頼りない僕らの明日
僕らの明日は頼りない。先が見えない。
今日がどんなに楽しくたって、明日が楽しいとは限らない。今日がどんな幸せだって、明日もまた幸多いとは保障されていない。一寸先は闇。何が待ってるのか分かったものじゃない。
だから皆は常に心のどこかで不安を抱えてるし、何かにすがって生きようとする。何度も言う、僕らの明日は頼りない。
今日はとてもハッピーな日でした。最初だけは。
いつものようにダラダラと仕事をしていたところ、上司に呼びつけられた。
「お前、最近だらしないくらいに髪が伸びてるぞ、切ってこい」
いきなり髪を切れ指令を出された。もはや人権もクソもあったものじゃない。いくら上司だからってあんまりだ。
とか思うのだけれど、なんか自分でも伸びすぎだなって思う部分はあって、そろそろ切らなきゃとは感じてたんだけど・・・・面倒でなかなか散髪屋に行く機会がなくて・・・。
どれくらい髪が伸びてるかっていうと、落ち武者ぐらい髪が伸びてて、最後に切ったのが7月だから、もうどうしようもない状態なのです。後ろで一つに結べるしな。まあ、こんなだらしない髪ってだけで企業戦士失格だよな。
「切りたいのですけど・・・・散髪代がなくて・・・・」
とか、僕も精一杯自分を正当化して言い訳するんです。本当は散髪代も出せないほどに貧窮しているってわけでもなくて、単純に面倒なだけなんだけど、「面倒だから切りに行かない」とか言おうものなら「バカモノ!」とか怒られそうなので嘘つきました。さすがに上司といえども「金がない」と言われればぐうの音も出ないはず。
「しょうがないヤツだ、お前ってヤツは。ほら、三千円やるから切ってこい」
上司は自分の財布からなけなしの三千円を出してきました。自腹を切ってまで僕の散髪代を出してくれるなんて、よほど僕の長髪が見苦しかったんだろうなあ。奥さんに財布握られてて、少ない小遣いなのに三千円も出してくれるなんて。
「今日はもう帰っていいから、そのまま散髪に行ってこい」
と言われました。もう最高です。金までもらえて早帰りもできる。これ以上にない至福のときでした。もう最高に幸せ!上司、大チュキ。
上司に金をもらい、早帰りの許可までもらって散髪に行かされる僕。26歳の大人としてはちょっとアレですが、嬉しいものには変わりありません。
帰り支度をし、三千円を握り締めて同僚たちに帰宅の挨拶をします。「じゃあ、散髪に行くから今日は帰るわ」とか言って回ってたら、B子さんが「ベッカム、ベッカム!」と鼻息を荒げて言っておりました。黙れ、ゴーレムめ。
でまあ、スキップしながら職場を出ました。思いもよらぬ収入に、思いもよらぬ早帰り。有頂天でしたね、有頂天。そう、この時までは最高にハッピーだった。
車に乗り、行きつけの散髪屋まで行きます。僕にしては珍しくちょっと小洒落た散髪屋です。女性スタッフとかがモリモリいて、女性がその滑らかな指で洗髪とかしてくれる店。もう最高の散髪パラダイスなんですよ。
で、駐車場に着いて、さあ髪を切るぞーとか意気込んで車を降りたんです。その際に途方もない事実に気がついたのです。
そういや昨日は風呂に入ってねえや
昨日は異常に眠いわ、寒いわ、ガスは止められててお湯が出ないわで風呂に入るのを断念したのです。よく覚えてないけど、下手したら二日ぐれえ入ってないかも知れない。つまりは、とても髪が汚いということに気がついたのです。
そんな状態で女性スタッフ満載の散髪屋に行こうものなら、「うわ、まじ?こいつ髪洗ってないよーうげげー」と思われるに違いありません。さすがに女性スタッフもプロですから、そんな風に思ってても嫌な顔一つせず洗ってくれるでしょう「痒いところ御座いませんか」といってくるでしょう。でもまさか洗ってないので全体が痒いですと言うわけにもいくまい。でまあ、僕が帰った後に「今のヤツ、ちょー髪が汚かった」「それって最悪ー」とか酒の肴にされるに違いありません。
危ない危ない。もう少しで取り返しのつかないことをしてしまうところだった。散髪屋で生き恥を晒すところだった。
しょうがないので家に一旦帰って、風呂にでも入って散髪屋に赴くことにしました。時間もあるしな。でも、ガス止まってて風呂に入るのは困難な状態です。さすがにこの季節に水風呂なんてやろうものなら死ぬに違いない。まずは風呂に入れる状態にせねば。
ここで整理しましょう。
散髪する→風呂に入って髪を綺麗にする必要がある→ガス代を払ってガスを出す必要がある→金が要る
こういった流れになるわけです。そう、まずはガス代をなんとかせねば。でまあ、銀行に行って金を下ろしてくれば話は早いのですが、別にそこまでして散髪をしたいとは思いません。出来ることなら上司にもらった三千円で全てを済ませたい。ナントカ三千円で・・・・
まったく、上司も散髪代三千円なんてはした金渡してきやがって、渡すならガス代も一緒に寄越せってんだ。とか見当違いな方向に怒りを向けていたところ、パチンコ屋の横を通り過ぎました。
やるしかない・・・・。
幸い、時間はある。ここで三千円を元手にパチンコに行きガッポリ儲ける。その金でガス代を払う。下手したら家賃とかまで払えるくらい儲かるかもしれません。それで風呂に入り髪にキューティクルを携えて散髪屋へ。完璧です。
上司の涙の三千円を握り締め、パチンコ屋の門をくぐりぬけました。
4時間後・・・・・・。
やっちまった・・・。やっちまった・・・。やばい、やばすぎる。いやね、聞いてくださいよ。三千円握ってスロット行ったんですよ。で、すぐに当たりが来てすげえザクザク増えたの。笑いが止まらんってぐらいに。ガス代なんて二年分ぐらい払えるんじゃねえ?ってぐらいに。札束で女とか殴れるんじゃねえ?ってぐらいに。もう有頂天だったね。
でもね、なんか途中から雲行きが怪しくなってきて、あっという間に出玉とか有り金(三千円)を全部持ってかれちゃった。畜生、なんだあの台は。猛獣王とかいうあのクサレ台は。
で、泣く泣くパチンコ屋から出てきて途方もないことに気がついたのですよ。
金がない。
銀行が開いてない。
それ以前に、散髪屋が閉店してしまってる。
髪が切れない。
いやはや、熱くなりすぎたため貰った三千円はなくなってるわ、いつの間にか外は真っ暗で銀行も散髪屋も閉店してるわで大変な状態に。
落ち着いて考えてください。散髪に行って来いと言って渡された三千円を、見事にパチンコに使い込んでしまったわかえです。散髪すべき金はなくなってるのに、未だ僕は長髪のまま。
やばい、やばいって。
明日職場に行けないって。上司がくれたなけなしの散髪代ですよ。それを「スロットやってたらなくなっちゃいました。髪切れませんでした。もう一回ください、てへ」なんて言おうものなら良くて首、悪くて殺害されるに決まってる。もしくはB子にベッカムにされるか。
やばいやばい。死ぬほどやばい。
とととととととと、とにかく、この髪を何とかせねば。あり得ないほどパニック状態になってる僕。気が動転しててとんでもないことを始めます。
いやね、家に帰って自分で髪を切ってやった。工作用のハサミでジョリジョリと切ってやった。だってそれしか道はないんだもん。
結果、事態はさらに悲劇へと転がりだす。悲劇の連鎖、もう止まらない。
なんか前髪とか揃ってます。側頭部は段々がついてます。後ろなんてどうなってるか分かったものではありません。なんか、出来の悪いヅラをつけてる人みたいです。
仕方ないので前髪だけなんとか格好をつけようと、縦にハサミを入れたところ、もう取り返しのつかない事態に。ちびまるこちゃんみたいな髪型じゃねえか、これ。
自分で鏡を見たとき、本気で死のうと思ったからね。その前に笑い死ぬかと思ったからね。やばすぎる。死ぬほど面白いんだけど、なんか泣けてくるっていう微妙な感情。わかるかな。
でまあ、洗面所で髪を切ってたんだけど、本気でカミソリを使って手首を切り落とそうかと思ったのだけど、さすがに自殺動機が「セルフ散髪失敗」じゃあ心細いかなって思って思いとどまったよ。
そうなると、僕はこのコミカルな髪型で明日の仕事に行かないといけないわけで。それはもう同僚に対する壮大な嫌がらせみたいなもので、分かりやすすぎるヅラをつけていくよりある意味悪質なんですよね。前日に自腹で三千円渡して散髪に行かせた部下が、次の日に嫌がらせのような、明らかに自分で切って失敗しましたっていう髪型で出勤してくる。俺が上司だったらそんな部下いらねえ。叩っ斬るね。
どこで道を誤ったのか未だに分からないんだけど、なんか今日はすごくラッキーだなって思ってたのに、今はなんかすごくブルーです。ホント、一寸先は闇だよな。
とりあえず、明日職場に行きたくないなあ。頭に頭巾でも巻いていくかなあ。
ホント、僕らの明日って心細いほどに不安定で頼りないよね。
もう坊主にしちまうかな