四畳半の戦場

四畳半の戦場

へへ、やっぱり血には抗えないもんだな。またこの戦場に舞い戻ってきちまったよ。

今を遡ることおよそ2ヶ月前の4月、テレビとビデオという戦友を同時に失った俺はエロビデオから引退した。血で血を洗うエロビ闘争から一歩身を引き、悠々自適の隠居生活、そうなるはずだった。

けれどもな、一度染まっちまった血ってのはなかなか元にゃ戻らねぇ。俺の中を脈々と流れるエロビソルジャーの血が、ピンク色の血が、平穏な日常を許しちゃくれないのさ。

泣き叫ぶ妻子を置いて俺はまた戦場に舞い戻った。レンタルビデオショップのエロビデオコーナーという名の戦場。広さたった四畳半ほどの小さな戦場。甘えも妥協も命取りでしかないこの世界に舞い戻ってきたんだ。

俺の装備は心もとない。相変わらずテレビも、ましてやビデオもありゃしねぇ。けれどもな、戦場でそんな泣き言を言うヤツなんていやしねぇ。ココじゃあ装備よりも魂だ。それに、今は便利な世の中になったな、俺にはDVDってやつがある。これだけありゃあいくらでも立派に戦ってみせらあ。

くくく、やはりココは戦場だぜ。どいつもこいつも焼け付くようなギラギラした目をしてやがる。ハズレのビデオを選ばないように、間違って最新作を借りてしまわないように、予算内に収まるように、どいつもこいつもナイフみたいな目をしてやがる。

四畳半ほどの広さの戦場に、俺を含めて3人もの男がいやがる。他のナヨナヨした男とは違う、牙を持った男達、それも信じられないくらい研ぎ澄まされてやがる。

俺には分かってるぜ。お前らも信念があってこの戦場にいるんだよな。男には自分の世界がある。例えるなら空を翔ける一筋の流れ星(ルパンザサード)。

おっと!いきなり死のカーテン(注1)か。相変わらず手加減もクソもありゃしねえ。ブランク明けのこの俺に情け容赦なく死のカーテン。へへ、鬼どもが棲む世界はこうでなくちゃな。

(注1 死のカーテン−エロビデオを選んでいる人の前に立ちふさがり、選ぶのを妨害する行為。エロビソルジャーとしてはローキック並みに基本)

俺の前に立ちふさがる今時風の若者。名前はリトルジョン。なかなか良い動きしてるじゃねえか。だがな、移動の際に左肩が開く癖はいただけない。それじゃあ死のカーテンの意味がないぜ。おっと、ついつい先輩風吹かしちまった。ここじゃあ全員敵だったな。敵対心も忘れて忠告とは、俺も年取ったもんだぜ。いやいや、ブランクのせいかな。

おっと、こちらのオタク風のお兄さん(サンダース)はゾーンディフェンス(注2)か。この動きを見ると、俺は戦場に帰ってきたんだなあって思うよ。

(注2 ゾーンディフェンス−目ぼしい作品をキープしまくり他の人が借りられなくする手法。ガッチリキープした作品群から吟味し、最終的に借りる作品を決める。堅実派ソルジャーが好んで使う戦略)

この世界は何も変わっちゃいねえ。いつまで経っても戦場は戦場だ。今日が復帰戦だって甘ったれた気分も吹き飛んじまった。さあて、俺も極上のエロDVDでも借り漁るか。見てろ、リトルジョン、サンダース、これがプロのエロビソルジャーのエロビチョイスだ!

ブランクもものともせず借りまくる。いや、駆りまくる。そう、コレだよコレ。俺が求めていたものはコレだ。平穏な日常なんてクソ喰らえ、男と男のプライドを賭した戦い、生きてるってこういうことなんだ。

血を沸騰させながらエロDVDをキープしていく。その様を見て格の違いってヤツを悟ったのか、リトルジョンはスゴスゴと退散した。妥協して選んだのだろう、数本のエロビデオを大事そうに抱え退避した。戦場に背を向けた男、リトルジョン。なあに、まだ若いんだ、いくらでもやり直せるさ。

さて、そろそろ俺の方もサンダースに引導を渡して仕上げにかからなきゃな。おや?さっき戦場に背を向け、数本のエロビデオを持ってカウンターに行ったはずのリトルジョンが戻ってきやがった。一度戦場に背を向けた男が戻ってくる、これは只事じゃないぜ。

ふと棚の隙間からカウンターを覗いてみる。一体リトルジョンの身に何が起こったのか。ヤツを戦場に舞い戻らせたものは何なのか。塹壕から覗き込むように確認した。

バ、バカな!カウンターの店員がカワイイ婦女子に代わってやがる!

おかしい。さっきまでは屈強な憲兵みたいな店員だったはず。確かにそうだ、店に入った時に確認したはず。確かに憲兵だった。それが、今やカワイイ婦女子に。これだから戦場ってヤツは恐ろしい、何が起こるか分かったもんじゃねえ。

男店員だと思ってエロビを持っていったらカワイイ女に代わっていた。それでリトルジョンは血相変えて戻ってきたってわけか。

確かに恐ろしい。ビデオ屋の女性店員は地雷原みたいなもんだ。うっかり足を踏み入れたらとんでもないことになる。できれば避けて通りたいものだ。

でもな、戦場において「地雷原だから通れない」は通用しねえ。そこが地雷原だろうがなんだろうが先に進むのみ。俺たちエロビソルジャーは不器用だからな、それしかできねえんだ。

「このままじゃ、いつまで経っても行けない。よし、勇気を出して行ってみよう!」(リトルジョンの心の声)

「まちな」(俺の心の声)

「え・・・!」(リトルジョンの心の声)

「あたら若い命を散らすでない。お前はまだ若いんだ。俺が行く」(俺の心の声)

「そ、そんな、だって俺・・・アンタが選ぶのを邪魔したり・・・」(リトルジョンの心の声)

「なあに気にするな。昨日の敵は今日の友。一緒に戦ったらもう戦友さ」(俺の心の声)

「俺・・・俺・・・」(リトルジョンの心の声)

「女店員は俺がひきつける。その隙にオマエらは周り込んで男店員の方を突破するんだ、いけ!リトルジョン!サンダース!」(俺の心の声)

「隊長・・・!」(リトルジョンとサンダースの心の声)

うおおおおおおおおおお。塹壕を飛び出し、迫り来る砲弾をかいくぐって敵将の元に辿り着いた俺。早速、吟味したエロDVDを差し出す。「レイプ!レイプ!レイプ!」タイトルだけで10年くらい懲役になりそうなDVDを麗しき女店員に差し出す。

「会員証をお願いします」

「なにをやってるんだ。リトルジョン、サンダース。早く、俺がひきつけてる間に周りこめ!」(俺の心の声)

会員証を受け取り、バーコードを読み取る女店員。その隙にリトルジョンとサンダースが塹壕を飛び出し、男店員の方に回りこむ。これでいい、これでいんんだ。そんな心配そうに見るな。老兵は死なず、ただ消え去るのみ。年老いたロートルが若い世代にしてやれることなど、これくらいのものだ。

「あれ・・・あれ・・・?」

戦場ってヤツは魔物が棲んでいる。何が起こるかわかりゃしねえ。女店員は必死でエロDVD「レイプ!レイプ!レイプ!」のバーコードを読み取ろうとするのだけど、全然読み取れない。

「田中さん、バーコードが・・・」

女店員は横の男店員に懇願するように話しかける。

「んあ?なんのソフトが読み取れねえの?ソフトによってたまにあるんだよなー」

「レイプ!レイプ!レイプ!です」

ごふっ!

やられちまった。やられちまったぜ。これじゃあ晒し者じゃねえか。婦女子の口から借りたエロDVDのタイトルを言われる。間違いなく致命傷じゃねえか。

「リトルジョン、サンダース、良く聞け。俺はもうダメだ。敵の次の砲撃が来る時、俺はもうこの世にいないだろう」(俺の心の声)

「隊長ーーー!」(リトルジョンとサンダースの心の声)

リトルジョンとサンダースは、俺の横の列に並びながら悲しげな目で、悔しげな眼差しで見ている。

「なあ、今度生まれ変わったら戦争のない世界で過ごせるのかな。俺達ソルジャーが気兼ねなくエロビデオを借りられ、誰と争うこともなく好きなエロビデオを借りられる、そんな世界が来るのかな・・・・ガクッ」(俺の心の声)

「隊長ーーー!」(リトルジョンとサンダースの心の声)

リトルジョンとサンダースをかばうため、若き次世代に自分の意思を受け継がせるため、戦死したはずだった。しかし次の瞬間、奇跡が起こった。

「あー、いいよ。こっちでやるから。貸して」

男店員は俺の「レイプ!レイプ!レイプ!」を女店員から受け取ると、自分のレジで処理し始めた。すんでの所で命拾いだ。そして、

「お待ちのお客様、こちらにどうぞー」

手が空いた女店員のその言葉は、他でもないリトルジョンとサンダースに向けられていた。

リトルジョン、サンダース、戦死。

エロビデオコーナーという名の四畳半の戦場。ココでは何が起こるのか分からない。少しでも気を抜けば即座に命を落とすことになるだろう。

あばよ、リトルジョン、サンダース。お前らの墓参り、ちゃんと行ってやるからな。いや、俺らに墓参りなんて似合わないな。お前らが命を落としたこの場所に、お前らの大好きなエロビデオ持って来てやるからな(1週間後に返却しに)。

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2004年 抜粋テキスト TOP inserted by FC2 system