Voyage

Voyage

僕のお父さんは会社の社長です。
いつもお金ないって言っているけど、
毎日頑張って働いています。
たまに変なこと言うけど、
たまに殴られるけど、
僕はお父さんが大好きです。
これからも頑張ってね、お父さん。

これは、僕が純真無垢な、天使の生まれ変わりなのでは?と噂されるほどに可愛らしい子供だった頃に書いた手紙です。確か、父の日だったかなんかで、学校だったか幼稚園で「お父さんに手紙を書きなさい」と半ば強制的に書かされたものでした。

それを受け取った親父は一笑に付し、「片腹痛いわ、感謝してるなら肩でも揉め、がははははは」と笑ったものでした。強制的に肩を揉まされながら「お父さん大スキ」などと書いた自分の甘さを、自分のセンチメンタルさを心底呪ったものでした。今となれば良い思い出です。

あれから年月が流れ、僕は母の日や父の日に何の感謝も示さないまま現在の年齢になりました。両親に対して感謝の気持ちを示すというのが微妙に照れくさく、何も親孝行できないままこの歳になってしまいました。

さすがにもう僕もいい歳した立派な大人です。それに経済的にも完全に自立した大人になりました。ここまで育ててくれた父に感謝し、あの日の手紙以来、何か父の日にプレゼントしたいと考えたのでした。

今年の父の日は6月20日。ここで何か気の効いた物でもプレゼントし、感謝の意を示そう、そう思ったのでした。

しかしながら、圧倒的にセンスの悪い僕。僕が贈答品を選ぼうものなら、それこそ嫌がらせにしか成り得ません。贈り物ってのは当人に喜ばれてナンボですから、何が欲しいのか当人に聞くのが一番手っ取り早いのです。

ちょうど、僕の車の車検手続きの関係で実家に帰らねばならず、この土日を利用して実家に帰省してまいりました。で、その時に親父に「何か欲しいものはあるか」と聞こうと企てていたのです。

長い道のりを運転し、実家に帰省。夜を通して運転して帰ったものですから実家に到着したのは土曜日の早朝でした。

異様に早起きなウチのクソ親父、当然もう起きているだろうといつも親父がくつろいでいる会社の事務所へと向かいました。

「おう、帰って来たぞ。いやー遠かった」

と言いながら事務所の扉をくぐると、

「なんだ、帰ってきたのか?」

と親父が、椅子の上に立ってコマを廻してました。何か知らんけど、必死になってコマを廻してた。

なんでコマなんだよ!とツッコミたくなる思いを必死に堪え、事務所の中に入ろうと靴を脱ごうとしました。すると、親父が言うんです。

「ちょっとまて、靴は脱がなくていい。土足で上がれ」

いつもは土足厳禁の事務所です。以前に、ちょっとした用事で事務所に行くことがあり、靴を脱ぐのが面倒だった僕が土足で上がったことがありました。それを知った親父は激怒し、頭の形が変わるくらい殴られてものでした。なのに、今日だけは土足で良いと言う親父ついに狂ったかと思いました。

「なんでよ?洋風スタイルに変更したのか?」

不審に思った僕が問いただします。

「いやな、ススとかで事務所全体が汚れてるんだわ。だから土足で上がった方がいい」

そう説明する親父。そんな返答をされても皆目検討つきません。

「はあ?スス?なんでススが出るんだよ?」

と問いただしました。すると、親父のヤツが奥の部屋を指差すんですよ。奥の部屋に土足の秘密が、ススの秘密がある!と言わんばかりに沈痛な面持ちで指差すんですよ。

ウチの事務所の奥の部屋は簡単な台所になっていました。料理などが出来るよう設置された台所は親父のライフラインとなり、普通に事務所で家事などが出来るようになっていたのですが、そこに何か秘密があるようです。

一体奥の部屋に何があるのか。台所に何があるのか。気が気じゃない僕は土足で事務所に駆け上がり、コマを廻す親父を退けて台所に入りました。そして、そこで途方もない光景を目撃してしまうことになったのです。

画像

台所が、焼け落ちてました。

画像が若干分かりにくいかもしれませんが、黒い部分は全部焦げです。真ん中の四角い空間は換気扇があった場所で、見事に焼け落ちてました。換気扇跡から入ってくる木漏れ日が何とも美しく、泣けてくるくらいに爽快でした。

ちなみに外から見ると

画像

こんな感じ。見事に火事です。火事としか言いようがありません。ウチの親父、どうも事務所でボヤを出したみたいです。久々に実家に帰省したら親父がボヤを出して台所が焼け落ちている、そんな息子の気持ちにもなってみてくださいよ。ホント、ありえないと思った。

事の顛末はこうでした。

その日は極上の小魚が手に入った親父。それをテンプラにして振舞おうと考えたそうです。海の町の男ですから、魚だけは自分で料理しないと気が済まない、そう思ったそうです。

で、とろ火でテンプラ油を加熱しつつ、客人が来たらヒョイと揚げて客人に出す。事務所であり親父の友人の溜まり場みたいな場所ですから、入れ替わり立ち代り客人が来ます。それでホイホイと揚げては出しを繰り返していたそうです。

極上の小魚テンプラを肴に酒をかっ食らう親父に友人達。宴も進み、そのうち友人達は帰路に、親父はそのままソファーで眠ってしまったそうです。その間もずっとテンプラ油は加熱されっぱなし。

数時間後、煙にまかれた親父は目覚めました。事務所中が煙だらけで、異常に熱かったそうです。で、親父が飼っているイグアナが煙にまかれて右往左往していたそうです。

あ、しまった!テンプラ油!

そう思った親父は急いで台所の扉を開けました。すると、炎がまるで生き物のように天井を這って襲ってきたそうです。映画バックドラフトのように、まるで意思を持ってるように襲ってきたそうです。

あ、イカン!こりゃヤバイ。

そう思った親父は消防署に通報とか以前に、自分で消そうと考えたそうです。ちょうど傍らに引越しの際に僕の部屋からパクった絨毯があったらしく、それをテンプラ鍋にかぶせました。

それでも火の勢いは収まらず、絨毯の横からボボボボボボボボと炎が吹き出ていたようです。で、仕方ないから、かぶせた絨毯にホースを使って水をかけて消火にあたりました。

普通、油系の火災の場合、水をかけると余計に炎が広がるといわれます。これは水と油が二相分離するためで、水相の上に油相が乗り、火がついた油が一気に広がるためなのですが絨毯をかぶせてそこに水をかけたのが功を奏したようです。次第に火は鎮火に向かったそうです。

しかし、相変わらず火事によって高温な台所内部。温度上昇に耐え切れなくなった密閉された容器、つまり炊飯器や電気ポットなどが次々に破裂したそうです。

ドカーン!

と破裂する電気ポットを見ては「スプラーッシュ!」と叫び、奇声を発しながら消火活動をしてたみたい。やっぱ狂ってるよね、この人。

やっとこさ鎮火した台所、特にそれ以外も被害はなく、事務所中にススが広がっただけで済んだそうです。しかしながら、消火活動によって火傷をしていた親父、そりゃあ炎の中に突っ込んで絨毯とかかぶせていたのですから火傷だってします。

で、消火中はアドレナリンがビュンビュンに出ているから気がつかなかったのですけど、鎮火してホッと一息ついたら急に熱くなったそうです。

熱い、顔面と両の腕が焼けるように熱い。

何かで冷やさねば。そう思った親父の目に、田舎の農家に嫁いだ姉が昼間に持ってきたキャベツの山が目に入ったそうです。

コレで冷やすしかない。

何を食って育ったらこんな思想に至るのか知りませんけど、とにかく親父はそう思ったそうです。で、「あちーあちー」と言いながら一枚一枚キャベツの葉を剥ぎ取っては患部に装着して言ったそうです。

想像するだけで、顔と両の腕がキャベツに覆われた中年像が浮かび上がり、キャベツの聖闘衣(クロス)を身に纏った聖闘士(セイント)が浮かび上がり精神衛生上よろしくないのですが、とにかくそんな状態で後片付けしたそうです。キャベツ座の聖闘士か。

「いやービックリしたよ。危うくイグアナとワシのテンプラが出来るところだったわ、がははははは」

台所が焼け落ちるほどの火事を出しておきながら、消防署に通報もせず病院も行かず、コマを廻しながら屈託のない笑顔でそういう親父を見て思いましたよ。

コイツは狂ってる、間違いないと。

父の日に何が欲しいのか親父に聞くのを止め。問答無用で消火器をプレゼントしよう、そう思った次第でした。

僕のお父さんは会社の社長です。
いつもお金ないって言っているけど、
毎日頑張って働いています。
たまに変なこと言うけど、
たまに殴られるけど、
たまにボヤだすけど、
いつも何食わぬ顔で過ごしています。
誰か親子の縁を切る方法知りませんか

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