言いたいことも言えないこんな世の中じゃ

言いたいことも言えないこんな世の中じゃ

世の中には言いにくいことってのが山ほどあって、それをあえて言ってのける勇気だとか男気だとか正義感に憧れる部分もあるのですが、それは一歩間違えると空気を読めないバカになりかねず、その微妙な力加減というかさじ加減を分かりかねているのです。

例えば、職場に物凄い口臭が激しい人がいたとしましょう。口臭が激しいくらいでは別に責められることも迫害されることもないわけなんですが、それが人智を超えた臭さだったらどうでしょう。もう、半径10メートルに入るだけで意識が遠のき、幼い頃に肥溜めに落ちた記憶とかトラウマな部分が呼び起こされ、酷い時は嘔吐、下手したら失神などを呼び起こすほどの口臭だったらどうでしょう。

そういった口臭は、もちろん指摘して正してもらい、皆で口臭のない円満な職場を作っていく必要があるのですが、やっぱその、指摘しにくいじゃないですか。「あんた、口臭いよ」と地雷原を一人で突き進むが如く言えたらどんなに楽か。

やはり、そこには人間関係だとかそういった壮大なものが存在していて、気楽には「口臭いよ」とは言えないんですよ。いくら口臭くても犯罪って訳じゃないですしね、その人を傷つけるようなことは迂闊には言えんのですよ。

僕の上司は、常日頃から「人に信頼される爽やかな外見を心がけないとダメだ」をモットーに掲げておりまして、僕に会うたびに「ちゃんとシャツを入れろ」だとか「髪が伸びすぎだ、切ってこい」だとか、僕も28歳にもなってガッツンガッツン指摘されるんですよね。

でも、そんなモットーを掲げて僕の外見とかを「爽やかじゃない」って指摘している上司こそが実は全然爽やかじゃなくて、なんていうか、見た感じ思いっきりヤクザなんですよね。全然爽やかじゃない。

頭はパンチパーマっぽいわ、薄茶色の銀縁色眼鏡かけてるわ、どこで売ってるんすかって色のスーツ着てるわ、ネクタイに昇竜が誇らしげに鎮座しておられるわ、もうどっから見てもモロヤクザなんですわ、ウチの上司。

そんなヤクザみたいな人に「爽やかな外見を心がけろ」なんて言われても説得力が皆無で、僕も「あんたヤクザやん」とか注意されるたびに言いたくなるのですけど、やはり相手は上司、そんなこと言いたくても言えないじゃないですか。

このようにして、世の中には言いたくても言えない事ってのが山のようにあるのです。みんなその辺のところを適度に折り合いをつけて言うべき時は言うし、我慢する時は我慢する、そうやってみんな苦しみながら生きてるんだと思います。

先日もこんな事がありました。件のヤクザ上司に呼び出された僕、また怒られるのかもしれないと頭を垂れながら大人しく馳せ参じたところ、意外や意外、息子がやってる展覧会にいってくれないかという、良く意味のわからない依頼を受けたのでした。

なんでも、上司の息子は建築だかのデザインをする学校に通ってるらしく、その学校での展覧会があるとのこと、なんでも大変出来の良い息子様の作品が多数展示されているとのことでした。

「チケット沢山渡されちゃってね、これ買って見てきてよ、いい経験になると思うよ」

とチケットをヒラヒラさせながら言う姿はまさにヤクザ。見紛う事なきヤクザ。ダフ屋か何かにしか見えないのです。正直、建築とかデザインとかに微塵の興味もない僕なのですが、さすがに上司相手に

「いや、興味ないので行きません」

とは言えず、大人しく2000円とか出してチケットを購入しましたよ。それで上機嫌になった上司は

「がはははは、貴重なチケットだぞ。なんでも好評で毎回売切れになるほどの展覧会だから、君はラッキーだ!」

とかとんでもアニマルなこと言い出しやがるんです。おいおい、そんな親父にまでチケット渡して、職場の無関係なやつに無理やり買わせるようなチケットが貴重なわけないだろ、余りまくってるんと違うか、とも思うのですが、やっぱり言えませんでした。言いたいことも言えないこんな世の中。

でまあ、案の定、貴重な休みを利用してその展覧会に行ってみたのですが、良く意味の分からない模型がモサッと並んでるだけで客は皆無。比喩とか誇張ではなくて、客が僕だけという散々な状態。客である僕が不安になってしまう入りでした。あまりのショックに上司の息子の作品を見るのも忘れてたから。

で、翌日、またもや上司に、いやヤクザに呼び出された僕。もちろん、前日の展覧会の成果を聞きたいという姿勢丸出しで、むしろ息子の作品に対する賞賛とかを聞きたかったのでしょうが、あいにく僕はちゃんと見てないので何も言えない。でも、さすがに良く見てないので分からないとは言えず、

「ああ、よかったですよ。前衛的で」

「他の作品に比べて輝いていた」

とか言っておきました。

「客も多くて混雑してただろ?何せ評判の学校の展覧会だからなー、アレは貴重なチケットなんだぞ、げははははは!」

という上司に対して、まさか、どこのネタか忘れましたけど、キーボードについてるカナを「Uのキー」から左に読んだ状態だとはいえず、「ええ、凄く混んでて疲れましたー」とか言ってました。

言いたいことも言えない世の中、全てを何のしがらみもなく言えてしまえば楽なのでしょうけど、それをすると色々な弊害がある。みんなその辺が心のストッパーになってしまい、言いたいことを言ってしまうより、自分が我慢して円満に済むならいいんじゃないかしら、と思うのではないでしょうか。

何にせよ、言いたいことも言えないこんな世の中、みんな何か言いたい言葉を言いにくいという理由でグッと飲み込んで、それでも生きているのではないでしょうか。人生って我慢の連続だぜ。

「あ、そうそう。そろそろ人員整理をしなきゃいかんのだよなー、誰か辞めてくれたら楽なんだけどなー」

色眼鏡越しに明らかに僕を見ながら言うヤクザ上司。なんていうか、言いにくいことを随分とスッパリと言ってくれるじゃねえか。

どうも僕は、近々首になるかもしれません。

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