宿泊客全員が食堂に集められて訳の分からない小僧が「この中に犯人がいる!」とか言い出そうものなら、あまりに唐突で不自然すぎて、冷静に「いや、お前だろ」と言いたくて仕方なくなるのでしょうが、推理物には絶対に必要な場面なのです。

しかしながら、これは何も推理小説や推理漫画などの世界に限ったことではありません。何かと世知辛い昨今、架空請求やら振り込め詐欺、偽裏ビデオの通販やらが蔓延する社会においては、何事も疑わずにいるとホイホイと騙されてしまうのです。

何も疑うことを知らないお婆ちゃんなどが騙されている現状はやるせないですし、義憤に駆られる部分もあるのですが、やはりある程度は疑いを持って注意深く生きていくことも必要だと思うわけです。それこそ、「この中に犯人がいる!」クラスの疑い深さ、悲しい話ですけどそれくらいは必要なのではないでしょうか。疑い深いくらいがボケ防止にも良さそうですし。

ということで、僕は日常の様々な場面でも「この中に犯人がいる!」という状態を脳内で想定し、ハラハラドキドキのスリリングな疑心暗鬼劇を展開しているわけなんですが、先日、こんなことがありました。

近所の行きつけのパチンコ屋でスロット「吉宗」を打っているときでした。ちなみに「吉宗」とは長いスロットの歴史の中で5本指に入る名機で、勝つときは大勝、負ける時は自殺も考えるくらい負ける悪魔のような機種なのですが、その潔い男っぷりが大好きで僕はこの「吉宗」ばかり打ってるんです。

でまあ、そんな地獄のような機種を好んで打つ輩ですので、パチンコ屋の「吉宗」コーナーはギャンブルジャンキーの鉄火場みたいな雰囲気になっていて、ちょっとした言葉の行き違いから殴りあい刺し合いが始まってもおかしくない、そんな殺伐とした雰囲気が漂っているのです。

いつものように「吉宗」に向き合ってジャブジャブと金を入れ出す僕。相変わらず、出ない時の吉宗は凶悪で、カツアゲにあったかのように所持金がなくなっていきます。間違いなく台が千円札イーターと化していた。台に向かって「これ参考書買うお金だから・・・」とか言い訳しそうになったくらい。

ふと冷静になって辺りを見回してみると、吉宗コーナーは満員御礼の大盛況、全台に客が着席し、狂ったように金をつぎ込んでいたわけですが、なんていうんでしょう、座ってる客が全員ブラウン系なんですよね。わかりやすく言うと、こげ茶系の人しか吉宗を打っていない。

年齢層も高めで、オッサンばかり、たまに女性が座ってると思ったら異常なまでにあらゆるものを捨て去ったオバハンばかり。なんか、吉宗コーナ全体が僕を含めて地味に汚いんですよ。

考えてみればそれもそうで、このヤクザな機種「吉宗」に魅せられるのは言わずと知れたギャンブルジャンキーばかり。ギャンブル以外は比較的どうでもいい輩が集まってるはずで、ファッションとか見た目とか比較的どうでもいいはずなんです。じゃなきゃ、こんな天気の良い休日の昼間っから鉄火場にいるわけがない。

そうだよなあ、そりゃそうだよな、そりゃこうなるわ、と妙に納得しながら、吉宗に向き合ってさらに金を入れ始めたわけなんですが、その瞬間、吉宗コーナーに異変が起こりました。

フワッ

心地良い、フローラルな香りが一陣の風のように吉宗コーナーを駆け抜けたのです。

「お、いい香り」

明らかに香水の香り、それも付けすぎなレベルの臭いで、こんな臭いを発してるのは若い女性で豹柄を好む人しかいないぞ、と思うわけなんですけど、なんにせよタバコ臭いパチンコ屋店内においてこういった香りは新鮮です。心地良く感じながら打っていたのですけど何かがおかしいのです。

おいおい、まてよ、まてよ、まてよ。

このフローラルな香り、確かに心地良いけど、確かにいい臭いだけど、一体全体それをつけてるのは誰なんだ。そんな考えが頭をよぎったのです。

この匂い濃度から考えて吉宗コーナーに匂いの主がいるのは間違いない。確実に間違いない。しかしながら、吉宗を打ってるメンツを見回してみると、どう贔屓目に見ても良い匂いを発しそうな人間がいない。体臭や口臭、酒の臭い、加齢臭ならいくらでも発するだろうけど、どう間違っても良い臭いを発するわけがない。何度見回してみてもそんなやついない。

「この中に犯人がいる!」

吉宗コーナーに巣食うジャンキーどもの中に、分不相応にも香水をつけてやがるやつがいる。そこの競馬帰りみたいなオッサンだろうか、八百屋みたいな帽子かぶったオッサンだろうか、全てを捨て去り性別まで捨て去ったくさいオバハンだろうか。疑心暗鬼な想いがグルグルと頭の中を駆け巡ります。もう吉宗どころの騒ぎじゃない。

ハラハラしながら辺りを見回したり、用もないのにコーナーをうろついてさりげなくクンクンと臭いをかいでみたりしたのですが、一向に分からない。さすがの名探偵もお手上げといった状態でした。

しかし、事件とは急激に展開するものです。名探偵の一瞬の閃きで急転直下の大解決、そういったケースも珍しくないのです。でまあ、僕の隣で打っていたオッサンが、あまりに負けすぎて心が折れてしまったのか、そのまま首でも吊りそうな勢いで帰っていたのですが、その台を「美味しい」と判断したのか、向こうの方から物凄い勢いでオッサンが移動してきたのです。そして、僕の隣に座りました。

その瞬間ですよ。さっきまで心地良く漂っていた良い臭いが急激に濃厚なものに。もう、「くさい」とか「くささい」とか超越していて目に染みるレベル。どんな香水のつけかたしたらこうなるんだって問いたいくらいの臭いでした。ありゃあ、香水をバケツ一杯頭からかぶったくらいのレベルだった。間違いなくコイツが臭いの元凶です。

そのオッサンってのがまた凄くて、中学生が着る学校指定みたいな紫色のジャージ上下を着てましてね、本当に学校指定なのか「樋口」って名前が入ってるんですよ。おいおい、樋口さんよー、それ息子のじゃないのか。

で、なぜかジャージズボンの裾を片足だけ太ももくらいまで上げててですね、ジョイナーみたいになっとるんですわ。頭は寝癖バリバリ伝説ですし、髭なんか伸び放題、口の横に食いカスみたいなのついてましたからね。

僕は自分がアレですから、人のファッションをとやかく言うつもりはないんですけど、この人が香水をつけてはいけないレベルだということだけは分かります。香水つける前に寝癖直すべきです。

世の中には僕の考えを越えた信じられない人がいるんだなーと思いながら、やっとこさ判明した犯人に僕は大変満足したのでした。やはり疑いを持って犯人探しをすることは大切だ。疑心暗鬼ってのはあまり良くないこととして捉われがちだけど、そういうスリリングな緊張感ってのもいいものじゃないだろうか。いつも山奥のペンション連続殺人事件じゃ身が持たないから、こういう場面で。

その後、パチンコ屋って異常に音がうるさいから絶対バレないだろうなーと思いながら思いっきり屁をこいて快感だったのですが、どうも臭いが実物の実、いわゆるウンコに近かったらしく強烈だったためか、オッサンの強烈な香水の臭いと混じって相乗効果、おいおい、誰かウンコ漏らしたんじゃ?という触れてはいけないアンタッチャブル的な雰囲気が吉宗コーナーに蔓延しました。

まあ、そのオナラの犯人は見紛うことなく僕なのですが、みなが「犯人はこの中にいる!」と疑心暗鬼になるのはいいこと、せいぜいハラハラしてくれよーと内心ワクワクしてたのですが、なぜか4秒後には吉宗コーナーの7割の人間が「お前が犯人だろ」みたいな目で僕のこと見てました。なんでやねん。何で分かるんだ、もっと疑心暗鬼になれよ。

ちなみに、その日、そんなこと考えながら打っていたせいか、吉宗で歴史的に負けて自殺したくなったのですが、これは店側が不正に操作して僕の台だけ出ないようにしたんだ!と疑心暗鬼で自分を慰めました。

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