プロフェッショナル

プロフェッショナル

職業病というか、職業ならではの性というか、そういうのってちょっとカッコイイと思ってしまう。

例えば一流の料理人があるレストランに行ったとする。そこで出された前菜を口にするのだが、何かが違う。

「キミ、ちょっとシェフを呼んでくれたまえ」

ペーペーのボーイにシェフを呼ぶように言い、やってきたシェフに言う。

「この味付けは間違ってるんじゃないか」

平謝りのシェフ。相手が一流の料理人とあっては、自分の味付けの間違いを認めざるを得ない。同業者にしか分からない何かというのは確実にあるし、それが分かる職業ならではの特性ってのはカッコイイと思う。

ゲーム製作会社で働く人はゲームをプレイしながら純粋に楽しむでなく、ゲームの作りなんかの部分に気が行くはずだし、食品や洗剤なんかの成分表示を見て化学者は何かを感じるはずだし、銀行員は居酒屋で割り勘する時も札を数えるのが早い。

とにかく、そういった職業ならではの専門の顔ってのは素晴らしいと思う。日常のプライベート中でふと見せる専門職の顔、それ自体がなんともプロフェッショナルだし、職人のようで何ともカッコイイ。

ウチのキチガイ親父は、アレでもいちおう会社社長で、零細ながら水道工事業を営んでいる。彼は水道だとか水回り関連の事なら誰にも負けないという自負があるらしく、いつでもどこでも、水道だとかトイレを見る度にプロフェッショナルな顔になる。

そんな彼が、広島で独り暮らしを営む僕のアパートにやって来たときのこと。彼は息子の部屋に来ていの一番にウンコしにトイレに行ったのだけど、そこで紙が無いだとか、貴様はウンコをして尻を拭かないのかだとか大騒ぎ。ホント、早く帰ってくれよ、などと思ったものだけど、トイレの水周り関連を見た時の彼の顔は違ったね。

「こりゃ、まずいな」

そう言って、おもむろにタンクを開けたりなんかしてトイレの水周りをチェックしてましたからね。僕の家のトイレは、用を足して水を流すと水が止まらなくなるっていう症状に悩まされていたんですけど、彼はズバリとそれを言い当てたからね。

「よっしゃ、これはXXXが老朽化してダメになってるんだな、直したるわ」

そういって便所で四つんばいになって作業する親父は間違いなくプロフェッショナルの顔だった。水道屋の顔になってた。

息子の部屋にやってきてイキナリ便所で作業を始める親父。まあ、何箇所かは確実に何かを間違えているのだけど、普段のオッペケペーな親父とは違い、そのプロフェッショナルな顔がなんともかっこよかった。

「おい、モンキースパナもってこい!」

とか、一般的な独り暮らしの青年の部屋にモンキースパナなんてあるわけないのに、あって当然みたいな口ぶりで要求されたりもしました。あるわけねーつーの。要求された時はどうしようかと思ったけど、その口ぶりすらプロっぽくてかっこよかった。(ちなみに、ホームセンターまで買いに行きました)

思うに、そういった職業ならではのこだわりというか、プロフェッショナルな一面というか、そういうのって自分の職業に対するプロ意識の表れだと思うんです。言い換えると、自分は絶対に専門分野では負けないっていう自信の表れ。それって素敵なことじゃないですか。

世の中には色々な職業があります。その職業に従事する人間全部が何らかのプロフェッショナルで、そういった自信を垣間見せることがある。それってば凄く誇らしいことだと思うし、働く人間として何より理想的なことだと思います。うん、何度も言うようでしつこいけど、やっぱ日常で垣間見せるプロの顔ってカッコイイ。

そんな風にプロの顔に憧れる僕ではありますが、やはり仕事の面ではペーペーもいいとこ。まだまだ日常の中でプロの顔を垣間見せる域には至っておりません。それだけに、ある職業を極めたプロの顔ってやつに人一倍憧れたりするんです。

ですから、例えばアルバイトなんかで手に入れたスキルや、聞きかじった薀蓄、そういうのを使って日常の風景の中で分かった風な顔をする、ある種の似非プロフェッショナルな顔ってヤツを見せることがあるんです。プロの顔には遠く及ばないから、似非プロの顔を見せる、そういうのがあるんですよね。

途方もなくバイオレンスなパチンコでバイトをしていた時、店長なんかスキンヘッドで間違いなく人を2,3人は殺してそうな風貌をしてらっしゃって、なんとも恐ろしいバイトでしたが、その時にパチンコ台の釘打ちを教えてもらっていました。

その時の経験を活かしてか、僕は未だにパチンコ屋に行くと分かった風な顔で釘を見たりします。「あーあ、こりゃ寄りがマイナス設定やな」とか分かりもし無いくせに分かる風に、したり顔で似非プロの顔をしたりするんです。

他にも、某百貨店でアルバイトをしていた時などは、朝から晩まで1日数百個のお中元を梱包していましたから、ラッピングだとか包装だとか、そういうのに得も言えぬ自信があります。ですから、未だにプレゼントなどで物を貰うとラッピングが気になるし、「あーあ、ちょっと締め付けが甘いな、最初にきつく締めてから包装しないと・・・」などと、分かりもしないくせに似非プロの顔になります。

バイトでチョロッと経験しただけなのに、まるで二十数年経験したかのような分かった顔をし、似非プロフェッショナルな顔を見せる。きっと、そうすることで漠然と憧れるプロフェッショナルな顔への思いを満たし、独りで悦に入ってるんだと思います。

でもまあ、そういうのってあまり害が無いじゃないですか。自分で勝手に似非プロの顔になり、分かった風なセリフを吐きやがる。確かに周りの人間や、偉そうに薀蓄語られる人間はたまったもんじゃないですが、それでもまあ、似非プロな振る舞いってそこまで迷惑って訳じゃないじゃないですか。

でもね、時にはその似非プロな立ち居振る舞いが途方も無い事態を引き起こすことがあるんですよね。

僕は学生時代に、とある大学生協でアルバイトをしていました。これがまた一風変わったアルバイトで、ちょうど今ぐらいの時期から春にかけてしか成立しないアルバイトでした。

大学に合格し、春から独り暮らしを始める新入生を対象に「独り暮らし応援セット」なるものを大学生協が売り出していました。まあ、テレビやシングル冷蔵庫、洗濯機やラックなんかがセットになった家電品&家具のセット販売みたいなヤツです。

で、それを購入していただいた新入生の引越しに合わせ、実際に商品をお届けし、搬入、設置、セッティングなどをしたりするバイトをしていました。

これは家まで運ぶだけでなく、実際に中に入ってセッティングまでするのが仕事ですから、当然ながら見知らぬ新大学生の部屋に上がりこんで作業をするわけですから、当然ながら多数の刺激的な出来事がありました。

明らかに横柄な態度で家具設置を指示するジャリガキなんかもいましたし、独り暮らしをこれから始めるっていうのに独り立ちできてなくて、家具配置の指示すらお母さんに指示されないとできないマザコンな男もいました。

純朴そうで、清純そうなネオ女子大生(しかも数日前まで女子高生!)の部屋にベッドが設置される様を見ては、

「はぁはぁ、今はこんな純朴そうな女の子なのに、独り暮らしの開放感で数ヶ月もすれば彼女はセクシャルに変貌、男を部屋に連れ込んではこのベッドの上で変な棒出したり入れたり、出したり入れたり、たまに舐めたり玉を舐めたり、ハァハァ」

などと股間が空気入れすぎたタイヤみたいにパンパンになるほど興奮したりもしました。

そんな魅惑的な家具設置のバイトで僕が手に入れたスキルは、「本棚の設置」でした。普通に本棚を置くスキルをさることながら、地震などで本棚が倒れないように耐震用の止め具を付けたりするのも得意になってました。

で、その時の経験を活かし、未だに図書館などに行ったら本棚の設置が気になるし、人の家にいくとついついそこをチェックしちゃうんですよね。「これは本棚の場所が悪い、ナンセンスだ」とか「これじゃあ地震がきたら一発で倒れるぜ」とか、口には出さないですけど人の部屋に行ったりしたら、そういう部分を似非プロの顔で入念にチェックしてるんですよね。それで独りで悦に入っている、そんな感じなんです。

それだけなら、本棚見て独りでブツブツ言ったり、ニタニタしたりする気味が悪い青年、もしくは変質者にダブルリーチの青年で済み、さしたる実害も無いのですが、どうにもこうにも放っておけない事態ってのがあるんですよね。

ホラ、最近増えつつあるマンガ喫茶ってあるじゃないですか。しかもインターネットとかプレステができるんです、とか言って、妙に個室ブースに仕切って、まるでオナニーしてくださいと言わんばかりのマンガ喫茶があるじゃないですか。

ああいう店に行ったらもう最悪ね。ああいう個室に主体を置いたマンガ喫茶ってのは、得てして本棚のスペースが少ないのですよね。で、本棚は壁際に追いやられちゃって、壁に沿って3メートルくらいの高さの本棚が、バベルの塔みたいになってそびえ立ってるのですよね。ホント、壁一面が本棚みたいな感じ。

似非本棚プロの僕としましても、そんな迫力ある本棚群を見て感動し、いやはや、これは専門家の僕が見てもすごい本棚ですよ、などとマンガを読むことすら忘れて本棚に魅入ったりするのですが、ここで問題がひとつ。

いやね、固定が甘い本棚が目立つんですよ。確かに3メートルくらい、それこそ天井に届きそうな勢いでそびえ立つ本棚です、中にはビッシリとマンガが納まっていますから重量も相当なもの、ちょっとやそっとじゃビクともしません。おまけに壁一面にはめ込むように設置されてますから、置いてるだけで頑丈に固定されているようなもの、ちょっとやそっとじゃ倒れそうにない、固定もそんなに必要なさそうな感じがするんですよね。

でも、端っこの部分は話が別、例えば、トイレとかの入り口部分で壁を埋めている本棚が切れるところなんか、本棚の固定が甘くなりがちですからどうしても気になるんですよね。

こんなデカい本棚なのに、こんな甘い固定でいいのだろうか。地震でも来て倒れたら・・・とんでもない大惨事に・・・。なんて、トイレに行くたびに本棚が目に入り、気になって気になって仕方ない。もう、許されるなら器具を持ってきて固定作業とか始めたい気分になるもの。もう、物凄いプロフェッショナルな顔になって、バイト時代を思い出して熱き血潮をたぎらせていたりするもの。

で、先日行ったとあるマンガ喫茶でのお話。

このマンガ喫茶は僕が見てきた店舗の中でも特に本棚の固定が甘く、大地震などが来たら間違いなく二桁の死者を出しそうな感じで、非常に危険極まりない所でした。ホント、店全体の本棚の固定が甘かったものな。

でまあ、プロの顔して見て周るんですけど、やっぱりトイレ脇の本棚が切れる部分、その一番端に当たる部分の本棚の固定がとにかくぬるい。他の本棚は左右の別の本棚に挟まれてるから、かろうじて安定しているのだけど、この端っこの部分がとにかくグラグラ。

「あぶねーな、これが倒れたらどうするんだ」

なんて訝しげな顔をしながらもプロの顔になってプロ意識丸出し。こんな危険な本棚でいいと思ってるのか、とプロとして怒りながら本棚に手をかけ、ユサユサと揺さぶったその瞬間でした。

ドドドドドドドドドドドド!

いやな、ちょっと揺さぶっただけなのに有り得ない角度に本棚が傾いてな、数百冊はあろうかという本棚のマンガが全部落ちてくるのよ。どんだけ固定が甘いねん。もう綺麗サッパリ、見るも無残に山のようなマンガたちが床に叩きつけられていたからな。本が落ちるバサバサという音じゃなくて、雪崩みたいな音がしてたからな。

もう、その音を聞きつけて他の客は飛んでくるわ、週末はファミリーベーシックでプログラミングやってそうなオタクな店員は飛んでくるわ、肉体を駆使して男を手玉にとってそうなセクシャルな女性店員は飛んでくるわ、で大騒ぎ。ホント、死ぬほど恥ずかしかった。

「すいません、すいません、戻しますんで」

「いえいえ、大丈夫ですよ。怪我はありませんか?」

半泣きになりながら、床に叩きつけられたマンガを手に取り本棚に戻す僕。そして明らかに「このボケが、仕事増やすなや、あーあ、てめえ並べ方がメチャクチャじゃねえか」という顔をしながらも笑顔を絶やさない店員さん達。ホント、全部戻すのに30分くらいかかったからな。泣きそうになったわ。

結局、アルバイトなどでちょっとかじった程度で妙なプロ意識を発揮する似非プロ意識ってのは、殆どの場合は害は無いけど、時には途方も無い事態に発展するということです。妙なプロ意識さえ出さなきゃ本棚に触れることも倒すこともなかったのですから。

何事も、真のプロフェッショナルには叶わない、下手な似非プロ意識を出して悦に入っていても、ロクなことはねえよ。ってことをシミジミと感じたのでした。

ちなみに、倒れた本棚、便所の脇というマイノリティな場所のためか、成年コミック、18禁コミックを専門的に収納している本棚でした。まあ、いわゆるエロマンガの単行本が鬼のように収録されてた。

「こ、この作家の作品がこんな場所でおがめるとは」

「あー、これ、ドルフィンに載ってたヤツだ」

「お、コイツは新人作家か、なかなか見所あるじゃないか」

などと、本棚に戻すために手に取るエロマンガ全てを批評しだす僕。顔面に精子をぶっかけられているロリータな女の子のイラストや、ソレは明らかにバランスがおかしいだろうと言いたくなるような爆乳をした女の子のイラスト見ながら真剣な表情になってました。

その顔は似非プロなんかじゃなく、間違いなく真のプロフェッショナルの顔だった。そう、この時の僕は間違いなくエロマンガのプロフェッショナルだった。

その横で一生懸命に床に落ちたエロマンガを本棚に戻していた店員さんは、

「テメーうぜえよ、早く戻せよ。こっちゃ忙しいんだからよ」

と明らかに迷惑そうな顔をしていました。

似非のプロフェッショナルは人に迷惑をかけるしウザイけど、本当のプロフェッショナルも良く考えたらウザイな。ってお話ですな。

そりゃそうだ、レストランなんかで一流料理人が「シェフを呼んでくれたまえ」なんて言い出したら、そりゃ確かにウザいわ。

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