思い出の三番アイアン

思い出の三番アイアン

僕の住んでいる場所は山間部の田舎ですので、近くに文字通り山ほどゴルフ場があるんですよ。それに伴ってゴルフの打ちっぱなしなんかも沢山あるんです。まさしくゴルフ王国の名にふさわしい。

で、週末ともなると、裕福そうなオッサンやら接待族やら知りませんが、高級車に乗って朝も早くからゴルフにやってくるみたいです。都市部に住む人間はアウトドアやらゴルフの時だけ田舎町を訪れるんですよね。

そもそも、ゴルフというスポーツは豊かさの象徴であるように思います。僕が子供の時代はバブル経済真っ只中、ゴルフの会員権が何千万円もするような時代でした。ほんとうにゴルフは貴族のスポーツだった。

○○君のお父さんはゴルフをやってるらしい

なんて噂がたとうものなら、○○君の家はなんて裕福なんだろう。などと感嘆したものです。

当然、僕の家は貧乏でしたので、ゴルフなんかとは無縁で、ゴルフのゴの字もありませんでした。オヤジは休みの日は酒飲んだくれて寝てるだけ、早朝からゴルフに出かけるブルジョワジーな世のお父さんとは根本から違っていました。

ブルジョワジースポーツ、ゴルフへの憧れは子供たちの間にも根強く、誰しもがゴルフというものをやってみたいなどと不相応にも思ったものでした。サッカーや野球というのはやろうともえばいくらでもできるのですが、ゴルフはなかなかそうは行かないものです。

ある日、友人のK君が、ゴルフクラブを持って遊びに来ました。なんでも、お父さんがいらなくなったクラブをくれたらしく、ボールも一個だけ貰ってきたようです。憧れのゴルフが急に身近になった僕らは、喜び勇んで初体験のゴルフを楽しんだものです。

広い広い空き地で、変わりばんこにショットを行う子供たち。

ゴルフボールというのはベストショットをすると驚くほど飛距離が出るものです。そして何とも言えぬ快感がそこにはあるのです。驚くほど飛ぶボール。最高の感触。ボールが一個しかないので打つたびに取りに行かねばならないのですが、それでも僕らは何度も何度も打ち続けました。日が暮れるまでアホのように打ったのです。

その日、家に帰った僕は興奮冷めやらずといった感覚でした。興奮して眠れない。どうしてあんなにゴルフボールって飛ぶんだろう。ベストショット時のシュポッ!というヒット音が耳からはなれない。

ああ、ゴルフがしたい。ゴルフがしたい。

できればあんな空き地ではなく、ちゃんとしたゴルフ場でやりたい。ああ、やりたいやりたい。

僕のゴルフに対する欲求は抑えが効かないところまできていました。しかし、我が家は貧乏。ゴルフなどのできるはずがありません。ゴルフクラブの一本も買えやしない。コースに出るなんて考えられない。

もしかしたら、僕にはものすごいゴルフの才能があったのかもしれません。けれども貧しさによって諦めざるを得ない。こうしていくつの有能な才能が埋もれていくことだろうか・・・。

などと全てを貧しさのせいにして諦めてしまうのは面白くありません。なんとか工夫してやるしかない。

こうして僕と弟の貧乏兄弟はなんとか工夫してゴルフをしようとするのです。捨ててある傘をバラバラにし、一本の棒だけにしてクラブを作りました。ボールは弟が卓球をやってたのでピンポン玉を採用しました。これでゴルフができる。

貧乏兄弟はお手製のゴルフセットを持って、空き地に行き、狂ったように打つのですがやはり面白くありません。傘で作ったクラブは使いにくく、棒から飛び出した金属片で手を切ったりします。さらにボールがピンポン玉なので思いっきり打つと凹みます。全然面白くない。

兄弟2人で意気消沈し、家に帰ったものです。ああ、ゴルフがしたい、ゴルフがしたい。

すると、驚くことに、家に帰るとゴルフクラブとボールが玄関先に置いてあるのです。ボロボロになった三番アイアンと、汚れたゴルフボールがあったのです。なんでも、ゴルフがしたいと言い出した僕の言葉を聞いて、親父は考えたらしいのです。子供にはどんな才能があるかわかったものじゃない、なるべくやりたいと思うことはやらしてあげたい。貧しさを理由に才能を潰してはいけない、と。

けれども貧しい我が家でゴルフセットなど買えるはずもありません。そこでオヤジは知人に頼んで回り、使い古してゴミのようになっていた三番アイアンとゴルフボールを貰って来てくれたようなんです。

本当にボロボロで、鉄くずのようにしか見えない三番アイアン。けれども僕には最高の宝物のように思えました。ありがとうお父さん、ぼくゴルフ頑張ってみるよ。プロになってお金稼いでお父さんに楽させてあげるよ。

その夜は三番アイアンを抱えて寝ました。大切に大切に離すことなく抱えて眠りました。明日になれば、この三番アイアンで思う存分球を打てるのです。興奮して眠れない。

次の日、朝も早くから僕と弟は空き地に出かけました。もちろん、ボロボロの三番アイアンとゴルフボールを抱えて。二人ともものすごい笑顔で、これから始まるゴルフワールドに思いを馳せ、駆け足で空き地を目指しました。

空き地に着き、ワクワクしながらボールをセットし、三番アイアンを構えました。弟はその横でワクワクしながら見ていました。

「お兄ちゃん、次は僕にも打たせてね」

「わかってる、わかってる。まあ見てろって」

貧しさに負けず才能を開花させようとするぼく、きっとこのエピソードは僕がプロになりツアーで優勝した際に美談として語られるはずです。子供のときからゴルフをしたかった、貧しさゆえにできなかった。でも、オヤジがボロボロの三番アイアンをもらってきてくれて・・・。あの三番アイアンがあったから僕はこうしてプロになれたんです。と。そのインタビューをテレビで見て年甲斐もなく涙する初老の父。なんて素敵な話なんだろうか。

さあ、これが僕のゴルフ人生の始まりだ。ボロボロの三番アイアンだけど、コレで練習して僕はプロになるんだ。新しい人生の幕開け、才能の開花。そして美談。思いっきり打とう。記念すべき第一打になるように思いっきり打とう

ビュウウウウウウン

カコーーーーーン

手応えアリ。物凄く乾いた音が空き地に響き渡る。ベストショットだ。もしかしたら空き地を越えて敷地外までボールが飛んだかもしれない、それほどの手応えだった。ボールは何処に行ったのかな・・・・。

などと見るんですが、ボールがどこにもないんです。そこまで飛距離が出たのかな・・・。などと思うんですが足元を見るとボールがあるんです。最初に置いた場所にそのままボール様が鎮座しておられるのです。

全然ボールが飛んでない・・・・。

じゃあ、さっきのベストショットは?手応えは?などと不思議に思い弟の方に目をやると弟が地面に倒れこみ、うめいておりました。

ううううううう、いたい・・・いたい・・・・・

弟は地面を転げるようにして痛がっております。どうやら空振りした僕の三番アイアン。振りぬいた後の三番アイアンのヘッドが横で見ていた弟の眉間にベストヒット。乾いた音に最高のインパクト手応えは弟の眉間を叩いた感触のようです。

いたいよう・・・いたいよう・・・・

弟は眉間から噴水のように血を噴出させております。ピュッピュッと血が出ております。白いゴルフボールが弟の血で赤に染まっております。

怖くなった僕は、三番アイアンと弟を放り出して、逃げ出しました。

それから何処をどう彷徨ったか分かりませんが、家に帰ると、頭に包帯を巻いた弟が桃を食べてました。そしてその横には怒りのアフガンと化した両親が。

結局、眉間から血が出るほど両親に殴られ、勿論三番アイアンも没収され二度と打たせてもらえることはありませんでした。

あの時、弟さえ横に立っていなければ、弟が血を流さなかったら。弟が両親に密告せずに我慢していれば、僕はずっと三番アイアンを打って練習することができ、今頃タイガーウッズとラウンドを共にしていたかもしれません。

貧しさによって才能の芽が摘まれることはありませんでしたが、弟によって才能の芽が潰された気分でイッパイです。

一生弟を恨みつつ、華やかのプロゴルフの世界を夢見て生きていきたいと思います。

またゴルフでもやってみようかな、もちろんあの血染めの三番アイアンで・・・。

関連タグ:

2002年 TOP inserted by FC2 system