見てはいけないもの

見てはいけないもの

世の中には、見てはいけないものってのが少なからず存在する。

例えば、町を歩いていて路地裏で人が殺されている場面なんて見ようものなら、間違いなく自分も命を付け狙われることになる。そりゃあ、家政婦は見た!みたいにドアの隙間から「んまっ!」としょっちゅう衝撃の場面を目撃してたら、命がいくつあっても足りない。見ないほうが幸せ、ってのは往々にしてあるものなのだ。

これは人によって見解が分かれるかもしれないが、例えば恋人に対してもそうなのかもしれない。恋人の嫌な部分や衝撃の場面、具体例を挙げると最愛の人が夜な夜な風呂の垢を舐め取る癖があっただとか、恋人の浮気のシーンをリアルタイムで見るだとか、おまけにその相手が信じられないぐらいブッサイクだったとか、そういったのは見ないほうが、知らない方が幸せなのかもしれない。

これには二通りの考え方がある。冒頭の殺しの例にしても、今そこで行われている悪事を許せない!といった観点から目撃して良かったと考えるべきか、命を狙われるハメになって最悪だぜと考えるか。恋人の垢舐め癖を早期に知れて良かった、浮気されてることが分かって良かった、それとも知らないほうが幸せだったか。要はポジティブに捉えるかネガティブに捉えるかなのだろう。ちなみに僕は、いつだってネガティブに捉える性質のようだ。

中学に入学してすぐのことだった。

クラスに神田君という男の子がいた。彼は誰の目から見ても優等生で、真面目で実直、頭だって物凄く良さそうだった。また、それに加えてハンサムでスポーツマンだったりしたものだから、もう手がつけられなかった。

本当に天が二物も三物も与えてしまったような人物で、僕らのようなカス男子中学生とは一線を画していた。もちろん、最初の学級委員を決める選挙でもぶっちぎりの当選だった。こういう奴が将来は政治家になるんだろうな、そう思っていた。

中学に入ってすぐ、実力テストなる5教科のテストがあった。これは期末テストなどの定期試験とは違う立ち位置にあるテストで、定期試験が単純に成績表につける評価を決めるテストであり、実力テストはそれとは無関係に自分の実力を測るテストになっていた。

ぶっちゃけて言うと、定期試験は担当する先生が好き勝手に作ったテストで順位もつかないが、実力テストは学年どころか県下全ての中学校が同じ問題を使い、ばっちりと学年順位やクラス順位がついたりするのだ。歴然と存在する実力重視の弱肉強食の世界、それを象徴するようなテストだった。

入学して最初の実力テスト。当然ながら皆の関心はただ一つ、一点のみに集中されていた。

「誰が1位になるんだろうか」

入学したててで右も左も分からない。一体誰が最高にできるやつなのか、誰が一番ダメなのか、そればかり気になっている様子だった。そして、誰もが思った、「きっと神田君が1位を取るのだろう」と。

あれだけ素晴らしい大人物だ、できるに違いない。現に、入学してから実力テストまで、授業中の発言やノート取り、真面目さなど神田君が圧倒的だったし、彼の活躍しか目につかなかった。だから、誰もが思ってた、神田君が1位になるんだろうと。

そして最初の実力テストが終わり、残念ながら僕は芳しくない結果に終ったのだけど、そんなブロークンハートとは無関係に世論は白熱し、誰が1位なのかと1位探しが始まった。

実力テストの結果は、進学校にありがちみたく廊下に貼り出されるわけではなく、ただ個人個人に順位などが書かれた紙が配られるだけだった。誰もが自分の順位はひた隠しに隠しつつ、それでいて1を探すという、なんともバテレン狩りのような様相を呈してきたのだった。

「ねえ、神田君、1位だったでしょ?」

クラス1のブス、下手したら学年1のブスかもしれないお調子者の女が神田君に話しかけた。

「神田君が1位だと思ってたんだー。だってすごく勉強できそうだもん、いいなー。私も1位とか取ってみたい」

そんなやり取りを聞いていた僕は、アンタも別の分野で受賞してるぜ!1位をな!と思ったのだが、それは言わぬが華というもの。で、それを聞きつけたゴシップ好きの連中がここぞとばかりに囃し立てる。

「すげー、やっぱ神田が1位か!」

「やっぱりなあ、すげえよ!」

民衆のウェーブは一気にヒートアップした。わっと取り囲むように神田君に群がり、賞賛の声を浴びせたのだ。

「うん、よかったよ。思ったより順位が良くて」

そう言い放つ神田君の笑顔はやっぱり爽やかだった。

「ねえねえ、今度中間試験あるでしょ、私にも勉強教えてよ!」

何をトチ狂ったのか、ブスが神田君ににじり寄る。その様子は力士のテッポウに近いものがあり、断ることを許さぬ雰囲気がムンムンとしていた。

僕と神田君、そしてこのブスは同じ班に所属しており、どういうわけか班のメンバー全員で「学年1位の神田君と勉強して成績を上げよう!」という会がブスの強烈なるリーダーシップの元に結成され、あれよあれよという間に神田君の自宅での勉強会が企画されたのだった。

そして勉強会。神田君の家は普通に裕福そうな家で、新興住宅地みたいな場所に新築の今風の佇まいでそびえ立っていた。ナイスガイの神田君に裕福な家庭、家だって新築、この男には一生勝てないと思った。

でまあ、班員であるブスもおぞましい私服姿で到着したりして勉強会が始まったのだけど、ブス以外のほとんどの班員は僕を筆頭にあまりやる気がない。

「ちょっとー!やるよ!早く準備して!」

とかブスが猪みたいになって言ってるのだけど、僕は裕福な神田君の部屋に気もそぞろ。うわ、本棚にあんなにマンガがある、おお、スーパーファミコンもある、部屋にテレビがあるなんて羨ましい。とにかく全てが憧れで大興奮だった。

でまあ、ブスと神田君、あとはブスに言われて嫌々勉強する班員を他所に、僕は神田君の本棚を物色。手当たり次第にマンガを読んだのだった。

どれだけ時間が経ったのだろう。僕が何冊かのマンガを読み、皆が頑張ってドリルみたいな問題集を解いている時、階下から神田君のお母さんの声が聞こえた。

「お茶がはいったわよー」

それを聞いて階下に下りていく神田君。黙々と勉強するブスとその下僕達。そして、次読むマンガはないものかと本棚を物色していた僕。そこで僕は見てはいけないものを見てしまったのだ。

本棚の隅のほうは何やら小物を入れるようなスペースになっていたのだけど、そこに何枚かのプリントがキッチリと置かれていた。なんだろう?とそのうちの一枚を手に取ってみた。そこには衝撃の真実が。

「148位」

それは、他でもない神田君の実力テストの結果を記したプリントだった。そして、148位という順位。学年200人中148位。1位なはずの神田君が、148位。あの完璧無比、僕になど勝てるはずもない神田君が僕以下の成績。

ええ、ショックでしたよ。衝撃でしたよ。きっと、周りの期待やフィーバーぶりに言い出せなかったのでしょうけど、できることならば真実を見たくはなかった。できることなら知らずに過ごしたかった。

冒頭でも述べたように、見てはならないものを見た場合、二通りの考え方がある。真実を知れてよかった、知れてよかったとポジティブに考える思考と、知らない方が幸せだったとネガティブに考える思考。

もちろん、ここで、神田のヤロウ、俺たちを騙しやがって!てめーは148位じゃないか!ちくしょう、危うく騙されるところだった、でも早期に知れて良かったぜ!と思う気持ちなど微塵もなく、やはりネガティブに知らない方が幸せだったと思うネガティブな思考しかなかった。

きっと神田君だって辛かったのだろう。苦しかったのだろう。そう思うと何とも胸が締め付けられ、知らなきゃ良かったという感情がどんどん膨れていったのだ。

しかし、僕が手に取ったプリントの下にはそんな神田君の感情やら順位とかどうでもいいわ!と言わずにはいられない、もっと衝撃の見てはいけない真実が眠っていて、さらに僕を驚愕させた。

いやな、プリントの下にはなんか雑誌の水着アイドルの切り抜きみたいなのがあったのだけど、豊満な水着アイドルの顔のところに写真が切り貼りしてあって、なんか知らないけど春の遠足の時の写真だろうけど、ブスの顔が貼ってあるの。うん、やけに張り切っていたブスの顔が。

えー、1位ではなくて148位だったけどその他の部分ではカッコ良くて人格者な神田君があのブスを!?それよりなにより、顔だけブスにすげかえるなんていうテクニカルでネクラなことを!?

なんだろう、勿論ネガティブな感情しか浮かんでこなくて、いろんな意味で知らなきゃ良かった、見なきゃ良かったて思った。ケーキと紅茶をゴージャスなお盆に乗せて戻ってきた神田君の目を見れなかったもの。

とまあ、そんな思い出が急に蘇ってきた。今日、職場のトイレで小便をしていたら隣に同僚が立って同様に小便をし始めたのだけど、

「あ、この間のアレ、どうなってる?」

「あー、まだ全然やってないや」

とか排泄しながら会話して、やっぱ同僚の戦闘力というか装備力、持っている武器の強さが知りたくなって彼の股間をチラッと見たのだけど、なんていうか、武力は大したことなかったけどはいてるパンツがどう見ても女物だった。チロリとファスナーの隙間からパンツが見えたけど、間違いなくあれはパンティエだった。

まあ、間違いなく見てはいけないものを見てしまったのだろうけど、この時は知らなきゃ良かったなんていうネガティブな感情は全然なくて、「うむ、こんな変態が同僚だと知れて良かった」というポジティブな感情が沸き起こっていた。

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