自由への大脱走-後編-

自由への大脱走
-後編-

前回のあらすじ
楽して高給バイト!そんな謳い文句にまんまと騙された僕は、車に乗せられて遠く離れた山奥の山村へと連れて行かれるのでした。そこには無表情に同じ顔をしたクローン兵士どもと世界征服を企む闇の要塞が広がっていたのでした。人類存亡を賭けてクローン軍団と闘うことを決意する僕。果たしてどうなる!?今度は戦争だ!

なんてことは全然なくて、大学時代のクラスメイト加奈子さん(ブス)に騙されて実家まで行ったら農家の跡取りだとか祝言だとかいう話になっていて、こりゃたまらんと逃げる決意をしたって感じです。まあ、詳しくは前の日記を読んでやってください。それでは続きどうぞ。

とにかく、一刻も早くココを逃げ出さねばならない。さもなくば、何日かこの地に軟禁状態、知らず知らずのうちに既成事実やら同じ顔した加奈子さん(ブス)の子供なんかを作らされて、下手したら3日後くらいには甲斐甲斐しく牛の世話やら畑の世話をしていい汗かいてる僕がいるかもしれない。いかんいかん、そんなのよくない。そんなことになったら毎日がエブリデイだわ。

いやいや、決して農業が良くないとは言わないけど、僕にだってそれなりの夢はある。こんなところで畑を耕しているわけにはいかないのだ。それよりなにより、ブスな加奈子さんと結婚とか、そういうのは・・・。僕も人のこととやかく言える容姿ではないのだけど、やっぱ好みとかあるから・・・。

「とにかく、この山村から逃げるしかない」

自由という名の栄光に向けて脱出するには、加奈子さん一家が寝静まっている夜中しかチャンスはない。しかしながら、ざっと考えるだけでも幾つかの問題点が挙げられてしまう。こいつのことを考えるとなかなか厄介なのだ。

第一に、道をあまり覚えていないというのが挙げられる。来る途中、加奈子さんが運転する車でボーっと加奈子さんの横顔を「あんたブスだぁ、間違いなくブスだぁ。でも誰も恨んじゃいけねえ、俺だってその気持ちは良く分かる、でもな自分に同情しちゃダメなんだよ。それだけはダメだ。自信持っていきなよ」なんて思いながら眺めていたもんだから、ココまで通った経路を全く覚えていない。

おまけに、今は漆黒の闇が広がる夜。都会や町のそれとは違い、山間部の夜は本当に容赦ない。外灯なんて気の利いた文明の利器などありゃしないし、車の往来だって殆どない。ただただ闇に向かってうねる様に続くワインディングロードがあるだけ。まさに一寸先は闇、とてもじゃないが脱出しようがない。

そんな難攻不落、脱出不可能な要塞を前に呆然となるのだけど、それより以前にもっと根本的な問題に気がついた。道を覚えてないだとか明かりがないだとか、そういったのを超越した問題点がある。

うん、服がない。

なんか途中まであまりのナチュラルさにおかしいと気が付かず、同じ顔に囲まれて家族団らん、物凄くリラックスしたひと時を過ごしてたものですから、お風呂をおよばれして服脱いでパジャマとか着ちゃってるんですよね。

このパジャマがまた酷くて、たぶん加奈子さんのお父さんのものなんだろうけど、あきらかにサイズが小さい。上着なんてピッチピチではちきれんばかり、一時期チビTシャツとかが流行した時に、「ぽっちゃりです」って言って譲らないデブがそういうの着てボンレスハムみたいになってたんですけど、それみたいな状態になってるんですよ、これが。

ズボンなんてもっと酷くて、決定的に長さが足りない。もう弁慶の泣き所くらいまでしかなくてさ、別の意味で泣ける光景になってて、一歩間違えると頭の弱い子供の半ズボンみたいになってる。いくらなんでもこのナリじゃあ、脱出に成功してもその足で鉄格子の付いた病院にゴーになりかねない。

「まずは服だ、服を奪還しなくては」

暗闇の畑と対峙しながら、僕はそう呟いた。こうして、山に囲まれた要塞の如き集落、つまりは加奈子さん(どブス)の実家からの決死の脱出作戦が始まったのだった。

玄関のドアを開け、ソロリと中に入る。そいでもって用意された寝室へと赴き、枕元に置いてあった財布だとかの小物を回収する。

さて、次は僕が着てきた洋服だ。風呂に入る前に脱いだ洋服は何故だか知らないが風呂から上がると忽然と消えていた。「一丁あがり!」と訳のわからないロゴがポップに書かれたパンツまで消えていた。そして変わりにあの無茶なパジャマが置いてあったのだ。これから察するに、おそらく加奈子さんと同じ顔したお母様が洗濯か何かに持っていったのだと思う。

もう、僕の服を洗濯する時点で「逃がさないぜ」という加奈子ファミリーの熱いソウルを感じずにはいられないのだけど、そうはいかない。僕はなんとしても服を奪還して逃げ延びてみせる。こんな囚人服みたいなパジャマとはおさらばだ。

コレまでの人生でここまで気を使ったことはないぜ!というレベルで忍び足を敢行し、ソロリソロリと加奈子家の台所を歩く。目指すは風呂場の横にあった洗濯部屋みたいな小部屋。あそこにきっと僕の服があるに違いない。忍びの様な慎重さで洗濯部屋に向かう。

正直、電気を点けるのは目立ちすぎるので控えようと思ったのが、田舎町の闇ってのは思いのほか深く、このままではどれが自分の服なのか判断しかねるので洗濯部屋の電気を点けた。で、目ぼしそうな洗濯カゴなどを漁ってみるのだけど、どこにもそれっぽいのがない。

出てくるのは加奈子さんのだかお母さんのだか分からない下着ばかり。これじゃあ下着ドロと何ら変わりない。普通は下着にいたく興奮する僕なのだけど、それが加奈子さんもしくは同じ顔をしたお母さんのだと思うと全く興奮しない。饅頭を包む布以下の存在。どうでもいい。

それでも自分の服はないものかと必死で探すのだけど出てこない。そうこうするとビビッドな赤色の切れ込みが物凄いエロス過積載なパンティエとか出てきて、これ加奈子さんがはくのかな、いやいやお母様がとか考えちゃったりして「世の中には知らない方が幸せなこともあるんだ」と見なかったことにして洗濯カゴに押しやったり。

もしや・・・すでに洗われてる?

脳裏に嫌な考えがよぎった。悪寒のようなものを感じ、洗濯機の蓋を開いてみた。するとそこには明らかに汚れが溶け出しているとしか思えない灰色の水の中にプカプカと浮かび上がる僕の服たちが。コイツら本気だ、本気で僕を帰さないつもりだ。もう服を洗おうと水に浸けてやがる。きっと朝一で洗濯しようとスタンバイしてるんだな。

加奈子家とは一刻も早く繋がりを絶ちたい僕。このまま服を置いて帰っても繋がりは残るし、パジャマだって返したい。そう、残された道は、この服を着て帰るしかない。

泣く泣く洗濯機に向かって服を絞る僕の姿がそこにありました。もう服とか千切れるんじゃねえって勢いで力を込め、人を絞め殺すときでもこんなに力を入れないんじゃないかって勢いで脱水しました。その甲斐あってかある程度服は乾いたのですけど、やはり着てみるとビチョッと濡れた感触が。

とにかくパンツまで濡れてるってのは絶望的に気持ち悪く、どうにかしたいのですが背に腹は変えられない。仕方無しにそのまま忍び足で洗濯部屋を脱出し、寝室へと戻ったのでした。

で、さすがに、いきなりこの家を脱出して行方不明とか、勘違いした加奈子ファミリーが地元のボランティアや猟友会の力を借りて山狩りとかしだしかねませんので、とりあえず置手紙をすることに。台所に置かれた電話機となんか有線受信機(田舎の集落の連絡手段はもっぱらこれ)の横に置いてあったメモ帳とボールペンを借りて書く。

「急用を思い出したので、帰ります」

こんな山村から真夜中に飛び出すとか、どんなレベルの急用やねんって話なんですけど、とりあえずそんな置手紙を台所においていよいよ脱出。

まだビチョビチョと濡れる服を引っさげ、時折肌に触れる冷たさに「あひょう!」とか声を上げそうになるのだけど、なんとか堪えて抜き足差し足。アサシン並みの慎重さで抜き足差し足。

勝手口のドアがボロくて、あけるとギイイイイイイとかドラキュラが出てきそうな音がするんだけど、それでもなんとか静かに開ける。そしていよいよ舞台は屋外へ。

勝手口を出た瞬間に目の前には牛舎があって、なにやら夜中なのに興奮した牛がンモー!とか騒ぎ立てるのだけど「シー!」となだめて歩みを進める。ついには敷地から脱出し、畑の中の真っ暗な一本道を通って来るとき通った石橋へ。ここで不審な気配に気がついた加奈子さんあたりが起き出してきて山姥みたいにして追いかけてきたら恐ろしかったのだけど、そんなことはなく難なく石橋へ。

やった、もうココまでくれば集落はおしまいだ。そう、もう僕は自由なのだ。帰らせてもらえず農家を継ぐこともない。そう、俺は自由な鳥なのだ!はははは、誰も俺を縛れないぜ!

と思ったのもつかの間、集落を抜けても今度は国道まで鬼のようなアップダウンのきついワインディングロードを歩かなくてはならないことを悟り軽くブルーに。しかも街灯なんかカケラも存在せず、道も真っ暗。車だって通りゃしない。幽霊だってこんな場所通らないぜ。

しかも、ここはほぼ一本道なので、気づいた加奈子ファミリーが車で追いかけてきたら即座に発見されそうなので危険と判断。道から少し外れた藪みたいな場所を選んで歩く。もう野を駆け山を駆け草を掻き分けって言葉が適切なほど適切で、涙涙の大脱走。

「あんな美味しいバイト話に釣られるからこんな目に遭うんだ」

と自業自得を身をもって痛感。足は痛いわ暗くて怖いわ虫がいて気持ち悪いわで、泣きながら数キロ歩いてやっとこさ国道に出ました。

国道はいくらか街灯があって明るいですし、車の往来も田舎だから少ないものの若干ある。なんとか自分の街があるであろう方向に向かってトボトボと歩き始めました。まだまだ先は長い。そうそう、この時点で濡れてた服が体温で乾いてた。

そこからまた数キロ歩いていると、ガーッと僕を物凄い勢いで追い抜いていったトラックが先の方で急停車し、僕がそこに到達するのを待って運転手さんが話しかけてきました。

「自分、こんな場所でなにやってるん?」

「いやー、ちょっと訳ありで脱走してきまして」

「困ってるんか?じゃあまあ、乗れや」

こうして親切なトラック運転手さんに拾われ、僕は助手席で最初のアルバイトの話が来た部分から事の顛末を熱弁。すると運転手さんは

「そりゃあ災難だったな。こんな時間にあんな何もない場所歩いているから幽霊か殺人犯が死体を埋めに来たのかと思ったよ、がははははは。まあ、街まで乗せていってやるよ」

と善人としか思えないことを言ってました。いやー、世の中には親切な人もいるもんだなーと思いつつ車内を見回してみたのですが、そこでおかしな点が一つ。

いやいや、普通、トラックの運転手さんってエロスなカレンダーを車内に飾ってるじゃないですか。誤解を承知で言ってのけると、99%くらいの確率でアッフーンって感じのエロいカレンダーが飾ってあって、トラック協会か何かで決まってるのかと思ってるほどなんですけど、この運転手さんは飾ってないんですよ。

その代わり、車内にはマッチョな男性のポスターが。

いやいや、そりゃあおかしいじゃないの。普通は金髪エロスのカレンダーって相場が決まってるのに、マッチョ男性のポスター。おいおい、コイツもしかしてホモなんじゃないか。そいでもって僕は乗せてもらった見返りに体とか要求されて、「天井のしみ数えてればすぐ終わるから」とか言われるんじゃないか。とまあ、戦々恐々としながら「世の中には知らない方が幸せなこともあるんだ」と自分に言い聞かせて助手席で小さくなってました。

「ちょっと休憩していくか!」

と言われた時は、その先にシンデレラ城みたいなホテルがあって、もう一巻の終わり!貞操の危機!みたいな状態になったと思ったのですが、普通にドライブインで缶ジュース奢ってもらいました。いい人やないか。

結局、近くの街(といっても田舎)の駅まで乗せていってもらい、そこで夜を過ごした僕。始発が出るのを待ってなんとか無事生還することが出来たのでした。まさに世紀の大脱出だった。

後日、大学で見た加奈子さんはやっぱりブスでどうしようもなかったのですが、なんとなしに僕とは話しにくいようで次第に疎遠に。講義ノートも貸してくれなくなりました。

これは噂に聞いた話ですが、その後も学内の友人も何人か加奈子さんに家庭教師のアルバイトに誘われたそうなのですが、僕の体験談を知っていた彼らは全員拒絶。熱烈に拒否。

唯一あまり仲良くなかった吉田君が毒牙にかかったようなのですが、彼はなぜか暫くして大学を休学してフェードアウトするかのように退学しました。一体彼に何があったのか、まさか今ごろ既成事実を作らされて山村で農家でも・・・と思ったのですが、まあ、世の中には知らない方が幸せなこともあるんだと言い聞かせることにしました。吉田君、今でも元気にやってますか。

そうそう、結局バイト代はもらってなかった。

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