散髪クライマー

散髪クライマー

散髪ってのはな、山登りと一緒だ。

上へ上へ、とにかく頂上を目指す、苦しくても山を制したときの爽快感は何物にも変えがたい、山登りってのはそんなものだ。つまり、これでもかと言わんばかりに向上心が体現された行為なわけで、少し視点を変えると散髪ってのも大体似たようなものに見えてくる。

散髪ってのは向上心の表れだ。人間は別に髪が伸び放題でも死にはしないし、ボサボサで道路で寝る人みたいになっても死にはしない。なのに人は髪を切るし、綺麗に整えようとする。中にはスタイリッシュなカッコイイ髪型にする人だっているのだ。これはもう、自分を良く見せたい向上心の表れ、頂上を目指す登山家と変わらないんじゃないだろうか。

そして、多くの登山家がそうであるように、散髪家の多くもより高い峰を目指すようになる。近所のリクリエーション的な山登りから始まり、県内でも有名な山、それを制したら富士山、世界に飛び出して各国の名峰を極めていく。そして、いつかはエベレストを・・・。最初はピクニック的山登りだったのに、いつのまにやらザイルとか使ったリボビタンD的な山登りになる。本当に上を目指す登山家とはそうじゃないだろうか。

かくいう僕も、こと散髪においてはより高い名峰を、より困難な山麓を極める登山家の如くランクアップにチャレンジしてきた。最初は家での散髪からのスタートだった。母親に嫌々玄関に連行され、そこに置かれた丸椅子に座ってスキカルで頭を刈られる。ハッキリ言って母散髪ってヤツで、思いっきり前髪を揃えられたりして枕を涙で濡らしたものだ。

そして次に近所の散髪屋にランクアップ。これは当時、増えだしてた量産型散髪屋で、小学生カットが980円の激安ショップ。流れ作業であっという間に切られていって、髪形のオーダーもクソもない、全員一律同じ髪型にされる散髪屋だった。

次に僕が目指したのが、これまた近所の散髪屋。量産型の激安店とは違い、ちょっと高めの散髪屋だ。ここではカット後にシャンプーがあって死ぬほど驚いた経験がある。激安店ではなかったから。やけに声が甲高いオッサンが飛び跳ねるように切ってくれる店で、ハサミを持ってヒョウヒョウと叫びながら飛んで切ってくれる姿はバルログに通じるものがあった。

普通の散髪屋を極めた後、僕は散髪屋だけどやけにオシャレな店を目指すことにした。美容室ではなく理髪店、なのにオシャレ。切ってくれるのもDJみたいなヤツで、できあがる髪形もややオシャレだった。ここでは切る前と後にシャンプーがあるから死ぬほど驚いた思い出がある。

こうして、家散髪→激安店→散髪屋→オシャレ散髪屋、と次々に高い山を征服して行った僕、ついにさらに上を目指すべく、散髪業界で最高峰の山とも言えるオシャレ美容室にチャレンジしたのだ。ハッキリ言って難攻不落、途中で遭難してもおかしくない無謀なチャレンジだったけど、それでもなんとか挑戦したのだ。

話は約一ヶ月前に遡る。

大阪にてGa-Noise!というクラブイベントでDJをすることになっていた僕。よし、がんばるぞ!と鏡の前で自分の容姿をチェックしていたら腰が抜けるほどビックリした。

鏡には、とてもじゃないがDJとは呼べない、下手したら公園で幼女にイタズラしたり、日がな繁華街のパンチラスポットに陣取って暇を潰してそうな男が映っていた。

これが・・・俺・・・・!?

自分がヤバイ容姿の持ち主だとは知っていたけど、まさかここまでとは。顔の造作はもう仕方ないとして、やはり問題は髪型だろう。それに気がつくのに時間はかからなかった。伸び放題に伸びてボサボサの髪型、しかも、七三分けに近い髪型。

いかんいかん、こんな髪型でクラブDJができるか!

そう考えた僕は、危機感を募らせて一大決心。せめて今風の髪型でなくても、せめてテクノカットくらいにはしとかないと恥ずかしくてクラブにも入れん。そう考え、世界最高峰の峰を攻めるべく、オシャレ美容室に行くことを決心したのだ。

場所は大阪某所。Ga-Noise!本番を翌日に控えた僕は、とあるオシャレ美容室の前に立っていた。ここで最低限でもファッショナブルな髪型にしなければDJなってやれない。使命感に燃える僕には悲壮感すら漂っていた。

全体的に白で統一されたモダンな店構え。通りに面した部分は全てがガラス張りで、中を見る限りかなりオシャレ度が高い。鏡一つを取ってみても見たことないようなオシャレさで、あまりのポテンシャルの高さに尻込みしそうになる。

以前にも一度だけオシャレ美容室にチャレンジしたことあるのだが、その時はややオシャレ程度の美容室、今僕の目の前にある山麓とは比べ物にならないものだった。

中を見ると、3人ばかり女性のお客さんが髪をカッティングしたりパーマネントをあてたりしている。いずれも今風の小粋な若い女性だ。そして、それを取り囲むかのように今風でイケメン、オシャレな男性美容師が取り囲んでいる。さすが、オシャレ美容室、在籍する美容師も普通に「セックスはスポーツ」とか断言しそうなイケメンばかりだ。

僕はこんな難攻不落のエベレストにチャレンジしようと言うのか。こんなオシャレ美容室にユニクロのヨレヨレTシャツ、ボロボロのジーンズという軽装でアタックしようというのか。ハッキリ言って、遭難しても何らおかしくない。

とりあえず、いつまでもマゴマゴしていても始まらないので店内に入ることを決意。いよいよ難攻不落の最高峰へのチャレンジが始まった。

店の入口は床が一部ガラス張りでそこに花とか置いてあって、何から何まで癪に障るくらいにオシャレ。薄氷を踏むかのようにそのガラスの上を歩き、いよいよ店内へ。さあ、チャレンジの始まりだ。

店内に入ると、まるでオシャレ雑誌から飛び出してきたような今風の女性どもが、男にクソ高いバックやら指輪を買わせてそうな女どもがカウンターに鎮座しており、「いらっしゃいませー」だとか満面の笑みで言ってやがる。

「今日はどうされましたか?」

出入りの業者か何かと勘違いされたのかそう聞かれる。んなもん、髪を切りに来たに決まってるじゃないか。

「カットですね、それではこちらでお待ちください」

とまあ、なんだか待合所みたいな場所に通される。白い木製のオシャレなテーブルの上にヘアカタログみたいな本が数冊並べられている。

「どれどれ、これで目的の髪型を探してみるか」

と手にとって見てみたものの、全てが女性ばかり。まるで風俗情報誌のように女性がぎこちない笑顔で微笑んでいるのみ。あわわわわ、もしかしてここは美容師以外男子禁制なのか?かろうじて中性的な美男子だけは来店を許されるが、僕のような無骨な野武士は来ちゃダメなんじゃないだろうか。そうやってみると、明らかに女子供に媚びへつらった店の内装も納得できるってもんだ。

「こんんちは、私が担当になります。今日はよろしく」

同時に待っていた女性のところに担当美容師がやってくる。なるほど、やはり今風でオシャレ、イケメンだ。何かと女性が喜びそうな話題を振りまきそうな人で、ハッキリ言ってチンポ乾く暇なさそうな人だ。

どうしよう、僕の担当美容師もこんなイケメンナイスガイだったらどうしよう。「いやー、この間ナンパした女が貧乳でしてねー、お客さんもそういう経験ありません?」とか話しかけられたらどうしよう。ハッキリ言って会話についていけない。などと悶々として待っていると

「お待たせしました。本日担当させていただきますジョニーです」

と、物凄い三枚目キャラの美容師が現れた。言っちゃ悪いかもしれないけどデブな体型で、あきらかにひょうきんキャラ。合コンなんかにいたら間違いなく場を盛り上げる役で、仲間がお持ち帰りしてるのに自分だけ残され、それでも笑ってるようなキャラだ。

おいおい、ちょっとまてよー。確かにイケメンとかヤリチンキャラじゃなかったのは嬉しいけどさ、さすがにこれはちょっと酷いんじゃないか。おまけになんだよ、そのジョニーって名前は。三枚目キャラなのにジョニーってなんだよ!

「では、こちらにどうぞ。カウンセリングを行いますので」

と、明らかにパニックになってる僕など関係ないわ、と言わんばかりに案内するデブゴンジョニー。通された先は鏡と椅子があるだけの場所で、どうもそこでどんな髪型にするかとか相談するらしい。

「いやー伸びきってますねー、どうしますか?」

と、僕の髪を掴みながら鏡越しに話しかけるデブゴンジョニー。

「うーん、どうでもいいです。今風で」

「え!?」

大胆不敵、豪気な申し出にサモハンジョニーも困り果てた様子。悩んだ挙句、店の奥へと消え、男性用のヘアカタログ雑誌みたいなのを持ってきた。なんだ、あるんじゃねえか、それを早くもってこいよ。

「さあて、どんなんにしましょうかねえ」

渡された雑誌をペラペラめくると、巻頭では4ページぶち抜きくらいでTOKIOの長瀬君が特集されていた。ほら、あの、豹柄の女と付き合ってるとか言われてる人。

「じゃあ、これで」

「な、長瀬君ですか!?」

あまりの出来事に面食らった様子のサモハン。必死で取り繕うが動揺が隠せない。「君には似合わない」と言わんばかりの脂汗だ。

「じゃあその方針で行きましょう。まあ、本当は僕の中では坊主頭のイメージができてるんですけどね」

何だか知らないけどサモハンの笑えないジョークが飛び出す。寒い、寒すぎる。ここは冬山だったのかと思うほどに寒い。

洗髪してカッティングへ。横では今風のお姉ちゃんが頭に黒柳徹子みたいなマシーンをつけてパーマネントをあてていた。

「じゃあ切りますね、雑誌でも読みます?」

見るとそこにはモアだかゴレだかの女性向け雑誌が山のように。こんなの読んでも何ら楽しくない。仕方なく1冊だけあったサッカー雑誌を読むのだけど、世界のサッカー事情を知らないので何も面白くない。

「サッカーお好きなんですか?」

「いや、これしかなかったので・・・」

そんなギクシャクしたトークを交わしつつ、カッティングは進んでいく。

「まあ、僕の中では坊主頭のイメージができてるんですけどね!」

どうやらこれが彼の精一杯のギャグらしい。笑えない上に寒い。三枚目キャラのくせにどうなってるんだ。

そんなこんなで、カッティングも終わり、物凄く長瀬君っぽい頭になり、なんだか爽快な気分に。やっと俺も最高峰のオシャレ美容室を制覇したのだ。スッキリとした今風の髪型と共に頂上に登った時の爽快さを感じたのでした。

やはりより高い峰を攻めるのは素晴らしい。チャレンジが終わった時、新しい自分を手に入れられるのだから。

そんなこんなで、ネオ髪型でクラブDJをすることもでき、なにかとウキウキと日常生活を送っていたのですが、つい先日、ライターが見つからないのでガスコンロでタバコの火をつけようとしたら、ボワッとなって髪がチリジリ、ドリフのコントみたいになりました。もう台無し。

ということで、またもや、いいや、もっとオシャレな美容室にチャレンジしてみようと思います。登山家が山に登るのはそこに山があるから、それと同じでそこに美容室があるから僕はチャレンジしていきたい。

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