悪魔はそっとドアをノックする

悪魔はそっとドアをノックする

「おい、知ってるか。女のアソコにはもう一個穴があるらしいぜ」

「うそー!」

「ホントだって!しかもそこからオシッコとか出るらしい」

「うえー、汚ねー」

得意気に大声で話しながら歩くランドセルの小学生を見ながら、なんだか微笑ましい気分になりました。おい、小僧ども、お前らは汚い汚いいうけどな、もう何年かしたらそんなこと言ってられないぞ。何に変えてもソレを見たくて仕方なくなるし、匂いだって嗅いだりすると思う。観音様とか呼んだりしてな、そりゃもう貪るように舐めたりするんだ。お前のチンコだってズル剥けになってグロテスクになるんだぞ。そんなこと言ってられるのは今のうちだけだ。

思えば、僕も小学生だった頃、女性アソコにあんな神秘的なものが潜んでいるとは思いませんでした。完全に尻の穴しか存在していないと思っていたし、あんなアワビみたいなのがあるとは思ってなかった。あんなのよくよく考えたらただのアワビじゃないか。

それを思うと、僕も大人になったものです。今では存在を知らないどころか女性器のスケッチだって詳細に描けます。それどころか、裏ビデオとか見ても「これは使い込んでるな」などと女性器ソムリエのように判定することだってできます。チンコだってズル剥けになりました。人間ってやっぱり成長するものなのですね。

遠い少年時代に置き忘れてきたセピア色の何か。あの頃は何もかもが神秘的だったし、未来に向けてワクワクしてた。新しい物に触れる度にドキドキしたし、初めて女性器を見た時なんて、口から心臓が飛び出るくらい、心臓から口が飛び出るくらい興奮したものだった。幼くて何も知らないことこそが極上のスパイスで、毎日が大冒険だった。

「もう、あの頃には戻れないんかなぁ」

大人になることは汚れていくこと、なんてよく言います。それはきっと、何でもかんでも知っていくことに他ならないのだと思います。女性器だって分かるし、アナルファックだって分かる。ガチャピンの中には人が入ってるって知ってるし、ねるねるねるねは明らかに体に悪い食べ物だって知ってる。

知ってるからこそ、嘘を覚え、欺瞞を覚え、誤魔化すことを覚える。純粋に物事に触れられなくなっていく。周りの環境だって同時に大人びた汚いものになっていく。きっとそういうことじゃないのかな。

青っ鼻を垂らしながら登校する小学生を見ながら、そんなことを考えて出勤していました。好きでもない仕事に従事し、眠いのに毎日起きて出勤する。それだってきっと僕が大人になったことに他ならないと思います。

そんなこんなで、今日も孤独に耐えながら仕事をし、子供の頃に戻りたいなどとドリーミーなことを考えながらエクセルファイルと睨めっこしていましたところ、

コンコン

と我が仕事部屋のドアをノックする音が。ドアを開けてみると、そこには我が直属の上司が風林火山と言わんばかりに仁王立ちしておりました。

やべ、また何かミステイクが発覚したのか。また僕は怒られちゃったりするのかな、と内心ビクビク。たぶん、ちょっと彼が頭をポリポリ掻いただけで僕はビクッと身構えていたに違いない。そんぐらいビビっていました。

「ちょっと時間いいかな?」

「はあ」

そう言うと、ズカズカと僕の部屋に入ってくる上司。パソコンの画面がNuemriを開いたままだった僕は神の如き素早さでモニターの電源を落とし、椅子に座る彼にコーヒーを入れ始めました。こうやって悪事を隠すことを覚えたのも、コーヒーを入れる気遣いを覚えたのも僕が大人になったからに違いありません。

「pato君、もう仕事には慣れたかな?」

「ははははは、はい。慣れ慣れです!」

慣れてもクソもなくて、あまりの生活リズムの狂いっぷりに体が悲鳴をあげているというのに、そう答える僕。やはり大人になったものです。

「君、今年で27歳だっけ?そろそろ良い歳だよな」

「あ、はい。今年で28ですね」

なんてことはない会話。ありふれた日常会話。僕の親父くらいの年齢の上司と他愛もない会話ができる大人びた僕。全てが川のせせらぎの如くゆっくりと流れる時間でした。しかしながら、上司の次の一言は、そんな清流を濁流に変えるとんでもアニマルなものでした。

「そろそろ嫁さん探さなきゃな。お見合いとか興味あるか?」

そう言って彼は物凄く高価そうな厚紙が表紙になった冊子を手渡してきたのでした。ちょ、ちょっと待ってー、これお見合い写真じゃないですか。なんですか?僕にお見合いをしろと?そんな健やかな顔してからに、僕にお見合いをしろと?

愕然としました。上司とかにお見合いを勧められる20代後半の若者なんて、テレビドラマの世界のお話だけと思っていました。まさか、自分にこんな話が振ってくるとは。なんというか、いつのまにかこんな話が来るくらい大人な自分にビックリです。

「まあまあ、ちょっと見てみてよ。知り合いの娘さんでね。良い女性なんだわ。ハッキリ言ってお勧めなんだわ」

執拗にお見合い写真を勧める上司。大抵、こういった場合、ちょっと歳いってるけど極めて美人な人が振袖姿で写真に写ってたりしてましてね、「こ、こんな美しい人が・・・」と驚愕する僕。「家事完璧、得意料理は日本食」とか言われて、「まままままままさか、そんな素敵な人と僕がお見合い?」とガクガクと震えたりするものです。

そんな淡い期待を胸に抱きつつ、重厚な表紙を開きました。すると・・・

なんだこれ?

なんかね、表紙を開いたらさ、ズデーンと写真の真ん中に振袖を着た日本ハムファイターズのマスコットみたいな女性が燦然と写ってたからな。もう、何をどう理解してしていいやら皆目見当がつかないブツが写ってた。

最近のお見合い写真って凄いのな。僕の頭の中ではお見合い写真と言えば、普通に厚手の表紙の中に写真が一枚入っているもんだと思っていたけど、最近のお見合い写真は大変進歩している。

まず、写真が一枚じゃなくて、何枚もあって数ページに及んでるのな。で、一枚目は普通に全身像。で、ページをめくって二枚目が凄い。なんかファッショナブルに画面分割とかされてて、笑顔の写真やら活花している横顔とか、ちょっとおすまし顔とか、そういうのが躍動感満点でレイアウトされてるの。めくって三枚目はもっと凄くて、普通にボールみたいな物と戯れる着物女性が写ってるんだけど、画面全体にカットインって言うの?そういうのが入ってて、ボンヤリと女性の笑顔が入ってるの。なんていうか、ヤンマガの熊田曜子のグラビアよりすげ−よ、これ。まあ、写ってるのはファイターズのマスコットなんだけど。

「あの、せっかくですが・・・僕もお付き合いしている女性がいますし・・・」

と、正に大人、コレでもかと言わんばかりに大人な対応でヤンワリと断りましたところ、上司のヤツ

「え!?」

と驚きを隠せない表情をしておりました。なんていうか、「のび太のくせに生意気だぞ」って言うスネオみたいな眼差しをしてた。

「でまあ、君にもお見合い写真を撮ってきて欲しいんだ」

そいでもって、僕の「お付き合いしている女性がいる」という積極果敢な申し出は完全スルー。岬君の如きテクニックで完全スルー。さすがのキーパー森崎もコレにはバランスを崩すしかない。人の話を聞いてるのか、このバカは。

ということで、相手の女性に悪いので僕は物凄く丁重に断ったのですが、なんかウチの上司は話が通じない人みたいです。無下に上司に逆らうなんてのは大人がやることではありません。僕ももう子供じゃありませんから、上司の顔を立ててお見合いに望んでみようかと思います。

「この人はね、保母さんやってるから。子供好きだし最高だぞ」

と上司のバカが言ってましたので、今の色々なしがらみに縛られている大人な僕では、何でも知って汚れてしまっている僕では少しばかり先方が気に入らないかもしれません。

ですから、僕の子供らしさをアッピールすると言う意味で、子供の気持ちに帰り、お見合いの時の第一声は

「おい、知ってるか。女のアソコにはもう一個穴があるらしいぜ」

と子供のような無邪気さで相手の女性に切り出して、ぶち壊してこようかと思います。まあ、その前にお見合い写真を送った時点で先方から丁重に断られるだろうけど。

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