ファミリーの脅威
カップルは死ね!7回死ね!
そうぼやく事が多かった。街でイチャイチャするカップルやら、ハメ撮りしそうな勢いで絡み合うカップルを目撃する度にそう怒りを燃やしたこともあった。でも、実は最近そうでもないことに気がついてしまった。
ウチの近所には「はなまるうどん」とかいう全国チェーンのうどん屋がある。あまりに能天気な看板に、「ホント、はなまるどころの騒ぎじゃないぜ」とか妙な対抗心を燃やして頑なに行くことを拒んでいたのだけど、つい先日、あまりに自分の身体がうどんを欲していることに気がついた僕は、「もう我慢できない!」と猫まっしぐら、単純すぎるほどに「はなまるうどん」に向かった。
時間は夕刻ごろだっただろうか、颯爽と店内に入って飛び込んできた光景に驚いた。はなまるうどんと言えば、うどんのファーストフード店みたいなもの、牛丼界が吉野家ならうどん界ははなまる、そう思っていた。当然のことながら吉野家のように店内では独身男性が所狭しとひしめき合い、メガネを曇らせて汗だくになりながらうどんをすする、そんな光景を想像していた。
しかしながら、いざ店内に入ってみるとそこには想像だにしない平和な光景が広がっていた。やや広い店内に数多くのテーブル席、そのほとんどを占拠するかのように家族連れが陣取っていた。
ざっと見ると8組ほどのファミリー。そのほとんどが円満そうな家庭で、小さな就学前の子供を連れて楽しそうに親子でうどんを食していた。夕飯ぐらい家で食べろよ、家族でうどんなんか食ってるんじゃねえよ、と思うのだが、なんだろう、なんだかとても幸せそうだった。
以前までは、こういったシーンでカップルとかを目撃するのは精神衛生上大変よろしくなかった。一人でモサモサとネグセ頭で食事をする僕と幸せそうな仲睦まじいカップル、「あーん」とかだってしてるかもしれない。そのコントラストがなんとも不愉快で、カップル死ね!7回死ね!などと思ったりしたものだけど、最近ではそうでもない。
最近では、カップルよりも家族連れのほうが精神衛生上よろしくないのだ。なんだろう、8月に28歳の誕生日を迎え、もう誤差を含めて30歳でもいいや、というような年齢に達してしまった時、カップルよりも家族連れのほうが自分の惨めさを浮き彫りにするような気がしてならないのだ。
もし僕が物凄い勇み足で20歳前半とかで結婚をしていたら、今頃4歳くらいの子供がいるかもしれない。その子供を交えて家族ではなまるうどん、そんな状態だって普通にありえるのだ。したら、こんな会話が繰り広げられるかもしれない。
「よし、今日はお父さん奮発しちゃうぞー。天ぷらとか食べてもいいぞ!」
「ほんと!?お父さん大好き!天ぷら大好き!」
「ああ、愛(娘4歳)の好きなもの食っていいぞ」
「あなた、そんな無理しないで・・・」
「何を言ってるんだ、たまには好きなものたらふく食わせてやりたいじゃないか」
「やった!愛ね、うどんも好きだけど天ぷらはもっと好きだよ」
「うんうん、吐くまで食べなさい」
「あなた・・・」
「愛ね、うどんも天ぷらも好きだけど、ホントはお父さんが一番好きだよ!」
「ははは、お父さんも愛のこと好きだよ」
「だから大きくなったらお父さんと結婚するんだ!」
「あらあら、そしたらお母さんはどうなるの?」
「その時はお父さんと離婚してね、お母さん」
「はははははははは」
「もう、失礼しちゃうわ、お父さんとは離婚しないわよ」
「ははは、そんなことよりどうだい、今夜・・・」
こんな光景が目に浮かぶようです。そう、今でこそボサボサ頭にジャージ姿、オナニー後にフラフラと一人でうどん屋に来てテンカスを山盛りに入れた肉うどんを食ってますが、一歩間違う、いや一歩正解してたらそんな幸せなファミリー像だったのかもしれません。そう考えると、カップルより家族連れのほうが精神衛生上よろしくなさ過ぎる。
カップルに対して怒りを燃やすなど、言うなれば青二才の証拠です。本当のナイスミドルは家族連れに怒りを燃やす、そういうことなのかもしれません。怒りの対象がカップルからファミリーに変わる、それこそが自分が大人になった証左なのかもしれません。
先日のことでした。
大阪に行こうと急遽思い立ち、大阪行きの飛行機に乗るべく空港へと向かったのです。急に思い立ったため、予約だとかそういうのは一切せずに空港に行ったのですが、当然ながら大阪行きの最終便は満員御礼、ソールドアウトとなっておりました。
「なんとかならないですかね?」
「そうですね、では空席待ちをしていただければ・・・」
カウンターのお姉さんに言われ、チケットを買うのと同時に空席待ちの番号札みたいなのを貰いました。記された番号は「B-13」。どういった順番なのかさっぱり分かりません。
「B-13ってことは13番目ってことですか?これって13人キャンセルが出ないと乗れないんですよね」
「いいえ、A番台が優先ですから、Aの方に乗ってもらって、それからBの方に乗ってもらうことになりますね」
「はあ、じゃあ13人以上いるってことですね。厳しいなあ」
「そういうことです」
とにかく、何人待ってるか知りませんが、この最終便を逃すともう大阪にはいけません。自分が乗れることを祈りながらカウンター周辺で待ちました。
見ると、同じように空席待ちをしている人々がカウンターの回りに何人かいました。見ると、出張族のサラリーマンみたいな人が多かったのですが、その中に家族連れとカップルが一組ずつ、威風堂々と鎮座していたのです。
カップルの方は、男女ともどもなかなかに美形なナイスカップル。その二人がまるで寄り添うかのようにイチャイチャしながら、手には空席待ちの番号札を持ってイチャイチャしていました。
家族連れの方は、お父さんとお母さん共に岩石みたいな顔をしていて、さらに5歳くらいの子供までも、クローン人間のごとく岩石みたいでした。おまけに両親はヤンキー風、子供までレオみたいな髪型にされていると言う、ヤンキーファミリーでした。
これまでの青二才だった僕は、イチャイチャするカップルに腹を立てていたでしょう。カップルがいなくなれば自分の空席待ちの順位も2人分上位になり、乗れる可能性も高まります。けれども、なんだろう。やはりイチャイチャと駅弁ファックしそうなカップルはどうでも良くて、むしろ家族連れの方に怒りを燃やしていたのです。
そりゃ、家族連れのほうが人数も多いですから、彼らがいなければ乗れる可能性はもっと高まるというのもあったかもしれません、けれどもなんだろう、無性にこの家族連れが腹立たしかった。
幸せな家庭像というものを空席待ちという侘しい場面で見せ付けられる、それが腹立たしかったのでしょう。とにかくカップルより家族連れに腹を立てる、そんな自分の心境の変化が老いというものを感じさせてくれました。
「JAL大阪行き最終便、空席待ちのお客様は3番カウンターまでお越しください」
そんなアナウンスが空港内に流れました。いよいよ、乗れるかどうか、その雌雄が決する時が来ました。サラリーマンもアベックも家族連れも、もちろん僕も番号札を握り締めて3番カウンターへと向かった。
「Aの札をお持ちの方、搭乗手続きを開始します」
優先だったA札の人間の搭乗手続きが始まる。そういう基準でA札が割り振られているか知らないけど、これが多いと絶望的。なんとか少ない人数で終わってくれと祈っていると、意外にもA札を持ってる人は一人しかいなかった。
「次、Bの1から7番のお客様、おられますか?」
続いてB札の7番までが呼ばれる。もしかしたら、7個しか空席が残ってないのかもしれない。もはや絶望的で、目の前が真っ暗になった。
しかし、面白いことに、ここでは3人のサラリーマンが名乗り出ただけだった。つまり、7番までを所有する他の4人は空席待ちだけして別の便で大阪に行ったか、早々に諦めたかということだろう。
「8番以降のお客様は順番に並んでお待ちください」
7番まで呼ばれて3人が名乗り出た。単純に考えて空席は残り4つ。13番の僕はかなり厳しい立場に追い込まれた。並んだ順を見てみると、どうやら8,9,10番が前述の岩石顔の親子連れ、11、12番が美形カップルだった。どう考えても13番は乗れない。
やはり家族連れは悪だ。ただでさえ一席一席が貴重な空席待ち、そこでこんな風に三席も持っていかれると多大なるダメージになる。まったくよー、家族連れはよー、と早々に乗ることを諦めた僕は一人でやさぐれていた。
「では、お客様は3名様ですね、ただいま搭乗手続きを開始しますので」
家族連れの搭乗手続きが開始される。やはり家族連れは悪だ。幸せそうに搭乗手続きしやがって。いいよな、お前らは大阪にいけて。いいよな、気持ちよく飛行機に乗れて。
これで残すは1席だろう。僕の前には二人のカップル連れ。もはや乗れるのは絶望的だと思えたが、ここにきて物凄い光明が僕の中で光り輝いた。
前で待つのはカップル、残り一席だったら乗らないんじゃないか?
残り1席な公算はかなり高い。すると前のカップルに1席が分配されるはずだが、そうなるとカップルのどちらかしか乗れないということになる。果たして、カップルがそんなことを受け入れるだろうか。たぶんきっと、二人で揃って仲良く大阪に行きたいんじゃないだろうか。
つまり、カップルが辞退して残り一席が僕に回ってくる可能性が高い!
なんてこった、俺の前がカップルなおかげで、残りが一席であるおかげで乗れなかったはずの飛行機に乗れるかもしれない。やはりカップルってのはいいものだ。家族連れは精神衛生上よろしくないけど、実はカップルってのはいいものなんだ。
「えっと、次のお客様はお二人連れでしょうか?」
カウンターのJALのお姉さんが怪訝な顔つきでカップルに話しかける。やはり残りは一席しかないっぽい。何たる幸運、何たる偶然。
「残りが一席しかございません。いかがいたしましょうか?」
お姉さんの言葉を受けて悩み始めるカップル。くくく、一緒に行きたかろう、一緒に乗りたかろう、それを受けての大阪旅行だろ、一人で行くなんて事はできないはずだ。
カップルの後ろで仁王立ちしながら鬼無双、僕は喜びが顔に表れるのを必死でこらえながら立っていた。
「ねえ、どうしよう・・・」
「いや、一人しか乗れないってのは・・・」
「どうしよう・・・」
悩みぬくカップル。空席待ちはフライト直前でないと空席が確定しないため、基本的に時間との戦い、刻々とフライト時間が迫る。
「急いでいただかないと・・・乗らないようでしたら次のお客様にお譲りいたしますが・・・」
いいぞ、いいぞ、JALの姉ちゃん。どうせカップルってのはここで片方だけが乗るようなことはできないのだよ。そこがカップルの素晴らしさだし、美しさなのだ。愛って良いもんだよな、おかげで僕が飛行機に乗れるんだから。さあ、早く辞退するんだ、あまり引っ張るとフライト時間が来てしまう。
「ねえ、どうしよう、どうしよう」
「わっかんねえ、どうしたらいいかわかんねえ」
さらに悩みだすカップル。早く辞退しろ。
「あのお時間が迫ってますし・・・」
少しイラついた様子で話しかけるJALのお姉さん。それを受けて、ついにカップルが決断した。
「あの・・・私・・・乗ります!」
え・・・?
女の方が突如として乗ると言い出した。これには僕もカップルの男の方もビックリ。おいおい、ちょっと待てと、お前らはカップルで仲睦まじく旅行なんだろうが。お前だけ飛行機に乗ってどうする。
(おい、お前の彼女トチ狂い始めたぞ、なんとかしろよ)
と視線で男の方にメッセージを送るのだけど、彼女の発言があまりに衝撃だったのか彼は呆然としてピクリとも動かない。
「わたし・・・ひとりで行くね・・・ごめんねごめんね」
泣きじゃくる彼女。やっとこさ彼が我に帰ったらしく
「仕方ないよ、気をつけていくんだぞ」
と彼女をそっと引き寄せる。で、JALのお姉さんが「時間がない」と言っているにも関わらず、泣きながら抱き合う二人。
「ごめんね、ごめんね。行ってくるね」
「気にするな、俺は大丈夫だよ」
そんなドラマのワンシーンみたいな別れを演出しながら二人は別れ、女の方は搭乗口へと駆けていきました。なに、この三文芝居。
いやいや、乗れないと薄々は分かっていたけど、もしかしたら乗れるかもしれないという期待を持たされ、なおかつハラハラしながらカップルの成り行きを見させられ、挙句の果てに乗れないなんて。
ずっと、カップルにはなんとも思わなくなった、家族連れのほうが嫌だって言い続けてきたけど、やはり言わせてもらう。カップルは死ね!7回死ねと。そういう僕はまだまだ落ち着くには早くて、まだまだ若いんだろう、やはり家族連れよりカップルがむかつくんだから。と言い聞かせながら、チケットを払い戻して空港を後にした。