エレベーターアクション

エレベーターアクション

子供の頃、とにかくエレベーターが怖かった。

確か、正月の夜にやっている「新春ミッドナイトロードショー」かなんかだったと思うんだけど、オヤジが暗い部屋で一生懸命に映画を観ている時のことでした。正月という非日常的な特別な時間を過ごし、興奮して眠れなかった幼き僕は、オヤジと並んでその映画を観てました。

その映画というのが「タワーリング・インフェルノ」(1974年アメリカ)。正月の深夜に何気なく見たこの映画が、僕の心に取り返しのつかないトラウマを与え、純粋だった僕を見事なまでにエレベーター嫌いにさせてくれたのでした。

サンフランシスコに新たに完成した138階建ての世界一高い超高層ビル「グラス・タワー」。その落成式のパーティー会場で事件は起こった。発電機の故障で発火した火災は見る見るうちにビルを覆い、大火災となった。落成パーティの招待客たちはパニックに陥り、ゴミ屑のように人々が死んでいく。

この映画が作られた1970年代といえば、高層ビル建設が世界的なトレンドだった。シカゴで110階建てのシアーズタワー(442m)が建設され、2001年の同時多発テロで消滅したワールド・トレードセンタビル(417m)が建設されたのもこの時期。日本においても、サンシャイン60(240m)や新宿三井ビル(225m)、新宿センタービル(223m)が建設されていた。

空に向かって高さを競うかのように建設され続ける高層ビル群、1970年代はそんな時代だった。そんな風潮の中にあって公開された映画「タワーリング・インフェルノ」、高層ビル火災の恐ろしさを世間に知らしめ、警鐘を鳴らした名作ともいえる。

その映画を観て、子供心に恐怖を覚えた僕。圧倒的な炎に成す術なく飲み込まれていく人間達の姿は、計り知れない恐怖だったし、なんて無力なんだろうと感じるものでした。高層ビル火災は怖い、幼い僕でもそれくらいは分かりました。

けれども、そんな火災や炎の恐怖とは比較にならないレベルで幼き僕を恐怖のどん底に落とし込んでくれたものがありました。そう、それがエレベーターだったのです。

作品中では、エレベーターにまつわる恐怖が、それはそれは見るも無残なレベルで描かれていました。火災のあったビルはガラス張りのエレベーターで、ビルからの絶景を眺められるようになっていたのだけど、火災時にこのエレベーターが途方もない恐怖を演出していたのです。

火災に気がつき、我先にと逃げ出そうとする落成パーティーの招待客達。物凄い勢いでエレベーターに殺到するのだけど、ガゴンとかいっちゃってエレベーターが壊れる。で、ガラスとかも割れちゃって、ボロボロと人が落ちていっちゃうわけだ。幼い頃に見た映画だから詳細は忘れたけど、確かこんな感じだったと思う。

とにかくもう、これが途方もない恐怖だったし、カルチャーショックだった。僕の田舎は、周囲に高いビルが無かったから、エレベーターに乗る機会なんてほとんどなかったけど、それでもエレベーターが怖くて仕方なかった。できることなら乗りたくない、階段で行こう、っていつも思ったもの。

で、僕は大人になった今でもエレベーターってヤツが怖くて、エレベーターに乗るたびに恐怖に恐れおののいている。止まったらどうしよう、ワイヤーが切れたらどうしよう、乗ってる途中でウンコしたくなったらどうしよう、とにかく不安でたまらない。そんな状態なのです。ガラス張りのエレベーターとか乗った日にゃ、正常な精神状態を保てないですからね。

そんな風にエレベーター嫌いの僕ですが、先日、それをさらに増徴させる事件がありました。

古いビルディングである我が職場、もちろん設置されているエレベーターもかなりの年代物で、いつぶっ壊れてもおかしくないようなレベルです。そんなエレベーターなもんですから、通常のエレベーターでも怖がってしまう僕は、なるべく使用せず、できるだけ階段を使って移動するようにしていたのです。

しかし、その日は極度に疲れていた、しかも重い荷物を持っている、早くオフィスに帰りたい、様々な悪条件が重なってしまい、地下フロアから僕のオフィスがある3階までエレベーターを使う決意をしたのです。地下から3階までなんて階段を使えばすぐなのですが、それでも使わざるを得ない状態だったのです。

チーン

エレベーターが到着し、ドキドキしながら乗り込みます。で、3階のボタンを押してドアを閉めます。エレベーターが動き出し、ゆっくりとゆっくりと上昇していくのですが、動き出した直後、ものの数秒でエレベーターが停止したのでした。

まさか!?エレベーターの故障か!?

とか、恐怖で緊張している僕は思うのですが、なんてことはありません、ただ一階で停止しただけでした。そう、単に1階に乗り込む人がいただけなのです。

しかい、この1階から乗り込んできたニューカマーが凄かった。

もうなんというか、見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうようなイチャイチャカップル。くんずほぐれつでイチャつく歩く性行為みたいな若いアベックが乗り込んできました。7階のボタンを押していましたから、おそらく上層階のオフィスで働く人なんだろうと思います。女の方は岡本真夜みたいで、男の方はミキサー大帝みたいな顔してました。

で、1階でこのアベックを乗り込ませ、僕と岡本真夜、ミキサー大帝の3人を乗せて動き出したエレベーターでしたが、ここからが本当に凄かった。

僕は彼らに背を向け、ボタンの前に仁王立ちみたいな状態で立っていたのですが、後ろから聞こえてくるサウンドが、なんというか、「チュチュチュ」だとか「あんっ」だとか「ベロベロベロ」「ジュボジュボ」「ジョルベッポ」といったサウンドで、一体君らはエレベーターの中で何をしてるんだ、と激しく問い詰めたくなるほどのサウンドが奏でられてました。たぶん、僕の後ろでスゴイことしてたんだと思います。

僕としても、彼らがエレベーター内でハメ撮りとか駅弁ファックとかし始めるかもしれませんので、できれば180度振り向いてその様子を眺めたかったのですが、そこまであからさまに見ることも出来ません。

「今すぐ隕石でも落ちてこねーかなー」

と思いながら、後ろから漏れ聞こえてくるエロスなサウンドに身悶えながら、ただただ階数表示を眺めておりました。

2階・・・3階・・・。時間にして数秒でしたが、僕にとっては永遠とも思える長い時間が終わり、目的の三階に到着しました。やっとこさこの恋愛仕様エレベーターから開放される、やっと僕は自由になれる、と喜んだのですが、そこで有り得ない事件が。

いやな、エレベーターの扉が開かないんだわ。

なんか、3階に到着しているはずなのに、頑として扉が開かない。それどころか、ガクンガクンと小刻みに上下振動する始末。なんというか、三階に到着したはしたんだけど、微妙に扉の位置が合わず、上下に揺さぶって微調節しているような雰囲気でした。

有り得ないほど上下運動するエレベーター。遥か上の方ではワイヤーが揺さぶられてるのか、カチンカチンとか機械的な音が聞こえてきます。ただでさえエレベーターが怖いというのに、この異常事態、尿漏れしそうになってました。

余りの恐怖に戸惑い、泣き出しそうになりながら周囲を見回すと、先ほどのカップルが、岡本真夜とミキサー大帝が有り得ないレベルで抱き合ってました。「一緒に死のう、天国でも一緒だよね」と覚悟を決めた2人のように抱き合ってました。なにやってんだ、コイツら。

で、ふと職場で同僚が言っていた言葉を思い出します。

「最近、エレベーターの調子が悪い。なんか到着してるのに扉が開かず、上下に揺れるんだよな。ま、10秒もすれば扉は開くんだけど、なんか怖いよな。やっぱエレベーターが古くなってるのかな」

そう、実はこの異常事態は異常でもなんでもなく、前々から何度か起こっている出来事だったのでした。でまあ、10秒もすれば収まり、扉は開くと言うことでした。

「いやっ!怖い!」

叫ぶ岡本真夜。不安そうな顔をして彼氏にしがみつきます。

「大丈夫、大丈夫」

そっと彼女を抱き寄せるミキサー大帝。

彼らの愛の深さを眺めながら、この揺さぶりが収まるのを待ってました。大丈夫、これはいつものことらしいじゃないか、10秒もすれば収まるはずさ、そして扉が開くはずさ。そう思いながら怖いながらも悠々と待っていると。

ガクン、ガクン、ガクン、ガクン、ガスッ!プゥーーーン・・・。

何でか知らないけど、扉が開くことはなく、そのまま上下振動すら停止。微動だにしないエレベーター。なんていうか、物の見事に閉じ込められたみたいです。10秒ほどで収まって扉が開くはずなのに、なんだか話が違う。

「いやっ!何?何?故障?」

もう泣きそうになりながら彼氏に問いかける岡本真夜。

「・・・故障かな?大丈夫、きっと大丈夫」

自分も不安なのは間違いないのに、懸命に彼女を安心させようとするミキサー大帝。

「ちょっと!どうなってるんですか!早く非常用ボタンを押してくださいよ!」

何故だか知らないけどミキサー大帝に怒鳴られる僕。

僕だってタワーリングインフェルノを思い出してパニックになっちゃってるのに、ミキサー大帝のヤツが仁王のように怒り狂ってるもんだから、仕方なく非常用ボタンを押しましたよ。クソッ、ミートに負けたくせに偉そうにしやがって。

で、「非常時はこのボタンを押し続けてください」っていう黄色い電話機のマークのついたボタンを、「まさか、このボタンを押す日が来るとはな」と思いながら押してみる。

大丈夫、このボタンを押せばきっと外部と連絡取れるはずさ。そして救出隊がやってきて助けてくれるさ。心の中ではダンジリ祭り並みにパニックな僕でしたが、一見冷静を装い、ありったけの力を込めて非常用ボタンを押しました。

・・・・・・・・。

全くもって無反応。音声が聞こえてくるとか、外部と連絡が取れるとか、そういうのを超越したレベルで無反応なボタン。ウンともスンとも言わなかった。何のためについてんだ、コレは。もはやボタンであることすら怪しい。もしかしたら、ただの模様なんじゃねえか。

「ちょっと!どういうことなんですか!早く押してください!なんとかしてください!」

怒り狂うミキサー大帝。なんで僕がコイツに怒られなきゃいけないのかわかりません。

「大丈夫だからね、安心しなよ。きっと大丈夫だから。俺が守ってやるから」

臭いセリフを吐き、恐怖のあまり花粉症の岡本真夜みたいになっちゃってる彼女をなぐさめるミキサー大帝。その二面性の使い分けがなんとも頼もしい。「俺が守ってやるから」って言いながら、やってることは僕に対して意味不明に怒鳴るだけなんだけどな。

でまあ、三者三様、明らかに無様なパニックっぷりを見せつけていたのですが、クールで聡明、明らかに頼りになる男として知られる僕は違いました。もうなんというか、僕は頼りになる男ですから、こんな場面でも冷静に生き残る手段を考えているのでした。心の中ではパニックでしたが、それでも冷静に。

まず、持っていた携帯電話を確認。これで外部と連絡を取ろうと思っいました。しかしながら、エレベーターの中なので当たり前に圏外でした。

早くも万策尽きました。もう僕の力ではどうにもなりません。おまけにウンコもしたくなってきたし、泣くしかない。

そう思った時、天才的なことに気がついたのです。

なんでエレベーターが停止したのか。これが非常に重要な問題なのです。エレベーターが止まった理由を順序立てて理論的に考えていく、そうすることで打開策がみつかるはずなのです。

まず、前々からエレベーターの調子が悪く、たまに目的階到着後に上下振動をすることがあったことから考えて、老朽化のためか各階の扉とエレベーターの扉の位置が微妙に合わない状態であったと考えられます。つまり、上限振動は位置を合わせるための微調節だった。

そして今日、微調節が起こったものの、扉は開くことなく、そのまま停止してしまった。これはもう、微調節が達成されず、そのまま停止してしまったと考えられます。エレベーターの仕組みは良く分からないですが、多分扉の位置が合わないと開かないようになってるんじゃないでしょうか。それで、そのまま停止してしまった。

まるでコナン君のように推理する僕、そして打開策を思いついたのです。そう、扉の位置が合わずに開かないなら、こっちで微調節してやればいい。なんと天才的なことでしょうか。

で、早速、エレベーター内で飛び跳ねて上下に揺さぶる僕。まるでアホの子のように、恐怖で気が触れちゃった人のように飛び跳ねました。「コイツ、狂ったか!?」という岡本真夜とミキサー大帝の視線など気にせず、ただただ上下に揺さぶりました。

ガコン!

すると、ドアが開いたのです。それはそれは見事に、ビックリするほど華麗にドアが開いたのです。

「助かった!」

脱兎の如き勢いで降りた僕、続いて7階まで上がるはずだったアベックも逃げるように飛び出し、3階で降りました。

「怖かったようぅぅぅぅぅ」

「大丈夫って言ったろ、な?」

などと、今にもアナルファックをしそうな勢いで抱き合ってましたが、まあ、見なかったことにしておきます。

恐怖のエレベーター体験をし、やっぱりエレベーターは怖いなと思うのですが、それ以上にカップルと同乗するとウザイと思った僕。

ガラス張りのエレベーターにはなるべく乗らない。
できることなら階段かエスカレーターで。
高層ビルの落成パーティーには行かない。

という、タワーリングインフェルノから得た幼い頃からの教訓の1ページに新たに

「カップルと同乗しない」が追加されたのでした。とにかく怖かったしウザかった。久々にカップルは死ね、七回死ね、って思ったね。

ちなみに、ありえな恐怖を演出してくれた件のエレベーターですが、それ以上に恐怖なのは、たまに上下振動が起こるものの、停止する事はないという理由でその後も修理されることなく運転されていることでした。頼むから、非常用ボタンだけは直して欲しい。

職場の老朽化エレベーターには乗らない

これも教訓の一ページに追加されるのでした。

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