知られざる象の恐怖

知られざる象の恐怖

子供の頃、象がすごく怖かった。

なんかの映画を見た時に、動物園のオリが破れて、ライオンやら虎などの猛獣が街に出てしまい人々を襲う、というのをやっていた。子供心に非常に恐怖だったものである。中でも、象は普段の優しそうな外見とは裏腹に、人々を踏み殺したり、店を壊したりと、とんでもない暴れっぷりだった。この映画を見た時から、僕の認識は

「象=優しい」から
「象=凶暴、恐怖」に変化してしまった。

僕はとっても怖がりなので、一度恐怖に感じてしまうと、夢にでてきたりなんかして、うなされたりして大変なことになる。現に、象もこの映画を観た夜から俺の夢の中で活躍するようになっていた。内容は、近所に凶暴化した象が現れるといったもので、夢の中の象は、家屋よりも大きく、眼なんか真っ赤になって非常に凶暴化しているのが一目瞭然だった。 そして見慣れた近所の街を破壊していく。親父なんかは、「ひぇ〜、助けてくれ〜」 とか、情けない悲鳴を上げて、象の鼻に絞め殺されちゃったりするのだ。そして、泣きながら目が覚める。 まったくもって象が怖かった。

そんなある日、両親が僕と弟を動物園に連れていってやる、と言い出した。冗談じゃない!そんなトコ行ったら、凶暴化した象に踏み殺されるのがオチだ。僕は頑なに断ったのだが、弟はたいそう喜んでおり、親父なんかも行く気マンマンだ。 そうやって行く気マンマンだけど、あんたは毎晩夢の中で象に絞め殺されてるんだよ・・・。 彼にそう忠告してあげたかったが、彼が気分を害するといけないので、言わなかった。

そうこうして、動物園に到着した。親父や母、弟は非常に楽しそうだ。しかし、僕は、ここに毎夜僕を苦しめる象がいるかと思うと、とてもそんな気分にはなれなかった。一通り、動物たちを見た後に、いよいよ象のエリアへ

やっぱり怖かった。 象はノンビリモサモサと何かを食べて大人しそうなカンジであったが、これは昼間の顔である。騙されてはいけない。夜になれば象は変貌するのだ、牙をむき、眼を真っ赤に充血させて人間を襲うのだ。

どういつもこいつも、 「わぁ〜、象さんカワイイ〜♪」 などと、平和ボケしてやがる。 ろくでもないヤロウどもだ、俺が何とかしてやる。そう思った俺は、呑気に昼食を芝生で食べている両親と弟の目を盗んで、単独行動をはじめた。

なんとかして、象の恐怖を一般市民にも理解してもらわなければならないのだ。そして、再度、象のエリアへ単身乗り込んだのだ。しめた事に、飼育員らしきオッサンが、象のエリアにいるではないか。これはチャンスとばかりに、僕は飼育員に駆け寄った。

今思うと、この飼育員はやばかった、雰囲気からしてヤバイ空気をムンムンに醸し出していたのだ。今で言うといわゆる電波さんかもしれない。しかし、まだまだガキの俺には、さすがにヤバイ人物をかぎ分ける能力などない。無邪気さ満点に、飼育員にこう言った

「おじさん、象は危険だから殺したほうがいいよ。殺さないとおじさんだって殺されちゃうよ」

なんとカワイイ子供だろうか。 純粋さゆえの無邪気とは罪である。

ここで理想の飼育員なら、

「象さんは優しい動物なんだよ、殺すなんてとんでもないんだよ」

とでも和やかな表情で諭し、僕の象に対する誤解を解いてくれることだろう。動物園の飼育員とはそうありたいものだ。しかし、この飼育員は違っていた。ヤツはギロリと僕を睨みつけると

「俺だって殺せるものなら殺してえよ、飽きたんだよ、象の世話に」

などと、ブツブツと独りで言っているではないですか。おまけに、話しているうちに相当むかついてきたらしく 近くの金網をガンガンに蹴っている。コイツあんまり象が好きではないようだ。かねてからの内向的な性格も手伝って、嫌いな象の世話をする生活にストレスが鬱積してしまったようだ。思わぬところで飼育員のダークな部分を垣間見てしまった。この瞬間から僕は象を憐れみの眼で見るようになった。

こんなダークな飼育員に世話されて、象さん可哀想・・・。

「象=怖い」から「象=かわいそう」へと変貌した。これだけでも、この日動物園に来て良かったと思う。

本来は動物園で見世物にされている動物みんなが可哀想なのかもしれない。本来の野生で生きるほうが動物にとっても幸せかもしれない。子供心に人間の本質、動物の本質に触れる事ができてとても実りがあったように思う。

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