変わらないもの変わるもの

変わらないもの変わるもの

はい、ゴールデンウィーク中はモリッと更新が止まっておりました。おまけに通販業務の方も止まっておりまして、何だか知らないけどてんてこ舞いです。ボチボチと確認メールやら振り込み確認、そいで発送などをやっていきますので、「本代詐欺にあった」などと所轄の警察署に駆け込むのだけはやめてやってください。そんなこんなで日記本編をどうぞ。


変わらないもの。変化の多い、やけに時間軸が凝縮された現代において、多くのものは目まぐるしく変化する。街並みなんてちょっと見ない間に変わってるし、回りの皆もどんどん変化していく。人間関係も恋愛関係も、そして自分自身も、形の有る無しに関わらず常に変化していく。

日本国憲法すら改正しようとする動きが見られる昨今、あらゆるものは変化に晒される。高度情報化社会において変化は美徳であるし、喜ばしいことと考える傾向がある。そんな時代だからこそ、逆に「変わらないもの」が価値あるものと考えられるんじゃないだろうか。

古くから伝わる「伝統」は重んじられるし、普遍的な価値を生む財産を何より好む。昭和時代への回帰やアンティーク思考、数々の「古き良き物」的考え方。そして、恋人達は「永遠」という言葉に酔いしれ、変わらない何かを必死で求め続ける。

様式美という言葉が適切かどうか知らないけど、古くから脈々と伝わる「お約束」のようなものが大好きだ。子供の日に鯉のぼりを上げるなんて明らかにお約束だし、ゴールデンウィークに全国各地が混雑するのもお約束。そういった、ずっと変わることない「お約束」が好きでたまらない。

何度も話したと思いますが、僕が高校生だった頃、学校に内緒で駅前のパチンコ屋でアルバイトをしていました。まあ、もともとフランクな校風の学校でしたから、表向きはアルバイト禁止!なんて言ってましたが、普通にみんなアルバイトしていました。

うら若き高校生の僕にとって、パチンコ屋でのアルバイトってのは至極魅力的でした。往々にしてパチンコ屋ってのは時給が高いものですから、それはそれは稼げる。それになんだか、大人の世界に足を踏み入れたかのような錯覚を覚えたものでした。

まあ、本来、パチンコ屋ってヤツは18歳未満および高校生は立ち入り禁止なはずなのですが、豪放にも明らかに高校生な僕を雇う時点で何かが決定的におかしい店で、とてもマトモじゃないエピソードが山ほどあったものです。

店長は見事なまでにスキンヘッドで暴力的、明らかにカタギ率0%のスパイシースメル漂う人でしたし、住み込みの店員は給料貰って夜逃げするわ、女性店員はヤンキー上がり100%で夜叉姫みたいになってました。客も客で暴力的で、台のガラス割って逃げるわ店で暴れるわ。店も店で「暴れる客は店外に連れ出して殴ってよし」なんて訳の分からない制度を作っていました。

まあ、基本的にボッタクリ店で、客は来ないわ玉は出ない。駅前という立地条件のよさにアグラをかいたような店でした。

そんな店において、「変わらないもの」といえばやはり常連客でした。どこのパチンコ屋でもそうなのですが、昼間っから毎日パチンコ打ってる、どうやって生活してるんだろう?と疑問に思わずにはいられない輩が最低でも10人はいるものです。

勿論、僕がアルバイトしていたパチンコ屋にも常連客はおり、しかも普通ではない香ばしい店でしたので、常連客も濃厚で、そのままビックリ人間ショーの世界最大のオッパイ女性の前座くらいで出れそうな人々でした。

いつも鼻に絆創膏をしており、ガキ大将的茶目っ気たっぷりの40代男性や、その彼女と思われる30代後半の頭に蚤でも飼ってそうな不潔女性。5人の子供を連れてくる肝っ玉母さんなど様々でした。しかし、そんな香ばしき常連の中でも圧巻だったのが、一人の老婆でした。彼女は店長とも仲が良く、店長や常連仲間の間で「ヨシさん」と呼ばれていたのですが、とにかく凄かった。

ヨシさんにとって、パチンコ屋とはギャンブル場でもなく遊戯場でもなく、社交場でした。一人暮らしの寂しき老婆にとって、パチンコ屋とは唯一人と触れ合える楽しき場所だったようです。店に来れば常連仲間に会い、「今日も出ないねー」と軽口を叩き合うことができる。僕のように若い店員を捕まえては「出ないわよ、どうなってんの」と悪態をつくこともできる。そう、彼女は遊戯が目的ではなく、間違いなく人と触れ合うことが目的だった。

だから、ヨシさんはパチンコ屋でほとんど金を使わなかった。いつもいつもお決まりの「たぬ吉くん」の角台にタバコを置いて台をキープし、別のシマで打っている常連仲間とお喋りに興じていた。そう、たぬ吉くんの台にヨシさんがタバコを置いてキープしている姿こそ、いつも変わることない風景だったのだ。

店としては、いつまでもいつまでもタバコを置いて台をキープされても困るというのが本音だった。キープされてると他の客が打てないから台の稼動が下がる。結果、売り上げが減少して儲けが少なくなる。正に百害あって一利なしという言葉が適切な行為だった。

「125番台のたぬ吉くんにタバコを置かれているお客様、少々時間が過ぎております。至急台の方にお戻りください。戻られない場合、整理開放いたします」

店によってまちまちだろうが、大体ウチの店では台をキープしたまま客がいなくなって30分経ってからそう放送することになっていた。放送から5分待って客が戻らなかった場合、キープしている私物を回収し、他の客が打てるように開放することになっていた。

ヨシさんの場合、この放送をすると5秒くらいですっ飛んで台に戻ってきて、キープしていたタバコの箱から一本取り出し、「まだ30分経ってないじゃろが」と、モアーっと煙を吐き出しながら言っていた。で、またしばらくするとタバコを置いたまま別の常連の場所へと消えていく。その繰り返しだった。

たぬ吉くんのシマにヨシさんのタバコを発見する。30分待つ。放送する。ヨシさんが帰ってきて悪態をつく、そしてまたタバコを発見する。このルーチンワークで、いつもいつも変わることない繰り返しだった。お約束的イベントだったし、放送があるたびに店舗全体で「またヨシさんか」と和む瞬間でもあった。お約束ってのは時には大切なものだと思うし、やっぱり何か美しいものだと思う。

そんなある日、このお約束が崩壊する日がやってくる。

いつもの如く、玉を運びながらたぬ吉くんのシマを歩いていると、やはりいつものごとく角台にタバコが置いてあるのを発見した。

「またヨシさんか、しょうがねえーなー」

30分待ち、さあ店内放送をしようかと件の台の場所に赴き、マイクを取り出して放送しようとしたその瞬間だった。

ちょっとまて・・・これ・・・タバコじゃない・・・

いつもいつもタバコでキープしていたヨシさんだったから、今ココに置いてあるものもタバコだと無意識のうちに思っていたのだけれども、よくよく見るとタバコじゃない。

箱の大きさはタバコと同じくらい、けれども当時存在したどの銘柄にも当てはまらないパッケージ。注意して箱の表面を見てみると、青い背景にいくつかの光が瞬いている絵が描いてあり、右上部分にドドーンと「蛍」と描いてある。

なんだこれ?タバコじゃないよな?

不審に思い、台の下皿に置いてあった箱を手に取り、裏面を見てみる。

そこには艶かしい肉棒的イラストと、なんかそれを被覆する皮のような絵が描いてあった。で、しっかりと「コンドーム<避妊具>」と描かれていた。おまけに「コンドームは100%の避妊を保証するものではありません」と親切に注意書きが。

これ、コンドームじゃねえか。

おいおい、コンドームで台をキープするんじゃねえよー、と思うよりも先に、「なぜ、あんな老婆がコンドームを?なぜ?必要なの?おセックスするのあんた?1万歩譲ってしたとしても、既に避妊は必要ない高みに登ってしまってるのでは?」という下世話な思考が先走ってしまい、恥ずかしながら赤面してしまった。当時はアワビを見るだけで暴走し、5回はぶっこけた多感な高校生、老婆のコンドームと言えども興奮した僕は赤面してしまった。

どうしようどうしよう、これ、なんて放送したらいいんだろう。

普通に「タバコを置いておられるお客様」なんて放送して、そのままヨシさんが戻ってこなくて、この台を整理開放した後に「これはタバコじゃない、分からんかったわ」ってヨシさんに詰め寄られたら反論できない。かといってそのまま放送するのも・・・・。

苦悩という表現が適切なほど迷いに迷った僕は、

「125番台のたぬ吉くんに・・・・・こ・・・コンドームを置かれているお客様、少々時間が過ぎております。至急台の方にお戻りください。戻られない場合、整理開放いたします」

と、やはり正確さを優先して放送した。乳房、クリトリス、そんな言葉に反応してエレクトする多感な高校生の僕にとって「コンドーム」なんて言葉をマイクに乗せて発するのは国辱的なものがあり、言い知れぬ敗北感を覚えたものだった。心なしか、「コンドーム」の部分だけ声のトーンが高くなっていたのがまた口惜しい。

その放送を聞いてヨシさんは毒リンゴでも持ってそうな魔女的微笑をしながら戻ってきて

「若いねぇ」

と言いながら嬉しそうに125番台たぬ吉くんに座ったのだった。

言い知れぬ敗北感に襲われた僕は、その日、いくらヨシさんの台がキープしたまま放置されていようとも、二度と放送はせず、常に黙殺することにしたのだった。あの頃は若かった。

それからというもの、ヨシさんの暴走は止まらず、コンドームで台をキープするわ、買い物帰りなのかパックに入ったサンマで丸ごとキープするわ、長ネギでキープするわ、醤油でキープするわ、どういう方向への暴走か知らないけどやりたい放題だった。

「125番台のたぬ吉くんに醤油の瓶を置かれているお客様・・・・」

そう放送するのが新たなお約束となり、またもや店舗全体を和ませることになったのだった。古き良き様式美の世界、変わらないものの心安さ。

それからしばらくして、僕はアルバイトを止め、程なくしてその店自体も経営難からぶっ潰れてゲームセンターになった。あの日、あの店に通っていた常連客も、スキンヘッド店長もどうなったのか知らない。

ただ、ヨシさんだけは、それから8年後、広島に移り住んだ僕が帰省で故郷に帰った際に、フラリと入ったパチンコ屋で目撃することになった。

店内で懐かしいヨシさんの姿を目撃し、まさかと思って羽モノコーナーに走ってみると、やはりそこにはヨシさんの物と思われるブツが誇らしげに置いてあった。その時は意味不明な観音様みたいな置物で台をキープして、他の常連とお喋りに興じていた。

当時と違い、近代化されたパチンコ屋は数分で店内放送に踏み切る。どんな放送がされるのかワクワクしながら成り行きを見守っていると、

「225番台にを置かれているお客様・・・」

至極普通に放送をする店員。そして、「観音様と放送して欲しかった」という不満げな顔で台に戻ってくるヨシさん。店員の生真面目な放送とやたら小奇麗な店内の内装、そしてやたら無反応なオーディエンスたちを除いては、全てがあの日のままの光景だった。そこにはやはり変わることのないお約束の美しさがあった。

どうせ覚えちゃいねえだろ

見事に3万円負けた僕はヨシさんと言葉を交わすことなく店を後にし、変わらない普遍的なお約束の素晴らしさを噛み締めて駐車場を歩くのだった。3年前のゴールデンウィーク、青い空に鯉のぼりがはためく時のことだった。

こんな時代にあって変わらない事は美しいし素晴らしい、けれども、あれから8年も経っており、僕は高校生から立派な大人になっていると言うのに、ヨシさんは老婆で老婆のまま、見てくれも何も変わっていないのは、それはそれで怖いと思ったのでした。

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