最後のコーヒー

最後のコーヒー

遡ること数年前、僕が今の職場に配属された当初のお話です。当時は希望に燃え、仕事というものにやりがいを見出していた僕は、間違いなくフレッシュマンでした。そう、あの時の僕は確かに爽やかで希望に燃えていた。もちろん、サイトなんかやってなかった。

その時、新人である僕の教育係となったのが高岡先輩という女性だった。仕事の出来る女性でとにかく真面目、キャリアウーマンを地で行くデキル女性だった。

そんな彼女の指導の下で仕事を始めた僕だったが、とにかくしんどかった。彼女は一切の妥協を許さないし、甘えた態度なんて微塵も受け入れてくれなかった。右も左も分からない僕を怒鳴りつけ、ただただ馬車馬の如く働かされた。

「すいません、高岡先輩。ちょっとこの部分が分からないんですけど」

「分かってちょうだい!」

「すいません、高岡先輩。これを期限までに完成させるのは難しいと思うのですけど・・・。」

「やってちょうだい!」

終始こんな調子で、とにかく厳しかった。

また、普通の状態でも厳しい彼女だったが、1ヶ月に1回くらい、極度にヒステリックになる時期があって、それはもう生き地獄と言っても過言ではないほど生きた心地がしない日が続いたものだった。「コイツ、ぜってーあの日だよ」などと心の中で悶々と思いながら、ただただ怒られる日々が続いた。

彼女と一緒に仕事をした日々の中で覚えてることと言えば、僕が彼女に怒られている異様な絵図だけだった。身長188センチもある野武士な僕が、150センチもなく、体重だって40キロなさそうな華奢な彼女に怒鳴られ、半泣きになっている異様な光景。それだけだった。あと、職場のパソコンでエロサイトを見てて、その後ろに先輩が鬼の表情で仁王立ち、気の弱い人なら自殺しちゃうんじゃないの?ってくらいに吊るし上げられた思い出くらいだった。

そんな厳しい先輩だったけど、その日の仕事が全て終わり、デスクで「今日も怒涛の1日が終ったぜ」などと一息ついていると、いつもコーヒーを入れてくれるのだった。

「今日も一日ありがとうね、おつかれさま」

そう言って笑顔でコーヒーを差し出す先輩は、仕事中の様子からは考えられない優しい笑顔で、まるで別人かと錯覚するほどだった。砂糖やミルクを入れまくった甘い甘いコーヒー。コーヒーを飲む習慣ってのがなかった僕だったけど、何よりもこのコーヒーを楽しみにしていた。

月日は流れ、数年後、先輩は結婚を理由に我が職場を去った。去り際の送別会で先輩は涙を流し、「あとは任せたね、がんばってね」そう言っていた。

そしてそれから数年経った今日。今度は僕がこの職場を辞めることになった。

「お疲れさまでした、これ、みんなからです」

そう言って目を真っ赤にして花束をくれたマッスル事務員B子。だから泣くなって。

花束を受け取った僕は、その花束をB子に投げつけてゴング前の大乱闘、そしてそのまま雪崩れ込むようにゴングが鳴り、試合開始、といきたかったのだけど、「ん、ありがと」ぐらいしか言えなかった。まあ、B子も職場変わるらしいし、春から頑張れよ。

「次の職場でも頑張れよ」

爽やかにそう言ってくれる大崎。アナタは立派な人でした。多分、春からはアナタが職場の中心になるでしょう。がんばってください。

「これ使えよ」

選別のつもりなんなのか知らないけど、そう言ってヘルスの割引券をくれるヘルス大好き鈴木君、略してヘルスズキ。相変わらずです。あまりヘルスに行き過ぎないように。あと、ボッタクリ店には気をつけるように。

「サイトの更新頑張ってください、待ってますから」

そう言う同僚。うむ、死ねい。

「まあ、がんばれや」

前々から準備していたんでしょう、僕の名前入りの万年筆をくれ、照れくさそうに言う上司。大変お世話になりました。ありがとうございます。

高岡先輩、僕はちゃんとやれたのでしょうか。あの日先輩に任されたこと、半分もやれたのでしょうか。先輩が大嫌いだった「中途半端」になっていなかったでしょうか。そして、あなたのように厳しくも慕われる先輩になれたでしょうか。

様々な思いが渦巻きながらも、同僚一人一人に挨拶をし、「じゃ、あとは任せた」、そう言ってあの日の高岡先輩のように職場を後にした僕。もう涙涙の感動のお別れのシーンでした。ハンカチ無しでは見れない。

職場を後にし、階段を下りながら少しだけ淋しいというか、名残惜しいというか、そういったセンチメンタルジャーニーな気持ちになりました。

職場の一階に設置してある喫煙所。そこで花束を抱えてタバコを吸い、脇に設置されている自動販売機で甘い甘いコーヒーを買って飲むのでした。自分自身に「おつかれさま」って言いながら。

ということで職場ネタはこれにておしまい。B子も大崎もチンポヘッドもヘルスズキももう出てきませんよー。

まあ、感動のお別れをしたというのに、「仕事終らなかったから、明日からも残務処理で出勤する」なんて口が裂けても言えないんだけどな。花束までもらっちゃって、どのツラ下げて出勤すればいいんだよ。

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