ハルク・ホーガンよ永遠に
最近では「ハルク」というと緑色の化け物を思い出す人がほとんどらしい。普通の青年が怒りに触れた時、緑色のモンスターになって大暴れする。かの有名なハリウッド映画の主人公を思い描く人がほとんどだ。
けれども僕らプロレスで育った世代は違う。ハルクといえば超人ハルク・ホーガンだしIWGP初代王者だしアックスボンバーだ。緑色のモンスター?なにそれ?ちゃんちゃらおかしい。
まあ、本当はハルクホーガンの方がアメコミのハルクから名前を拝借している訳なのだけど、僕の中でハルクといえばハルク・ホーガン、最強に強くてカッコいい、このレスラーしか思い浮かばないのだ。
身長201cm体重115kgのヒゲ面のアメリカンレスラーは、アックスボンバーを武器に80年代の新日本プロレスを駆け抜けた。最近ではすっかりプロデューサー気取りのアントニオ猪木との死闘も記憶に新しいところだ。
少年だった僕にとってハルク・ホーガンは強い憧れで、同じくプロレス好きの友人とよくハルク・ホーガンごっこをしたものだった。まあ、アックスボンバーの真似をしたりとホーガンの真似をするのがほとんどだたけど。
そんな僕たちホーガン大スキ少年グループの中でどうしても許せないものがあった。考えるだけで腹立たしい、存在さえ許せない、忌み嫌う対象となるものがあった。それがボンボンという少年月刊誌で連載されていた「やっぱ!アホーガンよ」というマンガだったのだけど、とにかくこれが酷かった。
内容はギャグマンガで、ホーガンをパロッたアホーガンなる主人公がギャグをかます。それが鼻水ベロンベロンだったり脱糞物だったり、少年の僕らですら苦笑いするしかない下劣なるものだった。ウンコとかだけでバカウケするガキですら苦笑い、その事実から内容の物凄さを悟って欲しい。
ホーガンに強く憧れていた僕らにとってこのマンガは冒涜でしかなかった。「なにがアホーガンだ、バカにするな」と怒り狂い、ボンボン不買運動を展開したほどだった。まあ、不買運動なんてしなくても当時の主流派はコロコロコミックで、ボンボンはほとんど売れてなかったのだけど。
ギャグレベルに貶められるアホーガンに怒りを感じつつ、それでも僕らはホーガンに憧れていた。たぶんきっと、あれはホーガンの持つ強さだだけに憧れていた訳ではなかったのだと思う。
なんというか、ホーガンは華やかだった。今でこそK-1やPRIDEなどに代表される格闘技の世界はショーアップされた華やかさがあるが、当時のプロレスはどれもこれもどこか地味だった。特に入場シーンなどは散々たるもので、気持ち程度にスポットライトが踊り、チンタラと音楽が鳴る。で、アホなファンが死に物狂いで手を伸ばして花道を作る、そんなもんだった。本当に地味。
それに比べ、ホーガンの入場シーンは華やかだった。完全にショーアップされていた。日本流ってことで多少は抑えていたようだが、アメリカで試合をする時などはもっと凄くて、入場に15分ぐらい時間をかけることもザラだった。もう、完全にショーの世界。
そんなホーガンの華やかさに憧れる、戦後教育を受けた僕ら少年。やはりクッキリと焼け付くものがあったし、異人さんコンプレックスをグリグリとえぐられた者だった。
特にカッコ良かったのが、入場してきたホーガンが着ていたシャツをビリビリに破って脱ぐシーンで、オレンジ色のシャツが破られてその下から鋼の肉体が現れる度に興奮したものだった。男の肉体を見て興奮する少年達。傍目にはいささか危ないように感じるが、それでもやっぱり興奮した。
当然、その入場シーンやシャツ破りシーンすらも取り入れてホーガンごっこをする僕らだったけど、どうしてもシャツを破る部分だけは真似できない。非力で虚弱な子供にとってシャツを破り裂くなんて無理だった。どれだけ力を込めても丈夫なシャツはピクリともしなかった。
ホーガンは僕らより厚手のシャツをもっと簡単に破っている。力の差が歴然とあるとはいえ、どうしてこんなにも違うものなのだろうか。実際にホーガンの入場シーンをビデオで見て何度も何度も研究した僕らは、ある一つの事実に気がついた。
ホーガンのシャツ、最初から破れてやがる。
よくよく見てみると、ホーガンが着てくるシャツには最初から切れ込みが入れてあった。破りやすいよう、背中に大きなバツ印で切れ込みが入れてあったのだ。なるほど、これなら簡単に破ることができる。
シャツ破りのカラクリに気がついた僕らは、早速それを真似し始めた。仲間内で最もホーガン狂いだった浩介くんを後ろ向きで立たせ、真一君が目いっぱいにカッターの刃をめいっぱいに出して切り込みを入れる。バツ印になるよう慎重に切れ込みを入れていく。そこで途方もない事件が起こった。
「やべ、肉切れちゃったわ」
カッターを持つ真一君が、ものすごく冷静に言う。
「うそ!なんか痛いと思った!」
見ると、シャツは確かにバツ印に切れているのだけど、浩介君の背中にも見事なほどにバツ印の傷が出来ており、そこからダラリと血が垂れていた。
シャツを切ろうとしてついでに背中まで切っちゃう真一君もどうかと思うし、冷静に言われても困る。そこまで切られてても全然気がつかず、「うそ!なんか痛いと思った!」で済ませる浩介君もアホだと思った。
傷に気付いたら急に痛み出したらしく、鬼の形相で怒る浩介君。先ほど切り込みを入れたシャツを簡単に破り捨て、真一君に襲い掛かる。もちろん、背中には血の刻印を背負ったまま。
「お前ら全員、同じ傷をつけてやる」
逝っちゃった目でカッターの刃をチリチリとやり、次々と仲間に襲い掛かる浩介君。その怒りっぷりは、今思えば緑色のハルクみたいだった。で、そんなハルク浩介をアックスボンバーで迎撃する僕たち、という訳の分からない遊びに変わっていた。
半泣きでカッターを持って襲い掛かる浩介。背中には血の十字。容赦なくアックスボンバーで返り討ちにする僕ら。バカのように舞う僕らは、最初はホーガンに憧れただけだったのに、間違いなくアホーガンになっていた。うん、やっぱアホーガンよ。
なんてエピソードを、引越し荷物を整理していたら古い週刊プロレスが出てきたので思い出した。色褪せた週プロの表紙は若かりしホーガンで、僕はしばし懐かしい気持ちに浸った。
もちろん、あの日のようにシャツに切れ目を入れて破り捨て、柱にアックスボンバーして思い出に浸ったのだけど、そしたら腕が二倍ぐらいに腫れて上手に曲がらなくなった。うん、27歳になった今でも、僕はアホーガンだった、やっぱアホーガンよ。