トールボーイ

トールボーイ

僕は今でこそ身長が188センチあって長身な部類、初めて会う人には「背高いですねー」くらいしか言われないのだけど、なんていうのかな、本音を言うともっと背が低い方が良かった。

そりゃ背が高い方がカッコ良くて、ハンサムで背が高い、オマケに白のエナメルの靴が似合うとか無敵の感があることは否めないのですけど、僕のようなブサイクが背が高くたって何も意味がないんですよね、じつは。

「いいよねー、背が高いとー」とか、頭の悪そうなアッパッパー姉ちゃんに言われたりするのですが、ハッキリ言って背が高くて良いことなんて一つもない。むしろ嫌なことの方が多いくらい。

歩いてればガンガンあちらこちらに頭をぶつける。看板から何から日本ってのは何でも175センチ前後を基準に作ってるみたいで、とにかく何かすれば頭をぶつける。

この間なんて、自宅で音楽かけて「イヤッホー」とか飛び跳ねながら踊り、モーニング娘。の振り付けの練習をしていたんですけど、そこで悲しき惨事が起きたのですよ。

ウチはワンルームタイプの部屋で、台所みたいな通路部分と部屋の部分が基本的には繋がってて同じ空間のように見せかけてるんですけど、どういった種類の罠なのかガコッと繋がってる部分の天井が低くなってるんです。

たぶん、ココからが部屋、ココからが台所!みたいに分かれている事を示したいんだと思うんですよ。いくら繋がってるからといって区別する事は大切!そういった部分曖昧にしがちだけどケジメだけはつかねいとね!なんていう製作者の良心みたいなのが見え隠れするんですけど、これがもう途方もない悲劇を演出するんですよ。

もうお分かりの方が殆どだと思いますけど、部屋でピョンピョン飛び跳ねてモー娘。を踊る、そいでもって罠のように一部低くなっている天井。それらから導き出される答えは勿論、頭ゴチンですよ。

イエー!とか飛び跳ねた瞬間に、低くなってるところで頭ゴチン。もう首から上がなくなったんじゃないかって衝撃で、目の前に星が飛んでるのが見えたもの。

でまあ、頭打って痛いだけならまだしも、その数分後には気持ち悪くなっちゃってゲロ吐きそうになってからね。

これもね、背がそんなに高くなかったらいくら罠みたいな天井でも頭は打たないし、いくら飛び跳ねたって打たないんですよ。ホント、背が高いってのはそんなに良い事じゃない。僕はもう、その事実に中学生ぐらいの頃に気がついていた。

僕は小学生ぐらいの時は背が低い男の子で、背の順で並ぶ時も前の方で、危うく前ならえの権利を剥奪されるところだったのですけど、中学になってメキメキと背が伸びました。それこそ一年で何センチも伸びたりして関節が痛くて、もう中学時点で180近かったですからね。

それでね、背の順で並ぶのも最後方になったり、背が高いねーとか言われたりして誇く、憧れの高身長を手に入れて天狗になっていたのですけど、実は良いことってそんなになかったんですよね。

急激に背が伸びたことにより制服も買いなおさないとサイズが合わなくなってきちゃったし、親戚筋からもらってた従兄弟のお古の服とか着れなくなったんですよ。ウチは貧乏だったから、それが何よりの痛手だった。

おまけに背が高いってだけの理由で途方もない不幸に見舞われたことがあったんですよ。

ある日のことでした、放課後になり、さあ帰ろうかなと帰る支度を始めていると教室に不良グループがどやどやと入ってきました。もう、ろくでなしブルースと言わんばかりの不良っぷりを見せ付けていた彼らは一目散に僕の席へと駆け寄ってきました。

「今日の放課後、西中と喧嘩するから」

不良グループのボス格の男はそう言いました。もう不良のボス格だけあって中学生にして酒もタバコもセックスも経験済みみたいな輩だったのですけど、なんか意味分からないこと口走ってるんですよね。

僕は不良でもなかったですし、このグループに属してもいませんでした。もちろん、このボス格と話しするのも始めて。どちらかというとコミカルなお笑い系グループに属していた僕ですから、全く無縁のお話でした。

「えっ!?それで!?」

全く率直な反応でした。そんなのとは無縁の世界で生きている僕、それにいきなり「西中と喧嘩」とか言われても意味が分かりません。

「今日の放課後、西中と全面戦争することになったから。それに参加しろよな。ウチの中学の一員として参加しろよ」

ウチの中学はお隣の西中と仲が悪く、不良同士のイザコザが絶えなかったんですけど、それがとうとう臨界点に到達、ついに今日全面戦争に発展し雌雄を決することになったようなのです。

「いや、そう言われても・・・」

全面戦争は理解できたのですが、それに僕が参加する理由が分からない。必然性も必要性も全く感じない。例えて言うならサラブレッド集まる競馬レースに柴犬が悠々と出走するようなものですからね。明らかに場違い。

「いや、でも、何で僕が・・・」

と困惑する僕にリーダー格の一言ですよ。

「背が高いから、なんか戦力ありそうに見えるやん」

まあ、この辺がシンナーばっかり吸ってる中学生の発想なんでしょうけど、全面戦争ってことで自軍の戦力を巨大に見せたかったのでしょうね、ただ背が高いというだけで僕が選抜されてるんですよ。全面戦争という単語を不良が真顔で言ってるのも笑えるのですが、この発想もまた笑えすぎる。

今考えるとお笑い種なのですが、当時は深刻で、このボス格に逆らうなんて事はできませんでしたので、当然ながら僕も決戦の地に赴きましたよ。

道中、不良どもに囲まれて

「西中なんて俺がぶっ殺してやる、ゲハハハハ」

「ヤニ吸いたい、ヤニ吸いたい、ブヘヘヘヘヘ」

という至極朗らかな会話を聞きながら思いましたよ、何で僕は背が伸びてしまったのだろう、と。背さえ伸びなければこんな場違いな不良大戦争の場にいることもなかった。ああ、背が高くたって何もいいことなんてない。殴られたりするんだろうな、痛いだろうな。今思い返しても可哀想になるくらいですよ。

結局、決戦の場に行くと西中の連中が不良のオールスター戦みたいに横一列に並んで待ち構えてて、赤い髪やら奇抜な髪型などなど北斗の拳のザコみたいに一流どころの不良ばかり集めていたんですよ。

でまあ、決戦の場である畑で両校が睨み合ってる状態で全然喧嘩とかに発展しなくて、「ばーかばーか」とか「西中はダサい」とか口喧嘩みたいな状態になって、そうこうしてると畑の持ち主の爺さんが血相変えて走ってきて「畑を荒らすな」とクワ振り回して大暴れ。両校共に散り散りになって逃げ出すという未曾有の展開に。なんだこれ。

喧嘩になって全然ならなくて、西中と口喧嘩になっただけで終っちゃったんですよね。で、最後に不良皆で駄菓子屋でアイス食って帰ったんですけど、そこでボス格が言った一言

「西中のヤツラ、ビビってたよな」

っていうのが、未だに何なのか全く持って意味が分かりませんでした。

この場合、喧嘩とかにならなくて被害は無かったのですけど、背が高いというだけで場違いな喧嘩の場に駆り出された僕。この時ほど背が伸びたことを悔いた事はありませんでした。

今でも、「背が高いね」なんて言われたって嬉しくもなんともなく、逆に「おいおい、それしかねえのかよ」とか思っちゃうくらいですから、背が高くて良かったって思った事は実は一度も無いのかもしれません。

背が高いというのは身体的特徴です。言うなれば身体的特徴が標準的規格から抜き出てるということなのです。この点から考えると背が低いも高いも根底は同じなのかもしれません。

背が人より小さく、それを気にしている人は「背が低い」と言われると傷つきます。それと同じで、背が人より高く、それを気にしている人だっているのです。僕のように。

多くの人が背が高いと言われて悪い気はしないかもしれませんが、少なくとも僕は嬉しくありません。それどころか「何もいいことなんかない」と思ってるくらいですから、下手するとムッとするかもしれません。

つまりは、身体的特徴をあまり指摘するのは良くないなってことなのです。背が低い人に会ってそれを本人に指摘する人は少ないと思います。それと同じで、背が高いこともあまり指摘してやらないでやって欲しいのです。

他人の身体的特徴を指摘する、できればそれはしてあげないのが円滑な人間関係を営む最良の方法なのです。

それにしても、今日、交差点で見た女の人はすげえ巨乳でビックリした。たわわに揺れてたよ。

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