素敵な日曜日の過ごし方

素敵な日曜日の過ごし方

日曜日の朝っぱらからパチンコ屋に並ぶヤツはクズです。今日は127番台が出るかな、ちくしょう今日は寝坊しちまって列の後ろの方だ、お目当ての台取れるかな、うわ、またあの常連軍団が列に横入りしやがったよ、殺してえ、などと朝っぱらから悶々とするのは精神衛生上よろしくありません。

おまけに丸1日かけて休日をパチンコに費やすなど愚の骨頂。金も減るし精神的ストレスも相当なもんです。そう、間違いなく言える、休日をパチンコに費やすなど愚か以外の何者でもない。

最近やっとこさその事実に気がついた僕は、休日パチンコを止め、日曜日は人並みに優雅に過ごすことにしたのでした。うん、真っ当な日曜日を過ごすことにした。

朝も早くから起きてまだ人通りの少ない並木道を歩く。心地よい木漏れ日を受けながらあてもなく歩く。これだけで自分が至極真っ当な人間に思えるから不思議なものです。朝っぱらからパチンコ屋に並んでると自分はカスかそれ以下にしか思えないけど、並木道を歩けば普通レベルになれる。人間なんて簡単なものです。

そんなこんなで、フラフラと、太陽の光に溶かされそうになりながら、慣れないことするもんじゃねえな、と早くも後悔しながら歩いておったのですが、ふと前方を見ると何やら異常というか異変というか、静かな田舎町の朝の風景に似合わない光景が広がっていました。

いやな、なんか、とある建物にオバハンが密集してるんだよ。

建物の入口にオバハンが列を成して、扉が開くのを今や遅しと待ってるの。こんな光景、シーズンごとの大バーゲンか銀行の取り付け騒ぎくらいでしか見られません。おうおう、銀行でも潰れたかーと近づいてみますと、そこは何てことはない、ただの市民会館でした。

市民会館の入口で今や遅しと会場を待つオバ様方。なんというか、パチンコ屋の開店待ち以上に荒み澱んだ空気が蔓延しておりました。で、そんなオバさんどもの一団から離れて制服を着た中高生が屯しており、皆様手には麻薬でも入ってそうな黒いケースを持っておりました。

なんだろう?なんかの集まりか?それにしても異様だ。

妙に気になった僕はさらに市民会館に近づき、一体今ココで何が起こってるのか確かめようとしたのでした。

「中高吹奏楽連盟合同練習会」

市民会館の入口にはそう書かれていました。なるほど、これは市内の中高生、それも吹奏楽部の連中が集まって練習をする会なのか。それならば制服の彼らが黒いケースを持って待っているのもわかる。きっとあの中には楽器が入ってるんだろう。で、このオバハンたちは保護者ってわけか。自分の子供の演奏をより良い場所で聞くために開店待ち。まるで豚舎みたいな状態で開店待ちしてるってわけか。

ハッキリ言って、僕は吹奏楽というものがどんなものか良く分かりません。今までほとんど触れずに過ごしてきました。中学校の時に好きな子が吹奏楽部に入っていたので気を惹こうと興味あるふりをした事はありますが、基本的には全く無縁の場所で過ごしてきました。

そんなこんなで、ここは「そっか、吹奏楽の練習会かー」とスルーし、何の目的もない散歩を再開するところなのですが、ここで妙な考えが起こってしまったのです。

まてよ、吹奏楽を聴いて1日過ごすのもいいんじゃないか。

パチンコなんてカスがすることです。それならば市民会館で中高生の吹奏楽を聴く。これってば人間的に5ランクぐらい上、物凄く文化的な日曜日の過ごし方じゃないんでしょうか。

そんなこんなで、幸い入場無料で誰でも入れそうな雰囲気でしたし、わるで、「僕も保護者です」と言わんばかりの顔でオバチャン連中の列に加わり、市民会館の扉が開かれるのを今や遅しと待ち構えるのでした。

いよいよ開場。市民会館職員の手によって重苦しいほどに重そうな扉が開け放たれます。その瞬間でした。

ドドドドドドドド

並んでいたトドのような主婦達が一斉に開場に雪崩れ込みます。娘のため、息子のため、子供たちの演奏をベストポジションで聞くため、我先にと走り出すのです。なんか、福男を決める祭りみたいな状態になってた。なんだよこれ、パチンコ屋の開店時より酷い状態じゃないか。

でまあ、主婦達に揉みくちゃにされつつ会場に入った僕。なんとか後ろの方の席をキープしつつ、演奏が始まるのを待ちます。

なんか、今日は発表会だとかコンクールだとかそういった形式のものではなく、練習会です。ですから、会場の半分は中高生の吹奏楽部、そしてもう半分は保護者や関係者。ざっと見、この広い会場の中で吹奏楽に縁もゆかりもないのは僕ぐらいのようでした。なにやってんだ僕、こんな場所で。

でまあ、会場の半分が吹奏楽部部員、それも今日は練習をしに来ているのですから楽器を携えて座席に座ってるわけなんですよ。で、後に壇上に上がって演奏をすることになりますから、ブーとかピーとか、席に座りながら音出ししてるんですよ。それが数百人規模なもんだから鼓膜を破りとらんばかりのうるささ、ハッキリ言って気が狂うかと思った。

そんな中、僕は主に保護者が座ってる辺りに陣取っていたのですが、一生懸命に人妻を眺めたりしてました。最近のお母さんってのは若くてオシャレな人が多く、「お、おれ、この人となら不倫してもいい」だとか「今すぐにでも旦那と別れて僕と」だとか「あらら、ちょっと勘弁願いたい」だとか「関取としか思えない」だとか、奥様鑑定を始めたりしてました。

そうこうしてると、こういった吹奏楽関係で一番偉い人でしょうかバッハみたいな頭をしたオッサンがマイクを持って壇上に上がり、挨拶を始めました。それに合わせて吹奏楽部員の音出しも止まり、ホール内が静寂に包まれました。

「みなさんこんにちは、今日は合同練習会です」

バッハみたいなオッサンは颯爽と挨拶を始めます。ってか、このバッハの挨拶が僕を決定的に打ちのめし「吹奏楽の世界って恐ろしい」と徹底的に思い知らしめるものでした。

「今日はミサイルは飛んできません」

え?吹奏楽なのに何でミサイル!?

「今日は地雷も埋めてありません」

なになに!?地雷って何!?なんかおかしくない!?この人ボケてるの!?

「テロリストだっていません」

いや、いたら嫌だけど・・・。ってかこの人何が言いたいの!?

「こうして平和に吹奏楽を楽しめる喜びを皆さんに噛み締めて欲しい。吹奏楽が出来る喜びを。喜びを!喜びををををををを!」

まさにシャウト。バッハのシャウト。魂の叫びと言わんばかりの熱き挨拶でした。遠めでちょっと分かりにくかったのですが、バッハのヤツ、なんか最後の方は涙声になってましたから、悦に入って目に涙を浮かべながらシャウトしていたに違いありません。

確かに僕もそう思うことはあります。学校で習う様々な学問には、「学ぶ」という文字がついています。国語は「文学」、理科は「理学」など、算数は「数学」です。しかし、音楽だけは学ぶではなく楽しむなのです。つまり僕らはもっと吹奏楽を楽しめる喜びを噛み締めて・・・

っておい。明らかにおかしいじゃないか。ただの合同練習会の挨拶なのに、明らかに熱すぎるじゃないか。ミサイルだとか地雷だとか、言いたい事は分かるけど、まるで宗教団体の集会みたいな挨拶じゃないか。

ねえ、おかしいよね。おかしいよね。あのバッハみたいな人おかしいよね。バッハみたいな人狂ってるよね。と同調を求めるかのようにキョロキョロと周りの保護者を見回したのですが、皆様、ブラボー!と言いながらスタンディングオベーションをせんばかりの勢いで拍手してました。バッハに同調したのかウルウルと目に涙を浮かべる奥様もチラホラ。

なんか、この広い会場の中でバッハも保護者も部員もノリノリなのに、どうも乗れてないのが僕一人、みたいな疎外感でした。

でまあ、その後はバッハの指導の下、各部が順番に壇上に上がって演奏とかしてたのですが、あまりにバッハに怒られるがあまり壇上で泣き出す子とかいました。怒られて泣いてる子を数百人が見守る、怒り狂っているバッハを数百人で見守る、そんな異様な光景が繰り広げられてました。何だこの会、バッハの公開プレイを見せられてるようなものじゃないか。

僕だって最初は純粋に音楽を聴いていたのですが、朝っぱらから夕方まで聴くとなると大変です。最後の方は、「あのラッパの子がフェラ覚えたら凄いぜ」だとか「クラリネットプレイとかするんかなー」とか邪悪としか思えないことを考えてました。

そんなこんなで夕方になって合同練習も終わったのですが、終った瞬間に我先にと我が子に駆け寄ろうとする主婦達の肉弾戦。またもや、「あんた、俺と一緒に花園目指さないか」と言いたくなるような猛烈なタックルなどが見られました。すげえぞ、あの主婦パワーは。

夕暮れ時の並木道を歩きながら今日一日のことを思い返しました。パチンコ屋より激しい場所取り競争、宗教団体のような挨拶、バッハの公開プレイ、そしてまた肉弾戦、それらを思い返しながら「吹奏楽の世界、思ってたより途方もない世界だぜ、侮れない」などと思ったわけです。

折角の休日に何の縁もゆかりもない吹奏楽の練習会を1日かけて聴いていた自分を思い返し、僕はなんて無駄な1日を過ごしてしまったのだろう、と途方もない思い気分になりました。

こうして無為に吹奏楽を楽しめる世の中の平和さを、自分の暇さを思い、バッハとは別の意味で泣けてきました。ミサイル飛んできてもいいと思うくらい泣けてきました。こんなことならパチンコ行っておけばよかったと思いながら。

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