最狂親父列伝〜サンタ編〜

最狂親父列伝
〜サンタ編〜

「サンタなんてのはな、ロクなもんじゃねえ」

それがウチの親父の口癖だった。僕が幼稚園くらいの頃だったと思うが、幼稚園で聞いたんだか何かの絵本に載ってたんだか忘れたけど、クリスマスになるとプレゼントを持って煙突から家にやってくる粋なオッサンが存在することを知ってしまった。

おぼろげな記憶を辿ると、ウチは貧乏だったから、クリスマスってのは人並みに過ごせたことなくて、ただ良くわからない冬の一日だったりしたのだけど、知らないことってのは幸せなこと、クリスマスがそんな魅惑的な行事だとは知らずに僕は生きていた。

「ねえ、サンタさんっているの」

どっかからサンタ情報を入手した僕は、そう親父に尋ねた。実に無邪気、実に子供っぽい、カワイイ立ち居振る舞いだったと思う。そこにはプレゼントが欲しいとか邪なる考えはなくて、ただ純粋にファンタジー的なサンタという無垢なる存在がいたら素敵だねという考えだけだった。

しかし、それを受けた親父の返答は酷いもので、冒頭のセリフ、

「サンタなんてのはな、ロクなもんじゃねえ」

という、皆にプレゼントを振りまいてくれるサンタを悪辣に罵る信じ難いものだった。僕はこれまでの人生で、ここまでサンタのことを悪く言う人物に出会ったことがない。それくらい衝撃だった。

たぶんきっと、ただでさえ貧乏な我が家にクリスマスなんて風習が根付いてしまうと大変、ご馳走代やプレゼント代、考えただけで恐ろしいという親父の精一杯の思想から来た言葉なのだろうけど、いくらなんでも酷すぎる。

「なんで?プレゼントくれるらしいし悪い人じゃないよ」

僕も精一杯食い下がる、純粋すぎて泣けてくるのだけど、親父は引き下がらない。

「あいつはな、あのサンタってのはな・・・」

「なに、何かあるの」

妙に神妙な顔をし、重大な性癖でもカミングアウトせん勢いで喋りだす親父。あまりに只事ではない尋常ならざる雰囲気に、半分親父の話を信じていた僕はギュッと唇をかみ締めて聞き入った。

「サンタってのはな、ありゃ軍人だ」

なんてとんでもない説だ。

まだ幼かった僕に「軍人」の意味はあまりわからなかったけど、とりあえず途方もないことだということは分かった。呆気にとられて聞いている僕にお構いなしで親父のサンタ軍人説の講義は続く。

「お前な、なんでサンタが子供にプレゼント配って回るか知ってるか?」

「知らない」

「戦争中はな、若い男を集めて戦争に送り出す徴兵ってのがあったんだ。で、それじゃああまりに集めるのが難しいものだから、その形を変えていったわけだ」

「戦争・・・?」

「ああそうだ、幼い頃からプレゼントを送って子供たちを手なずける、いざ戦争が始まったらその子達を戦場に送り出すわけなんだ」

親父の演説は止まらない。

「サンタは煙突から入ってくるんだけどな、あれも軍事演習の一環なわけだ。いかにして素早く家屋に進入するか、市街戦では重要になるからな」

とか、わけの分からない理論大爆発。やっぱこの人、狂ってる。クリジーゴナクレイジーなくらい狂ってる。

「だからな、サンタなんか来ないほうがいいんだぞ。ありゃとんでもない鬼軍人だ。位で言うと軍曹。プレゼントなんてもらおうものなら戦争に駆り出されるからな!わしゃ、自分の息子が戦争に行く姿なんて見たくない・・・うっ・・・あまり親を泣かせるなっ!」

と、嘘泣きまで入って大した熱の入れよう。もう完全に信じちゃった僕は、サンタが来たら戦争に行かなきゃいけないって恐怖で仕方なくて、もうクリスマスイブの夜なんてブルっちゃって仕方なかった。両手にマシンガンを携えた迷彩服のサンタとか勝手に想像してた。

それからというもの、僕はもう、毎年クリスマスが来る度に、僕を戦場に駆り立てんとするサンタの到来が恐ろしくて仕方なかったのだけど、やはり成長していくにつれて「サンタなんていない」ってのが分かったし、親父の「サンタ軍人説」ってのが嘘8000だって分かったのだけど、ある年のクリスマスイブに事件は起こった。

ちょうどそのイブの夜、うちではよく訳の分からない煮物とかクリスマスのカケラも存在しない貧しい夕食を食べていた。僕と弟と母と半分ボケた爺さんの4人。親父はどっかに飲みに行ってるらしく不在だった。

テレビ番組はクリスマスで盛り上がり、近所の子供たちはクリスマスプレゼントにファミコンを買ってもらうとか、クリスマスケーキが楽しみとか、そういうので盛り上がっていたけど、ウチは煮物にプレゼントもなし、それどころか親父はどっかで酒を飲んでるという家庭の温かみが1ミリも感じられない酷い有様、さすがに不憫に思ったのか、母親はこう切り出した。

「今日はお父さんがプレゼント買って帰ってくるよ」

どうやら、両親の間でそういった「そろそろクリスマスプレゼントあげないとかわいそうじゃないか」的な建設的な意見のやり取りがあったらしく、この数年前からささやからながらクリスマスプレゼントが貰えるようになっていた。で、今年も親父がクリスマスプレゼンを携えて帰ってくるという予告が母からなされたのだった。

ハッキリ言って心が躍ったし、親父の帰りが待ち遠しかった。あのキチガイのご帰宅が待ち遠しいなんてクリスマスの夜だけで、本当に楽しみで仕方なかった。

ガシャガシャ

そうこうしていると、なにやら玄関から物音が聞こえてきた。どうやら親父が、いや今日だけはサンタな彼が帰ってきたらしい。しかしながら、何か様子がおかしい。ガチャガチャと音はするものの、いつものように豪快に玄関の扉を開ける音が聞こえない。

「あら、お母さんもしかして間違って玄関の鍵閉めちゃったかしら」

母がとんでもないことを言う。

ハッキリ言って、ウチの親父が酔って帰ってくる時に玄関の鍵を閉めたままにするってのは核発射ボタンをチンコの場所にセットして、その前にギンギンの美女を置くよりも危険なことで、悲劇しか生まない。

過去2,3度ほど同じ過ちが繰り返されたのだが、酔ってる親父は鍵が開くのを待つとかインターホンを押すとか文明的な行動が取れないらしく、とにかくアグレッシブ。完膚なきまでに限界を破壊して我が家に押し入る親父だとか、ドアごと外して入ってくる親父とか、そういった常軌を逸した姿を何度も見ている。

「そりゃやばいって、また玄関を破壊される」

もう玄関のことが心配で心配で、イブとかプレゼントとか正味どうでもよくて、とにかく玄関の安否だけが心配。急いで僕と母親は玄関に向かいましたよ。

でもね、なんか玄関に彼の姿がないんです。破壊された形跡もないし、鍵を開けて外を見回してみたのですけど、忽然と彼の姿が消えていて姿が見えない。

「あら、まだ帰ってきてなかったのかしら」

とりあえず親父はまだ帰ってきてなかった。さっきの物音は何かの間違いだろう。そういう結論になりまして、僕と母は今に戻り、またもやテレビを見ながら煮物をつついたり、質素な食事に戻ったのでした。

その瞬間ですよ。

ガシャーーーーン!

突如破られる居間の窓ガラス。

うちの居間は大きなガラス窓が四枚ついてたんですけど、そのうちの1枚が突如破られたんですよね。しかも、それと同時にガラスで切ったのでしょう、血ダルマになった親父がゴロゴロと居間に飛び込んでくるの。

もう煮物食ってた僕も母も弟も驚いちゃって、半分ボケてた爺さんだけ不動明王のように微動だにしてませんでしたけど、とにかく平穏に過ごしてたイブの団欒が打ち破られて大混乱。未だに覚えてるからな、親父が窓を破った衝撃波で揺れたストーブの炎とか、ものすごい寒風が吹き込んできたこととか。

「ういーー、おらー、プレゼントー」

とか、血だるまになって渡す真っ赤な親父は正にサンタで、プレゼントとかもうボロボロになってたんですけど、すっげえ嬉しくなかったですからね。

ガラスの破片と親父の鮮血が飛び散る居間の畳の上、もうガラスの修理費がないと泣きじゃくる母、恐怖に泣き叫ぶ弟を面白がって、プレゼント片手にジェイソンのように迫りくる酔っ払い親父。とりあえず、どの国に行ってもこんなクリスマスはありえない。

12月の寒風が吹き荒れる我が家の居間。いつからか雨は雪へと変わり、誰もが喜ぶホワイトクリスマス、しかし我が家では寒さに震えるホワイトクリスマス。母さんが泣きながら破られた窓に新聞紙を貼ってるのと、酔いつぶれた血まみれの親父、泣き叫ぶ弟、寝たきりだったので尿瓶に尿をする爺さんが印象的でした。

その、あまりにありえない突入ぶりをみて、僕は思いました。ああ、これは軍隊の特殊部隊みたいなものだ。特殊部隊のような手際の良さの強行突入だ。

今日だけは親父が僕のサンタだった。そして、幼き日、親父が言ってたように、そのサンタは軍人で特殊部隊なんだ、と。だから、僕の中では未だにサンタクロースは軍人、軍人はサンタクロースなのです。

とりあえず、思いましたよ。ウチの親父は狂ってる。間違いないと。

ということで、みなさん、ヌメリークリスマス!

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