サプライズおじいちゃん

サプライズおじいちゃん

人生とは、驚きと飽きの連続です。

何でもそうなのですが、人はある始めての事象に遭遇した場合、驚きに近い感情を見せます。ある種の感動だったり納得だったり失望だったりと様々ですが、初めてのものに触れた場合は「驚き」に類推される感情を抱くのです。

で、何度となくその事象に触れた場合、次は「飽き」がきます。これは慣れと言い換えることが出来ますが、最初に抱いた驚きが薄れ、無感動、無関心などを引き起こす様を指します。

どんな事柄でも最初に驚きがあり、その後飽きが来る。一見すると同じウェイトで驚きと飽きが繰り返されるように思われますが、じつはそうではありません。驚きは最初の1回、多くても数回ほどですが、飽きはその後もずっと続きます。比率で言うならば、飽きの方が圧倒的に高いのです。

最初だけ驚いてあとは飽きの連続、こんなんじゃ人生の大半が飽きのように感じますし、人生がつまらないだとか日常が退屈すぎて死にたいって思う若者が増えるのも分かるような気がします。ずっとずっと飽きが続く人生なんて味気ないものですからね。

僕は25歳という、下手したらオッサンとも呼ばれかねない年齢になるまで飛行機に乗ったことがありませんでした。25歳の秋、広島から札幌に行く時に乗った飛行機が人生で最初の飛行機。それはそれは驚きと感動の連続でした。

折りしも、9.11アメリカ同時多発テロの5日後ぐらいに初めて飛行機に乗ったのですが、「おいおい、この飛行機がハイジャックされたらどうするんだ」と、それはそれは恐怖に震えておりました。

で、離陸を待ってると、何か知らないけど僕の周りの座席を多国籍軍とも思える外国人集団が座っていくんですよね。もう、様々な国の言葉が入り乱れ、小さな異国を感じながら離陸を待ってたわけ。今でも思い出すと泣けるくらいの孤独感だった。

僕の前の席には韓国人の集団が、後ろには良く分からないアジア系の人が、横には白人の人が座ってました。で、何をトチ狂ったのか、韓国人が離陸前なのに弁当箱開けて弁当食ってるんですよね。大声でハングル叫んでグチャグチャ弁当食ってるの。

で、いざ離陸となると物凄い加速で、とんでもないGを感じちゃってさ、恥ずかしながら「わお!」とか外国人風に叫んでた。で、機首が上がっていよいよ離陸するその瞬間ですよ。機首が上がるもんだから機体には角度が付くんだけど、その傾斜に従って前の席から鮭の切り身がゴロンゴロンと転がってきてさ、前の韓国人が落とした鮭が転がってきてさ、死ぬほどビックリしちゃったんですよ。

でまあ、飛行中も外国人に紛れて落ち着かない僕。あいつは今にもハイジャックを始めるんじゃないか。それよりなにより、この飛行機はエンジンが壊れてるんじゃないか。うわ、島があんなに小さく見える、落ちたらゼッタイに助からないわ。とまあ、落ち着きのない子みたいにソワソワキョリョキョロしてたんですよ。

もうね、初めての飛行機ってのは驚きと感動と恐怖の連続で、札幌に着いたときには三日間ぶっ通しでオナニーした時みたいに疲れ果ててた。25歳にもなって少年みたいに感動し、飛行機ってこんなに凄いんだ!て目を輝かせてた。

それがね、今はどうですか。あれから2年と半、仕事にオフに大車輪の僕、飛行機に乗りに乗り倒した僕。酷い時は一月に8回くらい飛行機に乗っちゃってますから、すっかり慣れちゃったんですよね。

もう、加速しても微動だにしないし、離陸なんて怖くない。ちょっとやそっと揺れたってへっちゃらだし、アレほど感動しながら見てた外の景色も全く見ないですからね。初めて飛行機に乗った日の感動なんてとうに薄れ、もう無感動、無関心、完全に飽きの世界に入っちゃったのですよ。

やっぱ飽きちゃうと何でも苦痛なものでして、最初は飛行機に乗れるってだけで前日に興奮して眠れなくなったりし、今や苦痛も苦痛、単なる手持ち無沙汰な移動時間でしかないんですよね。ハッキリ言って苦痛でしかないんですよね。

つい先日、飛行機に乗った時なのですが、こんな事件がありました。

もうすっかり飛行機に飽きてしまっている僕は、また長い時間シートベルトに繋がれていないといけないぜ、なんて憂鬱になりながら座席に座りました。しかも最も退屈な通路側の席に。

飛行中、ボンヤリと雑誌を読みながら、人生にはサプライズが足りない、退屈な人生が死ぬまでの手持ち無沙汰な待ち時間とするならば、飛行機の搭乗時間もまた同じ。所詮は着陸を待つ退屈な時間でしかないんだ。などと考えておりました。

そして、そのフライトが終わる数分前、これからいよいよ着陸するぞって時になって隣の老人のことが気になりました。

僕のとなりに座していた爺さんは、そのまま即身仏になるんじゃないかって勢いでシートベルトに繋がれ、首が折れるんじゃ?と心配になるほどの角度で居眠りをしておりました。

こいつは面白い。そう思いました。あと数分もすればこの飛行機は着陸する。着陸の振動ってのは相当なもんだ。きっと爺さんは目覚めるに違いない。振動に驚いてコミカルに目覚めるに違いない。サプライズとまでは行かないけど、こいつはちょっと面白い見世物になりそうだ。読んでいた雑誌をしまいこみ、未だ壊れたマリオネットみたいに眠る爺さんに注目しました。

スーッと滑走路に進入していく飛行機。いよいよ着陸の時です。いまか!まだか!とハラハラしながら爺さんを注視しました。

ドスン!

ちょっとしたジェットコースターのような振動を伴って着陸する飛行機。その瞬間でした。

カポッ!

確かに爺さんは驚いて目が覚めたんだけど、確かに爺さんはコミカルに目覚めてくれたんだけど、それが予想以上にコミカルでな。ハッキリ言って震撼した。間違いなく全米が震撼した。

いやな、なんか着陸の振動でな、爺さんの入れ歯がカポッと外れたんだよ。

もう、カポッて10列先まで聞こえそうな良い音がしてな、口だけが別の生き物になったみたいに入れ歯が飛び出したんだよ。

その瞬間を真横で見ていた僕は、もう目玉が飛び出そうなくらい驚いてな。爺さんは入れ歯を飛び出させて、僕が目玉を飛び出させる、みたいな状態になってた。ホント、ビックリしすぎて心臓止まるかと思った。

慣れてしまい飽きてしまい、手持ち無沙汰でしかなかった飛行機の搭乗時間。このご老人はそんな退屈な時間に極上のサプライズを与えてくれました。

ありがとよ爺さん。俺、あんたのおかげで悟ったよ。退屈だ退屈だと思ってた飛行機の時間、けれども、アンタみたいなサプライズエンターテイナーが確かに存在した。きっと、退屈なこれからの人生だってもっとサプライズがあるはずさ。俺、もうちょっと頑張って人生ってヤツを生きてみるよ。アンタみたいなサムライに出会えるかもしれないからな。

照れくさそうに入れ歯を装着しなおす爺さんに向けて、「グッジョブだったぜ、爺さん」と、心の中でそっと親指を立てるのでした。

到着ゲートをくぐり抜け、空港を出て電車に乗ってから気が付いたのですが、入れ歯が飛んだ際に一緒に飛散したのか、ネットリとした粘土の高い液体が僕のズボンに付着してました。うん、たぶん爺さんの唾液。本日二度目のサプライズでした。

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