マジカルナンバー7

マジカルナンバー7

なくて七癖、なんて言葉があります。

これは、「どんな人でもいくつかの癖があるもの」という意味で、誰しもが必ず癖を持っているもんだという意味で使われるのですが、なんでその癖の数が7つなんだろう、と疑問に思ったりするのです。

これは心理学で言うところの「マジカルナンバー7±2」と言われるものらしく、人が記憶したり認識したりするまとまりの数は7個が限界であるという部分からきているそうです。例えば、意味の無い7桁の数字なんかは覚えられるけど、それ以上の桁数になると難しいということでしょうか。

で、そういった記憶力や認識力は勿論ながら人によって個人差があります。得意な人は多く覚えられますし、ぶっちゃけバカな人はあまり覚えられません。そういった個人差を考慮して7±2となっているわけで、大体これが人間が認識できる数として知られているのです。

逆にマジカルナンバーを越える数、つまり7を越える8以上の数になると、これはもう人間が認識できる数を越えることになります。つまり7個までは「何個ある」と認識できますが、8個以上になると「いっぱいある」ぐらいにしか認識できないのです。

そういったマジカルナンバーを意識してか、古くから言われる言葉で「沢山のもの」を表す言葉には「八」が使われることがあります。雑多な品揃えを誇る「八百屋」、日本に住まわす神々を表す「八百万の神」などなど、把握できないほどの数多さを表す時には「八」という数字が用いられるものです。

把握できる、数えられるだけの数が7、それ以上が8、古来から使われている日本の言葉を「マジカルナンバー7」で考えてみると、なんとも面白いものです。

そういった「マジカルナンバー7」を踏まえて「なくて七癖」という言葉を考えると、「どんな人でも数えられる程度の癖がある」ということになります。つまり、そこまで多くないにしろ、誰だってちょっとばかりは癖があるってことなのでしょうね。

僕は昔から癖が多い子供でした。ハッキリ言ってワンパターンと言えるほど全ての行動が癖から形成されており、いつも両親に「そんな癖、早く直しなさい。大人になってから困るよ!」などと怒られたものです。

子供の頃の僕の癖を列挙するとキリがないのですが、中でも特に酷いのだけを挙げて見ますと、

いつもズボンに手を突っ込んでチンコを掻いている

いつもハナクソをほじっている

あらゆるものに火をつけないと気が済まない

だいたいこんなところでしょうか。この3つの癖だけは両親にきつく咎められ、やる度に怒られていました。「チンコ触るんじゃない!」「ハナクソほじるんじゃない!」などと、1日に5回くらいは怒鳴られていました。

特に「火をつけないと気が済まない」という癖は凄まじく、いつも懐にライターを忍ばせては、紙屑や布切れ、あらゆるものに火をつけていました。だいたい、居間に置いてあった灰皿の上で、明らかに不要そうな物を燃やしていたのです。

今考えると途方もなく恐ろしいのですが、あの頃の僕は火や炎に魅せられていました。燃え盛る紙屑をボーっと眺め、ゆらゆらと揺れる炎を見ては何ともいえぬ快楽に酔いしれていたのです。

普通は子供の優秀さを見て大人たちは「末は博士か大臣か」などと将来を楽しみにしたりするものなのですが、明らかに異質で炎に魅せられた僕を見て大人たちは「末は放火魔か殺人鬼か」などと心配したものでした。

あまりにも手当たり次第に火をつけるものですから、いつも居間に座ってテレビを見ており、半即身仏と化している爺さんに火をつけるんじゃないか、焼き殺すんじゃないか、などと心配されたものでした。さすがの僕もそこまで異常ではなかったようで、爺さんを焼き払うことはありませんでしたが。

でまあ、大人になった僕も、あの頃のように異常ではないにしろ、やはり癖が多い大人に成り下がってしまいました。明らかに癖が多く、行動や発する言葉がワンパターンであるため、非常にモノマネがやりやすく、職場の後輩などに軽々と真似されバカにされてしまうのです。

一応、個人の持ってる癖にも自分的なトレンドとか流行というものがありまして、時間の移り変わりと共に癖も変わっていくもので、大人になった今ではチンコかいたりハナクソほじったり、ましてや火をつけたりなんて癖はなくなりました。むしろ、27歳にもなってそんな癖を持っていたら間違いなく逮捕されます。

で、大人になった僕の最近のもっぱらの癖は、「膝をかく」という行為なのです。痒くもないのに常に膝をかく、とにかく膝をかく、理由なんて分からないけど、かかずにはいられない、かいていると無性に安心する。そんな状態に陥っているのです。まあ、癖なんてそんなものですよね。

かくのがチンコから膝へ、その変遷に大人になった僕の理性が垣間見れて面白いのですが、ありえないほど膝を、それも右膝ばかり重点的にかいているもんですから、ズボンとかすぐに右膝が破れちゃうんですよね。

破れるほどなんてどんだけ掻き過ぎやねん、って感じなんですけど、どんなズボンでもすぐに右膝が破れちゃう、ズボンの上からボリボリガリガリと掻き毟るものですから、とにかく破れちゃうんですよね。で、ズボンを履く時なんか間違えてその穴から足を出しちゃったりしてね、さらに穴を広げたりするんです。

随分前のお話ですが、新幹線に乗ってとある人物に会いに行く時のことでした。

いつものようにカジュアルな服装に身を包み、意気揚々と新幹線に乗り込んだのですが、そこで途方も無い事実に気がついたのです。

いくらなんでも、この破れたズボンじゃ失礼なんじゃないか

気心知れた相手ならいざ知らず、これから会う人物は面識の無い重要人物。いくらなんでも、五臓六腑に染み渡るほどハードロックでパンクな状態と化している破れズボンで会うのは失礼なんじゃないか、と思ったのです。

で、どうしたものかなー、と思い、真剣に悩んでいるうちに新幹線は発車しました。子供の頃の良くない癖なんかは、普段は理性という名の門番が強固なまでに守ってくれているのですが、悩み事をしている時などは別です、もう理性などと言ってられませんので、あらん限りの癖を飛び出させながら悩みぬくのです。

「どうしたもんか、目的地に到着してからズボンを買うか」と考えながら手を突っ込んで極部をボリボリ。「なんかアイロンでくっつけるようなヤツを買って来て・・・」と考えながら鼻に指を突っ込んでハナクソボリボリ。「いっそのこと、膝の部分を完膚なきまでに破って半ズボンにしちまうか」と考えながら、また破れた膝をボリボリ。

子供の頃と大人になってからの癖が入り混じってオンパレードの如く出てきたのです。まさに癖のエレクトリカルパレード。よくわからんけど。

そうこうしているうちに悩んでいたことがバカらしくなっちゃって、「まあいいか、破れてたって。別にチンコとかが出てるわけじゃなくて膝だしな」と、至極いいかげんな思想で考え始めてしまったのです。これもいつもの悪い癖。

で、せめて破れた部分からベローンと出ている糸をなんとかしようと思ったのです。破れてるのはどうでもいいとしても、その部分からほつれた糸が10センチぐらい垂れ下がっていましたから、それをなんとかしようとライターで燃やし始めたのですよね。

「こんな糸、燃やせばいいじゃない」(これも口癖)

とかルンルン気分で言いながら、子供の頃のように、なんでも燃やしていたあの頃のように、ジーンズの糸を燃やし始めたのです。その時でした。

ボワッ!

いやな、ジーンズって良く燃えるのな。頑固な油汚れがついていたのかなんだか知らないけど、とにかく良く燃えた。最初はほつれた糸の根本部分を燃やしていたのだけど、手に負えないくらい燃え広がっちゃって名、明らかに右膝がフレイムしてた。

「ば、バカなーっ、右膝が燃えている」(これも口癖)

「有り得ない、有り得ない」(コレも口癖)

これ以上の延焼を食い止めようと、右膝をバンバンと叩いて消火活動に励むのですが、火の勢いは留まることを知りません。とにかく有り得ない勢いでジーンズを燃やしていくのです。やばい、このままじゃ焼身自殺になってしまう、こんな新幹線車内で焼身自殺してしまう、もう有り得ないほど焦っていました。

新幹線が開通した当初、東京オリンピック開催前あたりだったでしょうか、夢の超特急は優雅な旅の象徴でした。高度成長期の象徴として開通した東海道新幹線は、これまでに移動に苦労していた国民に多大な恩恵と、優雅な移動という利便性を与えたのです。

家族でボックス席に座り、楽しい会話をしながら富士山を眺め、「もうすぐ名古屋だね、早いなー新幹線は」などと会話をする優雅な旅。新幹線は高貴で優雅な時間を我々に与えてくれたのです。

で、そんな優雅な旅の象徴である新幹線、その優雅な車内にあって、右膝から全身が燃え上がるかもしれない、なんていう修羅場を展開している僕。こんな優雅な場所の一角で、生きるか死ぬかの事件が展開されているとは誰も思うまい。

結局、もう叩いて消化するのは無理と判断、癖のごとくいつも飲んでいるコーラを右膝にかけて消化しました。

焼け焦げたジーンズの右膝は凄まじく、右膝自体も少し火傷をしていました。破れているだけだったらまだしも、右膝が焼け焦げ、戦争孤児みたいになってました。結局、目的地についてからケミカルウォッシュのジーンズ買ったわ。

このように、有り得ないほど癖が多発する僕、きっと僕にとっては「なくて七癖」なんかじゃなくて、「なくて八癖」なんじゃないかなーって思うのです。認識できないほど数多くの癖がある。そして七難どころか八難が降り注ぐ、そういうことなんじゃないかと思うのです。

ちなみに、右膝が燃え上がってパニックになっている僕の様子を、逆側の窓際に座っているお姉ちゃんが驚きながら見ていたのですが、よほど僕の動きが滑稽だったのか、最後のほうではすげえ笑ってました。ちょっと腹が立った。

ちなみにそのお姉ちゃん、色白なのにすげーブスだった。

「色の白いの七難隠す」なんて言葉があります。色が白ければ顔に多少の難があっても大丈夫だよ、という意味なのですが、これも七という数字が登場しています。つまりは色白であるならば、数えられるほどのある程度の難ならカバーできる、という意味なのでしょう。

けれども、向こうでクスクス笑っていたお姉ちゃんは七難では効かないほどのブス、八百万の難があるので、色白ではカバーできない。きっとそういうことなのだと思うのです。

やっぱマジカルナンバー7ってすげえなあ、いやいや、マジカルナンバー7を意識して使われている日本古来の言い回しのほうが凄いのかな、なんて思いつつ、火傷でヒリヒリと痛む右膝をボリボリとかくのでした。

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