無神経

無神経

無神経。この言葉ほど酷い言葉はないんじゃなかろうか。

神経とは、言うまでもなく僕らの体の中で大切な役割を果たすものだ。生体の運動や知覚を司り、一つの個体としてまとまった動きをするように各部分を統率し、おのおのの神経細胞が受けた刺激を伝達する経路のことを指す。つまりは、痛みとかそういった刺激を脳に伝える重要な仕事をしている部分のこと。それが無いって言われるのだから相当の罵倒文句であることは間違いない。

痛みも何も感じない。だから平気で他人を傷つけるようなことを言う、する、そういうことを指してのことだろう。肉体的な痛みというよりは精神的な痛みに対して使われることが多いが、とにかく痛みに対して無頓着、とんでもないウスノロみたいな人物像が浮かび上がってくる言葉だ。

今このサイトを閲覧している方々は僕の事を「良識的で心優しきナイスガイ」「クールで鋭敏、頼れる兄気風」だとか連想していると思う。中には「遊びでもいいから抱かれたい」と思っている生娘の方々も少なくないだろう。しかし、実はそんな事は全然無くて、散々っぱら上記の最強の罵倒文句である「無神経」という言葉を投げつけられるのが僕なのだ。

あれは小学生の時だっただろうか、僕の隣の席に加奈子ちゃんという女の子が座っていた。加奈子ちゃんはぶっちゃけるとお世辞にもカワイイとは言えず、早い話がブスだったのだけど、それがある日、ブスに拍車をかけて登校してきやがった。ブスの位が上がったとでも言うべきだろうか。

なんでも、自転車で転んだらしく、しかも思いっきり顔からいったようで見るも無残に顔面がベロベロに。今でも覚えてるんだけど、顔に残された生々しいカサブタが何とも言えないものだった。

クラスメイトたちは口々に「大丈夫?」とか「災難だったね」と心にも無いことを口走っていたけど、僕だけは彼女が席に着くや否や

「さらにブッサイクになったね」

とのたまっていた。満面の笑みで。本当に悪気とか全然なくて思ったことを率直に口にしただけの僕。きっと、アホすぎた僕は、このセリフを「大丈夫?」とかと同程度の当り障りの無い発言に思っていたのかもしれない。本当に悪気は無かった。

ただ、それが取り返しのつかない大失態を招いたのは曲げようのない事実で、加奈子ちゃんはオイオイ泣き出すわ、クラスのブスどもは怒り狂うわ、オーディエンスどもから反感買うわ、もう総スカンの嵐だったわけですよ。で、そこで言われたのが「ホント、無神経だよ!言って良いことと悪いことがあるんだよ」ってセリフでした。

ただ、何が悪かったのか微塵も分かっていない僕は、ただただ泣いている加奈子ちゃんの頬のカサブタを見ながら、あれを思いっきり剥いだらどんなに気持ちいだろうって考えてました。

それからはミスター無神経の称号を欲しいままにし、あちこちで無神経無神経と噂され、「pato君の家って貧乏なんだよ」「そおかー、だから無神経なんだね」といわれの無い差別を受けたりしました。正直、リストカットも辞さない構えだった。

確かにこの時の僕は無神経だったと思います。しかし、それは幼き故の過ちに過ぎない。いっぱしの大人になった今は人並み程度にわきまえていると思いますし、言いたいことをグッと堪える事だってあります。

前の職場で同僚のマッスル事務員B子さんが新手のバイオ兵器としか思えない失敗パーマで出勤してきた時だって、僕は「おいおい、それは俺を笑らかそうとしてるのか」って言いそうになるのをグッと堪えた。耐え忍んだ。自分は大人になり、無神経ではなく有神経になったんだなあって感慨深かったよ。

やっぱさ、人間ってのは幼い頃に無神経なのは仕方ないと思う。未熟だから色々なしがらみとか人の気持ちとか分からないしね。でも、大人になってもそういう発言をする人、これはもう無神経と言う他ない。そういう無神経は大人は許せないね。切腹ものだ。

先日、こんなことがあった。

ちょっとした用事で電車に乗ることがあって、トボトボと最寄り駅に向かって歩いていた。その駅は完璧無比な無人駅なのだけど、なぜかちょっと立派な待合室みたいなのが付いていて、雨風を避けながら各々が電車の到着を待てるようになっていた。

意気揚々と待合室に入ると、先客がいて、なんていうかなブーツの似合う小股の切れ上がった妙齢の女性がベンチに腰かけて文庫本を読んでいた。

やっぱ僕も男だから、こういった閉鎖空間、しかも待合室だから狭いところに綺麗な女性と2人きりってのは心弾むものがある。別にそれでどうこうなるとは思ってないけど、眼の保養になるし、それに良い匂いとかするじゃない。

おうおう、こいつはラッキーだ、存分に良い匂いを嗅がせてもらうぜとか思いながら少し離れた場所に座ったんですよ。そしたらさ、ホワーンと匂いが漂ってきましたよ。どれどれ、こいつはたまりませんなー、思いっ切り鼻から大気を吸い込みましたよ。

臭い!

いい匂いがするかと期待していたら大間違い。なんていうかな、外で飼ってる犬みたいな匂いがするんですよ。美女から野犬の類の匂いがするの。思わず「クサッ!」って言いそうになったもの。

そりゃね、美女から野犬の匂いがするってのはカルチャーショックで、そりゃ全米も震撼するってものなんですけど、やっぱそういうのって大人として、いや人間として言ってはいけないものじゃないですか。それで美女がブロークンハート、リストカットとかされたら堪ったものじゃないですからね。ココで指摘するのはあまりに無神経というもの。

くせーよーくせーよー、と思いつつも指摘できず、かといって待合室から即効で出たら「くさいですよ」って言ってるようなもの。ココはジッと耐え忍ぶしかないのか、無神経じゃなく生きるって辛いものだなって思いながら耐えましたよ。

したらさ、ガラガラッと待合室のドアが開いて、そこから獅子舞みたいなオッサンが入ってきたんですよ。もうなんというか、気が強くて何でもズケズケと指摘しそうなオッサンが。

ああ、まずいな。

そう思いましたね。見た感じ、このオッサンはかなり無神経そうだ。きっとすぐにでも「くさい!」と指摘して大暴れ、彼女を傷つけるだろう。マズイ、マズイぞ。なんとかせねば。

必死で対抗策を考えたのですが時既に遅し、もう獅子舞オヤジは入ってくるや否や

「なんだ!この臭いは!犬でもいるのか!」

大口開けて言いやがったわけなんですよ。口開けすぎて歯列ごと飛び出しそう、いやいや歯茎ごと飛び出しそうな勢いで言うわけなんですよ。で、「くさい!くさい!」とどっかの祭りみたいに連呼しながら窓とかバッシンバッシン開けていくの。

もうね、彼女もいたく傷ついたわけですよ。犬の匂いがするとはいえブーツを履いた美女ですよ。それをここまで傷つける獅子舞の無神経さに腹が立ったし、何もそこまで言わなくてもいいじゃないかって憤ってた。もうなんというか、いい歳こいてそんな考えが出来ない獅子舞に腹が立って仕方なかった。

ここで、「あんたちょっと無神経すぎますよ!ほら、彼女も傷ついてるじゃないか」と言ってやろうかと思ったんですけど、ふと思ったんですよね。ここで獅子舞に無神経だと指摘する行為、それも無神経なんじゃなかろうかと。

加奈子ちゃんがよりブスになったというのは罵倒。美女から犬の匂いがするという指摘も罵倒にあたる。でも、無神経ですよっていうのは最強の罵倒だから、それを大っぴらに指摘することこそ無神経なんじゃないだろうか。

この辺はパラドックスに陥ってしまって悩みに悩む部分で、何が正解なのか全く分からずに悶々としていたら、反対方向に行く電車が来たみたいで美女も獅子舞もその電車に乗って行ってしまいました。

一体何が無神経で、無神経を無神経と指摘するのは無神経なのか、と1人待合室で悶々と悩んでいたら、頭を抱えるような形にしていた自分の腕から野犬のような匂いが漂ってきました。

ああ、そうか。今日は寒いから去年から放置しっぱなしの上着を着てきたんだ。1年間寝かされていたこいつが犬のような匂いを放っていたのか。ここまでは外を歩いていたから気がつかなかったけど、待合室に入って初めて自分の匂いに気がついたのか。

人の嫌な部分を指摘する無神経さ、大人になっても人に気を使えずそんなこと言う人は許せないけど、それ以上に自分の発している悪臭に無神経なのは許せない。そういう無神経は大人は許せないね。切腹ものだ。

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