風林火山

風林火山

僕は動じない。何事にも動じない。

そら若い頃はいちいち色々なことに驚いたりもした、些細なことで大げさに驚いてみたり、外国人並にオーバーアクションで感情を露にしたりしたもんだった。親しい友人などには「おまえ、いちいち驚きすぎ」「何でもないことで騒ぎすぎ」と言われたものだったけど、それでも自分ではそれが普通で変だとは思わなかった。

けれどもなんだろう、ある時から僕は動じなくなった。何に直面しても驚きもしないし臆したりもしない、常に冷静でクールガイ、その姿はまさに現代に蘇った風・林・火・山。動かざることの山の如しだ。たぶん、目の前に女性器が蠢いていたりしても動じないと思う。僕が女だったら、確実に僕に抱かれたいと思うに違いない。

何でこんなにも動じなくなったのか、何でこんなにも冷静沈着になったのか、その原因を探ってみると、実は結構簡単なことだったりする。こういった急激な心境の変化ってのは、大体が何か衝撃的体験ってのが引き金になっていて、その体験が深く心に傷跡を残し、その傷を守るかのように心境や考え方の変化をもたらすのだ。まあ、早い話がトラウマってやつかもしれない。

僕の場合は簡単だ。親の財布から金を盗むような思春期が過ぎ去り、そろそろ男女間の惚れた腫れた、言うなればセックスとかフェラチオとかアナルとかが気になり始めた年頃に、弟のセックスをライブで目撃したことが引き金だ。

自分より格下、カーストの最下級に存在するはずの弟が先を越した。それもなかなかに好みのタイプの女性を相手に弟は大車輪の勢いで孤軍奮闘の大活躍。悲しいやら情けないやら、とにかく僕の心が殻に閉じこもるに足る出来事だった。なにが「邪魔しちゃったかな、はははは」だ、なにが「お兄ちゃん隣の部屋にいるからな、何かあったら呼んでくれ」だ、まるで混ざって3Pしたいみたいなセリフじゃないか。

この衝撃の出来事を境に、僕の心は堅い堅い殻に閉じこもってしまった。少々の事では驚かないし動じない。あの日、情けなさという溜息の中で演じた動揺に比べれば、どんな出来事も取るに足らないことなのだ。

先日の事だった。

いつものようにエロ本を購入しようと、近所にある行きつけのコンビニに立ち寄った時だった。いつものように扉を押し開けて店内に颯爽と入場すると、そこには途方もない異次元空間が存在していた。

なんだろう、何かとてつもない違和感を感じた。いつものコンビにであるはずだ、ほら、いつものように小汚いガキどもがジャンプを立ち読みしている。二人とも馬みたいな顔したカップルがいちゃつきながらコンドームを購入している。けれども何だろう、この店内には圧倒的な違和感が存在している。

おかしくないはずなのに何かがおかしい。強いて言うならば、水戸黄門を見ていたら越後屋が悪代官に「お代官様、チャンスですぞ」と言っているのを見てしまったような、極めて普通なのによくよく考えるとおかしい、という感覚に襲われた。まあ、一般人なら、この奇妙な感覚に見舞われただけで狼狽したり不安になったりするかもしれないが、現代の風林火山こと僕は動じない、極めて冷静に違和感の正体を突き止める作業に取り掛かる。

注意深く店内を見回すと、なんてことはない、拍子抜けするほど簡単な回答がそこにあった。

いやな、店員がすげえ婆さん。

もう、お年をめした方とか老けた方とか言ってられないレベルで婆さん。超婆さん。今にも死にそう。棺桶に片足どころか全身浸かってリラックスしてそう。そんな婆さんがセブンイレブンの制服着て威風堂々、凛としてレジのところに仁王立ちしてるんだよ。

いやいや、おかしいですやん。明らかに変ですやん。

普通、コンビニの店員ってのは何をやっても長続きしなさそうな若者とか主婦の人とかやってるものじゃないですか。なのに死にかけの婆さん、それも尋常じゃないレベルの超婆さん。おそらくもう10000回はコンビニに行ったことあるだろう僕だけど、ここまでの婆さんが店員ってのはちょっと記憶に無い。

まあ、その辺の馬の骨なら、コンビニに入った瞬間に驚愕して狼狽し、ガクガクブルブル、膝の下がケタケタ笑ってるような状態になるんだろうけど、ここでも雄大な僕は驚きもしない。ああ、婆さんが店員なのね、あんなお年寄りまでもが夜のコンビニで働く時代か、なんだかなあ、と迫り来る高齢化社会の並を嘆くくらいなのです。我ながら冷静すぎる。そこに痺れる憧れるゥ!

でまあ、婆さんは置いといて、買い物にきたのだから店内を軽く物色する。いつものように雑誌コーナーを一瞥もせずに一番奥の「18歳未満禁止エロ本コーナー」へ。最近は青少年への配慮なのかコンビニのエロ本はみみっちくビニールテープで止められてるが、そんなことでは動揺しない。なにせ冷静だから。的確に誰かが強引にビニールを破ったであろうエロ本をチョイスして立ち読みする。

そこで極上にエロスなエロ本を見つけることになるのだけど、僕は動じない。その辺の青二才なら俄然興奮し、チンポビンラディン、泉ピン子もビックリのピンコ立ちになるところだろうけど、神々が棲む山麓の如く不動な僕は動かない。購入すらしない。

で、次は飲み物コーナー。ここで爽健美茶を購入。先ほどの馬ヅラカップルが栄養ドリンクみたいなのを買っていて、おいおい、お前らはそれとコンドームを買ってどうするつもりだ。世界を壊す気か、などと思うのだけど、それでも動じない。

そしていよいよ、最大の目的であるお弁当コーナーへ。ここではいつも心の支えに生きている洋風幕の内弁当を購入する。意気揚揚と弁当コーナーに行くと・・・。ない!僕の心の支えである洋風幕の内弁当が売り切れていやがる。

普通の人なら絶望に身を落とし、下手したらリストカットすらしかねない勢いかもしれないけど、常に冷静な僕は違う。「ふーん、ないんだ。あれ美味いから仕方ないよね」とジェントルマンとしか思えない振る舞いで身を翻し、さっそうと麺類コーナーへ。

そこで普通に目にとまった焼きうどんを手にし、颯爽とレジへ。もうなんていうかな、今は店員が歴史的老婆なんだけど、これが若い娘とかだったりしたら俺に惚れちゃったりするんじゃないかな。全く罪な男だよな、冷静すぎるってのも考えものだ。

レジに到着し、焼きうどんと爽健美茶を老婆店員にスッと差し出す。なるほど、近くで見るとますます老婆じゃないか。下手したら大きなつぼの前で怪しげな液体をかき混ぜてそう。なんともセブイレブンの制服が似合ってないのが恐ろしすぎる。

お婆さん店員はもうバーコードをピッとやるヤツを持つ手がプルプルと震えていて危なっかしくて、おいおい大丈夫かよとか思うのだけど、冷静な僕は表情に出さない。ただただニヒルにレジの前に仁王立ちするだけだ。

ピッ、ピッ、商品のバーコードが読み込まれていく。やはりご老人には厳しいのだろうか、処理速度が他の若者店員よりも4割増で遅い。

「お弁当、温めますか?」

老婆は焼きうどんを手にとり、も温める気マンマンで僕に尋ねてきた。この問いかけに対し僕は極めて冷静に

「はい、おねがいします」

と物凄い男前な顔で答える。本当に若い女店員がいないのが残念なくらい男前でニヒルなんだけど、これが僕のライフスタイル、このまま温まった焼きうどんを受け取り、終始冷静に店を後にする。それが冷静に生きる僕の日常なのだ。

とかなんとか思ってるのだけど、なにやら様子がおかしい。老婆店員が、焼きうどんの蓋についてた鰹節の袋を外そうと必死になってるのだけど、かなり強固につけられてるらしく、なかなか外れないようなのだ。焼きうどんを温めるには電子レンジにかけなければならない、しかし、付属の鰹節の袋には「電子レンジに入れないでください」と書いてある。これを外さねば温められないのだが、見事なくらいに外れない。

おいおい、大丈夫かよ

もう老婆はプルプルと震えながら力をこめて鰹節の袋を引っ張ってるのだけど、一向に取れない。さすがに不安になってきて、このまま脳溢血とかでポックリいっちゃうんじゃないかと思うのだけど、それでも僕は焦らない。ただただ冷静に鉄仮面の如くレジの前で仁王立ち。

グイグイグイグイ

老婆が顔を真っ赤にして鰹節を引っ張る、その対面で僕が仁王立ちする。客観的に見ると物凄くシュールな光景なのだけど、僕にはどうすることも出来ない。ただただ冷静に黙って老婆を見つめるしかないのだ。

グイグイグイグイ

老婆の鰹節を引っ張るボルテージがマックスに達したその時だった。

グイグイグイグイ バシュ!

鰹節を接着していたビニールが老婆の引っ張り応力に耐え切れず破裂した。接着があまりに強固すぎて離れる事がなく、その根元のビニールの部分が先に破れたのだ。

これはもう大変。根元のビニールってのは焼きうどん全体を優しく包む役割をしていたのだけど、それが破れちゃったのだから大騒ぎ、フタがモロンと開いてしまうわ、行き場を失ったパワーが老婆の両腕を跳ね上げるわ。ボクサーがパンチをガードしたのに、あまりのハードパンチにガードごと吹っ飛ばされたみたいになってた。老婆が。

当然、焼きうどんはエラいことになってて、フタが開いておまけに跳ね上がってるもんだから中身が途方もない勢いで中空に浮くんですよ。それはそれは綺麗に老婆の頭上にばら撒かれる焼きうどんたち。ボワッと乱れ咲く焼きうどんの華、豪華絢爛、百花繚乱、ソメイヨシノ、ハナエモリ、そんな言葉がピッタリなくらい時が止まって見えた。

老婆の頭上に狂い咲く焼きうどんの華を見て、普通の人なら確実に焦るというか、その絵的な面白さに耐え切れず笑いを堪えるのがやっとでしょうが、僕は違う。

しょうゆソースに染まった茶色の焼きうどんが老婆の頭上に狂い咲く様を見て、「ああ、きれいやな、なんて風流なんだろう」って思うくらいだった。人外としか思えないレベルで冷静すぎる。若い女が見てたら濡れてるに違いない。

とまあ、こんな風に冷静沈着な僕、何があっても動じない、たとえ目の前で大塚愛がストリップとかしていても動じない自信があります。老婆が焼きうどんの華を咲かせるという離れ業イリュージョンを見ても動じません。

何事もなかったかのように新品の焼きうどんを温めてもらって家路に着く僕。普段から大体こんな感じ、何事もにも動じません。こんなに動揺しない俺ってどーよ、くらい言いたくなる。こんなクールガイに世の女性は惚れるがいいと思います。

まあ、本当は、上記の出来事では全く動じなかったのだけど、散乱というよりは産卵という言葉が適切なほど散乱した焼きうどんをしゃがんで拾ってる老婆店員、その腰の部分から桃色の肌着が垣間見えたりして、少なからず動揺したのだけどね。

死にかけの婆さんの肌着を見て動揺、いや正直に言うとやや興奮した僕。こんなクールガイに世の女性は惚れるがいいと思います。

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