テレビデオ

テレビデオ

僕が中学生だった頃、テレビとビデオが合体した画期的商品が発売されました。その名もテレビデオ。テレビとビデオが合体したからテレビデオ、あまりに安直過ぎるネーミング通り、実際のその商品も安直としか言いようがないものでした。

この当時、テレビは近い将来にワイド化される、なんていう噂がまことしやかに囁かれ、今ではワイド画面のテレビなんてのは割りと普通ですが、当時はセンセーショナルな話題としてもっぱらの噂、普通のテレビはそのうち無くなるんじゃないかって言われてました。

で、生き残りをかけた普通のテレビは、ビデオを合体させたりBSチューナーを内蔵させたりと付加価値を高めることに躍起になっていたわけです。そうして生まれたのがテレビデオでした。

14インチの小さいテレビ画面の上部にモコッとした膨らみがあり、そこがビデオ部分になっていました。で、その膨らみ部分にはビデオテープを入れる場所があり、そこにガコッとテープを挿すことができる、そんな構造でした。

まあ、ただ単純にテレビの上にビデオが乗ってるだけで、何も一体化する必要なんか全然ないものでした。よくよく考えるとわざわざ一体化させたメリットが全然分かりませんし、逆にビデオが壊れただけでテレビごと修理に出さねばならず、デメリットの方が大きいように感じられる商品でした。

しかしながら、このムダの長物としか思えないテレビデオ、当時中学生だった僕の心を鷲掴みにして止まなかった。とにかくテレビデオが欲しかったし、何に変えてでも手に入れたかった。

僕の日記には近所に住む大富豪の同級生がよく登場してくるのだけど、その大富豪の彼は、発売されたばかりのテレビデオをいち早く買ってもらっていた。「欲しい」と言ったら買ってもらえたらしく、それを自分の部屋に設置し、独りだけの空間でテレビを見たりビデオを見たり楽しんでいた。

そのライフスタイルにいたく感動した僕は、自分も部屋にテレビが欲しいと思っていた。自分の部屋にテレビデオを置き、テレビを見たりビデオを見たり、自分だけの空間で楽しみたいと望んだ。

当時、我が家には居間にボロッちい、ガチャガチャとチャンネルを回すテレビしかなく、必然的に家族同伴、爺さん母さん父さん弟と一緒にテレビを見ることになっていた。

そのチャンネル争いは凄まじく、僕は当時、ニュースを異様に楽しみに毎日見るという狂った中学生だったのでニュースが見たく、弟はバラエティを母サスペンスドラマを、父は野球を見たがっていた。爺さんなんて血圧高くて危ないくせに、相撲やプロレスなどの格闘技観戦が大好きで、興奮しすぎて死んじゃうんじゃないかってくらいエキサイトして見てた。家族全員の嗜好が違うもんだから、とにかくチャンネル争いが耐えなかった。

また、チャンネル争いだけでなく、家族で見てるなりの気まずさもあって、テレビ番組がエロスなシーンになったり、ラブシーンになったり、そういった不純な場面になった時、やっぱり家族で見るのは気まずくて、親は親なりに気まずかったし、子供は子供で気まずかった。で、爺さんだけが意味も分からずホゲーッと見ていた。

そのような理由からだろうか、どうしても僕は自分の部屋にテレビが欲しかった。上記のような理由だけでなく、部屋で気軽にエロビデオも見たかったし、深夜にやっているエロい番組も見たかった。だから、テレビデオが欲しくて欲しくてしょうがなかった。

でもな、貧乏な我が家と大富豪な彼の家とでは違うわけだよ。何が違うって当たり前だけど財力が違うわけだよ。彼の家が「欲しい」と言えば何でも買ってもらえるのに対して、我が家なんて「欲しい」って言おうものなら瞬殺されるからな。

しかもテレビデオってのがとんでもなく高価な値段設定で、今でも忘れもしないけどメーカー希望小売価格が99800円。普通の14インチのテレビが3万円くらいで、普通のビデオが2万円くらいだったことから考えると、明らかに高かったわけだ。ただくっつけただけなのに。

約10万円もするテレビデオは中学生の僕にとってはやっぱり高級品で、明らかに手の届かない高嶺の存在で高値の存在だった。でもね、やっぱどうしても諦めきれなかった。部屋でエロビデオ見たいし、ビデオを見ながら心行くまで涅槃型でオナニーしたかった。

で、当時の僕はどうしたかっていうと、バイトしたんですよね。ウチの家は自営業ですから、親父の仕事を手伝うって感じで、ひと夏丸々アルバイトしたんですよ。忘れもしない、新築のパチンコ屋の便器設営工事とかね、そういいうのを狂ったようにやってた。まあ、中学生だから、仕事ができるっていうよりは、明らかに仕事の邪魔になってただろうけど。

それで、きっかりと10万円給料でもらってさ、物凄い勢いで電気屋に走ったわけだよ。テレビデオを買いに、自分の部屋に置くテレビデオを買いに。ただそれだけのために。

発売したてて人気商品ってこともあってか、その日は手に入らなかったのだけど、数日後に配達されてきてついに我が部屋にやってきたテレビデオ。本当に飛び跳ねたいくらいに嬉しかった。

これで自分も部屋でテレビを見ることができる。自分の世界に没頭してテレビを見ることが出来る。チャンネル争いなんて存在しない、気まずい思いなんてしなくていい。自分の部屋が自分だけの共和国、そんな気にさえなってた。

もう、いち早くテレビを設置しちゃってさ、今でも覚えてるけど本棚の一番上に置いたんだよな。で、ベッドに寝ながら見上げるようにしてテレビデオを見るようになってさ。

それで、その日は夕飯を食べ終わると神の如き素早さで部屋に駆け上がってテレビに没頭してた。普段はニュース以外あんまり見なかった中学生だったけど、嬉しいもんだから良く分からない番組とか見てた。

でもね、あんまり楽しくないんですよ。これが。

確かに部屋にテレビがあるっていうのは凄い破壊力で、これまで何の音も映像も存在しなかった部屋がすごいパワーアップするんですけど、それまでは勉強する時と寝る時くらいしか部屋にいなかったのに、テレビがあるっていうだけでほとんど部屋にいるようになっちゃってさ、確かに部屋の装備としてはすごくランクアップするんだけど、その反面すごく寂しいんですよね。

すごく面白い番組とか見て笑うんだけど、笑うのは自分だけ。下の階からは同じ番組を見ている家族の笑い声が聞こえてきてさ、それが妙に寂しさを倍増させるんだよね。

本心では下の階に下りて、家族で楽しくテレビを見ている団欒に混じりたかったけど、アホの子のように笑っている声が聞こえる弟と一緒に笑いたかったけど、こっちもテレビを購入した意地ってものがあるからさ、下の階に下りて一緒に見るってことはできなかった。

テレビってのは本当に楽しいもので、面白いもので、無いよりは有るほうが間違いなく良いのだけど、時に人を孤独にさせるよな。そう思ってた。

でもね、寂しくたって良いって思ってた。部屋にテレビがあって、団欒でテレビを見ることが出来なくなって寂しくても、それで良いって思ってた。だって、部屋にテレビデオがあるっていうことは、誰にも気兼ねせずにエロビデオが見れるってことじゃない。もう、家族が寝静まった後にビクビクしながら居間のテレビにイヤホン指してエロビデオ見なくて済むってもんじゃない。それだけでもかなり喜ばしいことですよ、これは。

早速、階下の家族団欒の声なんか聞こえぬわ、といった男気でテレビデオにエロビデオをセットする僕。この日のためにワルの吉本君から借りてきた秘蔵の裏ビデオ「エロ猫にゃンにゃン伝説」をデッキにセット。テレビとビデオが合体したテレビデオで男女の合体を見ちゃうぞーって不動明王のような勢いでセットした。

あー、もう最高。部屋でエロビデオ見ることができるって最高、って再生ボタン押しながら涅槃型の体勢になりつつあったのだけど、ビデオに出てくるAV女優がすっげえブスでさ、もう見るも無残な歴史的ブスでさ。そんなブスが男優に触られて「いやーん」とか言ってるものだから、抜くどころか気持ち悪くなっちゃってさ、オナニーなんて全然出来なかった。

部屋で独りテレビを見るのはあまり楽しくない、エロビデオも抜けないってんで、すげえ頑張ってテレビデオを買ったっていうのに全然意味が無くてブルーな気分になったんですよね。それで、失意のままビデオを停止し、取り出しボタンを押したんですよ。

ウィーン、ガゴガゴ!

ビデオが出ない。

おいおいやばいよ、ビデオテープが排出されないよ。半分ぐらいは排出されてるんだけど、それが逆にマズくて、ビデオの背の部分の「エロ猫にゃンにゃン伝説」だけがモロンと神々しく見える状態になってるんですよ。なんかね、テープが古すぎて絶妙に絡まったみたい。

あわわわわ、やばい、やばすぎる。いくらなんでも「エロ猫にゃンにゃン伝説」が挟まった状態はやばすぎる、なんとかして取り出さねば。ってんで取り出しボタンを連打したりテープを引っ張ったりしてみるのですけど、テープが中で絡まってるみたいでビクともしないのな。

うわーヤバすぎる、アホすぎる。テープが絡まるだけならまだしも、それが「エロ猫にゃンにゃン伝説」なんて恥ずかしくて修理に出せないじゃないか。買ったばかりで壊れるってのはヤバイけど、それ以上に「エロ猫にゃンにゃン伝説」がヤバすぎる。

でまあ、あらゆる手を駆使してビデオを取り出そうとしたのですけど、どうしても無理なんですよね。そのうち中でテープが燃えてるみたいで焦げ臭い臭いがムアーッとしてきたものですから、もう諦めちゃったんですよ。で、テープの背の部分の「エロ猫にゃンにゃン伝説」と書かれたテープだけを剥ぎ取って放置することにしたんです。

結局、すげえ頑張ってテレビデオを購入したのに、テレビを見ても寂しくて楽しくない、おまけにエロビデオは抜けない、さらにはビデオ部分が完全に荼毘に付された状態になっちゃって、悲しいとか口惜しいとかそういうのを超越した状態で、どうでもいいやって感じになってました。むしろその有り得なさが面白くてしょうがなかった。

恥ずかしくて修理にも出せませんからビデオが使えません。そのうちアンテナの配線がブチ切れしちゃって二度と戻らない状態になり、普通のテレビすら見られない状態になってました。なんかもう、このテレビデオ、晩年はスーパーファミコン専用テレビになってた。

その後は購入前のように、居間のテレビで家族と一緒にテレビを見るようになり、部屋にこもって独りで過ごすようなことは少なくなった。家族で僕の大好物のニュース番組を見ながら

「父ちゃん、公定歩合ってなに?」

「知らんがな、おかんに聞け。わしは小学校しか出てないんだから」

「お母さんも知らないわー、なんだろ」

なんて会話してたら、半分ボケた爺さんが

「公定歩合ってのは日本銀行が民間銀行に貸付を行う際に定める基準金利のことで・・・」

って雄弁に語りだして皆を驚かせたり。

エロい番組が突如始まって、沈痛な空気に耐え切れなくなった弟が

「お兄ちゃんチンコたってるー!」

とかのたまって場の空気を更に重苦しいものにしたり。

そういう会話をしながら、テレビを囲んだ家族の団欒っていうのかな、そういうのってやっぱり大切だなって思ったのです。

テレビは楽しいものだけど、時に人を孤独にする。テレビとビデオが一緒になったテレビデオを子供の部屋に置くよりも、家族を一緒にする居間のテレビの方が大切、きっとそういうことなんじゃないのかな。

でもまあ、いくら孤独になろうとも部屋で好きなだけエロビデオを鑑賞できるってのは魅力的なんだけどね。そのビデオが「エロ猫にゃンにゃン伝説」以外なら。

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